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世の中の不思議な事を勝手に追求する中年親父、何処まで行くのか?何の意味があるのか?

ビニールハウスのトマト

2006-07-31 23:42:14 | Weblog
会社の駐車場の隣にはビニールハウスがある。春先は苗床を作り、今は何故かトマトを作っている。僕たちが小さい頃はビニールハウスなんてあまり見たことが無くて、春には春秋には秋と魚と同じように旬のものを期間限定で美味しく食べたものだった。

真夏の太陽が照り付ける中を汗だくになって遊び回り、腹が空くと畑に行ってトマト・キュウリ・西瓜・メロンを吐きそうになるまで腹に詰め込んで又飛び回った記憶が懐かしく頭の中を駆け巡る。都会育ちの僕は母親の実家に夏休みになると電車に1日揺られて遊びに行くのが本当に楽しみだった。5歳下の妹は幼稚園だったのど田舎の同年代の子供には中々馴染めなかった様で一緒に遊んだ記憶はないが、夏休みに田舎に行くと首を長くしてワルガキ達が僕を待っていた。男の子も女の子も歳に関係無く皆で僕を呼びに来て、サンダルは履いているが最後気がつくと必ず裸足で畑を駆け巡り川に飛び込んで暗くなるまで遊びに遊んだ。 梅雨明けの今日の午後、目に入ったビニールハウスに少しだけ入ってみたら青臭い夏野菜特有の臭いが鼻をついた、それが又嬉しくて又かいでみたら田舎の夏休みを思い出して懐かしくなったが、良く考えると当時の奴らの最年長は僕の3歳上だから、田舎は結婚が早いからもう孫がいるのだろうか?、それとも酒の飲みすぎで体を壊して農業は子供に任せて毎日パチンコか!、会ってみたいものだ。

軍艦を見てきた

2006-07-28 12:30:41 | Weblog
時期的なものなのか時世的なものなのか軍艦とか巡視船とか沢山来るようになったので暇を見つけて見学に行くのだが、海上自衛隊とアメリカのそれは必ずと言ってもいい位い乗船見学をしていて小学生が親父と連れだって乗り込んで行く。日本が軍隊を持たず先制攻撃をせす過去の侵略戦争を反省し・・・・・・・、みんな嘘ぱちだ!日米安保が維持されれいる以上は単独行動が許されないからアメリカに「当然ついて来るんだろうな?」と毎回脅されてる。どうせ一流の軍備を保有しているのだから自国を守る為には何でもする!イコール軍隊を持つべきだと学者は力説する。それが良いのか悪いのかは解らないが、市民にゴマをするみたいに見学会を開いて子供達に中身を見せる?中では一体どんな説明をしているのか?「この大砲は一発で100人は確実に殺せます」とか「この機関銃は何分間打ち続ける事が可能です」、他にも沢山「殺戮・殺人の道具」しか詰まってない特殊な船を子供が見て喜ぶのか?もしそう思うから見学させてるのだとしたら間違いなく軍国教育の一環として幼少期のうちから軍隊装備に親しむべし!なのか?。卒業式で日の丸を飾り君が世の世を歌う事が問題で、オリンピックを始め世界的スポーツ大会で優勝して流れてくる君が世に感動して涙す・・・・・・!流したり歌ったりする時のシチュエーションが違うから良いとか悪いとか、そんなの子供なんか解る筈なんか無い。
自衛隊を廃止するなんて誰もが考えていないし、軍隊を持つ事は全員が賛成していない。この国はどうするべきなのか?。

ビンテージ懐中時計・ビンテージサックス

2006-07-27 13:28:37 | Weblog
調度三年前の今頃に女房の親父が亡くなった。そして形見分けで祖父が持っていたという懐中時計を貰ったのだが、直後は多少動いていたけど全く動かなくなったので地元商店街にある時計店に修理に出した。持って行った時には奥さんしか居なくて料金を聞いたら15000円位だっていうので修理に出して、1週間程後に引き取りに行ったら親父が出てきて、分解掃除とオーバーホールだけで部品交換とかは必要無かったので8000円にしてくれた。年代的には昭和20年代の国産の高級品なのだそうで、しっかりと作られている時計は腕時計でも懐中時計でも100年は大袈裟ではなく持つと聞かされた。ただし、毎日動かしていると3年から4年に一度はオーバーホールが必要だといっていた。長持ちさせたいのなら毎日は使わないで偶に螺子を巻いておくというのがベストだとも教えてくれた。機械式だから50年以上も平気で持つのだが、電池式だと物にもよるが、そんなに長くは持たないのだそうだ。

