『三樂録』

「善樂」「健樂」「長樂」の探究軌跡。自ら楽しみ、人を楽しましめて、人の道を行うことこそ安分なり。「折々の記」。

初詣

2020年01月09日 | 探訪記

令和二年、ブログ始めは、初詣旅始め。1月6日(月)に、浅草寺、明治神宮、川崎大師の人気初詣スポットへの参拝。今年も、「浅草寺」の正月初詣の参拝客数は例年通り約290万人といわれており、明治神宮300万人、成田新勝寺310万人、川崎平間寺(川崎大師)305万人に並ぶ人気。

 初詣

 願掛け忙し

 御朱印記帳

 

 

お寺参りする前に築地でお食事。お店は『すしざんまい別館』。前日東京中央卸売市場の豊洲市場(東京・江東区)で、元号が令和となって最初の初競り。注目のクロマグロは、青森・大間漁港から届いた重さ276キロのクロマグロ。1キロ当たり70万円の値で落とされ、1体での総価格では1億9320万円。そのマグロが口に入ったか?

競り落としたのは、マグロ大王の異名を持つ木村清社長(67)の率いる寿しチェーン「すしざんまい」(全国57店舗)。昨年も、クロマグロ1体での史上最高額となる3億3360万円で競り落とし話題。

 

 

先ずは、『浅草寺』。創建は628年(飛鳥時代)。江戸時代には、江戸の鎮守として、将軍家からの絶大な崇敬を受け、繁栄を極め今日に至る。

御本尊の聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)は、仏さまの中でも最も慈悲深く、商売繁盛、家内安全・学業成就・厄除け・病気平癒などあらゆる願い事をかなえてくれる。

 

 

「浅草寺」といえば、「仲見世通り」。近年、浅草寺の境内は外国人の観光客が目立ちますが、日本人で境内が埋め尽くされる日が、正月初詣の時期。とはいえ、外国人も分かる程度には、参拝していた。お詣りもそこそこに、御朱印記帳へ。時間ギリギリでgetできました。

 

 

続いて、「明治神宮」。東京で最大の神社。明治天皇と正后昭憲皇(太)后を祀るため創建。近代になって新たに創られた神社であることから、明治という時代を体現する天皇を象徴する、伝統的な祭祀空間の「内苑」、近代的(西洋的)な公園空間の「外苑」で構成。

 

 

参拝客は確かに多い。参りするにも並んで時間もかかった。御朱印帳も購入予定でしたので、家内は最初から御朱印記帳へ。最終的には出発の時間には間に合わないと判断して、お詣りを済ませた。

 

 

最後は、私も家内も初めての「川崎大師」。真言宗智山派の関東三大本山の一つで、真言宗の祖・弘法大師が御本尊。数ある寺社の中で、なぜ川崎大師にお参りする人が多いのか、地方在住の私たちには大きな疑問。訪れてみて思ったことは、庶民の間に広く深く浸透した、御大師様への信仰がもとになっているのではないでしょうか。

 

 

縁があるのか、御朱印帳の購入も御朱印もすぐに手にすることができた。ゆっくり参拝し、仲見世をゆっくり覗きながら、家内とも今年ののスタートを、あれこれ思い巡らす時間もとれた。

 

 

 

【余 録】

「初詣」といいますと、昔からの習慣のように思ってしまいますが、実はそんなに古くはないらしい。江戸時代までは一家の主人が家を代表して、年末から元旦にかけて地元の氏神様に泊まりこむ(年篭り)という習慣があった。それが泊まり込みをせずに、「年末」と「元旦」に分けてお参りするようになり、この元旦参りが、「初詣」のもとではないかといわれている。

 

 

 

 

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夕陽

2019年12月10日 | 探訪記

 11月30日(土)、伊豆修善寺へ紅葉狩り。


常磐高速道路の「つくばジャンクション」から圏央道へ。晴天に恵まれ「旅日より」。すると直(す)ぐに、進行方向の左側に見えました。初めての気づきにビックリ。「富士山」が見えた。バスが進むにつれ、正面には雪を被った「日光連山」。そして、「海老名インターチェンジ」から東名道を通り伊豆半島へ。「富士山」を見たいという妻の希望で、今年一年間、3.4回ほど足を運びましたが、今回はこれ以上の「富士山」はないと妻の弁。今年最後に、大満足の「富士山」。当初の目的だった「紅葉狩り」は?
 


