現代の課題は現代の経済学者が考えればいいではないか、というのは、それが大きな効果を上げているならそのとおり。しかし、理想的な解決策が見つからないのなら、経済学の過去の偉人ならどう答えるか、という問いに想像をめぐらしてみるのも時間の無駄にはならないだろう。現実の経済担当者や実務家は最先端理論で仕事をこなしているつもりでも、少しでも現実と理論の乖離があり疑問があれば過去の理論をなぞりながら考え直すだろう。一心不乱に現実を変えようとする権力者であっても、過去の誰の理論が自分の政策に合致するだろうかと、考えはしないか。
12人の偉人と彼らに問うた現代の課題とは次の通り。「見えざる手」のアダム・スミス:政府は経済のバランスを調整すべきか。 「自由貿易の追求」のリカード:貿易赤字は重要な問題か 「マルクス主義」のカール・マルクス:中国は富裕国になれるのか アルフレッド・マーシャル:格差の発生は避けられないのか アービング・フィッシャー:1930年代が再来する恐れはあるのか ケインズ:投資をするべきなのか控えるべきなのか シュンペーター:何がイノベーションを促進するのか ハイエク:金融危機から何を学べるのか ジョーン・ロビンソン:賃金はなぜこれほど低いのか ミルトン・フリードマン:中央銀行は仕事をしすぎているのか ダグラス・ノース:なぜ豊かな国はこれほど少ないのか ロバート・ソロー:低成長の未来がやってくるのか
本書で焦点を当てているのは1929年の大不況と2008年の金融危機を節目にした世界経済の転換とその後の世界大戦、そしてBREXIT、トランプ大統領誕生である。現代社会がぶつかっているのはグローバル化と資本主義経済の限界なのであろうかという疑問である。自由貿易を推進してきたアメリカで、世界競争で切磋琢磨する米国であっても、自国内での経済的敗者と自覚するアメリカ有権者はトランプに投票し、EU統合でグローバル化の最先端を走るはずだった欧州で、生産性向上と経済成長の波に乗り切れなかったと感じた英国有権者はEU離脱にYesと投票した。また、筆者が指摘するように、日本における「停滞の数十年」は高齢化に伴う生産性停滞だけが原因であろうか。
実際アメリカだけでなくイギリスでも、そしてドイツでも日本でも中位所得層の所得レベルはここ20年停滞し、上位1%が占める資産は相対的に拡大し続けている。さらに言えば先進国と開発途上国の経済格差は縮小傾向にあるのに、各国内での経済格差はむしろ拡大している原因はグローバル化の進展にあるのかもしれない。自由貿易が世界経済にとって必要であることは過去の偉人たちをも含めた経済学者の間でのコンセンサスのはずなのに、なぜBREXITとトランプ大統領は登場したのだろうか。産業革命やIT革命に続く世界産業界におけるイノベーションは果たしてこうした閉塞を打ち破ることに成るか。本書内容は以上。
筆者によれば、経済理論だけに固執する学者の評価は低く、人間科学など社会学との連動を理論付けた学者の評価が高そうである。どうも「経済学」とは、今の問題を解決できる理論ではなく、経済の出来事や社会的イベントを、政治家や投資家たちが、自分たちの行いを正当化するために後付で都合よく解説できるだけの存在なのかもしれないと、本書を読んで私は考え始めている。それでも、過去の12名の経済学者の生い立ちやアカデミックな背景、そして各偉人たちの経済理論の概要を学べる本書は、経済学を志す人や現代社会における経済の混乱原因をなんとか紐解きたい人には格好の読み物である。