4月15日
彼から連絡がきたのは、半年ぶりのことだった。
「久しぶり。今月の*日から*日あいてる?」
彼は僕が東京勤務時代に知り合った友人で、同い年だが小さな会社の社長をしている。
以前から、
「うちの会社で働かない?半分本気で誘ってるんだけど(笑)」
なんてことを言われていたので、昨年の夏ころから仕事を一緒にさせてもらえないかと連絡をとろうとしていたのだが、メールの返事もこないし、電話をしてもつながらないまま今日に至っていた。
「ウチのアーティストがライブをやるんだけど、マネージャーをやって欲しいんだ。」
なんでも、彼の会社の音楽部門が長年育て上げてきた男性ボーカリストがアジアの某人気アーテイストの日本語カバー版を発売するとのこと。今回はその記念イベントなのだそうだ。
しかし、なぜか東京ではなく徳島で・・・?
軽い疑問を抱きつつも、どうせ暇だし飛行機や宿の手配は向こうが持ってくれるというので、なんとなく軽い気持ちで僕は徳島に飛んだ。
空港に着くと、程なく彼が車で迎えに来てくれた。
お互い顔を見るなり、
僕:「太ったんじゃない?(笑)」
彼:「太ったんちゃうん?(笑)」
いやだなぁ。30歳を超えるとみんな体型が崩れていく・・。
ふとみると助手席に小柄な男性が座っている。
彼:「紹介するわ。これ、ウチの一押しミュージシャン。××」
小柄で華奢な体。それでいて顔は骨ばっていて決して整っているとは言えない。
そして残念なことに、ミュージシャンとしての“オーラ”がまったく感じられないたたずまい。
売れねぇな・・・。
当たり障りのない世間話をしながら車を走らせ、途中で音響機材なんかのレンタル手続きをすませ、ホテルにチェックインしたのが16時くらい。さて一服・・。と思ったのもつかの間、
「これからバックバンドのメンバーと合流してリハーサルがあるから付き合って。」
17時~23時までという超夜型のスケジュール。
なんだか“業界”っぽい。
ライブは地元の小さなイベントバーで行われるそうだ。
当日はそのミュージシャン(以下A)にずっと付き添っているように、との指示だった。
・・付き添うのは別にいいけど。
付き添って何をすればいいのか?
若干の不安を抱えながら、すでにスタジオ入りしていたバックバンドの皆さんと合流し、早速リハーサルへ突入した。
ライブで披露する曲は全部で20曲程度。
そのうち、先にあげたアジア人ミュージシャンのカバー曲は2曲で、残りは日本のアーティストのカバーだった。
バンドのメンバーの印象は・・
ドラム:でかい。ジャイアンが金髪ロンゲになったみたい。
ギター:格好いい。V6の岡田君が大人になったみたい。(実は桐原と同学年だということが後日判明。しかもトークも面白いし、演奏もセンスもいい。今回であったメンバーの中で一番の好印象。)
ベース:少し年上な印象だけど、穏やかでみんなのまとめ役っぽい感じ。悪くはない。
ピアノ:無愛想なマッチ棒みたいな女。
サックス&フルート:地味な女。たぶんもうすぐ“おばさん”入り。
という感じ。
みなさんさすがプロというだけあって、リズムもテクニックもばっちりで音楽に一体感がある。
中でも僕が一番感心したのが、サックス&フルートを担当している女性。
彼女はアルトサックス、ソプラノサックス、フルートを曲によって、あるいは演奏の途中で器用に吹き分けている。
すばらしい。
ご存知の方はお分かりかと思うが同じ管楽器でもサックスとフルートでは音の出し方が根本的に違う。
詳細は省くが、唇の形、口の周りの筋肉の使い方がまったく違うのだ。
僕もサックス(テナーだけど)とフルートを一応持っているが短時間で両方を吹き分けるのは難しい。
プロってすごい。
そして肝心のボーカルは・・・。
ふつう。
さすがに腹式呼吸はできているようでお腹から声がでているようだが、声に特徴がなく、印象に残らない。
というか、カバーしているアジアのミュージシャンの曲自体の印象が薄い。
リハーサル中に何度聞いても、頭の中にひとつもフレーズが残らない。
特徴がない声に印象の薄い楽曲・・・。
そしてオーラのないボーカリスト・・。
微妙・・。
リハーサルは滞りなくすすみ、気づけば終了予定の23時が迫っていた。
そこでボーカリストA君が、僕に
「桐原さん、初めて聞かれてみて印象はどうでしたか?」
と聞いてきたので、
「いいと思うけど、ピアノの調律がくるっていてずっと和音が気持ち悪かった。」
と返すと、
