古代ローマの食材(5)ガルム(古代ローマ人が愛した調味料)
古代ローマの食事を語る上で「ガルム」ははずすことができないものだ。ガルムは現代の日本のしょうゆに相当するもので、食材と言うより調味料と言う方が適切だろう。古代ローマ人はこのガルムを色々な食材につけて食べたり、料理やワインの風味付けに利用したりした。
ガルムは魚を塩漬けにして発酵させた魚醤の一種で、日本のしょっつるやタイのナンプラー、ベトナムのニョクマムの仲間だ。前回の魚介類の話で風味付けに使用されていた魚醤が、このガラムのことだ。ガラムは、もともと古代ギリシア人が作っていた魚醤の「ガロン」を古代ローマ人が取り入れたものだと考えられている。
魚醤は、魚を塩で漬け込み、長期間発酵させることによって作られる。発酵中に、魚のタンパク質が魚の身に含まれる消化酵素によって分解されてアミノ酸になり、独特の旨みが生まれる。大豆タンパクが分解されることでできたしょうゆは旨味アミノ酸のグルタミン酸やアスパラギン酸が豊富だが、魚醤にもこれらが多く含まれており、旨味の中心となっている。魚醤の成分に特徴的なことが、少し苦味のあるアミノ酸のリシンとアルギニンを多く含んでいることだが、これらが独特の「コク」を生み出していると考えられている。
ところで、このリシンは人が体の中で作ることができないため、食べ物から補給しないといけない(このようなアミノ酸を必須アミノ酸と呼ぶ)。古代ローマ人はパンをよく食べたが、コムギなどの穀類にはリシンが少ないという特徴がある。このため、パンばかり食べているとリシン不足におちいる。古代ローマでは兵士たちに水で割ったガルムを飲ませていたというが、欠乏しやすいリシンを補って体の状態を良くするという効果に気づいていたのかもしれない。
さてここで、西暦2世紀に記されたガルムの作り方を紹介しよう。
① サケやウナギ、イワシ、ニシンなどの脂が多い魚と乾燥ハーブ、そして塩を用意する。
② 30リットル程度の防水の壺を用意し、その底にハーブをしきつめる。
③ その上に小さい魚は丸ごと、大きい魚は細切れにして層になるようにしきつめる。
④ その上に塩を2センチメートル程度の厚さになるように加える。
⑤ このように三つの層を交互に積み重ね、壺のてっぺんまで満たしてフタをする。
⑥ 7カ月間置く。
⑦ フタを開けて20日間毎日よくかき混ぜる。
⑧ 中身をこして、したたり出てきた液体を集めて出来上がり。なお、ガルムを採った後のカスは「アレック」と言い、これも料理に使用された。
ガルム作りには魚の内臓もよく使われたようだ。なお、ガルムを作っている間はひどい臭いがするため、ガルムは人の少ない都市の郊外で生産した。イベリア半島や南ガリアなどの新鮮な魚が手に入りやすい海岸付近にはガルムを大量に生産する工場がたくさん作られた。
出来上がったガルムは専用のアンフォラに入れられて輸送された。リヨン湾に沈んだ古代ローマ時代の輸送船の調査から、少なくとも紀元前5世紀にはガルムの輸送が行われていたことが分かっている。
ガルムには王侯貴族から奴隷用までのいろいろな等級があった。等級の高いガルムには高い値段が付いた。カエサルの時代には、3リットルで500セステルティウス(約50万円か)の値段が付いたガルムがあったそうだ。