毎年恒例になったたろすけの兄弟が集まっての母を連れての温泉小旅行。
今年は阿蘇内牧温泉に行くことになりました。
しかし、それぞれ仕事を持つ兄弟5人が揃うのがだんだん難しくなり、
今年はたろすけと仙台から駆けつけた上の妹だけになってしまいました。
下の妹の姪っ子2人が参加してくれましたが上の姪っ子は卒業文集作りで
4日の午後からの参加、下の姪っ子は6日が試験ということで、
5日朝には帰らなくてはならなくなり、それぞれ忙しい中を集まってくれました。
そうした努力が身を結んだのか2日ともすばらしい好天になりました。
特に偶然4日夜に行き合わせた“阿蘇の火祭り”は20数年ぶりの晴天になった
・・との旅館の人たちの話でした。
写真下左は大分を出てまもなく、久住町に入る手前で撮った久住山。
その右は瀬の本経由で阿蘇外輪山を阿蘇盆地に下る直前の
城山展望台で撮った阿蘇、根子岳と高岳。
そして上は明けて5日の日、旅館の方のご厚意で非常階段に出て撮った
阿蘇山の周囲を囲む外輪山の一部です。
阿蘇・内牧温泉に到着~
宿泊した旅館はかの与謝野鉄幹夫妻が宿泊したという由緒正しき!?老舗旅館。(写真上2枚)
仙台から来た妹と、熊本の姪っ子たちは、上の姪っ子の卒業文集作りのため出発が遅くなり、
たろすけと母が先に到着。玄関脇の休憩所で出されたのが写真左下の抹茶(?)。
これが後で到着する姪っ子たちのお気に入りとなるのであった…(^o^)
上の画像下右は通された客室に落ち着いたばかりの母。散らからないうちに(^^;)パチリ。
リラックスタイム~
たろすけの母、妹や姪っ子と一緒にご機嫌の母。雪見障子が珍しい姪っ子2
右下は、昆布茶がおいしくて何度もおかわりする姪っ子たち・・ 笑
与謝野鉄幹夫妻の宿泊部屋
この旅館に投宿した時に紹介した玄関の大きな看板にあるように
与謝野鉄幹夫妻の宿泊した旅館だそうだ。
文学に疎いたろすけだが大文豪の人たちだということは知っている…汗;
…というわけで、彼らの泊まった部屋が資料とともに保存されている(写真)
15畳×2=30畳もある続き部屋! こんな大部屋にもかかわらず間に柱がない!!
80年も昔に建てられた当時として、この空間を木造建築、
こんな長い梁で支えるというのはすごいことだったにちがいない!
酷寒の阿蘇に冬場に泊まるのは暖房費が大変だろうが、夏場に泊まるとさぞや快適だろうと思う。
2人のモデルは、赤ちゃんのころからのたろすけHPの専属モデル(撮影の練習台?)に
なってくれている姪っ子たちです。こんなに大きくかわゆくなりました(^o^)
左上の写真は資料展示コーナーにあった与謝野鉄幹夫妻の写真を掲載です。
大きい部屋だから 寒かったでしょう?
昔の人は「夏」を基準にして間取りを考えたそうですが・・・
夏の夜「蚊帳」を張って眠るなんて風流ですよね~?今では用心が悪くって 無理でしょうねぇ~?
たろさん「蚊帳」って使ったこと ありますか~?
たわんで見えるのはレンズの歪みでしょう。
12ミリの超広角レンズでの撮影です。
蚊帳、使ったことありますよ~。
昔はサッシなんかなかったしね~。
まだ お若いのに・・・(笑)
あれって 朝たたむ時 二人いた方が 良いんですよね~?
姉妹の仕事でした。
懐かしいなぁ^~
あれ~随分と 昔に戻りましたね~~~
あの頃は~~若すぎた~~♪