レストランは熱々バイキング! リニューアルオープンした道の駅「伊豆のへそ」。伊豆の真ん中を流れる狩野川近く。敷地内にバームクーヘン工場があり、出来立てバームクーヘンを直売。「伊豆のへそ」とは? 伊豆半島の真ん中あたり、そして近くにある大きな岩山、城山がまるで伊豆のおへそ(でべそ?)のようだからということ。レストランはブッフェレストラン、テッパンバイキング。シェフがその場で、鉄板で焼いてくれて、美味しく楽しむことができました。
 
 夕陽受け
 
 背丸める影 
 
 妻菜摘む


続いて、修善寺自然公園『もみじ林』。公園中央部と修善寺虹の郷内には、それぞれ1haに約1000本のもみじ林があり、このもみじは大正13年(1924年)町制施行記念に植樹されたもの。11月中旬から12月上旬にかけて鮮やかに紅葉し、「もみじまつり」も開催。もみじ林の北側にある「富士見台」は、空気の澄んだ日には富士山を眺望、この日は文句なし。写真撮影も最高。



最後の楽しみ、18回目を迎えるイルミネーション「ひかりのすみか」。新しい時代への思いを込めた「希望~光の彼方へ~」がメインテーマ。光の閃光「スーパーサーチライト」が時之栖の上空を照らし、壮大な宇宙・銀河・星空をイメージした世界が敷地全体に。注目は日本一の高さを誇る噴水ショー会場、「王宮の丘」にできた新たなスポット「LIGHT OF MAGIC WONDER CIRCUS」。また、樹齢120年のモミの木は、宇宙空間をイメージしたカラーに彩られ、初夢の橋には、無数の星が織りなす「星屑ロード」も初登場。


初夢で見る縁起物、「一富士二鷹三茄子」のモニュメントもgood。初夢は、新しい年を迎え、最初に眠った日の夜に見た夢。富士山は「不死」、鷹は「高い」、茄子は「成す」という意味。続きは、 「四扇(しおうぎ)」「五煙草(ごたばこ)」「六座頭(ろくざとう)」、「扇」は、儀式や踊りを舞う際に使用する小道具。「タバコ」もおまつりやお祝い事などで人が集まる際には、なくてはならないもの。このため縁起物。「座頭」とは、髪の毛を剃(そ)った盲人のことを指し、「毛がない」ことから「怪我ない」とされ、家内安全を願う象徴。さあ、来年の初夢で見たい縁起物は?



【余 録】今年も残すところあと一か月。夫婦ともに、年齢相応に病院にお世話になるようになってきました。私が具合悪いときは、献身的に世話をしてくれました。家内のときは、私自身が、自分でできることは自分でするようにはしました。家内の手助けまではできませんでした。家庭円満、家内安全、成就のために、日々誠実に頑張っていることが、今回の旅で報われたのでしょう。雄壮でいて、神々しい雪を被った富士山ですが、今日は一日中我が家の悩み辛(づら)さなどは些末(さまつ)なことだといわんばかりに、温かく包み込んでくれているようでした。


 『千両箱 富士の山ほど 積んだとて 冥土の土産に なりはすまいぞ』

上述の道歌のような「千両箱」は無理なので、「富士山」くらいの千両箱の「高さ」はあきらめ、思いの深さで「感謝」したいと思います。しかし、なかなか実行には到(いた)らず、「気持ち」で終わっています。馬齢を重ねるとともに 、「これで良い」のではなく、「これが良い」と思うようにしています。

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冬日向

2019年12月03日 | 茶飯事

令和も12月になり、残すところあと一か月。「終わりよければ・・・」に倣って、夫婦ともに、健康管理に努めたい。
 
退職を機に増築してもらった六畳部屋。在宅時はそこに籠もっています。朝から夕方時まで陽(ひ)が差し込み、夏季は暑くて大変ですが、冬はとても過ごしやすい。部屋用にと家内がプレゼントしてくれた「ミニコチョウラン」。花芽が多く楽しめそう。感謝!。

 
 