そういえば共通だと思ったのは、楽器の事だ。僕のサックスはマーク7といって31年前のビンテージ楽器だが、右隣のサックス吹きはマーク6といって52年前の物だし、左隣の奴のアルトサックスはマーク7で32年前、その隣はコーンで45年位い前とビンテージ楽器の博覧会みたいなもんだ。なんでみんなは古い楽器を好んで吹いているのか?というのは、時代の流れと共に音楽の趣向も変化をして来ていて、それに合わせて「その時代の音」を求める様になると、どうしても80年代のサウンドを再現するには当時の楽器・アンプ類を揃えて初めてスタートラインみたいなもんだ。だから僕たちが演奏しているジャズは現代のジャズもあるしオールドのジャズもあって、どの年代が好きか?なんて事で楽器のセレクトも変わってくる。
古い管楽器が良いのかと良く言われているのは、作られた場所とか時代によって今では禁止されている成分を大量に含んでいるとか、職人が手作りで作っているとか、材料資源の豊富さ、とか色々言われているのだけど実際吹いてみるとやっぱり現代の楽器は現代の音、古い楽器は古い音が出るし測定器で測ってみると周波数特性は今のほうが素直だけれど古い楽器は暴れもあるしデッドポイントもピークもあるがもそれが味になって好みのサウンドを作り出しているのだと思う。楽器も時計も同じなのだけど、製造された当時の形と性能を維持する事が本当に大変だしお金もかかる、とくに楽器に関しては日常的に使用しているので消耗もあるし故障もある。どれだけ良い腕のメンテマンを見つけてくるかがお気に入りの楽器を長期に渡って使い続ける秘訣なのだろうが。アナログ技術を持った職人が減ってきている現代において現存している職人に良し悪しは無いと僕は思っている、なぜなら駄目な職人は50年以上も仕事をしていられる筈は無いからだ。良く○○よりも△△の方が良いよ、とか話を聞くけど好みの問題だけで、実際持っている技術は全く一緒のはずなので自分のして欲しい事を正確に伝えられれば絶対に完璧に直してくれる筈である、実をいうと僕もその仲間入りをしたいと願っているアナログベースのデジタル好き親父なのだ。

久しぶりに会った

2006-07-27 12:46:07 | Weblog
今朝の事、どうせ居ないだろう?と思って毎日殆んど見ていなかった定位置に謎の鳥は居た。排水路に架かる鉄パイプの上に乗って片足を上げていた。鳥も雨が嫌なのだろう雨の日は絶対に見た事がない、逆にどんな暑い日でもバテタ様子も無く平気な顔?をしている。そういえば凄く寒い朝に水面ギリギリの所をゆっくりと飛びながら移動している姿を見たので、朝よりは午後とか夕方に餌を採っているのかも知れない。

余計なお世話的感想

2006-07-26 12:03:15 | Weblog
遊歩道沿いの家庭菜園にしては大きくて畑にしては小さい例の場所には沢山の野菜が育っている、名前を挙げるには沢山あるから省略するが今が旬の夏野菜が旨そうにたわわに実をつけている。毎朝見ているので「食べ頃」は判るので本来なら腹の虫がなく所だが、脇に流れている水の色と臭いを見たりかいだりすると、この川の水で育ってんのかあ!」という現実に直面してしまい食欲が失せてしまう。前にテレビの報道番組で中国からの輸入野菜追跡リポートをやっていたのを思い出したが、大量に薬品だか肥料だかを撒いていて、不衛生な加工場でインタビューすると、「どうせ俺達が食う訳じゃないからから」的な発言を笑いながらしていた、そして又「俺なら絶対食べない」とも言う。まあ全部がそうとも思わないが、ある程度は覚悟して安売りの輸入野菜は食べないといけないと認識した。だから毎朝会う畑の主の親父は「新鮮なのが採れたからお裾分け」なんて親戚に配って自分では食べて無かったりして?どうなんだろうと思いながらも直接聞けない日々が続いている。

