施設の介護日誌を見ていてふと疑問
「○○様、ご家族の方面会に見え、居室にて談話されておられる」
!?
おかしくないこれ。
どこがおかしいか分かりますか?
そう。
「おられる」
え?
僕はこの敬語をみたとき、すごく気持ち悪かった。表現として。でも、よくよく考えたらこういう使い方を他のところでも聞いたことがあるような気がする。例えば、飛行機に乗っていた乗客の具合が悪くなった時、フライトアテンダントの人はこう言うだろう
「お医者様の方、おられますか?」
ふーん。
そもそも「おる」という言葉は、「いる」という動詞の謙譲語だ。自分の行為を謙って使うときのものであって、人の行為に使っていい言葉ではないはず。でも、もしかしたらそういう表現もあるのかなぁ?と思ってしばらく様子を見ていた。しかし、介護日誌には「おられる」という言葉が飛び交い、やはり気になって仕方がないが、もしこれがあっていたならば注意するわけにもいかないので、調べてみた。
「おられる」
ふむふむ
やはりおられるという表現は間違った使い方のようだ。しかし、西日本ではこのおられるという言葉が常用されているらしい。確かに「おる」というだけではなく、そのあとに「られる」という尊敬語が付属されているために一見尊敬語のようにも聞こえなくはないが、根本的な動詞が「おる」になっているのだからやはりおかしいだろう。
西日本ではそれが当たり前のように使われているため、それが正しいという認識が強い。たとえ間違っているものでもずっとそれが定着してしまえば、使うことに違和感もなく、それが正しいと感じてしまうのだろうか。
敬語は難しい。
もし、ちゃんとした敬語を使うとすればこうなるだろう。
「○○様、ご家族の方面会に見え、居室にて談話されていらっしゃる」
「お客様の中で、お医者様はいらっしゃいますか?」
ただし、前者の場合、その前に「されて」という語句があるので「談話なさる」やもしくは「談話される」程度でもいいと思われる。
先生、そろそろ参られますか?
拝見してください
どちらも謙譲語が使われている。相手の行為には尊敬語、自分の行為に対しては謙譲語を使うのである。
普段自分が使っている敬語が間違っていないか、もう一度点検してみてください。
**おまけ**
「どうぞ、お食事をお召し上がりになってください。」
↑↑過剰敬語↑↑
何でも使えばいいということでもない。

「○○様、ご家族の方面会に見え、居室にて談話されておられる」
!?
おかしくないこれ。
どこがおかしいか分かりますか?
そう。
「おられる」
え?
僕はこの敬語をみたとき、すごく気持ち悪かった。表現として。でも、よくよく考えたらこういう使い方を他のところでも聞いたことがあるような気がする。例えば、飛行機に乗っていた乗客の具合が悪くなった時、フライトアテンダントの人はこう言うだろう
「お医者様の方、おられますか?」
ふーん。
そもそも「おる」という言葉は、「いる」という動詞の謙譲語だ。自分の行為を謙って使うときのものであって、人の行為に使っていい言葉ではないはず。でも、もしかしたらそういう表現もあるのかなぁ?と思ってしばらく様子を見ていた。しかし、介護日誌には「おられる」という言葉が飛び交い、やはり気になって仕方がないが、もしこれがあっていたならば注意するわけにもいかないので、調べてみた。
「おられる」
ふむふむ
やはりおられるという表現は間違った使い方のようだ。しかし、西日本ではこのおられるという言葉が常用されているらしい。確かに「おる」というだけではなく、そのあとに「られる」という尊敬語が付属されているために一見尊敬語のようにも聞こえなくはないが、根本的な動詞が「おる」になっているのだからやはりおかしいだろう。
西日本ではそれが当たり前のように使われているため、それが正しいという認識が強い。たとえ間違っているものでもずっとそれが定着してしまえば、使うことに違和感もなく、それが正しいと感じてしまうのだろうか。
敬語は難しい。
もし、ちゃんとした敬語を使うとすればこうなるだろう。
「○○様、ご家族の方面会に見え、居室にて談話されていらっしゃる」
「お客様の中で、お医者様はいらっしゃいますか?」
ただし、前者の場合、その前に「されて」という語句があるので「談話なさる」やもしくは「談話される」程度でもいいと思われる。
先生、そろそろ参られますか?
拝見してください
どちらも謙譲語が使われている。相手の行為には尊敬語、自分の行為に対しては謙譲語を使うのである。
普段自分が使っている敬語が間違っていないか、もう一度点検してみてください。
**おまけ**
「どうぞ、お食事をお召し上がりになってください。」
↑↑過剰敬語↑↑
何でも使えばいいということでもない。

※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます