昴星塾(ぼうせいじゅく)のブログ

リサ・ロイヤルの「ギャラクティック・ルーツ・カード」に親しむ会。不定期の掲載。

言霊―2

2011年02月04日 | 日記

平成23年2月7日

言霊―2 

2月1日午前7時45分、九州の霧島連山の新燃岳が起こした爆発的噴火の映像は自然のすごさを感じさせた。そのとき「空振」が起きたというテロップが流れた。恥ずかしながら「からぶり ??」と読んでしまった。別に宮崎の野球キャンプに関心があるわけではないが、正しくは「くうしん」というらしい。7キロ先の老人ホームの厚さ1センチのガラス窓が割れて、お年寄りが怪我されたという。振動はそれ自体エネルギーをもっていることがよくわかる。音の振動にせよ、水中の振動にせよ、地中の振動にせよ、エネルギーが振動して想像を絶する作用をする。

 振動は自然界にあるだけではない。むしろそれ以上に、広範囲に生活経済や政治社会における「空気」の振動の影響は大きい。思想や言論という「空気」が読めない政治家の末路が哀しい。

インターネット上の情報交換が初めて本格的に主権国家による情報操作や統制を踏み越える世の中になってきた。ツイッターとかフェイスブック、携帯電話のメールなどの方法で、民衆の自然発生的なしかも政治的な意思を明確にしたデモや集会が今世界を動かしている。つい最近のチュニジアとエジプトでの反政府運動の発生とその急激な広がりについて、今後どのような動きになるのか予見は難しい。今回のチュニジア、エジプトのインターネットのつぶやきは国家によるやらせとは全く性格がことなる。

 うわさとか、落書き、流言はしばしば古代国家の命運を分けた。過去の場合、名もなき民衆の声は、流言蜚語(りゅうげんひご)とさげすまれ、信頼性に欠けるという風に言われ続けてきた。たしかに、関東大震災のときにはあったように、しばしば根も葉もないデマであることが多い。しかし、砂金と同様に、砂に混じって金塊が光っている場合がある。だからこそ、為政者たちは決してちまたに流れるうわさや落書きを見落とさなかった。日本の場合の実例は、古くは崇神天皇記にある。崇神天皇という方は、それまで皇室に留められていた御神鏡を伊勢にお移しになられた。そして伊勢神宮が建立されたのであるが、この天皇にも政敵はいた。崇神天皇は真の意味で、太平の世をもたらすために「マツリ」による「ヤワラギ ムツビ」を実現された「スメラミコト」であったのかもしれない。それにもかかわらず暗殺がもくろまれた。民衆はそれを憂い、なにかうわさをしあったらしい。それが天皇の耳に届き、事前に陰謀が察知されたという記事が古事記にある。

 中世、平安京の治安を担当していたのが検非違使(けびいし)といわれる警察組織だった。検非違使は落書きや流言を綿密に調査して収集し、治安対策につかっていた。

 幕末の「ええじゃないか」踊りも民衆の中から噴出した政治的意思表明であった。「ええやないか、ええやないか、ええやないか。ええやないか、ええやないか、ええやないか。世の中かわってええやないか」

こう踊りながら伊勢参りに熱狂した人々の群れが、維新の原動力になった。このような自然発生的な群集心理を研究する分野の学者の中には、無意識的に集まる群衆の集合意識に核ができるという。たとえば、フランス革命における一般大衆の群集心理と行動についての、アンリ・ルフェーブルなどの研究にそれがみられる。このようなエネルギーがひとたび方向付けがなされると、歴史に残るような変動となる。「ええじゃないか」踊りにも、天狗の面をかぶった工作班がご神札や小銭をばらまいて人々の熱狂を煽ったという。どこまで確かなことかはわからないが。倒幕への方向付けがあったことは間違いないのだろうが、ただ民衆の集合意識がそれを受け入れ、発展させたということが重要なことである。NHKなどのマスメディアは歴史大河ドラマでこういう民衆のエネルギーの部分にほとんど決して触れようとしない。マスメディアは意図的にごく少数の幕末のエリートたち、それも勝ち組の薩長や土佐の動きにのみ話題や注目を絞る。新撰組についても、やはり一部のエリート集団である。昨年大きくとりあげられた坂本竜馬も、日本の巨大総合商社にとっては星であるが格好よく描きすぎのようにも思える。むしろ草莽の臣というものは、下級士族を含めて郷士、庄屋レベルの農民、そして江戸や大阪で商う行商人、職人、井戸端の主婦達、かわら版屋、町医者や戯作作家、俳諧師、浮世絵師、大店の召使たち、貧乏浪人など、そういうひとびとの政治的意思表明が「ええじゃないか」踊りとなったのだが、そういう流れのことを広く知る機会を得ることは少ない。この大きな思想的うねりの背景にあったのは、決して水戸学などの漢学的な教養ではなく、むしろ国学の流れに求めなければならない。すなわち、本居宣長、平田篤胤、平田派神道家、あるいは本居家の「すずのや」派の神道家たちである。もちろんかれらには功績も失敗もあった。廃仏毀釈など、きわめて乱暴なものもあるが、そういうことを含めて現代のわれわれがNHKなどのドラマの範囲以上のものは「知らされない」ことは危険である。明治維新そのものが、薩長勢力の主導による急激な日本近代化、産業資本主義化、富国強兵一色に猛進することによって本来の「五箇条のご誓文」の趣旨からおおきくはずれ、「広く会議をおこし、万機公論に決すべし」の「公論」を封じ込めて、自由な言論を弾圧してきた。宗教政策では神道を含めて国家による思想統制を進めていった。そして昭和の初めに金融恐慌が起きた。

