群馬県大泉町で昨年末、「派遣切り」に遭ったブラジル人姉妹が
日本人の女性経営者を路上で襲って現金を奪う事件が起きた。
町は、ブラジル人を中心に外国人登録者が人口(約4万2300人)の約17%を占め、
その割合が全国の市町村でトップ。
「共生」という理想が遠のく現実が、事件の底流にあった。
2人は無言で襲ってきた。
黒い目出し帽の奥から目だけが光って見えた。
「殺されると思った」。女性経営者(58)は恐怖を語る。
ブラジル人向け輸入食品などを扱う酒店を夫(63)と共同経営している女性は
12月22日朝、自宅に隣接する店に向かうため家を出た。
手提げバッグには現金約760万円。銀行員に渡す予定だった。
悲鳴を聞いた夫と通りかかったブラジル人男女によって取り押さえられ、
強盗傷害容疑で現行犯逮捕されたのが町内に住むバレリア・カンポス・シルバ・キヨタ(33)と、
日系人で義姉のイボネ・ジュンコ・キヨタ・デ・ソウザ(40)=栃木県小山市=の両被告だった。
捜査関係者や弁護士によると、シルバ被告は、
事件の約1週間前に埼玉県熊谷市の自動車部品メーカーを解雇された。
ジュンコ被告も同県久喜市の電気部品メーカーから解雇通告を受け、
3日後に職を失う予定だった。「
ブラジル人だと再就職は難しい。祖国に帰る金が欲しかった」と話しているという。
日本語をほとんど話せないシルバ被告は日系人の夫と男児2人の4人家族。
取り押さえられた際、加勢したブラジル人にポルトガル語で罵声(ばせい)を浴びせた。
「あなたにも子供がいるだろう。なぜ日本人を助けるんだ」
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富士重工業や三洋電機の工場があり製造業が盛んな町にとって、
日系ブラジル人は「救世主」として迎えられた。
道筋をつけたのが、地元中小企業でつくる「東毛地区雇用安定促進協議会」で、
契機は90年の入管法改正だった。
日本人が「3K」職場を敬遠する中、
町工場を支えていたのはパキスタンなどからの不法就労者だったからだ。
協議会は、家族全員での受け入れを原則とし、
雇用調整が必要な企業が出ても別の企業が受け入れるなどし雇用を支え合った。
会員企業には住居の確保に加え、冷蔵庫や布団などの生活必需品をそろえるよう指針を定めた。
受け入れを始めた90年は、成田空港へ貸し切りバスで迎えに行き、
到着ロビーで「歓迎」と書かれた紙を頭上に掲げた。
会員企業は最大84社に増えたが99年に解散した。
協議会役員だった山口武雄さん(68)は
「経営者側が簡単に『切る』ことができる人材派遣会社に頼るようになったため」と振り返る。
日系人社会も変容する。
町には昨年末現在で5000人を超えるブラジル人が暮らす。
町内にはポルトガル語の店が林立。
日系人にとっては「ユートピア」ではあるが、
近年増えた3世の多くが日本語を話せなくても生活に困らなくなったことも意味する。
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そこに経済危機の大波が襲った。
大泉町に隣接する太田市で日系1世の谷井甚治さん(69)が経営する
ブラジル人専門人材派遣会社の場合、700人いた派遣社員は、
昨年11~12月で300人解雇。
3月までさらに50人が解雇される予定という。
事件の5日後、同社で働いていた日系2世の男(46)が、
隣県の栃木県足利市のコンビニエンスストアに押し入って逮捕された。
求職中に金が底を突き、電気、ガスを止められ、夜はろうそくで生活していたという。
谷井さんは
「『移民100年』を騒いでいたのがうそみたいだ。
日本人との『共生』と言っても言葉が踊っているだけだ」と嘆く。
事件が起きた12月、大泉町の南米向け旅行会社の支店には、
帰国チケットを求める電話が殺到していた。
扱った1月の出国は約900人で例年の3倍となる見通し。
支店長で日系人の塩脇・アルナルド・清仁さん(38)は
「日系人社会存続の危機だ」と語る。
シルバ被告が約2年前から住んでいたマンションは家賃月額約6万円で、
共用のバーベキュー場を備えたメゾネット式。
マンションの大家は、被告らが襲った女性経営者だった。
「20年前に来た1世、2世が一生懸命に築き上げた信頼を後から来た人が壊していくのは残念だ」
被害者夫婦は事件後、自宅と店舗に計16台あった防犯カメラを24台に増やすことにした。
2009/02/01 毎日新聞
ブラジルへ渡った日本人たちが現地で成功できた理由はまじめに努力したから。
そうした不断の努力があったからこそ、現地でも好意的に受け入れられているのではないか。
日本へ戻ってきた彼らの子孫はどうか。
経済危機だからと簡単に犯罪に手を染める。
そんなブラジルナイズされた日系人は、
名前や顔立ちは日本人と変わらないかも知れないが、
中身はれっきとしたブラジル人。
自分たちの祖先がブラジルで血を吐くような労苦の末、
信頼や信用を勝ち取っていった姿を見て勉強してこなかったのだろうか。