来楽零「哀しみキメラ」電撃文庫、読了。
さて、日常の感想というよりは、観たもの読んだもの紹介となってきたこのブログ。初の電撃文庫感想文です。ジャンルとしてはライトノベルと呼ばれるもので、漫画のような表紙が目印。イラストさんと作家、あとは編集が三人一組で作品を作っていく(とも限りませんが)のがライトノベルの特徴です。
ちなみに、私もメディアワークス主催の「電撃小説大賞」応募用の小説をひーこらと書いてまして……四月十日必着でまだ完成していない有様ですが、投稿するつもりである以上、この文庫の本には必然的に手が伸びます。
さて、物事を語る前には、その物事を語るためのことから語るのが正しい姿勢かと思います。
あまり前おきばかりが長くなってもよくないのですが、前提、基礎知識というのは大切なものです。油が燃えると知らずに料理をすれば、大事故を引き起こしかねません。
だから、ここではライトノベルというものについて、出来るだけ簡単に。
ライト=軽い、ノベル=小説という名称が示す通り、比較的薄いものが多く(最近はそうでもありませんが)読みやすいのがライトノベルという小説の特徴。ライトというところが、軽い≒薄いというような思い違いをされることもありますが、
寝言を言いたければ、墓の底で永遠に言ってな
というのが私の意見。純文学だろうがライトノベルだろうが漫画だろうが、書くほうはそれでおまんま食ってかなければいけない上に、それだけを夢見て生きてきたなんて人もいますから、手を抜こうなんざ思っちゃいないですよ。出来るだけ面白いものを、人を感動させるものを書こうと努力しているのはもはや当たり前なのです。中身のあるなしはしょせん、作家の度量と読者の感受性なのですから。
一大前提として断っておかなければならないのは、ライトノベルには薄い小説も多いです。読みやすさを重視するために改行も多めに、どちらかといえば理屈を並べません。ですが、
読みにくいだけで面白くもない純文学に比べれば、中身がなくても読みやすくて、多少でも面白いほうがいいと思います。
対比で勘違いされがちなのは、純文学は高級なもの、ということです。
ですが、純文学という名称は、利益目的で書いていない=純粋=純文学というのが、そのネーミングのもとです。これは、一見ストイックでかっこいいのですが、一つ重大なことを見逃しています。
それは、売ろうとする工夫が欠けていることです。
売れるというのは、別に悪いことではありません。
むしろ、売れるものを書こうということは、向上心ということでもあります。
ただ純粋に書くとだけならば、日記でも書いていればいいのです。それもブログのようなものではなく、紙の日記に。
そういうものを商売にして成立してしまったがために、日本の小説界は変な時期を経験し、変な文学者たちを尊敬し、変な文壇を作ってしまったのです。純文学、面白いでしょうか。推理小説とかミステリーとか、SFとかファンタジーのほうが面白いような気がします。ライトノベルのほうが、面白いと思います。
面白く書こうとしているのだから、当然です。
小説の売れゆきが悪い、若者が活字を読まない。どちらかといえば、純文学などという面白さを追求しない小説をもてはやした人々の責任だと思います。映画は面白いから見ます。漫画も面白いから読みます。ならもちろん、小説だって面白いから読むわけです。
少なくとも、私はそうです。
さて、一応オチがついたところで、長くなりすぎた今日の日記はこのあたりでおしまいです。もし、ちょっとライトノベルに興味がわいた方がいたら、
講談社ノベルス:西尾維新「クビキリサイクル」シリーズ、那須きのこ☆「空の境界」
角川文庫 :滝本竜彦「ネガティブハッピー、チェーンソーエッヂ」
角川スニーカー文庫:十文字青☆「薔薇のマリア」シリーズ、谷川流「涼宮ハルヒ」シリーズ
電撃文庫 :甲田学人「missing」シリーズ、橋本紡「半分の月がのぼる空」シリーズ
ハヤカワ文庫 :森岡浩之☆「星界の紋章、星界の戦旗」シリーズ
ソノラマ文庫 :菊池秀行「吸血鬼ハンターD」シリーズ
あたりが私のオススメです。
これでも結構しぼったのですが、まだだいぶ多いので、その中からさらに三つ「こりゃ面白いだろう!」というのには、作者名とタイトルの間に☆を入れておきました。
最後まであまり飛ばさずに読んでくれた方、あなたに無上の感謝を。