今の情勢と似ていて、1929年のニューヨークの株式大暴落を基点に世界恐慌が起きた。列強はそれぞれ経済圏、つまり市場をブロックにわけ、イギリスならイギリスの連邦だけ優遇する政策で乗り切ろうとした。イギリスは自ら金本位制をやめてインフレによって景気回復を図った。しかし、日本の当時の大蔵大臣井上準之助は金本位に固執した結果、深刻なデフレを脱却できなかった。

当時、特に窮乏した東北、それは官軍と戦って薩長政権から疎外され冷遇された地域だったが、そこの貧農の多くはやむなく娘を遊女に売りに出した。公然と町の通りに広告がでたほどである。大資本、銀行、政権中枢の国家主義的利益のためには民衆の嘆きを省みない姿勢に、民間人が反撃した。左翼は非合法の共産党であり、右翼は血盟団を率いた井上日昭のような日蓮宗の人が多かった。とくに右翼暗殺団は、自らは破壊に徹する、と言った。その後の理想社会の建設は他に任せると。よほど展望がもてなかったのだ。血盟団は政党総裁でもあった井上準之助、三井財閥の要人団琢磨を射殺した。また国際協調を優先してロンドン海軍条約を締結したのは亡国的だと憤激する国粋主義化した刺客が、浜口雄幸首相を東京駅で至近距離から狙撃し重症を負わせた。血盟団のような暗殺活動を警察が黙認していたわけではない。特別高等警察は共産党弾圧で今日非難されているが、実は右翼の暗殺団の摘発にも力を注いで一部は未然に防いだ。しかし、軍部の青年将校たちの怒りは激しかった。たとえば妹や姉が売られたような家庭の兄や弟も徴兵されて兵隊となったり将校になった。将校たちは身売りせざるをえなかった家族を嘆く兵隊に共感した。そして軍備予算を削り、大資本におもねる政党政治に見切りをつけ、宇垣救国内閣を興そうと計ったりしたが、ついに犬養毅暗殺となる五一五事件を引き起こした。このような事態をどう評価すべきかは非常に難しい。ただ暴力的解決策は、さらなる混迷と不正と憎しみを生むだけである、それだけは確かだ。しばしば外国のマスメディアにみられるような復仇を唱える強硬な主張によってどんなに煽られるようなことがあろうとも、決して選択してはならないことだと思う。こういう事態を、古事記はオオマガツヒの神、ヤソマガツヒの神の荒び、という。

なぜ日本が昭和のはじめに満州事件を起こしたのか不明な点が多いが、あまりに明治維新以降の政権が外国との戦争に勝つために国家主義的組織的統制を強めすぎたことも原因のひとつではなかろうか。それが日本人の視野を極度に狭めてしまい、人権を尊ばず、資本主義の論理を楯に弱肉強食は真理だと思い込み、他を制圧することに価値をおいて和を捨てたことが、日本が第二次世界大戦に突入していった原因ではなかろうか。

 今、ほかの国々も同じ過ちに陥らないことを祈りたい。

さて、日本の場合、第二次世界大戦によってかっての体制は崩壊したが、私たち自身が「公論」をまじめに実行しないなら、つまりマスメディアが本来もっている情報操作の影を見過ごしたりして鵜呑みにして、本当の動きを読めないなら、為政者に都合のよい政策にのせられたままであろう。税制や産業政策、防衛政策、すべてが国民の目覚めがあるか否かで変わってくる。今、日米そして欧州の政府と中央銀行は、なりふりかまわずに会計原則を曲げるような禁じ手を顧みず、空売り規制を含めて平均株価をあげようと躍起になっている。だが、もし懸念されるようなドルの暴落に至れば、急激な円相場の変動に見舞われ、原油や大豆などの暴騰になり、物価は急騰し、インフレを抑えるために金利が急激に上がればローンを組んでいる家計や借り入れに依存している中小企業はいきづまる。社会保障にも重大な影響がでる。対米依存のこれまでの政治経済は終わりをつげざるをえないだろう。そうなったとき、今、自分がすべきことにしっかりと心を落ち着かせていられるかどうかが、各人の運命を分けるだろう。小さなことにみえるかもしれないが、やさしい言葉遣い、感謝と思いやりの行動と言葉は、その場を和ませるきわめて良い影響をもたらす。そういう気力を保てば、天が必ず味方する。

 エジプトの怒りは、そもそもアメリカ型市場経済に反対するムスリム同胞団をムバラク政権が押さえつけ、社会的不正の是正を求める公論を抑えつけ、失業と格差を解決できなかったことにある。過去を尋ねれば、ムバラクが副大統領だったころ、スエズ運河を国有化した英雄ナセル大統領の後継者サダト大統領がイスラム系暗殺団によって暗殺された。30年前のことである。それが原因のひとつとなって、強権的治安対策がとられた。しかも、この事件の背景には中東の複雑な情勢があるのでムバラクだけを責めるわけにいかないと思うが、ことここに至ってはなるようにしかならないだろう。ところで、イスラム社会の連帯意識と共済活動はイスラム圏に強くて、たとえばグラミン銀行の発案はバングラデシュから生まれている。こういう発想や意識への理解がわれわれ日本人にはすくなすぎる。エジプトの混乱が石油価格の高騰につながれば、やがては石油をめぐる死に物狂いの争いになりかねない。とはいっても原子力発電推進には核兵器をもとうという隠された意図があるようだから、石油がないから原子力にという誘導にも気をつけなければならない。こういう時代にあっては、日本人は自覚をもって眼を世界に向け、イスラムからも学ぶ心をもち、和を願う真心で世界に語りかけていくことが必要と思われるのです。


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