寿院南陵は、第1回で記しましたように、離宮の東殿として、1139年、五重塔が造られ、鳥羽上皇宸筆の法華経をその下に納めて、本御塔としました。
そして1156年、鳥羽上皇を葬りました。
その後、上皇の皇后、美福門院が新御堂を建てて、その下に、子の近衛天皇の骨を納めたのですが、境内の安楽寿院陵がそれです。
その後、多宝塔が1606年に豊臣秀頼により再建されました。
そして1156年、鳥羽上皇を葬りました。
その後、上皇の皇后、美福門院が新御堂を建てて、その下に、子の近衛天皇の骨を納めたのですが、境内の安楽寿院陵がそれです。
その後、多宝塔が1606年に豊臣秀頼により再建されました。