食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

イスラム世界の分裂とシシュ・ケバブ-イスラムの隆盛と食(6)

2020-10-21 18:17:12 | 第三章 中世の食の革命
イスラム世界の分裂とシシュ・ケバブ-イスラムの隆盛と食(6)
今回は日本でもおなじみになった「シシュ・ケバブ」の話です。なお、しばらく続いていたイスラムの話も今回でいったん終わりになります。なお、次回からは中世ヨーロッパの話です。

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アッバース朝(750〜1258年)は1258年まで存続するが、内部では分裂が相次いだ。初期にはイベリア半島に後ウマイヤ朝(756~1031年)が興り、北アフリカ西部にはイドリース朝(788~985年)が建国された。

さらに873年には中央アジアに、アッバース朝のカリフに認められてサーマーン朝(873~999年)が建てられる。また、北アフリカではシーア派のファーティマ朝(909~1171年)が興り、エジプトを征服してカイロを建設するなど北アフリカ一帯を支配した。

さらに、バクダードのあるイラン・イラク地方をブワイフ朝(932~1062年)が支配する。ブワイフ朝はアッバース朝のカリフを保護する代わりに一帯の支配権を獲得した。

このようにアッバース朝の支配力が弱まった要因の一つにマムルークと呼ばれるトルコ人奴隷兵の重用があると言われている。中央アジアの遊牧民だったトルコ人は騎馬の技術に優れ、馬上から自在に弓を射ることができたことから高い戦闘力を有していた。この戦闘力の高さから次第に力をつけたマムルークは政治にも介入するようになり、その結果カリフの権威が衰退したのである。しかし、イスラム教においては依然としてカリフは最高指導者であり、宗教上の権威は存続していたという。

1033年にはトルコ系のセルジューク族が中央アジアから西に移動し、セルジューク朝(1038~1308年)を興した。そして、1055年にはバクダードを占領し、アッバース朝のカリフからスルタンに任命される。スルタンとは「神に由来する権威」を意味しており、カリフから一定地域内での統治権を認められた者の称号として使用された(日本の征夷大将軍に似ている)。

さらに西に進んだセルジューク軍は1071年のマンジケルトの戦いでビザンツ軍を破り、アナトリア(小アジア)を征服する。アナトリアにはビザンツ帝国の首都であるコンスタンティノープルがあった。この地はギリシア人の植民市ビザンティオンとして始まり、ローマ帝国時代にコンスタンティノープルに改名され、やがてオスマン帝国(1299~1922年)においてイスタンブルとなる。

セルジューク朝はその後十字軍と激戦を繰り広げながらも存続するが、1308年にモンゴル帝国によって滅ぼされた。

さて、ここでセルジューク朝の食について見て行こう。実は現代のトルコ料理はセルジューク朝時代の料理が基になっているのだ。

その頃のトルコ人たちの料理は、前回見たアラブ人たちの料理に遊牧民の料理が組み合わされたものだった。遊牧民の生活習慣から、持ち運びが簡単な料理が好まれた。また、アラブ人たちのように、皆が同じ皿から料理を取って食べた。

トルコ人には羊肉が一番喜ばれたが、かなり贅沢なごちそうだった。ヒツジをつぶした時には、脳や内臓などあらゆる部位を食べ尽くしたという。ヒツジ以外には鳥の肉などが食べられた。

肉はそのまま焼くかローストしたり、油で揚げたり、鍋で煮てシチューにした。揚げ物には前回登場した脂尾羊からとった油やバターを使った。香辛料はあまり使われず、使用されてもせいぜいコショウとシナモンくらいだったと言われている。

遊牧民らしく、トルコ人には乳製品が欠かせない。特にヨーグルトとチーズが大好きだったらしい。また、アイランと呼ばれる飲み物が古くから知られている。これは、脱脂したヨーグルトに塩と水を入れてよくかき混ぜたものだ。このため、作ったばっかりのアイランはすごく泡立っている。現代のトルコでも人気で、ファーストフード店で普通に売られている。

穀物の食べ物としては、コムギだけでできた薄いパンが好まれていたようだ。パンを焼くのにはタンドーリ窯が使われていた。また、コムギをくだいてスープにしたものに、バターやヨーグルト、アイランを上にかけて食べていたという。

ところで、トルコ料理の中で日本人になじみの深いものに「シシュ・ケバブ(シシカバブ)」があるが、この料理名は違う民族の言葉が組み合わされたものだ。つまり「シシュ」はトルコ語で「串」もしくは「剣」の意味で、一方の「ケバブ」は「焼き肉」を意味するアラブ語である。アラブ人たちの料理にトルコ系遊牧民族の料理が組み合わされてトルコ料理ができたということが、この料理名からもよく分かる。


シシュ・ケバブ(Alexei ChizhovによるPixabayからの画像)