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総帥 ラボ

総帥(何の総帥かは、秘密)の自己満足ブログ;宗教をベースに世界を騙ります♪

2015年05月05日 | ウェブログ
皆様お久しぶりです。

体がしんどいっす。
昨日腹黒さんと大阪の街を歩き回りました。
年末年始お忙しくて帰阪されなかったので、恒例の初詣はGWにするか、という約束通りに神社仏閣をふらふらと歩きながら探して回りました。
石を投げたら寺社に当たると言える京都とは違い、大阪の市街地は中々見つかりません。
合計何時間歩いたことやら。

天気がイマイチだったこともあって、特に計画もなく散策していて見つけた面白い町が中崎町。
大阪らしくない、昔風の、静かな町並みなのに観光客がそれなりにいました。
喫茶店がやたらと多かった。
腹黒氏の調べでは、戦時中の空襲で焼け残った土地だそうです。
だから雰囲気が違うんですね、きっと。
所々の民家には大阪都構想の住民投票に対してYesやNO、のポスターが貼ってありました。
近所づきあいどうなんでしょうね?

中崎町から戻って歩いていたらやっとまともそうなお寺がありました。
太融寺。
ボケ防止とかで観音様に老爺が猫掴みされているような(多分違う)像があり、ようわからんのがあるな、と思いつつ左を向くと水子供養があった。
こどもの日が近いからか、いくつかお菓子のお供え物があった。
暫くそれを眺めた後で右の奥を見ると…
ここに淀殿のお墓があります。
街中にあるもののほとんどひと気のない、つーか近隣に怪しいホテルが乱立している所にあるなんて、意外でした。
立派な寺やな、と話ながら後にして、怪しい区画を抜け出して歩きまくり。
久しぶりに大阪の町を歩きたい、という腹黒さんの意向に沿って南に歩いたけどしんどいのよ。
中之島ではなにやらお祭り。
沖縄物産とかいうテントを覗いていたら、車椅子に乗った障碍者のひとが腹黒さんに紙を渡してた。
こういう人の支援協力のビラかと思ったけど、辺野古の文字が見えたんで、あぁ、そういうのか、と苦笑。
元気な人が配ったらいいのに。

途中喫茶店で一休み、黒糖の入った甘いアイスコーヒー頼んだけどなぜか飲みきれなかった。
同じものを頼んだ腹黒さんはその後腹を壊した(笑)

途中で緒方洪庵が最初に種痘を使ったとかいう碑があったくらいで他は特にめぼしいものなし。
まあ本町にゃないかもね。
心斎橋で晩飯食うか、それなら水炊きの旨い店あるわ、と連れていったらこの日ピンポイントでお休み。
君と行くと毎回食うのに苦労するな。

別の所で食って、またまたぐるぐる回って難波宮に到着。
かなり由緒ある神社ぽいけど閉まってた。
残念。

それから難波まで歩いて、お茶飲んでオレみたいに手遅れにならんようにしなよ、と忠告して解散。
心斎橋周辺を3周くらいしたらしい。
おかげで今日も寝たきり動けなかった。
早く片づけないといけないものもあるのに。

けど、久しぶりに人と腹を探ることなく気楽に話せたこともあり、こうして更新する気分になれました。

初詣ぽいことをやったついでに、昨年のことをまとめますと、数々の嘘と虚構が明らかになった年だったと思います。
科学を扱う者の端くれとしてオボカタさんの件は大事件でした。
科学とは一見関係ない、インサイダーの疑惑もあるようで、この世界の闇の深さが垣間見えた気がしましたが、結局有耶無耶のまま終わった感があります。
それと、昔こんなん嘘や、と言って袋叩きにされた従軍慰安婦の嘘が日本で明らかになったこと。
朝日新聞も認めました。
しかし植村何某は現在もアメリカで吹聴して回っております。
マイケル・ヨンや日本でもお馴染みのケント・ギルバートで検索してもらったら分かりますが、アメリカ政府が30億円以上の費用と7年の時間を費やして調査した結果、この従軍慰安婦問題の有力な証拠はなに一つ見つかりませんでした(IWG報告書)。
ヨン氏は、この報告書を読んでいない者が慰安婦の話をする資格はない、とまで言ってます。
こういうことは、報道する側の都合によりきっと日本では報道されない。
しかしインターネットで知ることができるようになり、それに慌てる人たちの声はさらに大きくなる。
これにどう対処して行くか、がこれからの課題となるでしょう。
冷静に論理的に対応すれば良いだけですが、声の大きい人達は中々静かにならないものです。
あの時、私に色々言った方々はどうしてるのかな、変わっていないんだろうな、と考えたりします。
信じていたことが実はウソでした、は容易に受け容れられることではないでしょうし。
ただ、まああの時代に大阪であれを言った私は世間知らずだったな、蛮勇だったのかな、と自笑して反省もしています。