「え!?そうですか??」
との反応。
実際にA君は自分自身でピアノの鍵盤をいくつかおさえ音色を確かめている。
「本当だ。ぜんぜん気づかなかった・・。」
え~・・・・。マジで・・・。
さすがにピアノを担当している女性と、となりで弾いていたベースの人は気づいていたようだが(おそらくほかのバンドメンバーも口にしないだけで気づいていたとは思うが)肝心なボーカリストA君は音のずれに気づいていなかったらしい。
僕の耳はいたって普通の耳で、絶対音感など持ち合わせてはいないが人並みに音の違いは聞き分けることができるようだ。
高校に通っていたときにブラスバンドをやっており、趣味でピアノを毎日引き続けていた(曲は尾崎豊。暗く孤独な学生だったのです。笑)ことも影響しているのだろう。
たとえば音楽の授業で、いくつかの少人数のグループに分かれてギターの合奏をしているとき、誰のギターのどの音がずれている、という程度のことは指摘できる程度の耳、である。
別にこれはそんなにたいした話ではなくて、少しでも音楽に携わったことのある人なら造作もないことのように思う。
素人の僕にわかるのに・・プロ(?)のA君、それじゃぁ、まずいよ。
そしてその日はお開きになるのかと思いきや、これからみんなでご飯を食べに行くという。
時間は0時。
僕は心の中で
「え~・・こんな時間にモノを食うの・・嫌だなぁ。」
なんて思いながらも某有名ファミリーレストランに引きずり込まれていく。
徳島まできたのにファミレス・・しかも全国チェーンだからどこで食べても同じ味。
時間も時間なので、軽く食べる程度だと思っていたが、僕のそんな予想とは無関係に皆がオーダーしていくものは、
「ハンバーグ定食1つ。」
「エビフライとステーキのセット。ライスと味噌汁つきで。」
「あ、それ私も!」
「じゃあ、エビフライのセット2つで。」
「俺はカツどん」
・・・・・・・。
深夜にこの食欲。
男性のみならず女性メンバーも。
その上、20分たらずで皆さんきれいに完食・・・。
僕は豆腐サラダを食べるだけで精一杯なのに・・。
業界の人ってすごい。
しかし驚くのはまだ早かった。
一行はファミレス帰りにコンビニにより、酒とつまみを買いだした。
ホテルに帰ってから宴会をするのだという。
まったくお酒の飲めない僕だが、一応“マネージャー”なのでしぶしぶ参加することになり、飲めないお酒を飲んで気持ち悪くなりながら、愛想笑いをふりまくこと2時間。
ベースの人の
「じゃぁ、明日もあるので今夜はこれくらいで。」
の一言でやっと開放された。
僕がベットにもぐりこめたのは明け方の4時を過ぎていたように思う。
次の日はライブ本番。
19時開場、19時半開演。
しかし、リハーサルのために13時には会場入りしなければならない。
そう。いつもテレビをとおしてみる芸能人たちの生活リズムが今この目の前で再現されている。というかそれを体験してしまっている。おもいきり夜型な生活だ。
夜中のハンバーグ定食はともかく、鬱の人間には午後から活動できる仕事なんて夢のようだなぁ、とのんきなことを考えてしまった。
そしてリハーサルがはじまり、音響設備が最悪でバンドメンバーたちの機嫌がどんどん悪くなるなか、僕はお店のスタッフとの細かい打ち合わせを任された。
会場のテーブルや椅子の配置はどうするのか、チケットは入場時に半券を切るのか1ドリンクサービスの時に切るのか、次から次へと届くお祝いの花輪はどこに飾るのか、照明のあたりが悪いのではないか、ボーカリストA君のステージ入りと、はけはどのような動線で行うのか。
そう、雑用。
だってそれしかできることないんだもん。
むしろ、事前打ち合わせが一切ないまま、
「桐原君、あとはお願い。」
と言った社長の一言でここまでこなした僕はえらいと思う。(誰も感謝してくれないので自分で褒めておく。)
そして本番を迎えるわけだが、意外にも会場は満員御礼。立ち見もでる状況になっていた。
とは言え、小さな会場だったから100名程度だったのではないかと思う。
それでも僕の心の声は
「え~?なんで?何がよくてここにきているの?」
と疑問を抱え込んでいる。
ライブ中、僕は何をするわけでもなく、ステージ脇にたち、バンドメンバーの演奏とボーカリストAの歌声を聞いていた。
何度聞いても、僕にはなんの魅力も感じないのだが、なぜか会場は盛り上がっている。
不思議な国、徳島・・・。
