食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

古代ローマ人の食事(3)ケーナ① 前菜

2020-07-02 21:13:21 | 第二章 古代文明の食の革命
古代ローマ人の食事(3)ケーナ① 前菜
いよいよ古代ローマのメインの食事のケーナ(cena)について見て行こう。古代ローマ人は基本的に一日に三食で、当初ケーナは二度目の食事として正午に開催されていたが、ローマが豊かになるにつれて終了が日没になるように夕方近くから開かれるようになった。これにともなって、昼にはブランディウムと呼ばれた軽い食事をとった。

ケーナが開かれたのは裕福な市民が住んでいる一戸建ての邸宅ドムスで、そこには大きな台所もあったし、腕のいい料理人もいた(腕利きの料理人をそろえるのが金持ちのステータスだった)。なお、料理人はすべて奴隷で、奴隷自身もより良い主人に雇ってもらおうとしたし、そのためにお互いに足の引っ張り合いもしたらしい。

ケーナを開催する金持ちは客を招待するわけだが、単なる友人や知り合いだけでなく、何らかの有名人や話や歌などが上手い人にも声がかかった。また、たまたま知り合った貧しい人を施しの意味から呼ぶこともあった。このため、出会いの場でもあった公衆浴場では金持ちからケーナに誘われるのを待つ人たちがたむろしていたそうだ。

ケーナの参加者は9人以上で、この「9」という数字はギリシア神話の9柱の女神ムーサ(英語名:ミューズ)に由来する。食事をする部屋には3つのソファがコの字型に並べられ、それぞれに3人ずつが寝転がって食事をとることになる。

食事の話をする前に、ケーナのしきたりをお話ししておこう。
ケーナの前には公衆浴場あるいは邸宅内にある浴場で体をきれいにした。また、ケーナは正式な食事だったので、ローマ人の正装が求められた。一般の人の普段着はトゥニカ(下図左)と呼ばれるものだったが、ケーナではトガ(下図右)という服を着た。トガが買えない人は主賓から借りることもできたようだ。



食事をする部屋には右足から入った。部屋には金属を持ち込むことは禁止されていたが、これは武器を持ち込ませないという意味があった。装飾品を身に付けて持ち込むのもダメだった。部屋に入ったら手を洗った。

さて、ケーナは共和政(紀元前509~前7年)以降、前菜・主菜・デザートの3部構成になった。それ以前は前菜が無かったか、あっても簡素なものだったそうだ。ケーナは前菜のゆで卵から始まってデザートのリンゴで終わるのが定番だった。このため、「始めから終わりまで」を意味する「卵からリンゴまで」という決まり文句があったそうだ。

少し話が脱線するが、ローマ人は卵と鶏肉がとても好きだった。これがこうじて世界初の養鶏産業を興した。郊外で大量のメスのニワトリを飼育して、都市部の卵の需要にこたえたのだ。ちなみに、古代ローマの法律によってメスのニワトリは生まれて3年間は殺してはいけなかった。それまでは卵を産むからだ。その後は殺して食べても良かったが、すでに肉が固くなって食べられたものではなかったそうだ。また、若いオスのニワトリも闘鶏に使用されることから殺すことが禁じられていた。

しかし、食欲旺盛の古代ローマ人はどうしても若くてやわらかいニワトリの肉が食べたくて、抜け道を作り出した。それは、オスでもなくメスでもないニワトリを作り出すために「去勢」をすることだ。熱した金属棒で若鳥の生殖器を焼いたらしい。思いがけず、これには「肉を美味しくする」効果もあった。と言うのは、生殖器から放出される性ホルモンは筋肉でのタンパク質の合成を高めて肉を固くするが、去勢によって性ホルモンが出なくなってしまったために脂肪が付きやすくなり、やわらかくて美味しい肉になったのである。なお、古代ローマ以前から、各地でウシやブタなどの家畜の去勢処理が行われていた(現代でもオスウシやオスブタの去勢が普通に行われている)。

やがてゲルマン民族の大移動によってローマ帝国は衰退するが、これにともなって養鶏産業も消滅する。それ以降はせいぜい修道院や貴族の邸宅の庭で少数のニワトリが飼育されるだけになってしまった。

さて、話をケーナの前菜に戻そう。前菜にはゆで卵のほかに、温製ないし冷製のハムや野菜が入ったオムレツ、カスタード、キッシュなどのタルト、塩漬けオリーブ、オリーブのタペネード(エピテュルム)、パン、ソーセージ、魚のつみれ団子、ヤマネ、小魚、串焼き豚などの比較的あっさりした料理が出された。ヤマネ(写真)はネズミの仲間で、冬になると冬眠して痩せてしまうので、専用の壺を開発してエサを与えて太らせてから食べた。

 
      ヤマネ

第2代皇帝のティベリウス(在位:西暦14~37年)の時代以降は、蜂蜜酒やムルスムと呼ばれるワインに蜂蜜を加えたもののような甘い食前酒もふるまわれるようになった。

私なら、すでに前菜の段階で満腹になりそうである。



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