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経営者フォーラム 東京ランド株式会社

借金たっぷり真っ赤な赤字企業でも破産も倒産も夜逃げも無用です。一人で悩んでいないで私たちに相談してください。

第三章  保証人を護る諦めない思考

2018年04月16日 | 倒産回避


良い思考に移る試練

 健康食品品販売を行っていた私は、取引先の破綻をきっかけとして資金が回らくなってしまいました。
それでも思いつく限りの努力はしましたが、その甲斐もなく、資金の改善は果たせませんでした。

そして、とうとう、廃業間際まで追い詰められました。
もがいて、なんとかしようとする過程で、お金に変わる資産は使い果たしてしまって財布は底をついています。

借りられるところからはすべて借り尽くしています。
更に周りから人はどんどん離れていきます。
私が再起する思考のために必要な試練だったのです。

 しかし私は何でも自分でやらないときがすまない気質で、人の意見を聞くということができなかったのです。
なんとかなるはずだとの信念たけで私は、がむしゃらに頑張りました。
そして頑張れば頑張るほどドツボにはまっていく自分を客観視できないまま、自分では感じないストレスが原因で、ついに脳梗塞で倒れてしまいました。

 退院後8カ月の療養生活の中で、私は、頑張ることができない体になった自分を受け入れ他に頼る思考に変わりました。
「以前は自分できたことの一部は失ったんだ」と、そのときはじめて残された時間の中で「連帯保証人になってくれた人々を護らなくては」と、心に誓ったのです。

思い悩むより行動

 倒れる前までは体重も100キロ近くあったのですが、療養生活半年で30キロ痩せたので顔色も悪く左手足が少し不自由な私に債権者の方々は痛々しいものを感じたそうです。
そのような経過の中で私は、連帯保証人になってくれた10名の方々に迷惑を掛けないためにはどうしたら良いのか考えはじめたのです。

私は、自己破産を弁護士さん勧められている状況でした。
しかし、自己破産を避け連帯保証人さんにも迷惑を掛けないで解決する方法を学び実践し始めた時期だったのです。

この時私に残っているのは借金まみれの抵当権付きの自宅不動産だけでした。
抵当権は1番が信用金庫で、さらにその下に商工ローンの抵当権が付いていました。
商工ローンの抵当権は無剰余状態でした。
無剰余の意味は抵当があっても、担保不動産を売却しても配当が一銭もなくて、お金の回収はできないという状態のことです。

 しかも、バカな私は10人もの多くの人々を連帯保証人にさせていたのです。
私の返済が止まって、連帯保証人の方々に督促が行く裁判を起こされる債務金額は四千万円強もあります。
このままでは商工ローンは連帯保証印さんらから強硬な回収をしますから大きな迷惑がかかります。

連帯保証人とは、言わば借金の人質です。
そのことを考えないまま私は、自分の都合だけを考え善良な無関係の人々を人質として差し出した事実で自責の念でいっぱいだったのです。

連帯保証人さんたちは、商売ではなく無償の行為で私を助けてくれたのです。
「絶対に迷惑を掛けてはいけない」と、私は、改めてそう考えた時、以前に契約内容を交渉で変えた経験を思い出し、その時の交渉に関して詳細に記憶を辿りましました。

そして私は、銀行は自分で説得する方法を選びました。
事業が行き詰まり、完全に資金がショートしてしいたので数か月前に全く支払いをしていませんから銀行も、もはや話をしてくれないとおもいました。

ですから、そんな状況で銀行に出かけて行き交渉を開始するには勇気がいりますので、それでも、勇気を振り絞って銀行に出かけていき、「家族がいなくなった自宅を競売だと二束三文になるので任意売却を売りたい」と説得しました。

 その代わり最低でも銀行が納得できる価格で売って見せると言ったうえで「下位の抵当権をはずすのに商工ローンに五〇〇万円配当することを認めてください」とお願いしたのでした。

【ポイント】
 このようにこちらから提案することがとても大切です。
怯えていないでどんどん提案して交渉することで、思い悩むより、行動することにより道が開けることが多いということを覚えておいてください。