雑草の如く

2006-07-25 10:42:10 | Weblog
ほんの3ヶ月前に更地になったところが梅雨がご馳走なのか凄い数の雑草が生い茂って来た、雨が降る前のお祭りの時は今の半分くらいしかなかったのだから3週間50センチは伸びた事になる。
僕の友達には「雑草人間」がかなり多い。何の仕事をしてるのか?いち働いてるのか?なんて聞いても適当な答えしか帰って来ない奴がまあ7~10人は居る、まあいづれにしても安定的な収入源な無いにもかかわらず平気で生きている姿を見ると「雑草人間」ここにありだ。凄い奴なんか何十万円も貸していて、この15年間全く返していないのに、「女房のガンが再発した」って言って医者に行く金が無いからって借りに来る、いつ返してくれるんだ?と言うと「来年女房のパート代」が入ると言う。ガンが再発して寝たり起きたりしてるはずじゃあ・・・・・!。勿論翌週なんか連絡もない、ある訳がない。またある奴はイキナリ会社に飛び込んで来て、「これから客と昼飯を食べるのに財布忘れた」って金を借りに来て、「もしかして飲みにも行く可能性もあるから」って、僕の手持ちのお金を全部持って行って、「明日の朝かは何時から居る?」なんて聞いておいて・・・・・案の定来る訳が無い。 肝っ玉がデカイか座ってるか、はたまた根性が出来てるか入ってるか?詐欺師一歩手前をギリギリに渡ったいる快感が彼らにはあるのかもしれない、ああ雑草
の如く生きられたら・・・・・・と毎日毎日思うが実際は無理なのも判ってるからなあ!。

どしゃ降りに霞むネオン

2006-07-25 00:05:43 | Weblog
ここ数日は各地で記録的な降雨で甚大な被害をもたらしている。一年分の雨が3日で降った地域もあったらしい、何度も聞く言葉「想定外」を連発している気象予報士がいたが一体想定している規準はどんなものなのか?。あらゆる現象・状態でやたらと最近使う人が多くなったが、冷静に考えると誠に発言する側に都合が良い言葉だと僕は思っている。いや別に嫌いだとか止めろとは言うつもりはないが、自治体とか行政側の人間が使うのには疑問が残ると思うだけだ。確かに未曾有の災害被害だから他に言い方が無いのか?有史以来記録がある中では考えられないとすると、人類の営みがムーとかアトランティス大陸が一夜にして海底に沈んだようにイキナリ明日にでも日本が沈んでも「想定外」と言ってしまえばそれまでだ!、もともと「想定」のレンジは何もない状態で決めると思う(データを積み重ねはするとは思うが)、何か基準を作ってそれを元にして「想定」するのだとかなり余裕をみると「非常識」になってしまい、何も起きる可能性が無いのに莫大な資金が投下されるとオンブズマンが騒ぐ、無駄だとか自然破壊だとか言う。しかし元々既に自然が破壊され地
球環境が変わった為に異常気象が起きている訳だから、ダムの建設だとか森林の伐採だとか植林運動だとか議論とか実行しても、今回みたいに3日で全部が無くなり街全部が水浸しになり、山が崩れて土石流が発生して地域全体が無くなってしまう。
色々考えている人とか学者先生は都会の一等地に住みデータを基づいた研究をしているが、地震学者は東海地域とか山間の集落に、気象学者は地下室に住む事を義務づけるともっと真剣に考えてくれるかもしれない!必ず何かが発生した後で「前から危険地帯だった」とか「そもそも地盤が良くない」なんて言うけど、奇跡的に人的被害はゼロが「不幸中の幸い」ではなくて、起こった事自体が最大の「不幸」だって理解してよ!。被害が拡大しない事を祈るしかないが、起こってしまったら行政・国・自治体は最大限の支援も規定通りではなく「想定外」にしなくてはあるまい。




久々の現場でした。

2006-07-24 11:38:41 | Weblog
昨日は久しぶりにエンジニアとして現場に行ってきました。ローカルFM局のジャズライブのPAと放送用レコーディングでしたが、会場が古い建物でエレベーターの無い3階なので大変な思いをして機材を運んだら、大部分の体力と思考力が奪われてしまって本番は何をやってるのか意識が無くなる時も何度かありました。夏の仕事は機材運びが一番辛いです、おまけに来月の頭に大きいフェスティバルに出演するので夕方から練習があって、今日は朝から腰とら胸とかあっちこっちが痛いです。
慣れれば良いのですが・・・・・・・・、悲しいかな体が順応する程仕事はありません。

そんなに急ぐのか?

