こんばんは。こんにちは。
もう関東では、上着の必要ない季節になりましたね。
さて舞台照明への考察、『光のデッサン』2回目になります。
前回は「窓から日の光が入ってきていて、中の蛍光灯もついている、一般的な部屋について」の光のデッサンを途中で終えていました。
『窓から入ってくる日の光』を分析し終わったところでしたね。
では、デッサンにおけるもう1つの大きな要素、『蛍光灯からでる光』を分析することにしましょう。
蛍光灯は、それがある場所から、ほぼ全方向に向かって『やや弱い指向性のある』光を放っています。
この場合、蛍光灯はスモッグのカバーで覆われている状態であるとします。(僕の部屋がそうだったもので……(--;)
ここで、『指向性がある・ない』というのはどういう光の性質のことを言っているのか、説明しておきます。
指向性がある光、というのは直射日光のように、光の筋がある一定方向に揃っていて、その光によって出来る『影』がはっきりと出るような性質の光のことです。
一方で、指向性が無い光、というのは曇りや雨の時の、屋外の光のようなものをいいます。
太陽が雲に隠れている時は、屋外に出てもはっきりとした『影』が出来ませんよね。けれど、ものが見えるのですから、「光」は存在しているはずです。
こういうような、ある空間に存在している光が、一定の方向性を持たず、結果としてその光によってはっきりとした影の出来ない、「ぼんやりと明るい」状態の光であることを、その光が『指向性を持たない』・『指向性が無い』といいます。
このような、光に指向性があるか、ないか――のちに登場する幾つかの照明機材の作るそれぞれの光が、指向性を持つのか、持たないのか――というのは照明のプランを立てる上で繊細かつ重要な要素となってきます。
蛍光灯からの光は、細かく言えば暖色・寒色の光を出す2種類に分けられるのですが、今回は大雑把にそういった区別はつけず、「この部屋の蛍光灯からは、白色の光が出ている」としましょう。
そういうわけで、蛍光灯から出ている光は、白い色です。
以上で、「窓から入ってくる日の光」、「蛍光灯から放たれる光」、以上2種類の光を挙げ、それぞれを分析しました。
これで、「部屋」の中に存在している「光」はすべて列挙し尽くしたかのように思えます。
本当にそうでしょうか。
実はまだ、挙げていない光があります。
それも重要な。
この種類の光がなければ、部屋の中は、もっと影が多く、暗い印象になると思われます。
例えば、こういう事例を考えてみたらいかがでしょう。
部屋の中に、テーブルがあると。
テーブルの下には、太陽の光も遮られて届かない、蛍光灯の光も影になってしまう。
想像してみて下さい。そのような場合、テーブルの下は真っ暗ですか? 暗くて何も見えませんか?
実際にはそんなことはなく、テーブルの下に落としたご飯粒も、小銭も見えます。
しかし考えてみてください。光が当たっていなければ、ものは見えないはずなのです。
では、ご飯粒や、小銭に当たっている光は、どういった種類の光なんでしょうか。
答えを言いましょう。それは、上で挙げた2種類の光が、壁や床、家具など、部屋の中にある、あらゆるものに当たって乱反射した光、それと回折した光です。(専門用語では、それらの光のことを「ハレーション」と呼びます)
次の回では、このハレーションについて、また、それに関連して、舞台照明を構成する光の役割について述べてゆきたいと思います。
ではでは。
<続く>
もう関東では、上着の必要ない季節になりましたね。
さて舞台照明への考察、『光のデッサン』2回目になります。
前回は「窓から日の光が入ってきていて、中の蛍光灯もついている、一般的な部屋について」の光のデッサンを途中で終えていました。
『窓から入ってくる日の光』を分析し終わったところでしたね。
では、デッサンにおけるもう1つの大きな要素、『蛍光灯からでる光』を分析することにしましょう。
蛍光灯は、それがある場所から、ほぼ全方向に向かって『やや弱い指向性のある』光を放っています。
この場合、蛍光灯はスモッグのカバーで覆われている状態であるとします。(僕の部屋がそうだったもので……(--;)
ここで、『指向性がある・ない』というのはどういう光の性質のことを言っているのか、説明しておきます。
指向性がある光、というのは直射日光のように、光の筋がある一定方向に揃っていて、その光によって出来る『影』がはっきりと出るような性質の光のことです。
一方で、指向性が無い光、というのは曇りや雨の時の、屋外の光のようなものをいいます。