いや、多分、ここにきている人たちがマニアなだけなのだろう。
ドラムの爆音と奇声をあげるファンの皆さん、忙しそうに動くお店のスタッフ・・。
僕はここで何をしているのだろう。
ここは僕がいる場所ではない気がする。
おそらくそうだ。いや、絶対にそうだ。
ここは僕の居場所ではない。
頭の中でそんな思いが駆け回るなか、お客さんの一人が僕のそばにやってきて耳打ちをしてきた。
「あのね、他の店のことで悪いんだけど、60年代の曲ばかりやっているバーって他にないかしら。」
僕はこの店のスタッフではない・・。
「あらごめんなさい!フロアマネージャーかと思って・・。じゃぁ誰に聞けばいいのかしら?」
そんなこと知らない。タウンページで探せ。
そして入れ替わるようにやってきた二人目のお客さんはこう言った、
「ブルーハワイもう一杯。」
だから僕はこの店のスタッフでじゃないって。
あ~何やってんだ。俺。
全曲目が終わり、アンコール曲も4曲ほど歌ってやっと終了を迎えたライブ。
僕はCD販売の係となり、帰路に着くお客さん相手に売り込みをはじめる。
「こちらでCDを販売しておりま~す!ぜひどうぞ~!今なら本人のサインつきでーす。」
何やってんだ。俺。
その後会場の後片付けや関係者へのお礼周りを行い、すべてが終わったのは0時前だった。
そう、そして予想どおり彼らは「打ち上げ」に突入するのである。
さすがにその頃には、僕の精神も肉体も疲弊しており、一刻も早く一人になりたかったので、「調子が悪い」なんて嘘をついて一人ホテルに帰り、シャワーを浴びてやっと一息ついた。
疲れたなぁ・・。
髪の毛を乾かしながら、もらったCDを何気なく見ていると、ジャケットのスタッフ欄に見覚えのある名前が・・
「マネージャー:桐原亮司」
え~・・・。
なんで今日はじめて会ったのにCDに名前がはいってるんだよ・・。
結局彼らの打ち上げは朝まで続き、ボーカリストA君も社長もグダグダに酔いつぶれ、翌日の業務に大きな支障をきたした。
本当は、「これからもマネージャーよろしく。」とのたまう社長やA君と今後のことについて話をしたかったのだが、そんな余裕はないようだ。
なんとなくあやふやなまま、徳島駅まで見送られた僕は、帰りの便の都合で高速バスに乗って神戸空港へ。
ところが「チケットの清算に使って」と渡された社長のクレジットカードが使えないというトラブルが発生し、搭乗手続きの締め切りが刻一刻と迫る中、JALのお姉さんと僕は二人でパニック状態に陥った。
結局、仕方がないので僕が自腹で二万円を払い(株主優待券を使ったので安かったのです。)なんとか予定していた便に乗り込むという間抜けっぷり。
帰りの飛行機の中で、
「やっぱり自分には向いていないなぁ・・。なんで徳島まで行ってこんなに疲れてるんだろう。」
なんて考えながら、帰り際に社長から「今回のバイト代」として渡された封筒をあけてみる。
そこには一万円札が一枚、申し訳なさそうに入っていた。
知り合いだし、そんなに大きな会社でもないので最初からバイト代はあてにしていなかったし、自分がお金を出さないですむならそれでいいや、と思っていたのでその額に不満は感じなかったが、自分が帰りのチケット代を支払っていることにふと気づいた。
一万円もらっても二万円自腹を切っているので、結局一万円の損である。
なんか、本当に、何やってるんだろう。
なんとも言えない思いのまま居候中の家にたどり着いたのは21時くらい。
リビングのドアをあけると、
母が電話をしながら泣いていた・・・・。
あ~・・・いつもの現実・・・。もう嫌。
僕の人生、どこかが間違ってる。絶対に。
彼から連絡がきたのは、半年ぶりのことだった。
「久しぶり。今月の*日から*日あいてる?」
彼は僕が東京勤務時代に知り合った友人で、同い年だが小さな会社の社長をしている。
以前から、
「うちの会社で働かない?半分本気で誘ってるんだけど(笑)」
なんてことを言われていたので、昨年の夏ころから仕事を一緒にさせてもらえないかと連絡をとろうとしていたのだが、メールの返事もこないし、電話をしてもつながらないまま今日に至っていた。
「ウチのアーティストがライブをやるんだけど、マネージャーをやって欲しいんだ。」
なんでも、彼の会社の音楽部門が長年育て上げてきた男性ボーカリストがアジアの某人気アーテイストの日本語カバー版を発売するとのこと。今回はその記念イベントなのだそうだ。
しかし、なぜか東京ではなく徳島で・・・?