2006-07-23 00:32:28 | Weblog
工事の音がうるさくてたまらない。近くに再来年に図書館が立つので日曜日以外は朝の8時過ぎから夕方5時までずーっとかなりの音を出して工事をしている。公共なので経費をけちったのかゼネコンがいいように儲けてるのか防音シートも無しに重機を入れて大掛かりな工事が済んだら次は鉄骨を繋ぎ合わせるのか?ハンマーの音が毎日毎日響く。昼間でも夜勤の仕事の人とかタクシードライバーや看護士なんかは寝なきゃいけないから困っていると思う。
先月までは夜の11時頃から朝の6時まで向かいの歩道を何回も掘ったり埋めたりして騒音を出しながら税金を無駄に使っていた、電気なんだか電話なんだかガス?水道!意味があるようには見えないが、毎回やる工事によって違う業者が集まって掘って埋めて帰っていき又よく日同じ事をする。一つの工事で2週間くらい毎日してたから儲かるよなあ!

ワンセグ携帯購入

2006-07-22 22:58:04 | Weblog
昨日の夕方待ち合わせまで時間があったので、大手電気に寄ったら、「最後の一台」だというので買ってしまった。放送開始から興味があったし、地上波のラジオ・テレビ・オーディオプレーヤーとマルチメディア関係の充実と1円!という値段で入れ食い状態だった。
使ってみるとなかなかの優れ物で、小さい画面の割に意外とストレスなく眺めてられる、理由は真剣にテレビを見るのではなく机の上にポンと置いて音をメインに聞いていて、気になる情報や内容の時に画面を見る、音もイヤホンで聞くと音質も素晴らしい!もう少し使いこんでからまた報告しよう。

食べられた

2006-07-21 11:59:50 | Weblog
今朝は雨が降ったり止んだりしている中、いつものように遊歩道を歩いていて気にっていたイチジクの側に行ってみたら・・・・・・・・!!ポッカリと穴が開いていて一番美味しそうな部分が食べられていた。近くの木を見たら15センチくらいの黒い鳥が居たので間違いなくあいつに違いない。だからしっかりビニールに包んであるのも解る。小さくても大きくても熟し気味の実もあるので鳥としては待ちきれなかったのかもしれない。しかし巧く旨い部分だけを食べるもんだ。

でかい!

2006-07-20 17:10:18 | Weblog
朝の出勤途中で見つけた特大無花果!、普通の女性ね拳程はある、驚く事に隣にはまだこれより大きいやつがあって丁寧に袋がかかっている。恐らく栽培している主は自分で食べるなり写真を撮るなり品評会に出すかはわからないが大事にしているのが判るから場所が特定されると可哀想だから中くらいのやつを写した。まだ青々としていえ堅いから、これからまだまだ生育するのか?と思って毎日が楽しみになる。

晴れた朝に

2006-07-20 12:24:16 | Weblog
久しぶりに朝から晴れ間がのぞいている、湿度は高いものの歩く身には嬉しい。とはいえ5分も歩くと汗が出て来て一気にシャツが湿っぽくなる。曇りの日には歩いている人が多いが太陽が顔を出すと途端に年配者は居なくなる、それはそうだ無理して運動して倒れたら大変だもん。さっき巨大な無花果を発見!後ほどアップします。