太陽が雲に隠れている時は、屋外に出てもはっきりとした『影』が出来ませんよね。けれど、ものが見えるのですから、「光」は存在しているはずです。
こういうような、ある空間に存在している光が、一定の方向性を持たず、結果としてその光によってはっきりとした影の出来ない、「ぼんやりと明るい」状態の光であることを、その光が『指向性を持たない』・『指向性が無い』といいます。
このような、光に指向性があるか、ないか――のちに登場する幾つかの照明機材の作るそれぞれの光が、指向性を持つのか、持たないのか――というのは照明のプランを立てる上で繊細かつ重要な要素となってきます。
蛍光灯からの光は、細かく言えば暖色・寒色の光を出す2種類に分けられるのですが、今回は大雑把にそういった区別はつけず、「この部屋の蛍光灯からは、白色の光が出ている」としましょう。
そういうわけで、蛍光灯から出ている光は、白い色です。
以上で、「窓から入ってくる日の光」、「蛍光灯から放たれる光」、以上2種類の光を挙げ、それぞれを分析しました。
これで、「部屋」の中に存在している「光」はすべて列挙し尽くしたかのように思えます。
本当にそうでしょうか。
実はまだ、挙げていない光があります。
それも重要な。
この種類の光がなければ、部屋の中は、もっと影が多く、暗い印象になると思われます。
例えば、こういう事例を考えてみたらいかがでしょう。
部屋の中に、テーブルがあると。
テーブルの下には、太陽の光も遮られて届かない、蛍光灯の光も影になってしまう。
想像してみて下さい。そのような場合、テーブルの下は真っ暗ですか? 暗くて何も見えませんか?
実際にはそんなことはなく、テーブルの下に落としたご飯粒も、小銭も見えます。
しかし考えてみてください。光が当たっていなければ、ものは見えないはずなのです。
では、ご飯粒や、小銭に当たっている光は、どういった種類の光なんでしょうか。
答えを言いましょう。それは、上で挙げた2種類の光が、壁や床、家具など、部屋の中にある、あらゆるものに当たって乱反射した光、それと回折した光です。(専門用語では、それらの光のことを「ハレーション」と呼びます)
次の回では、このハレーションについて、また、それに関連して、舞台照明を構成する光の役割について述べてゆきたいと思います。
ではでは。
<続く>
別に光なんて意識しないんでしょうけど
見上げたら星があるんですね。
そうすると、やっぱどうしても
光を求めちゃうようになるんでしょう。
星の光ってのも、ある意味では
照明なのかなあ・・・・・・。
そんな舞台を作れ。なんて演出に言われちゃったりしたら、すっごく燃えちゃいますね。
「見える」って事は、そこから出ている光が眼の中に入るから見えるわけで、この世の全ての見えるものは、発光しているか、光を反射しているかのどちらかなんです。(光の屈折とか回折とかで出来る虚像などは例外として)
こんな自己満な連載も、ヴァッキーノさんの、何かの足しになったらいいなあ。
それはさておき、光についてのこういうプロフェッショナルな考察は勉強になります。
文章の中で光を描くときも、しばしば心情が反映されてしまいます。でもそれってプロから見たら素人描写かもしれません。
映像と音楽で考えたら、復讐を誓う場面でラテンギターを掻き鳴らす熱い曲が流れると?仲間の死の場面で急にバイオリンの悲しいソロが始まると?きっとベタ過ぎて引いちゃうと思うんです。
光も上手に使わないと読む人が読むと失笑を買っているかもしれません。
ハレーション、光の舞台構成の話も楽しみにしています。
独りよがりなものになっていなかったか、今でも心配なのですが。
やっぱり照明は、やってみないと分からないことが多いです。
でもこのシリーズでは、舞台照明を知らない方でも、想像の世界で光を操れるようになるような……そんな内容を目指します。
お付き合いよろしくお願いいたしますm(_ _)m
音響にしても照明にしても、(実はたぶん全てのアーティスティックな作品に通ずると思うのですが)演出をする時にはその対象との距離かんを図ることが大事になるのでしょう。
そのためにはその演出対象のことをよく知っていなくてはならなくて、そのためには幅広い人生経験が必要なんですよねえ~ 当たり前ですが、僕はまだまだです。
映像でも、光を大切にされてる監督さんと、そうでない方はよく分かります。
日本のテレビドラマでは、やっぱりNHKが照明を上手く使っている、というか様々の工夫が見受けられます。