蛙の掘立小屋~カエルノホッタテゴヤ~

蛙のレトロ探求と、本との虫と、落語と、日々の雑事。

夢二「最愛の恋人」伝説~笠井彦乃(1)

2005-09-21 21:49:15 | れとろ・とりっぷ
「三人の女性」の中で、夢二最愛の恋人といわれているのが、笠井彦乃(戸籍名:ヒコノ)です。元は山梨県南巨摩郡西島村(現・身延町、旧・中富町)の出身でしたが、一家を挙げて上京。とうとう宮内庁ご用達にまでなる紙問屋となった。故郷から転居して成功を収めた家……という点では、たまきと似ているかもしれません。
絵が好きで、女子美術学校に通っていました。彦乃の父が、どれだけ、そしてどのようにして娘を可愛がっていたのか見えてくるような気がします。女子美は当時男子校だった東京美術学校に対抗してつくられたものです。明治・大正の少女たちにとっては「男子と対等である」という夢と自尊心、憧れを、知的に満たしてくれる貴重な場所であったことでしょう。但し、芸術という男性に対して利害関係の比較的薄い分野ではありますが。
彦乃が女子美で製作した「御殿女中」という絵は、手に扇を持った女中が笑みを浮かべて立ち上がっている図になっています。舞っているようにも見えますが、何かに気づいたような表情が、文鳥か何かでも見つけたところを連想させます。左下には小さく「優」の成績評価が。父親ご自慢の娘さんだったことでしょう。

彦乃は当時の絵や可愛いものに気を使う少女たちのご多聞に漏れず、夢二のファンでした。夢二は絵葉書や封筒、千代紙、ポチ袋、半襟といったアイテムをデザインし、それをたまきに「港屋」という店で売らせていました。「港屋」へ行けば、夢二先生に会えるかもしれない、絵を教えてもらえるかもしれない。今も昔も変わらぬ乙女のミーハー心で、彦乃はこの店に出入りするようになります。
心に描いていた優しげな風貌をした彦乃の登場。夢二も彦乃に心を寄せるようになり、聖ニコライ堂で初めて恋の言葉を交わしたと言われています。

しかし。
彦乃の父から見れば、夢二は当然、信頼のおけない男でした。前妻のたまきとも、別れたのか別れていないのかハッキリしない関係が続いていたのですから。自棄か、自分が格上であることを言外に主張しようとしたのか、貞女のイメージに酔っていたのか、それとも二人の仲を壊してくれることを期待したのか、たまきが彦乃の父に「お嬢さんを竹久にください」と直談判しにいく騒ぎがあってから、父の彦乃に対する監視は厳しくなっていき、とうとう学校にさえ通わせてもらえなくなります。
そこで彦乃がとった作戦は、かなり大胆なものでした。彼女は京都に絵の勉強に行きたいと父に頼みます。また、友人に頼んで、それとなく京都が彦乃の絵の勉強に相応しい場所であるよう父に吹き込んでもらいます。勿論、女子美で優をとる彼女のことですから、「絵の勉強~」は本心には違いなかったでしょう。しかし、それよりも大きいのは、当時夢二が京都にいたと言うことです。

二人はたまきとの間の次男・不二彦と一緒に、二年坂で暮らしました。
その後に新婚旅行のようにしてやってきたのが、北陸への旅行でした。