さて、日常の感想というよりは、観たもの読んだもの紹介となってきたこのブログ。初の電撃文庫感想文です。ジャンルとしてはライトノベルと呼ばれるもので、漫画のような表紙が目印。イラストさんと作家、あとは編集が三人一組で作品を作っていく(とも限りませんが)のがライトノベルの特徴です。
ちなみに、私もメディアワークス主催の「電撃小説大賞」応募用の小説をひーこらと書いてまして……四月十日必着でまだ完成していない有様ですが、投稿するつもりである以上、この文庫の本には必然的に手が伸びます。
さて、物事を語る前には、その物事を語るためのことから語るのが正しい姿勢かと思います。
あまり前おきばかりが長くなってもよくないのですが、前提、基礎知識というのは大切なものです。油が燃えると知らずに料理をすれば、大事故を引き起こしかねません。
だから、ここではライトノベルというものについて、出来るだけ簡単に。
ライト=軽い、ノベル=小説という名称が示す通り、比較的薄いものが多く(最近はそうでもありませんが)読みやすいのがライトノベルという小説の特徴。ライトというところが、軽い≒薄いというような思い違いをされることもありますが、
寝言を言いたければ、墓の底で永遠に言ってな
というのが私の意見。純文学だろうがライトノベルだろうが漫画だろうが、書くほうはそれでおまんま食ってかなければいけない上に、それだけを夢見て生きてきたなんて人もいますから、手を抜こうなんざ思っちゃいないですよ。出来るだけ面白いものを、人を感動させるものを書こうと努力しているのはもはや当たり前なのです。中身のあるなしはしょせん、作家の度量と読者の感受性なのですから。
一大前提として断っておかなければならないのは、ライトノベルには薄い小説も多いです。読みやすさを重視するために改行も多めに、どちらかといえば理屈を並べません。ですが、
読みにくいだけで面白くもない純文学に比べれば、中身がなくても読みやすくて、多少でも面白いほうがいいと思います。
対比で勘違いされがちなのは、純文学は高級なもの、ということです。
ですが、純文学という名称は、利益目的で書いていない=純粋=純文学というのが、そのネーミングのもとです。これは、一見ストイックでかっこいいのですが、一つ重大なことを見逃しています。
それは、売ろうとする工夫が欠けていることです。
売れるというのは、別に悪いことではありません。
むしろ、売れるものを書こうということは、向上心ということでもあります。
ただ純粋に書くとだけならば、日記でも書いていればいいのです。それもブログのようなものではなく、紙の日記に。
そういうものを商売にして成立してしまったがために、日本の小説界は変な時期を経験し、変な文学者たちを尊敬し、変な文壇を作ってしまったのです。純文学、面白いでしょうか。推理小説とかミステリーとか、SFとかファンタジーのほうが面白いような気がします。ライトノベルのほうが、面白いと思います。
面白く書こうとしているのだから、当然です。
小説の売れゆきが悪い、若者が活字を読まない。どちらかといえば、純文学などという面白さを追求しない小説をもてはやした人々の責任だと思います。映画は面白いから見ます。漫画も面白いから読みます。ならもちろん、小説だって面白いから読むわけです。
少なくとも、私はそうです。
さて、一応オチがついたところで、長くなりすぎた今日の日記はこのあたりでおしまいです。もし、ちょっとライトノベルに興味がわいた方がいたら、
講談社ノベルス:西尾維新「クビキリサイクル」シリーズ、那須きのこ☆「空の境界」
角川文庫 :滝本竜彦「ネガティブハッピー、チェーンソーエッヂ」
角川スニーカー文庫:十文字青☆「薔薇のマリア」シリーズ、谷川流「涼宮ハルヒ」シリーズ
電撃文庫 :甲田学人「missing」シリーズ、橋本紡「半分の月がのぼる空」シリーズ
ハヤカワ文庫 :森岡浩之☆「星界の紋章、星界の戦旗」シリーズ
ソノラマ文庫 :菊池秀行「吸血鬼ハンターD」シリーズ
あたりが私のオススメです。
これでも結構しぼったのですが、まだだいぶ多いので、その中からさらに三つ「こりゃ面白いだろう!」というのには、作者名とタイトルの間に☆を入れておきました。
最後まであまり飛ばさずに読んでくれた方、あなたに無上の感謝を。