いっぱいいっぱい
平成12年10月
私は現在、介護老人福祉施設、いわゆる老人ホームに勤めています。
利用者は約100人おり、様々な方が生活しています。
その人達と日々接していると、いろいろな体験をします。
その中からひとつ、心温まるエピソードを紹介しましょう。
鈴木春彦さん(仮名)は明治生まれの頑固者。
けれども愛嬌も兼ね備えている、非常に個性的な方です(みんな個性的だけど)。
その鈴木さんに、ひとつ特別に大切にしている趣味があります。
それはいわゆる「エロ本」です。
在宅で生活しているときから収集しており、入所する際に、
数冊の「お気に入り」を持ち込んだ強者。
いまでもときどき、「俺はこれに金のほとんどを使った」と豪語しています。
こういうものは、何冊か持っているから満足できるものではありません。
常に新しいものを欲するものなのです。
鈴木さんも例外ではなく、定期的にそわそわ。
入所後も継続して購入しています。
うちのホームは、男性の介護職員がおらず、生活相談員ももうひとりは女性。
必然的に私が「鈴木さんのエロ本担当」に就任しました。
「おう、そろそろアレだなぁ。もうすぐお昼だし、時間なくなっちゃうなぁ」
「おう、もうすぐおやつの時間だなぁ。時間、なくなっちゃうなぁ。」
担当である私も心得たもの。
(本を開くジェスチャーをしながら)「春彦さん、アレですか。」
「おう、そうだよぉ。もう時間なくなっちゃうよぉ」
このような会話が繰り広げられるのですが、こちらもそうそうそればかりにつき合ってはいられません。
なんとか話をそらすのですが、結局散歩の時間に本屋に一緒に行くことになります。
目的地はホームから100メートルほどのところにある本屋「フレンドブックス」。
店のおばさんとはもう顔見知りかも。
本屋につくと脇目もふらず、車椅子ごと「成年向け雑誌」の棚の前へいくこととなります。
私は結構こういうことには、シャイなほうで、中高校生くらいのときには、
「きっと大人になったら恥ずかしげもなく買えるようになるんだろう」
と夢みていた純真な少年でした。
現実はきびしく、その後も結局、夢見たような大人にはなれず、
エロ本でなりたっているような本屋を探し、
同類がまわりにいるような環境でしか買えませんでした。
若い女性の店員がいるような店なんかもってのほかです。
こそこそしちゃいます(今はエロ本は買わないのでこそこそしませんが)。
その私が、本屋で真っ昼間からエロ本をかうのです。
苦痛のほどを想像できるでしょうか!?
なんちゃって。実は意外と平気なのです。
職業意識が働くというのか。
いや、責任転嫁というのでしょうか。
心の中で、
「自分じゃない、買うのは自分じゃない」
と、ここにいるのは自分じゃない誰かだと言わんばかりにバリアを張っているのかもしれません。
いつもであれば、鈴木さんは僕が適当にとったエロ本をぱらぱらっとめくってみて、即決で買うし、
日中なのがかえってか、店には他に客がいることはありません。
なので、人目につかず、ぱーっと買って帰っていたのです。
ところが。
その日は違ったのです。
フレンドブックスは店舗の改装のため、もとの場所の向かいに仮の店舗を開いていました。
以前より少し広いようです。
そして「成年向け雑誌」の棚は、店舗のちょうど真ん中にありました、なぜか(普通端の方じゃないかなぁ)。
そして僕にとって運の悪いことに、この日に限って、客が多かったのです。
しかも子連れの若いお母様方や、女子高校生の集団などなど、女性ばかり。
その中で鈴木さんとエロ本選びです。
こそこそしたいんだけど、実は鈴木さん、ものすごーく耳が遠い。
つまり、大声でエロ本について話しをしながら、一緒に選ばなければならないのです。
「大きい(版)のと小さいのと、どっちがいいですかぁ」
「ちゅ、ちゅ中くらいのだよぉ」
「これなんかどうですかぁ」
「おお…、うー」
またまた不幸が重なりました。
いつも即決の鈴木さん、この日ばかりは迷っています。
しかも、周りにこれだけ客がいるんだから、少し隠しでもすればいいのに、堂々と広げて眺めています。
…早くきめてくれよ(泣)
私の胸の中で、悲痛な叫びが虚しくこだましました。
周囲の女子高生の会話のすべてが、私と鈴木さんに向けられているような気さえしてきます。
結局、耐えきれなくなった私は、
「春彦さん、迷うんだったら、いっそのこと全部買っちゃいましょう、ね、ね。」
強引にコトをすすめ、鈴木さんの手からそのとき持っていた2冊のエロ本を奪い取り、レジへ。
無事購入。
鈴木さんの乗った車椅子を押して逃げるようにして出ていく私の背中に、
「ありがとうございました、きをつけてねー」
との店のおばさんの明るい声が。
私は脱力感におそわれました。。。
帰り道、疲れ切った私は鈴木さんに、
「春彦さんくらいになると、なんとも思わないでしょうけど、僕はけっこう恥ずかしいですよ」 と愚痴ってしまいました。
すると鈴木さん、
「そうかぁ。
もう、
いっぱいいっぱいかぁ?」
「はい、いっぱいいっぱいです…」
…私はこの日のことを決して忘れません。
平成12年10月
私は現在、介護老人福祉施設、いわゆる老人ホームに勤めています。