神奈川の姉から送っていただく「糀(こうじ)」で、毎年家内がつくる「手前味噌(みそ)」。作り方はお袋が作っていたのを見ていた記憶とネット情報。昨年の12月に作り「瓶(かめ)」で寝かせて、みそ汁や調味料として、いよいよお披露目。「手前味噌」ヨロシク、少しだけ身内にも「お福分け」。喜ばしいことです。



 9月の来宅時に姉夫婦から頂いた苗の花が咲きました。名前を聞くのを忘れ、今は「名無し」。ヨーロッパの童話に登場する「紫の妖精」のよう。いつも何かとお世話になり、感謝ばかりです。
 
 メダカ群れ
 
 温もり探す
 
 冬日向

 
今年の「干し柿」は、茨城産と福島産の柿使用。小さい柿は干し上がり、試食済み。大きいものも間もなく。結婚してから、毎年作ってもらい食することができるのは、我が「良妻」の内助の功。今年のものも大変美味で、有り難いことです。



「秋ジャガイモ」は、今年は順調。先月末の29日(金)に霜が落ち、地上部が萎えてしまったので、急いで収穫。これからは今年再びの新じゃが。嬉(うれ)しいことです。
 


秋空を背景に「黄」が映える「ゆず」。今年は、大きな二度の台風により、表面がトゲでちょっと色変わりしていますが、食用、調理には問題なし。収穫は私の担当ですが、トゲ有る枝の片付け、ゴミ出しは家内担当。頭が下がります。

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小春の日

2019年11月16日 | 探訪記

11月13日(水)は、「茨城県民の日」。家内とともに福島県白河市に「御朱印巡り」。9時に出発し、休憩、寄り道して、白河市に入ったのは、11時半を過ぎていた。先ずは昼食に「白河ラーメン」。特徴は、麺にあるようです。喜多方ラーメンも縮れている麺ですが、白河ラーメンはさらに縮れているとのこと。手打ちで麺を手もみして縮れさせる伝統的方法。スープは鶏ガラ豚骨。喜多方ラーメンよりもやや濃いめ。炭で燻したチャーシューもgood。シンプルな「中華そば」が一番人気、ワンタン麺も人気を二分。勇んで、人気上位のお店に行ってみると、「臨時休業」。




そこで、「成田山圓養寺」に。昼食時間のお詣りでしたが、ご住職がお寺の歴史などのお話をしてくださり、缶の御茶まで下さいました。こんなに親切にして頂いたのは、初めての体験。


 
続いて、「開会山妙関寺」。門をくぐると、白河市指定天然記念物の樹齢約400年と推定されるベニシダレザクラ「乙姫(おとひめ)桜」がそびえ立っています。ここでも、親切にお話をしてくださいました。


次は、すぐそばにある「月心院」。「本堂に上がってお詣りしてください」と、親切にして頂き、お菓子まで頂戴しました。


そこから、「皇徳寺」。ここには、民謡『会津磐梯山』に出てくる「小原庄助」さんのモデルではないかと言われる、戒名「米汁呑子信士」さんのお墓があります。辞世の句は、『朝によし 昼になおよし 晩によし 飯前飯後 その間もよし』。ここまで好きだと、羨ましいかな。墓石の形はとっくりとさかずき。


ここで一時を過ぎ、昼食タイム。近くの人気店「茶釜食堂」。50年以上前から続くお店で、「昔ながらの支那そば」が有名。のど越しの軽いワンタンが入ったワンタン麺は、やはり人気。厚めに切られたバラ肉チャーシューがたっぷりのチャーシュー麺も人気。家内は「昔ながらのラーメン」、私は「チャーシューワンタン麺」(写真)。ちょっと薄味で麺が柔らかめで、美味しかった。
 
店を出て、目の前にそびえる「小峰城」。日本100名城のひとつで、東北では珍しい総石垣造りの城。盛岡城、会津若松城とともに東北三名城のひとつ。天守相当の御三階櫓は戊辰戦争の際に焼失、1991年(平成3年)に復元。



雨もぱらつき始めたので、足早に見学を済ませて、「南湖神社」。秋の気配が漂う「南湖公園」の中にあり、ご祭神として松平定信(白河楽翁)をおまつりしている。日本最古の公園である「南湖」を築庭し、身分制度の厳しい時代に一般庶民にも開放。「偕楽園」と同じかな。


