古代ローマの食材(1)フォアグラとイチジク
古代ローマは美食で有名だ。その食卓には様々な食材から作られた色とりどりの料理が並べられたという。ここでは、そのような食材の歴史や背後にある逸話を探っていこうと思う。
その最初はフォアグラについてだ。
フォアグラは世界三大珍味の一つとされているが、フランス語では「Foie(肝臓)Gras(脂肪の)」と書くように、ガチョウやアヒルに高カロリーの餌を大量に与えることによって、肝臓を「脂肪肝」にしたものだ。私たちも毎日高カロリーの食事を摂りつづけていると、比較的たやすく脂肪肝になることができる(脂肪肝の次は脂肪肝炎、肝硬変、そして肝がんに至ることがあるので要注意)。
フォアグラの起源は古代エジプトと考えられており、紀元前2500年頃の古代エジプトのリトグラフにはガチョウの肥育の様子が描かれており、人がエサをガチョウの口に突っ込んでいる様子が分かる(下図参照)。こうして太らせたガチョウのフォアグラを古代エジプトのファラオや、この方法が伝えられた古代ギリシアの王侯貴族たちの舌を喜ばせてきた。
特に古代ローマ人はフォアグラを好んで食べた。彼らはフォアグラを作るのに甘い干しイチジクをガチョウに与えた。実は、Foie(肝臓)はイチジクを意味するラテン語の「Ficatum」を語源とする。もともとローマ人たちはフォアグラのことを「Jecur(肝臓)Ficatum(イチジク)」と呼んでいたのだが、ガリアへ伝えられるときにJecur(肝臓)が省略されてしまい、イチジクのはずのFicatumが肝臓を意味するようになったそうだ。それがいろいろと形を変えて最終的にフランス語のFoieになったという。
イチジクは南アラビアが原産のクワの仲間の植物だ。メソポタミアでは紀元前4000年頃から栽培されていたと考えられている。野生種のイチジクには雌雄異株が多いが、メソポタミアやエジプト、地中海沿岸部では雌雄同株になったものを古代から栽培品種として育てていた。イチジクはブドウのように挿し木で増えて育てやすかったことから、オリエントや古代ギリシア、古代ローマではありふれた果物だった。また甘くて高カロリーだったため、家畜のエサに使用されたのだろう。古代ローマ人はブタも干しイチジクで太らせて肝臓を食べたらしい。
ところで、アダムとイブが食べた「禁断の果実」はイチジクだという説がある。旧約聖書によると、エデンの園で神から食べてはいけないと言われていた知恵の樹の実(禁断の果実)を、イブが蛇にそそのかされて食べ、続いてアダムも食べてしまう。その結果、善悪の知恵がついたアダムとイブは裸であることを恥ずかしいと思い、お互いの恥部をイチジクの葉で隠すのである。
聖書にはアダムとイブが何の果実を食べたかは書かれていないため推測するしかない。候補としてはリンゴが有名だが、エデンの園があったとされるのはペルシア湾岸でリンゴは育たないことから現在ではその可能性は低いと考えられている。そこで、その地域で良く見られたイチジクではないかと言うのだ。また、ブドウだったと言う説や、バナナだったのではないかと言う説もある。