車歴を数えてみた

2006-07-18 20:05:53 | Weblog
会社で車の話しになって一体何台乗ったか?というので思い出しながら書いている。 免許を取って最初に乗った車はカローラの2ドア、小豆色の再塗装車でオイル上がりがしていた。半年くらいで壊れたので下取に出して日産チェリーの白い車を買った、これが排気量の割にキビキビ走る車で草津や白根山なんかに行った。次がダイハツのシャルマンという4ドアで値段の割に高級感があった、当然だがダイハツの社長もこれに乗っていたそうだ。続いて松田のファミリアスポーツ、太いタイヤでブリブリ走ってくれた。その後は同じくマツダのコスモスポーツ、独自開発のロータリーエンジンを積んでいて3速でもタイヤがなく程加速が良くて痺れたが燃費も悪くて痺れた。次に乗ったのがブルーバード、SSSという走りに特化した車のクセにサスが甘くてオフロードや高速でのコーナーリングには泣かされた。続いてはスプリンター、これに関しては不思議と何の思い出も感想もない。次に乗ったねがマツダのカペラだった。自分で全塗装した
しアクセルのレスポンスも大変良かった。次はセドリックのワゴンでコラムシフトの車で、窓を黒くしたらまるで○○車!このワゴンがディーゼル車だってので暫くしてガソリン車にした。続いてスカイライン、割りと好きだったなあー、その後はクラウンのステーションワゴン、荷物も人も沢山積めたし当時としては割と威張っていたなあ。それを東京の某有名歌手に売って出たばっかりのセフィーロワゴンにしたが女房の「後ろが見にくくてバック出来ない」の一言でゴルフにチェンジ!これは走る走る!ハイオクだったから燃料代もかかった。ここから外車が続く、1954年のビートル・フィアットのレガッタ・ベンツのワゴン、国産に戻りデリカワゴン、これは家族で北海道に行った時にバッテリーがあがりJAFを読んだから忘れない。その次はまたワゴンでルシーダ、そしていよいよ最後に今乗ってる車はハイエース、取り回しは大きくて多少不便だが仕事にもブライベートにもレジャーにも使えるから一番便利かも!ああ携帯で書き始めたから見直せないから何台乗ったか?自
分でも把握出来ない、誠に贅沢をしたもんだ!多少反省か。

今日は光化学スモッグの日

2006-07-18 04:32:23 | Weblog
1970年の今日制定されたのだそうだ。確かに当時のニュースを思い出したが、夏になると毎日光化学スモッグ注意報なるものが発令されていた。何だか理由は良く解らないけど、車の排気ガスやら工場の排煙などが原因でオキシダント(これが悪いと思う)を発生させるんだった、だからオキシダント濃度が高い低いと言っていたのか?また騒音公害なんてのもあった。交差点の電光掲示板に「現在何デシベル)とリアルに表示されていた、そんなもん数字なんか見なくてもうるさいのは判るのに測定器で図って再確認をしたのか? でも確かに当時の東京は本当に汚かったが決して住みにくくは無かった。風呂屋も沢山あったし、三畳しかない下宿とか便所が共同なんて大して不便だとは感じて無かった。その理由はお金が安かったせいだろう、今みたいにニートなんていなかった、皆鼻の穴が真っ黒くなるのを気にしながら町中を歩き満員の電車に揺られながら仕事に行っていた。アルバイトも沢山あったし田舎よりは時給は高いが生活費も高いので結局は貧乏暮らしだっ
た、夏はサスガに無理だが冬は風呂に入る日を決めたりデパートに行って涼んだり暖をとったり試食で腹を満たしたりと何とか生活していた。 いまのニューヨークに居る知り合いの日本人みたいだ。音楽をやりにだの、ダンスの勉強だのと行ったはいいが世界中から才能ある人間が集まる大都市だから甘くはない!結局の所帰国する大義名文をテロにかこつけて沢山帰ってきた。でも帰ってこれる奴らはまだ、ましなほうで、歌の勉強なんか何もしないで女は安いお金でピアノバー、男は皿洗いをしながらも手紙やメールでは結構格好付けてる・・・・・・、何処でも「住めば都」なんだろうが余裕の無い若者にとっては考える余裕も無いのだろう、当時の僕達がそうだったように。東京は昔よりも住みにくくなった、犯罪が増えたから。ニューヨークは昔より住みやすくなった、犯罪が減ったから。ドチラが良いか?そんな単純じゃあないのは百も知ってるし知り合いも沢山居る、みんな何とか暮らしてるんだろうか?。