軽い疑問を抱きつつも、どうせ暇だし飛行機や宿の手配は向こうが持ってくれるというので、なんとなく軽い気持ちで僕は徳島に飛んだ。
空港に着くと、程なく彼が車で迎えに来てくれた。
お互い顔を見るなり、
僕:「太ったんじゃない?(笑)」
彼:「太ったんちゃうん?(笑)」
いやだなぁ。30歳を超えるとみんな体型が崩れていく・・。
ふとみると助手席に小柄な男性が座っている。
彼:「紹介するわ。これ、ウチの一押しミュージシャン。××」
小柄で華奢な体。それでいて顔は骨ばっていて決して整っているとは言えない。
そして残念なことに、ミュージシャンとしての“オーラ”がまったく感じられないたたずまい。
売れねぇな・・・。
当たり障りのない世間話をしながら車を走らせ、途中で音響機材なんかのレンタル手続きをすませ、ホテルにチェックインしたのが16時くらい。さて一服・・。と思ったのもつかの間、
「これからバックバンドのメンバーと合流してリハーサルがあるから付き合って。」
17時~23時までという超夜型のスケジュール。
なんだか“業界”っぽい。
ライブは地元の小さなイベントバーで行われるそうだ。
当日はそのミュージシャン(以下A)にずっと付き添っているように、との指示だった。
・・付き添うのは別にいいけど。
付き添って何をすればいいのか?
若干の不安を抱えながら、すでにスタジオ入りしていたバックバンドの皆さんと合流し、早速リハーサルへ突入した。
ライブで披露する曲は全部で20曲程度。
そのうち、先にあげたアジア人ミュージシャンのカバー曲は2曲で、残りは日本のアーティストのカバーだった。
バンドのメンバーの印象は・・
ドラム:でかい。ジャイアンが金髪ロンゲになったみたい。
ギター:格好いい。V6の岡田君が大人になったみたい。(実は桐原と同学年だということが後日判明。しかもトークも面白いし、演奏もセンスもいい。今回であったメンバーの中で一番の好印象。)
ベース:少し年上な印象だけど、穏やかでみんなのまとめ役っぽい感じ。悪くはない。
ピアノ:無愛想なマッチ棒みたいな女。
サックス&フルート:地味な女。たぶんもうすぐ“おばさん”入り。
という感じ。
みなさんさすがプロというだけあって、リズムもテクニックもばっちりで音楽に一体感がある。
中でも僕が一番感心したのが、サックス&フルートを担当している女性。
彼女はアルトサックス、ソプラノサックス、フルートを曲によって、あるいは演奏の途中で器用に吹き分けている。
すばらしい。
ご存知の方はお分かりかと思うが同じ管楽器でもサックスとフルートでは音の出し方が根本的に違う。
詳細は省くが、唇の形、口の周りの筋肉の使い方がまったく違うのだ。
僕もサックス(テナーだけど)とフルートを一応持っているが短時間で両方を吹き分けるのは難しい。
プロってすごい。
そして肝心のボーカルは・・・。
ふつう。
さすがに腹式呼吸はできているようでお腹から声がでているようだが、声に特徴がなく、印象に残らない。
というか、カバーしているアジアのミュージシャンの曲自体の印象が薄い。
リハーサル中に何度聞いても、頭の中にひとつもフレーズが残らない。
特徴がない声に印象の薄い楽曲・・・。
そしてオーラのないボーカリスト・・。
微妙・・。
リハーサルは滞りなくすすみ、気づけば終了予定の23時が迫っていた。
そこでボーカリストA君が、僕に
「桐原さん、初めて聞かれてみて印象はどうでしたか?」
と聞いてきたので、
「いいと思うけど、ピアノの調律がくるっていてずっと和音が気持ち悪かった。」
と返すと、
「え!?そうですか??」
との反応。
実際にA君は自分自身でピアノの鍵盤をいくつかおさえ音色を確かめている。
「本当だ。ぜんぜん気づかなかった・・。」
え~・・・・。マジで・・・。