個人的にも嘘により大きなダメージを受けました。
ある人は私が嘘つきだと言う。
約束を果たせていないという点では間違いではないけれど、果たすべく散々努力したし試みたものの到達できていないわけで、何もせずに反故にしたつもりはない。
一方で私に対する約束に関しては、何もされなかった。約束ではなく、疑いなく信じてしまっただけなのだろうか。
努力した形跡も実施したという結果もない。
これは、私が約束を果たすべく努めるに足る人間ではないからなのだろう。
そういう努力する価値もない者だと認識されているからなのだろう。
そう思うことで納得させようとしているけれど、頭では分かっているつもりでも精神的に落ち着かない。
それでもどうしようもないから無理にでも納得させなきゃいけない。
そうなると対象を恨み、憎むということで自分を慰めようとしてしまう。
今更ながら、私はこのような自分は好きではない。
かといって気付いたら三線も何も楽しくなくなっていて、希望もなくただ生きていくだけという状況にあって解決できる方法が見つからない。
誰も何も信じられないし信じたくない。

ではどうするか?
生きることにたいして執着もなくなったけど、積極的に人生終わらせる気概もないし、静かに表に出ることなく誰にもなるだけ迷惑かけないように過ごしていきます。
偉そうに、ここで意見を発信することもやめます。

自業自得、今まで自分がしてきたことの報いだと全て受け入れる努力をして、寿命尽きるまでひっそりしときます。

皆様お世話になりました。
今までありがとうございました。
お元気で。

さようなら。





ここ二三日の、STAP細胞関連の報道やコメントについて言いたいこと

2014年03月12日 | ウェブログ
ネットでニュース見てると、Facebookのコメントがついでに?見れる。
何処ぞの大学の教員なんかが、STAPの存在が否定された訳じゃないだろう!、
的なことを書いてたりする。
当たり前だ、アホ。
報道に問題あるのかも知れないけれど、言及すべきはそこではないだろう。

極簡単に、例え話で今回の騒動を説明してみる。

ツチノコを発見した!これが証拠だ!!
と権威あるUMA学会誌に投稿したらアクセプトされて、
一躍有名になったグループがある。
とりわけ、その中の若い女性は脚光を浴び賞賛を受けた。

しかし、どうもこの論文おかしなところがある、という指摘が出てきて
市井の人もツチノコ狩りではなくその論文について調べ始めた。

そしたら、どうやらツチノコの存在を示す決定的な証拠であるはずの
図(写真)が他所からの転用だということが発覚した。
しかも、主役の若い女性自身が、以前に別のUMAの存在について書いた
論文に使った写真である事が判明した。

これを受けて、別の機関にいる件の論文の共著者(彼は頑なに
自分達がツチノコの存在を発見したと主張していた)も
信じられなくなって一旦出直そうと言い出したわけだが、
結局のところ、この論文の主張である
「ツチノコの存在の証明」
は、全くデタラメであったわけ。

つまり、ツチノコの存在を証明した!は否定されるけど
ツチノコの存在自体は別に否定された訳じゃない。

今回ので、やっぱりツチノコなんておらんのや~と言う人もいるだろう。
そんなん、オバケと一緒や。
結局、いるかも知れんしいないかもしれん。
信じる人は信じるし、信じない人は信じない。

思いっきり要約すれば、そんだけ。

つまり、今回の論文はアカン、て事。

今回の騒動は、もっと複雑な側面があり、また世に知れたツチノコではなくて、
どうやら自分達で存在を提唱した新しいUMAについて語っているところが
厄介に思える。

だからと言って一番の問題である、論文のダメさ加減から目を逸らして
細胞の存在問題に持っていこうとする賢い人達は一体何を考えている?