楽翁を敬慕する白河市民を始め、各地の崇敬者と、当時のわが国財界巨頭渋沢栄一の尽力により、大正9年神社設立が認可、大正11年御鎮座大祭が執行され、今日に及んでいる。
 
帰路は、道の駅「東山道伊王野」で、つるし柿用の渋柿を買って、帰水は午後6時近く。

今回の福島県白河市、御朱印巡りの旅は、訪れたお寺や神社の住職・宮司様の対応が、親切丁寧で、幸福感に満たされ、「感謝」ばかりです。さりげない日常の「利他」に触れた。
 
 小春の日
 
 ほっこり醸す
 
 御朱印かな




【付 録】

11月2日(土)は、家内と長姉と孫の珍道中。笠間の「菊祭り」で三世代の天気に恵まれたドライブ。





昨日は、道の駅「伊王野」と、14日(木)「茂木」で娘と買ってきた柿で、干し柿作り。我が家の風物詩。

今年の「ゆず」も、よくできました。近しい人に「お福分け」。残りは家内がゆずジャムを作ります。ちょっと苦みがあってなかなかのものです。


年の瀬に向けて、日常生活もイノシシ年の締めくくり。悔いのないようにしたい。慌てることなく、ゆっくりと仕上げのポイントに着地。「跳びすぎて、着陸地点 見失う」には、なりたくない。

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曼珠沙華

2019年10月01日 | 三楽菜園
死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、蛇花(へびはな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨子花(すてごばな)、「はっかけばばあ」と呼ばれ、不吉であると忌み嫌われる「曼珠沙華」。


しかし、「赤い花」「天上の花」の意味で、めでたい兆しとされることもある。
 

 
彼岸花の毒は、花、葉、茎、根など、すべての場所にある。特に毒製物質が多く含まれるのが、「鱗茎(りんけい)」の球根。花が終わり葉や茎が枯れた後も、鱗茎が土中に残り、花を咲かせ続ける。必要以上に彼岸花を避ける必要はない。彼岸花は触っても、問題はない。口に入れたり、食べたりすることで、身体に影響をおよぼす。
 
 

昔は、この毒性により、土葬した骸(むくろ)をモグラや蛇などの動物から守るために、墓に植えられていたと考えられる。そこから、不吉な花名で呼ばれ、忌み嫌われるようになった。田んぼのあぜ道などに植えられているのも、同様と考えられる。
 

茎だけが先に伸び、その先端に花の蕾(つぼみ)をつける。花はちょうど夏の終わりから秋に咲き、そして、花が終わった晩秋に葉がでてくる。


 
 燃えて立つ

 衣まとわぬ

 曼珠沙華



学名の属名Lycoris(リコリス)は、ギリシャ神話の女神・海の精であるネレイドの一人 Lycorias から命名。めでたい兆しと知り、リコリスの球根を求め、現在は10種類ほどになった。少しずつ球根も増え、群生も見られるようになってきた。


【余 録】



「人は人によりてのみ人となり得べし、人より教育の結果を取り除けば無とならん」と、哲学者カントは言葉を残している。カントは、「教育が人のすべてである」と言う。「人は生まれただけでは人ではない。人は教育を受けて人になっていく。人を人たらしめるものは教育である」と言っている。



小学校に入学する年齢ころまでは、人間の脳細胞の分裂は、最もスピードが早いらしい。「養育」、「教育スタート」の時期に、若い夫婦は何を教え、導き、育てようとするのか。



ある教育者の言葉を借りれば、「授業」とは「業(わざ)を授けること」。知識と経験のある人が、未熟な相手に対して自分の持つ「知恵」を授け、学力・能力を形成していくこと。「指導」とは、目指すべき方向を「指し」、そこへ「導く」こと。「教育」は、「教え」「育てる」こと。個々の技術や知識にとどまらず、人間をトータルに捉え、「人格の完成」を目指すことが望まれる。


「人は偶然によって出会う。それが偶然で終わるか、必然に発展していくか、そこが運命の岐路となる」 さあ、我が子たちにとって、親との出会いは、「必然」でしょうか、それとも「偶然」か。

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