『玉石混交』・・・などと言いながら、自分でも怖いくらいヒートアップするNetflix熱に困惑。(しかし罪悪感ゼロ)
で、今回は感動しながらもその問題の深さにあらためて注目したのは、釈尊の郷里、インドの最下層の子供たち救済の話であった。
アブラハム・George氏はアメリカ合衆国育ちのインド人らしいが、米国で企業家として成功しながらも金儲けが自分の本望ではないとして
50歳で退職した後は、以後の人生をかけて本国(インド)で差別に苦しむ最下層の子供達の救済のために寄宿学校を設立したが、
その活動の様子を数人の娘たちに焦点をあて成長過程を16年間に渡って記録、編集したドキュメント作品が『Daughters of Destiny 』である。
凄いのは、最下層の子供たちを4歳〜20歳、大学卒業までの徹底した『英才教育』を責任を持って施すことだ・・・。
千年以上続いているインドのカースト制度は、憲法上は1950年に『差別の禁止』を明記したが、現実には複雑な差別制度は今なお機能し、
一旦最下層に生まれたら一生脱出ができない現状をなんとかしたい・・・というGeorge氏の強い意志だけでこれだけのことが成り立っている。
夏休み、冬休みなどに親元に帰宅するが、子供たちが成長するにつれ自分の立場、両親や兄弟たちが置かれている立場を理解して苦しむ。
また、学校創設者George氏からは勉強に対するプレッシャーも半端でなく、家族や他の最下層民を経済的に助ける担い手になるべく期待の重圧もあり
子供たちも苦しむ・・・といった場面もドキュメントは捉えている。
これをきっかけに、ちょっとインドの『カースト制度』をググってみると、実に複雑怪奇な形で『差別』がインドで機能していることがわかる。
私達日本人は普段、中国の共産主義や北朝鮮の市民に対する支配について云々するが、インドの『カースト制度』による『差別の酷さ』については
ほとんど何も知らず、問題視することすら無いのが現状であろう。
『慈悲』を説く、仏教の郷里でこのような『苦しみ』があることを、まず知ることから始めよう。
George氏はあくまで英才教育で『カースト制度』に立ち向かうのであるが、『人間の尊厳』がどこから来るのか?・・・
というような『問いかけ』、少なくとも『瞑想』という手法だけでも、子供たちに教えてほしい…と私は思った。
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