そのうち現代のシュリーマンが発見したとしても、この論文はダメダメ、
てのは変わらない。
お手柄はシュリーマンのもの。
理論からこの細胞の存在を提唱したわけではないのだよ。

また、彼女等は学問の、科学の世界に身を置く人達なんですよ。
その人達が、デタラメな論文を書いている事が問題であって、
細胞の存在はまた別。

まあ、デタラメと言い切っている私もデタラメなんだが。

ちなみに、博士論文でコピペしまくって学位とった人達、知ってます。
某国立大の教授している人のも、コピペしてた。
論点ずれたことをFacebook等で主張している大学の先生達は
どうなんだろう。
ちょっと疑ったけど、さすがにそれはないかな。

だけど、戦々恐々としている人はいるんじゃないかな。
ま、コピペしようがなにしようが学位取得した人は勝者だよ。
私からすれば。

ただ、しっかりしててほしい。
と含みを持たせとく(笑)。




言い方 その2

2012年11月21日 | ウェブログ
お久しぶりどす。
ひと月以上更新サボっておりました。
元気ないわけではありませんが、ちょっと更新する余裕がないのです。
てなわけで、ぼちぼちやっていきますわ。

先日、同僚の女性と仕事帰りにラーメン食べに行きました。
地元の彼女おすすめのラーメン屋だそうで。
旨い。
やっぱり豚骨ラーメンは旨い、と思った。
不味い豚骨ラーメンも世の中にはあるが、同じ旨いなら
塩より味噌より豚骨ラーメンがいい。
こちらに出てきて十数年、最初は受け入れ難かった類のラーメンも
すっかりラーメンとして食えるようになってはいるものの、
これは変わらないっぽい。

ちなみに何のスープか分からんような変わったラーメンが
関西にゃ結構ある(全国あるのか)。
有名どころでいうと、天下一品とか無鉄砲とか。
何ベースのスープで、と説明するのが難しくめんどくさい。

だから無鉄砲は聞いたことあるけど知らない、というこの女性に
「どろどろした、ゲロみたいなスープっす」
と説明しといた。
後日、これを無鉄砲好きな総帥の女氏に話したところ、
大層心外だったご様子で
「『ゲロ』じゃなくて『ヘドロ』でしょ」と注意された。
はぁ、すみません。
五十歩百歩な気がしますが、以後表現には気をつけます。


さて。
懇意にしてもらってる大学の先生のお友達である大学の先生と
この間お会いした。
この方、社会心理学の先生で 所謂「ダメ出し」に関する本を書かれてる。
実はほとんど読んでいないので これについては読後に機会があれば
紹介するとしてですね、こういう本を見て思うのは
「言い方に気をつけなければいけないな」ですよ。

良かれと思って言っても伝わらなかったら無駄どころか逆効果だし、
同等の立場だとあんまり気遣わなくてよかったものが
立場変わるとこれまでと同じ表現したらまずくなる、とか
その他諸々。。。
最近、特に気にしております。
# 気にしているだけで効果的な表現できているわけではありません。

単純にモノを相手しておけば仕事になってたのが、
最近は人を相手にすることが多くなったのもあるでしょう。
とにかく言い方に気をつけようとしているにも関わらず、
不快にさせている私(^^;
ストレートに「こういうの下手ですね」と言うのがそんなに悪いのか。
うん、悪い。きっと。
しかし、理屈もわからん、婉曲に諭そうとしても解らん人、人というか
そういう状態だったからなぁ。
ま、それなりに大人しくはなったけどね、目を合わせてくれないよ。
ちょっと仕事しにくい。
直の上司じゃないからいいけど。

