山伏(ヤンブシ)
よもぎ峠
「乗鞍岳」をもって締めにしたつもりだったが、大作(?)を見過ごしていた。「山伏」ヤンブシ、いい響きだなぁ。この山は地理的にみても、我が山歴に於いてもヘソにあたる。若い頃から安倍奥を歩いてきた。十枚山を皮切りに竜爪山、真富士山、青笹、大光、安倍峠、八紘嶺と連なる安倍川東尾根。井川峠、笹山、猪の段と続く西尾根。その奥まったところに山伏があり標高2,013mと最も高く、まさに安倍奥の象徴である。大昔は路線バスで行くしか手段が無かったため登山口まで、とても遠かった。先に挙げた山々を、いくつかこなしてから挑戦した。その後度々登ってきたからエピソードも多い。
因み山行】1999/7 Tanさんと。孫佐島から取り付き井川峠へ、笹山を越えて牛首峠、猪の段への急登をしのぎ山伏小屋泊。翌朝、頂上を極め更に縦走。新窪乗越から険吞な道を行き大谷崩れの頭着。山梨100名山「行田山」の標識にはやっきりしたが、ここの標高が1,999.7m山の高さに因む山行だった。
積雪期】2月、山の師匠M氏と登った。乗越に達したが積雪が深くルートが分からない。手分けしてルート探索、とは言え腰までの雪の中でのラッセルはかなり厳しい。暫くして彼から声がかかった。樹に矢印がプリントされた板が打ち付けてあった。瀬戸引きで白地に朱の矢印。昭和32年、静岡国体の際、安倍奥、大井川奥、南アルプス深南部のルートが随分整備された。その時の標識を見つけたのだ。国体の山岳競技に出たことのあるM氏の眼は確かだった。後刻、M氏から頂戴した写真を元にハガキサイズの画を彫った。版画教室に入って間もない頃の作品で稚拙だが、いい雰囲気が出ていて私は気に入っている。
山伏峠】JIMNYに乗って山伏の裏側(北側)を走り抜けた。山伏峠を越えた辺りからガソリンが残り少なくなりアラームが点灯し始めた。焦っているせいか、そこからの林道が長かったこと。見神の滝を眺めるのはチョンの間に済ませ先を急いだ。ようやく52号線に出た所にガソリンスタンドがありガス欠は免れた。
ヤナギラン】山伏に登り始めた頃は、頂上手前にヤナギランが普通に咲いていた。今はネットの中で細々咲いている。鹿に食べられて激減したらしい。
撤退】Nakさんと山伏小屋に泊まるつもりで遅くに出発した。ワサビ田を過ぎて沢沿いの道を上っていた。1,200m地点で沢から離れるべきところを、かすかな踏み跡に誘われて直進していた。沢は次第に狭く、きつくなっていく。ようやく道を間違えたことに気づき引き返した。もう上る気力も失せて、そのまま家に戻った。
マンチャリ】よもぎ沢峠の下1,425m地点の水場で休憩中、マウンテインバイシクルで下ってくる奴と出会った。渡渉点のゴロゴロ石をものともせず乗り越えて行った。一体どこから上ってきたのだろう。尾川丁仏参道を苦労してダウンヒルしていた我にしてみれば超人に思えた。
金メダル】新窪乗越を下っているとき高橋尚子がシドニー五輪のマラソンで優勝した。
ベストコース】山頂へのルートは数々あるが、私にとってのベストは牛首回りの道である。西日影沢登山口の手前で対岸に渡る。取り付き点は平坦でチョッと判りにくい。尾根まで標高差約500mジグザグ道を黙々と登る。タラの木が多くあるところを通るが、どうも食用の芽を摘むため植林したものらしい。尾根に出ると空が開け開放的な雰囲気になる。ここで熊と遭遇したことがあった。牛首峠までは巻道気味で緩やかな上りが続く、崩壊しているところが2,3ヶ所ある。この為このルートを通る人が少なく、それだけに静かな山行が楽しめる。牛首峠に出たら、ここまでのファイトを自画自賛しながら大休止。猪の段への上りはきつい、小一時間、ガンバ!その先の尾根筋は快適だ。緩やかに上下する林の中、西側千畳敷駐車場から上ってくる道との合流点辺りの解放感あふれる窪地。先は見えてきた、ゆっくり行こう。まもなく山伏小屋、折角だから覗いてみる。1957年静岡国体時に建てたそうだから傷みが進んでいた。ここには3度お世話になったのかな。小屋を発ち大ガレの頭を通過した後の縦走路に5月GWの時に雪が残っていたことがあった。緩やかに登れば山頂に到着。春夏秋冬、晴れの日、霧の日、いつ訪れても気持ちがいい場所である。山伏って、いいなぁ。少し前、西日影沢登山口を先に行った林道から上記の巻道に出るコースを、静岡市山岳会が開いたと聞いた。この道を登れなかったのが心残りだ。
