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まず、第一章は、一の数え方から始まります。一十百千万億兆京垓予穣溝澗正載極・恒河沙・阿僧祇・那由多・不可思議・無量大数というものです。塵劫が仏教用語で無限を意味するだけあって、最初の章から、数の無限さを紹介する構成になっています。
あとは、体積・面積・かけ算・わり算(わり算の九九もある)を紹介して、ここからが生活に密着した問題があげられています。
2875石の米の代銀(現在の代金)が73貫600目である。一石あたりの代銀はどれだけか。
などの初級の問題に始まり、
三寸角で二間の木が400本ある。これを四寸角で二間の木と交換すると何本得られるか。
というように発展しています。
米の売り買い・俵まわし・両替や利息算絹や木綿の売り買い・船の運賃・検地・見積もり・材木の売り買い・・・・など、ほとんどが当時の生活の中で必要とされるものばかりなのです。
もしも、算数・数学を勉強している子どもが
「こんなことやって何の役に立つのかなあ。」
と嘆いていたら、是非この塵劫記のことを話してあげてください。
「算数は、元々生活の中から生まれた学問なんだよ。」と。
実生活の中から、このようなすばらしい学問体系を作り上げた先人が今から300年も前の江戸初期にいたことを・・・。
勉強になりました。
現在の義務教育の教科書も、
徹底して生活に根ざした内容になるといいですね。
生活に根ざした知的作業をさせるのは、教科書を使う我々教職員の仕事かな?
学習を身のあるものとして教材化することこそ、教師の仕事と思います。学級担任の時には、お風呂に入っていても、どんな展開にしようかとそんなことばかり考えていました。しかも、たくさんの教科を抱えているので、頭の中は、日夜教材かで埋め尽くされていました。