古都ぶらりさんぽ

京都・奈良など全国を散策し鑑賞した文化、建築など紹介し、咲く花の美しさや魅力を画像に収めたり想いを綴っています。

伏見稲荷大社③本殿

2008-09-20 08:26:26 | Weblog
大社の本殿は重要文化財に指定されています。
仙洞御所から移築され、1494年に建てられたもので、稲荷造りと言われ室町時代の様式を今に伝えています。。
本殿は桧皮葺で、内拝殿を持っています。
また、本殿から裏の中鳥居を抜けると長者社、玉山稲荷社などの末社が建てられています。

伏見稲荷大社①楼門

2008-09-18 18:18:10 | Weblog
伏見稲荷大社は、言い伝えによると、稲荷明神(穀物神)が降臨したのが711年2月の初午の日。そのお使いが土の化身の狐とか。
全国4万とも言われるお稲荷さんの総本社です。
大鳥居から石段を上ると、写真の朱の楼門に。
朱塗りは丹塗りとも言いますが、古来より魔物を撃退させる色でもあります。また五穀豊穣の色でもあります。
そのせいか重層かつ雅かな感じ。これは1589年、豊臣秀吉の寄進と伝わります。
また、ここ稲荷山の神木から、弘法大師(時の空海)は東寺の塔を造ったと伝わっています。

御香宮神社④御香水の碑

2008-09-17 17:59:03 | Weblog
本殿の横には、遠いいにしえを偲ぶかのように、御香水の碑が建てられています。この神社の名の由来になったもので、名水百選に選ばれています。
また周りには東照宮、松尾社などの社が多く並んでいます。

御香宮神社③伏見義民跡碑

2008-09-16 17:53:42 | Weblog
表門のすぐ左には伏見義民事跡碑が建てられています。
1785年、時の奉行・小堀政方の悪政を幕府に直訴し、伏見町民の苦難を救い、自らは最後を遂げた文殊九助ら七人の伏見義民の功績を讃えた碑が建立されています。あまり有名ではありませんが、彼らの勇気には感心するのみです。
参道の右には、桃山天満宮などのお社が並んでいます。

御香宮神社②本・拝殿

2008-09-15 08:21:12 | Weblog
拝殿は1625年、徳川頼信が寄進したものと伝わります。
本殿は重文に指定されています。
1605年に建立されたもので、神宮皇后を祀っていて、安産の神様として信仰を集めています。
殿の上部には鮮やかな色彩で彩られ、寺宝として備前長光の太刀(重文)、千姫姫寄進の神輿など多数を有します。

御香宮神社①表門

2008-09-14 10:08:12 | Weblog
御香宮神社は、はじめは御諸神社と言われていました。
社伝によると、862年に境内に清水が湧き出して香気が漂い、その水を飲むと疫が癒えたことで清和天皇から御香宮の名を賜ったとか。
ご祭神は、安産・子育ての神である神功皇后、仲哀天皇、応神天皇ら9柱を祀っています。
一時期、兵乱や天災のより荒廃しましたが、関白秀吉により守護神として伏見城内に当社を再興し、さらに徳川家康がこの地に戻し、現存の本殿や表門を建立しました。
以後、伏見の産土神として信仰されてきたこともあって、開運・厄除、出生した初参りなどお参りする人が絶えません。
江戸時代に タイムスリップしたような白壁の塀から門をくぐります。
写真の瓦葺きの門は重文で伏見城の大手門と伝えられます。

円通寺⑤借景の庭園

2008-09-13 06:59:07 | Weblog
本堂の前には国の史跡に指定されている見事な庭園が広がります。
静寂の中で雅の世界を思わせます。
軒が下がり床が高く作られ、建物と庭園が一体化。遠景の比叡山の眺望を生かすために周囲の木を伐採し、中央の杉の木の数本の枝下を残し、それが無限の広がりを見せています。
また生垣の左右の高さを変えて、遠近法の手法を見せるように工夫されていて、苔の中に配した40余りの大小の石、生垣、比叡山が一帯となった風景は、正に借景庭園の極致と言えると思います。
芸術ですね。

円通寺④潮音堂

2008-09-11 18:01:43 | Weblog
興奮冷めぬまま、潮音堂に入りました。
この堂には、不空絹索観世音菩薩が祀られています。
この菩薩は隠元禅師が中国から持ち帰ったとか。
ここで、日本の芸術の最高作品を見る事が出来た充実感に浸ることがでします。
是非、訪れることをお勧めします。

円通寺③虚子の句碑

2008-09-10 17:47:02 | Weblog
俳諧の巨匠、虚子はこの寺を訪れ「柿落ち葉 踏みてたずねぬ 円通寺」と詠んだ句碑が建てられています。
多くの寺には句碑が残されていますが、ここ禅宗の寺と俳句。まさに最高の舞台でしょうね。