 競売を考えていた銀行は意外に簡単にOKを出してくれました。
このまま競売で進めれば法的に回収と処理ができますし、商工ローンに抵当権は強制的に解除されますから配当する必要はありません。
それなのに競売で得る売却代金と競売終了までの時間と費用との費用対効果を比較したうえで任意売却を選ぶ判断をしたのです。

 しかし、どちらにしても私にお金が入ってくるわけではありません。
すべてを銀行が回収してしまうのに私は、なぜこのような提案をお願いしたのでしょうか。
本当の私の狙いは別のところにありました。
商工ローンへの五〇〇万円の配当こそが重要だったのです。

 私の思考から浮かんだカラクリは、世論で悪名高い商工ローンに高額な配当(返済)をすることで、請求されていた残債務4000万円強を、利息制限法に金利計算なおした場合の残債務、金三〇〇〇万円をチャラにしてもらおうと虫の良い考えを思いついたのでした。
当時は40%超の高金利でしたから利息制限法の金利で計算し直すと、相当の金額が利息から元本の返済に移行されまれます。

 そうすれば法的に商工ローンに請求される残金は約三〇〇〇万円に減ることになります。しかし、商工ローン側にしてみれば私の状況では焦げ付きになる可能性がありました。
しかも連帯保証人からの回収も厳しい状況では回収はゼロになるのです。

現状の予想より「五〇〇万円支払うから、残りの2500万円はチャラにしてください。まったくゼロよりはいいでしょう」と、私は商工ローンに提案したのです。

 三千万円の借金を(銀行の配当)五〇〇万円で全額チャラにしてくれという私の提案も虫が良すぎるところもありました。
しかし、だめもとで一〇〇%受け入れられなくてもいいじゃないですか。契約は絶対ではないのです。

実務で乗り越えた方はおわかりだと思うのですが、契約書よりも「事実」のほうが力があるのが現実です。
交渉成立の可能性はあるはずなのです。
そして、事実銀行との交渉は成功したのです。

 ただ、世の中そう甘くはありません、商工ローンもさすがにチャラにしてはくれませんでした。
しかし、私の交渉はある程度実を結びました。
銀行からの五〇〇万円を返済したことで、残債務金額を半分まで減らしてくれたのでした。つまり、他人(銀行)のお金の五〇〇万円で、一五〇〇万円分の返済効果があったのです。

三〇〇〇万円と一五〇〇万円では、同じ返済するにしても私にすれば物心両面で負担の大きさが雲泥のように違います。
残りの一五〇〇万円は後に、死に物狂いで働いて完済できたのは言うまでもありません。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という昔からの格言はこういうことだったのですね。
私は、確かに事業に失敗し負けたのですが、負けた後の思考と行動力の違いで、その後の人生に違いが出たのですから、負けるにも負け方があるのです。

 私は、積極的な思考と行動を常心がけて、毎日、一歩一歩、続けていくことによって、交渉力という目に見えない大きな財産を築きあげていました。
それは私に対する「自信」になりました。「やればできるんだ」

負けだと思い込んでいた「観念」がベリベリと破れ、周りを取り囲んでいた「絶望」の壁が目の前で崩れ落ち行きました。
「絶望」とは脳が勝手に作り上げた妄想です、借用書という薄っぺらな紙一枚、地球からすれば、ちっぽけな地べたなんかに思考力を持つ我々が、繋がれっぱなしにされるはずがないと私は、貴重な体験をさせて頂いたのです。

 この話には後日談があります。
現在は小さいながらも他で解決に繋がらない難しい不動産絡みの相談を手がけ、悠々自適な生活を過ごしています。
今や誰も私が十数年前までそんな惨めな境遇にあえいでいたとは見えないそうです。

「法律が変わったり、状況が変わったりしたら、それにあわせて適正な行動を取らなければ生存できません。法律、規則、制度、さまざまな契約行為の呪縛を「破るのではなく思考と行動することでピンチ乗り越える」チャンスが潜んでいるのです。合掌


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