…そういう愚痴を言いたかったわけではなくてですな。
冒頭のゲロとヘドロみたいに、微妙なこと極まれり、って感じの
表現でさえ受け手によっては違いがあるのに
諭す、教える、自分の意見を主張する、注意する、という場合においては
相手との相対関係、信頼関係や相手の心理状態によっても言葉の受け方に
違いが出てくる。
もちろん、自分の心理状態によっても伝え方というか伝わり方は変わる。
#下手ですね、とは至極冷静に言ったのだが
話し方でも、違いが出る。

こういうことを考えていると、人を相手にするのが億劫になる。
悪い癖やね。
だけどなんとかせないかん、と思っていても中々改善できないのよね。
相手の状態に合わせた、ピンポイントな表現ができない。

つい最近大きな話題になった尼崎の事件、あの主犯みたく
なれたらすごいんだろな(複雑な事件過ぎてよう知らん)。

そこまでなる気はないけれど、最低限のコミュニケーション能力は
身につけなければ、と切に感じる今日この頃。


言い方

2012年10月13日 | ウェブログ
お久しぶりです。
ぎっくり腰もようやく癒えて普通の生活を送れるようになりました。
あれは、しゃれにならんね。

人間性というのでしょうか、腰が痛くて横になっていても
同僚は「またサボっているよ、この人」という目でみるだけで
心配してくれないのです(涙)。
ぎっくり腰と判明してからは皆さん親切でしたけどね。


さてさて、私は少し前から耳鳴りがしてですね、
最初の方は気になって中々眠れないくらいだったのです。
そこで、仕方なく耳鼻科に行ったのですが。
「耳鳴りがする?蝉が鳴いているみたい?」と首を傾げるのです、この医者。
とりあえず聴力テスト(?)やっても特別異常なし。
挙句に
「私も蝉の声が聞こえますよ、毎日蝉時雨です」とか言い出す。
泰然とした態度で。
逆にアンタ大丈夫なん?て訊きたくなる。
自信がないののカモフラージュ?
で、ステロイド系の薬を処方された。
ストレスのある仕事するな、って言われた。
「はい?」そんな仕事、存在するかボケ。
「ん?ストレスかかるような仕事しているの?」て。
世間知らずめ。
「いやいや、大丈夫ですよ」喋るだけ無駄だ。
で、また数日後に、てことで。

んで数日後に行った。
治りましたか、と聞かれたから治りませんけど慣れましたわ、と言ったらね
「なれましたか、そんなもんかもしれませんね」
とまた泰然とした風にこやかに言うのよ。
「コイツの首を絞めてもいいですか?」て
隣の看護師さんに言いたくなったわ。
自信がないからって挙動不審になられても困るけど、
余りにもロジカルどころか筋もない根拠も無いこと言われても
腹が立つ。
そのくらいやったら私でも言えるわぃ、ボケ!と。
ちなみに和泉φ央駅のすぐ近くの医者っすわ。
# 伏字使っているから大丈夫やろ(^^;

後で教えてもらったことですが、耳鳴りとか
正直よく分かっていない、究明できていない症状みたいですな。
耳鼻科ってまだ手探りがおおいんでしょうかね。
それでもきっちり説明せずに「こんなもん」で済ます医者は
消えろ!て思います。


つい最近、胸の検査に行ってきました。
そういうとこの専門の病院。
結果的に異常なく、また半年後に検査ってことで
良かった良かった なのですが、私の担当しているのが
偶々なのかこの病院の院長で結構年配の医者。
院長だからあんまり患者を抱えていないのかね、
結構な人で賑わっているのに のんびりとというか
丁寧に話してくれる。
分かっていないところは分かっていない、
日本人にはまだ見つかっていないなら見つかっていないって
正直に話してくれるし、また普段の生活に関しても
こうするといいよ、ってのを丁寧に筋道立てて話してくれる。
時々出てくる表現で、コイツ口悪いな、と思わないでもないけれど
素人にも理解できるような話し方は、好きだ。
ゆっくりめの口調も、悪くない。
私はせっかちなんだけどね。
検査とか嫌だし、そもそも医者も病院も嫌いなんだが
この人は好きだな。
達者で居て欲しいわ。