さすがにピアノを担当している女性と、となりで弾いていたベースの人は気づいていたようだが(おそらくほかのバンドメンバーも口にしないだけで気づいていたとは思うが)肝心なボーカリストA君は音のずれに気づいていなかったらしい。
僕の耳はいたって普通の耳で、絶対音感など持ち合わせてはいないが人並みに音の違いは聞き分けることができるようだ。
高校に通っていたときにブラスバンドをやっており、趣味でピアノを毎日引き続けていた(曲は尾崎豊。暗く孤独な学生だったのです。笑)ことも影響しているのだろう。
たとえば音楽の授業で、いくつかの少人数のグループに分かれてギターの合奏をしているとき、誰のギターのどの音がずれている、という程度のことは指摘できる程度の耳、である。
別にこれはそんなにたいした話ではなくて、少しでも音楽に携わったことのある人なら造作もないことのように思う。
素人の僕にわかるのに・・プロ(?)のA君、それじゃぁ、まずいよ。
そしてその日はお開きになるのかと思いきや、これからみんなでご飯を食べに行くという。
時間は0時。
僕は心の中で
「え~・・こんな時間にモノを食うの・・嫌だなぁ。」
なんて思いながらも某有名ファミリーレストランに引きずり込まれていく。
徳島まできたのにファミレス・・しかも全国チェーンだからどこで食べても同じ味。
時間も時間なので、軽く食べる程度だと思っていたが、僕のそんな予想とは無関係に皆がオーダーしていくものは、
「ハンバーグ定食1つ。」
「エビフライとステーキのセット。ライスと味噌汁つきで。」
「あ、それ私も!」
「じゃあ、エビフライのセット2つで。」
「俺はカツどん」
・・・・・・・。
深夜にこの食欲。
男性のみならず女性メンバーも。
その上、20分たらずで皆さんきれいに完食・・・。
僕は豆腐サラダを食べるだけで精一杯なのに・・。
業界の人ってすごい。
しかし驚くのはまだ早かった。
一行はファミレス帰りにコンビニにより、酒とつまみを買いだした。
ホテルに帰ってから宴会をするのだという。
まったくお酒の飲めない僕だが、一応“マネージャー”なのでしぶしぶ参加することになり、飲めないお酒を飲んで気持ち悪くなりながら、愛想笑いをふりまくこと2時間。
ベースの人の
「じゃぁ、明日もあるので今夜はこれくらいで。」
の一言でやっと開放された。
僕がベットにもぐりこめたのは明け方の4時を過ぎていたように思う。
次の日はライブ本番。
19時開場、19時半開演。
しかし、リハーサルのために13時には会場入りしなければならない。
そう。いつもテレビをとおしてみる芸能人たちの生活リズムが今この目の前で再現されている。というかそれを体験してしまっている。おもいきり夜型な生活だ。
夜中のハンバーグ定食はともかく、鬱の人間には午後から活動できる仕事なんて夢のようだなぁ、とのんきなことを考えてしまった。
そしてリハーサルがはじまり、音響設備が最悪でバンドメンバーたちの機嫌がどんどん悪くなるなか、僕はお店のスタッフとの細かい打ち合わせを任された。
会場のテーブルや椅子の配置はどうするのか、チケットは入場時に半券を切るのか1ドリンクサービスの時に切るのか、次から次へと届くお祝いの花輪はどこに飾るのか、照明のあたりが悪いのではないか、ボーカリストA君のステージ入りと、はけはどのような動線で行うのか。
そう、雑用。
だってそれしかできることないんだもん。
むしろ、事前打ち合わせが一切ないまま、
「桐原君、あとはお願い。」
と言った社長の一言でここまでこなした僕はえらいと思う。(誰も感謝してくれないので自分で褒めておく。)
そして本番を迎えるわけだが、意外にも会場は満員御礼。立ち見もでる状況になっていた。
とは言え、小さな会場だったから100名程度だったのではないかと思う。
それでも僕の心の声は
「え~?なんで?何がよくてここにきているの?」
と疑問を抱え込んでいる。