富士山大好きプロジェクト】NHK総合テレビ、夕方、視聴者投稿の富士山が映される。山伏から見る富士山を何度も目にした。聞いたところでは、日の出時を撮るため夜駆けで臨むという。山岳写真にのめり込んでいたNakさんと登ったときのことだった。同好者として情報を得ていたのか、案内されるままついて行くと、山頂を少し北へ行った茂みの中にありました。撮影用具の一部が箱に入れられ鍵を掛けられた状態でデポしてあった。なるほど、このような努力があって、世間に問える作品をものにできることが解った。
画像に対して木版画で表現してみることに。放映される画は、当然のことながら富士山が見える絶好の天気ばかりだ。敢えて富士山が見えない画とする。枯木の向こうに富士山が在るのは、判る人には、判る。山の大きさに負けずと自分が彫れる最大サイズf10号とした。手前の笹は葉数が多く面倒だったが彫り抜けた。もっと繁茂させても良かったかも。霧はスプレーを吹いたが思っていたほどの霧にならなかった。結果としてヘソにあたる山の表現は十分ではなかった。
(2024年4月、IK記)
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山伏はIK氏と一緒に何度も訪れた山で、上記文の【因み山行】もそのひとつだ。山伏の写真をPC内に探していたら、旧『岳人』(東京新聞版)誌に寄稿した昔の案内文が出てきた。
山伏山頂部より望む富士山
温暖な気候の静岡、殊に中部の平野部では滅多に降雪を見ることはないが、一月の終りから三月にかけて、冬型の気圧配置が崩れ南岸低気圧が通過した後の週末となると、俄然心が躍り出す。遥かに望む銀嶺の南アルプス南部より連なる大井川、安倍川筋の山々が手頃な日帰りの雪山になるのだ。そうした中にあって安倍奥の盟主「山伏」は、僅かとはいえ標高も二千メートルを越え、雪原となった山頂部、富士山、南アルプス主脈南部の展望と、雪山の気分を手軽に味わえる魅力ある山で、冬季においても賑わいを見せる。
山伏山頂
山伏への登路は幾つかあるが、積雪期においては西日影沢からが一般的なようだ。このルートは山伏へのメインルートであり、多くの登山者に歩かれているのだが、どういう訳か地形図に破線の記載がない。登山口は、梅ヶ島新田バス停より左の車道に入る。大谷崩へ続く舗装道を右に見送り、ダートとなった林道を一キロ程進むと左側に駐車場がある。駐車場から西影沢を渡り少し進むと右側に登山口の指導標が立つ。
山伏山頂より望む南アルプス、聖岳・上河内岳
ルートは夏道どおりで、良く踏まれた右岸沿いの道を進む。沢を渡りしばらく進み、ワサビ田跡を過ぎて再び右岸へ渡り返すと大岩に出る。標高一二〇〇メートルのこの辺りまでは積雪を見ることは少ないが、桟橋を渡る際には凍結によるスリップに注意したい。大岩の先でもう一度西日影沢を渡り右にルートをとる。山腹の桧林を登り、幾つかの小沢を越えるといつしか自然林の斜面となり蓬峠へ着く。
広大な雪原となった山伏山頂部
蓬峠は山伏より東南に派生する尾根上にありほぼ中間点となる。ここから積雪も増してくるが、トレースは通常ならば付いている。峠から左へ北側を巻きながら緩く登り、南側の斜面に出る。急登を混じえながらジグザグに登っていくと尾根に乗る。霧氷の花を付けたブナや、クリスマスツリーのように雪を乗せたコメツガ、ウラジロモミなど冬の林は結構華やかだ。さらに急坂を登り切ると尾根は広くなり、稜線部に飛び出る。一旦下り、窪地状を少し進むと市営山伏小屋への分岐に出る。左に十分も行けば避難小屋があるので非常時には心強い。山伏山頂へは分岐を右に雪の丘を緩やかに登って行く。鹿の食害防止柵を左に見れば、すぐに標識の立つ山頂に着く。なお、大雪の直後は分岐手前よりトレースが無くなり、ラッセルとなる場合もある。
多雪時の山伏小屋分岐付近
高原状の山伏山頂は広い雪原となって、動物の足跡が転々と続く。その雪原にすくっと立つ疎林、温暖な地静岡にあって解放感ある貴重な雪山の景観だ。眺望も一級で、悪沢、荒川、赤石、聖、上河内と赤石山脈南部の主峰群がきれいに顔を並べ、その奥には塩見も顔を覗かせる。東側にはお馴染みの富士山が大きく鮮やかに見える。穏やかな天候に恵まれ時間があれば、贅沢な景色をゆっくりと堪能したいものだ。
下山は往路を戻るのが一般的だ。急坂やトラバースもあるので、アイゼンを着け慎重に下りたい。
(2010年2月記、『岳人』No.752「週末、雪の中へ」掲載)