4年近く暮らして、その間に新米主婦デビューと新しい職場と出産と育児とを経験して、
思い出たくさん、思い入れもたっぷりのはずの京都の生活は、
そんな感慨に耽る間もなく、風のように早く過ぎてしまった1月であっけなく幕を下ろして、
エンヤエンヤと倉敷に移ってきました。
今でも京都に行けばあのままの家があって、また京都の日常に戻りそうな気がしてしまうけど、
ちゃんと空っぽになった家にサヨナラを言って玄関を閉めてきたし、
それに何か心残りがあるかと言われたら、
リンスケと神社や御所にはたくさん行ったし、
宝泉も進々堂も錦市場もふたばも手作り市も一善やのケーキもたま木亭のパンも、
その他のたくさんの京都のお気に入りも、そこから離れるのが寂しいと言うよりは、
もう全部楽しんで思い残すことはないという感じ。
そんなことより、社会に出てから1年毎の転勤で
引越しを繰り返していたじょいフルにとっては、京都の生活を最後に
これからは一生涯倉敷という町で暮らしていくことになるということの方が
ずっと信じられないと言うか、戸惑いがあると言うか。
でもまぁ、岡山とか香川とか広島とか神戸とか、あちこちの町の暮らしを経験して、
倉敷というホームタウンに行き着く前に、最後に経験できたのが京都でよかった。
今のじょいママがそうみたいに、きっとじょいフルも
何十年経っても、京都は寒かったとか紅葉の時期はすごい人よとか
そういうことを子ども達に何度も聞かせて
京都の暮らしを懐かしむのだと思います。
思い出たくさん、思い入れもたっぷりのはずの京都の生活は、
そんな感慨に耽る間もなく、風のように早く過ぎてしまった1月であっけなく幕を下ろして、
エンヤエンヤと倉敷に移ってきました。
今でも京都に行けばあのままの家があって、また京都の日常に戻りそうな気がしてしまうけど、
ちゃんと空っぽになった家にサヨナラを言って玄関を閉めてきたし、
それに何か心残りがあるかと言われたら、
リンスケと神社や御所にはたくさん行ったし、
宝泉も進々堂も錦市場もふたばも手作り市も一善やのケーキもたま木亭のパンも、
その他のたくさんの京都のお気に入りも、そこから離れるのが寂しいと言うよりは、
もう全部楽しんで思い残すことはないという感じ。
そんなことより、社会に出てから1年毎の転勤で
引越しを繰り返していたじょいフルにとっては、京都の生活を最後に
これからは一生涯倉敷という町で暮らしていくことになるということの方が
ずっと信じられないと言うか、戸惑いがあると言うか。
でもまぁ、岡山とか香川とか広島とか神戸とか、あちこちの町の暮らしを経験して、
倉敷というホームタウンに行き着く前に、最後に経験できたのが京都でよかった。
今のじょいママがそうみたいに、きっとじょいフルも
何十年経っても、京都は寒かったとか紅葉の時期はすごい人よとか
そういうことを子ども達に何度も聞かせて
京都の暮らしを懐かしむのだと思います。