ライブ中、僕は何をするわけでもなく、ステージ脇にたち、バンドメンバーの演奏とボーカリストAの歌声を聞いていた。
何度聞いても、僕にはなんの魅力も感じないのだが、なぜか会場は盛り上がっている。
不思議な国、徳島・・・。
いや、多分、ここにきている人たちがマニアなだけなのだろう。
ドラムの爆音と奇声をあげるファンの皆さん、忙しそうに動くお店のスタッフ・・。
僕はここで何をしているのだろう。
ここは僕がいる場所ではない気がする。
おそらくそうだ。いや、絶対にそうだ。
ここは僕の居場所ではない。
頭の中でそんな思いが駆け回るなか、お客さんの一人が僕のそばにやってきて耳打ちをしてきた。
「あのね、他の店のことで悪いんだけど、60年代の曲ばかりやっているバーって他にないかしら。」
僕はこの店のスタッフではない・・。
「あらごめんなさい!フロアマネージャーかと思って・・。じゃぁ誰に聞けばいいのかしら?」
そんなこと知らない。タウンページで探せ。
そして入れ替わるようにやってきた二人目のお客さんはこう言った、
「ブルーハワイもう一杯。」
だから僕はこの店のスタッフでじゃないって。
あ~何やってんだ。俺。
全曲目が終わり、アンコール曲も4曲ほど歌ってやっと終了を迎えたライブ。
僕はCD販売の係となり、帰路に着くお客さん相手に売り込みをはじめる。
「こちらでCDを販売しておりま~す!ぜひどうぞ~!今なら本人のサインつきでーす。」
何やってんだ。俺。
その後会場の後片付けや関係者へのお礼周りを行い、すべてが終わったのは0時前だった。
そう、そして予想どおり彼らは「打ち上げ」に突入するのである。
さすがにその頃には、僕の精神も肉体も疲弊しており、一刻も早く一人になりたかったので、「調子が悪い」なんて嘘をついて一人ホテルに帰り、シャワーを浴びてやっと一息ついた。
疲れたなぁ・・。
髪の毛を乾かしながら、もらったCDを何気なく見ていると、ジャケットのスタッフ欄に見覚えのある名前が・・
「マネージャー:桐原亮司」
え~・・・。
なんで今日はじめて会ったのにCDに名前がはいってるんだよ・・。
結局彼らの打ち上げは朝まで続き、ボーカリストA君も社長もグダグダに酔いつぶれ、翌日の業務に大きな支障をきたした。
本当は、「これからもマネージャーよろしく。」とのたまう社長やA君と今後のことについて話をしたかったのだが、そんな余裕はないようだ。
なんとなくあやふやなまま、徳島駅まで見送られた僕は、帰りの便の都合で高速バスに乗って神戸空港へ。
ところが「チケットの清算に使って」と渡された社長のクレジットカードが使えないというトラブルが発生し、搭乗手続きの締め切りが刻一刻と迫る中、JALのお姉さんと僕は二人でパニック状態に陥った。
結局、仕方がないので僕が自腹で二万円を払い(株主優待券を使ったので安かったのです。)なんとか予定していた便に乗り込むという間抜けっぷり。
帰りの飛行機の中で、
「やっぱり自分には向いていないなぁ・・。なんで徳島まで行ってこんなに疲れてるんだろう。」
なんて考えながら、帰り際に社長から「今回のバイト代」として渡された封筒をあけてみる。
そこには一万円札が一枚、申し訳なさそうに入っていた。
知り合いだし、そんなに大きな会社でもないので最初からバイト代はあてにしていなかったし、自分がお金を出さないですむならそれでいいや、と思っていたのでその額に不満は感じなかったが、自分が帰りのチケット代を支払っていることにふと気づいた。
一万円もらっても二万円自腹を切っているので、結局一万円の損である。
なんか、本当に、何やってるんだろう。
なんとも言えない思いのまま居候中の家にたどり着いたのは21時くらい。
リビングのドアをあけると、
母が電話をしながら泣いていた・・・・。
あ~・・・いつもの現実・・・。もう嫌。
僕の人生、どこかが間違ってる。絶対に。