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書き逃げアンドロイド。

副交感神経が優位になるような写真が好き。

社交不安。

2013年03月04日 15時06分46秒 | 意識論関連
○社交不安障害。

 社交不安障害っていうのは、もしかすると学校でのイジメと関連があるのではないだろうか。

 他者からの評価に過剰に敏感になってしまうというのは、「イジメられるのではないだろうか。」という恐怖感と結びついて、無意識下に行動「学習」されてしまっているための結果ではないかと考えられる。

 不特定他者との関係性において、他人からの見た目、一般的に言う「自意識」過剰性を植え付けられてしまっているために、恐怖不安を無意識に「感じて」しまうのである。

 一応述べておくが、一般的に言われる「自意識」というのは、「他者からの見かけに対する感覚」に過ぎず。本質的意識である自発的論理検証性とは無関係である。

 イジメのある学級で毎日生活するということは、他者からの外見、見た目に対する恐怖を感じ続けていなければならず。これが無意識下に多数他者からの外見的過剰反応を作り出してしまうのである。



 このように、イジメというのは直接被害者以外にも心理的恐怖感を植え付けてしまうものであり。直接可視化出来ない被害をも作り出してしまうものでもある。

 これはイジメに限らず、体罰の原因となっている体育会系幻想に基づく「規範意識」的な、恐怖を用いた抑圧でも生ずるものである。

 刑務所における懲役刑というものも、結局は体育会系幻想に基づく「規範意識」の刷り込み学習に過ぎず。故に実効性ある再発防止にならないのもこのためである。

 権威や威力抑圧を用いて服従させておけば、その場限りには外見上従順さを「感じる。」ことが出来るが。これを短絡的に人間性の回復と「見なす。」ことは非常に無責任な文科系大衆観念に過ぎないのである。

 合理性を伴わない観念に満足して、論理検証的に社会安全性の確立を放棄するというのは、原発の危険性を放置するのと構造的には全く同じ無責任性であるということを認識すべきである。

 これを「わからなかった。」で済ますのであれば、あらゆる「人災」の類がもたらす結果には誰も責任を取る義務などないことになる。そこまでバカならもはや何を論じても無駄というものであろう。



Ende;

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