利用者は約100人おり、様々な方が生活しています。
その人達と日々接していると、いろいろな体験をします。
その中からひとつ、心温まるエピソードを紹介しましょう。
鈴木春彦さん(仮名)は明治生まれの頑固者。
けれども愛嬌も兼ね備えている、非常に個性的な方です(みんな個性的だけど)。
その鈴木さんに、ひとつ特別に大切にしている趣味があります。
それはいわゆる「エロ本」です。
在宅で生活しているときから収集しており、入所する際に、
数冊の「お気に入り」を持ち込んだ強者。
いまでもときどき、「俺はこれに金のほとんどを使った」と豪語しています。
こういうものは、何冊か持っているから満足できるものではありません。
常に新しいものを欲するものなのです。
鈴木さんも例外ではなく、定期的にそわそわ。
入所後も継続して購入しています。
うちのホームは、男性の介護職員がおらず、生活相談員ももうひとりは女性。
必然的に私が「鈴木さんのエロ本担当」に就任しました。
「おう、そろそろアレだなぁ。もうすぐお昼だし、時間なくなっちゃうなぁ」
「おう、もうすぐおやつの時間だなぁ。時間、なくなっちゃうなぁ。」
担当である私も心得たもの。
(本を開くジェスチャーをしながら)「春彦さん、アレですか。」
「おう、そうだよぉ。もう時間なくなっちゃうよぉ」
このような会話が繰り広げられるのですが、こちらもそうそうそればかりにつき合ってはいられません。
なんとか話をそらすのですが、結局散歩の時間に本屋に一緒に行くことになります。
目的地はホームから100メートルほどのところにある本屋「フレンドブックス」。
店のおばさんとはもう顔見知りかも。
本屋につくと脇目もふらず、車椅子ごと「成年向け雑誌」の棚の前へいくこととなります。
私は結構こういうことには、シャイなほうで、中高校生くらいのときには、
「きっと大人になったら恥ずかしげもなく買えるようになるんだろう」
と夢みていた純真な少年でした。
現実はきびしく、その後も結局、夢見たような大人にはなれず、
エロ本でなりたっているような本屋を探し、
同類がまわりにいるような環境でしか買えませんでした。
若い女性の店員がいるような店なんかもってのほかです。
こそこそしちゃいます(今はエロ本は買わないのでこそこそしませんが)。
その私が、本屋で真っ昼間からエロ本をかうのです。
苦痛のほどを想像できるでしょうか!?
なんちゃって。実は意外と平気なのです。
職業意識が働くというのか。
いや、責任転嫁というのでしょうか。
心の中で、
「自分じゃない、買うのは自分じゃない」
と、ここにいるのは自分じゃない誰かだと言わんばかりにバリアを張っているのかもしれません。
いつもであれば、鈴木さんは僕が適当にとったエロ本をぱらぱらっとめくってみて、即決で買うし、
日中なのがかえってか、店には他に客がいることはありません。
なので、人目につかず、ぱーっと買って帰っていたのです。
ところが。
その日は違ったのです。
フレンドブックスは店舗の改装のため、もとの場所の向かいに仮の店舗を開いていました。
以前より少し広いようです。
そして「成年向け雑誌」の棚は、店舗のちょうど真ん中にありました、なぜか(普通端の方じゃないかなぁ)。
そして僕にとって運の悪いことに、この日に限って、客が多かったのです。
しかも子連れの若いお母様方や、女子高校生の集団などなど、女性ばかり。
その中で鈴木さんとエロ本選びです。
こそこそしたいんだけど、実は鈴木さん、ものすごーく耳が遠い。
つまり、大声でエロ本について話しをしながら、一緒に選ばなければならないのです。
「大きい(版)のと小さいのと、どっちがいいですかぁ」
「ちゅ、ちゅ中くらいのだよぉ」
「これなんかどうですかぁ」
「おお…、うー」
またまた不幸が重なりました。
いつも即決の鈴木さん、この日ばかりは迷っています。
しかも、周りにこれだけ客がいるんだから、少し隠しでもすればいいのに、堂々と広げて眺めています。
…早くきめてくれよ(泣)
私の胸の中で、悲痛な叫びが虚しくこだましました。
周囲の女子高生の会話のすべてが、私と鈴木さんに向けられているような気さえしてきます。
結局、耐えきれなくなった私は、
「春彦さん、迷うんだったら、いっそのこと全部買っちゃいましょう、ね、ね。」
強引にコトをすすめ、鈴木さんの手からそのとき持っていた2冊のエロ本を奪い取り、レジへ。
無事購入。
鈴木さんの乗った車椅子を押して逃げるようにして出ていく私の背中に、
「ありがとうございました、きをつけてねー」
との店のおばさんの明るい声が。
私は脱力感におそわれました。。。
帰り道、疲れ切った私は鈴木さんに、
「春彦さんくらいになると、なんとも思わないでしょうけど、僕はけっこう恥ずかしいですよ」 と愚痴ってしまいました。
すると鈴木さん、
「そうかぁ。
もう、
いっぱいいっぱいかぁ?」
「はい、いっぱいいっぱいです…」
…私はこの日のことを決して忘れません。
楽しませて頂きました(笑
うーん、ある意味壮絶な経験ですよね。
最後の一言で、もしかして鈴木さんのプレイだった
のではという疑念を抱きましたが、うがちすぎでしょうか
(w
彼、緊縛人妻なんたらとか、
そんな本買ってましたから(笑)