昭和の街角「馬力とボンネットバス」
閲覧数1,104件(2009.11.17~2019.10.30)
こんな時代もあったねと・・・昭和の時代を切り取った一枚の写真
▲昭和30年頃の山崎東和通り 馬力(荷馬車)とボンネットバス
▲懐かしい馬力(荷馬車)
馬力は、毎日一宮町から山崎町間を往復し、地域の注文の品を買いつけ配達する仕事。「常便さん」と呼ばれ地域住民に親しまれていた。
馬には一定のところで、えさを与えていた。立ち去ったあとには、馬糞がてんこもり。残された糞は乾いて風で飛ばされて無くなる。そんな長閑な時代でした。飼葉桶(かいばおけ)に、切り藁(わら)と糠(ぬか)をまぶして熱湯をかけたものなどを餌にしていたようだ。
国道29号線や南光・山崎線が整備される前は、狭い街中をバスが走っていた。街中の道は城下町の名残りが残り、 鍵型道路(鍵の手) 、食い違い道路で見通しが悪く、家のひさしに当たることもあった。
※「宍粟のあゆみ」、「絵で見る郷土史やまさき」、「目で見る 宍粟の100年」より