さてさて。
私は口が悪い性格悪い、言い方きついと まぁ碌な人間じゃなんですわ。
それでも気楽な状況にいたからなんとか生きてこれたんだと思う。
勿論周りの人に恵まれていたのも、ある。
ただ、いつまでもお気楽に過ごせる状況なわけもなく、
人と深く関わった場合、これまでのやり方ではやっていけない。
特に、望むと望まないと拘らず、直截的に人を支えるべき立場になったなら。

そういう時にですな、例えば
「大丈夫だよ」
と相手を安心させたくて言ったとしよう。
前述の耳鼻科医のような感じで大丈夫だよ、と言うのか
はたまた内科医(?)のような感じで言うのか、
それだけで言葉を受け取る側の気持ちは変わると思う。
あとは私の個性や信頼性の問題か。

個性つーか能力的なものは、鍛えないとまだまだダメってのは重々承知。
信頼性は…ないよな(^^;
それは、まぁこれからってことで。

言い方はね、普段から気を遣っていればどうにかなることだと思うし
普段の会話で鍛えられることだと思うので、当然一朝一夕には
いかないのは解っているけれども しっかりとやっていきたい。

医者や大学の教員、いわゆる先生と呼ばれる賢い人たちと話をする時、
この人は説明するのにどんな喋り方や言い方をするんだろう、って注目している。
冷静に考えたら逆も然りで、私も見られている可能性があるわけで、
しがない一サラリーマンと油断していてはいけない。
注意しよう。

と言っても、私の場合は感情的にならないように制御するのが先なんですけどねー。
難しいよね、これも。
前途多難ですわ。


旨いね、沖縄料理 いいね、三線

2012年05月27日 | ウェブログ
先週の職場での健康診断は酷かった。
視力検査では担当の検査員さんとの駆け引きが楽しいのに、自動やし。
何より体重が…ドライバーやらレンチをポケットに忍ばせていたのに…
凹んだわ。

んで、仲の良い同僚が気を遣ってくれてですね、
金曜日食事に行ったんすよ。
近場の沖縄料理店に。
沖縄料理になった理由はよく分からないけど、
私が三線やっていることと、しんどいから三線のお稽古行くの辞めた
の知ってるから、だと思う。
自分達が食べてみたいから、というのが大きな動機なのは間違いないとして(笑)。

実は以前食べた沖縄料理ってのが不味くてね、
二度と食べたくないと思っていたのよ。
お稽古の先生が正月に作ってくれた蕎麦は美味しかったけれど。
だからあんまり気が進まなかったんですわ。

そのお店、住宅街の中にひっそりと建っている隠れ家的な
穏やかなお店でした。
店に入ると…おお、三線がある!

ビールは苦手だが、オリオンビールで乾杯。
気候が暖かい(暑い)地方になるにつれてビールがアッサリに
なるのは何でだろうな。

料理は、と言いますと。
んもう、つきだしから旨いのね。
シークァーサードレッシング?
いいじゃない、これ。

ラフティもゴーヤチャンプルーも、名前覚えてない珍しいものも
どれも美味しかった。
ゴーヤジュースは…すまん、あの後味は無理やわ(汗)。

こんなに沖縄料理って旨かったんや。
以前食べたのは何やったんや(怒)。
と、旨い旨いと食べていたら気分が良くなる。
仕事の話は嬉しくないが、それもまぁまぁ弾む。
最近、私の言葉遣いが汚くなってきているのと、
嫌味ったらしいことを言っているのが話題になって、
私は「ゲス」ってことで落ち着いた♪

女将さんがデザートとかいかがですか?と訊いてくる。
あ~長居してすみません、デザートの前にソーキそば注文しても
いいですか?と言うと、もちろんいいですよ、こういうのも
ありますよ、と豚足入りのそばを紹介してくれた。
じゃあソーキそばと、それください、と。


そば、うめぇ!
女将さんが いかがです?と聞かれるんで、
旨いっすね!と答える。
調子に乗って、すみません そこの三線弾いていいっすか?と
節操なく言ったら どうぞどうぞ、と。

有難い有難い。
木製の爪は珍しい。
勝手に弾いて歌ってる。
他の面子は、食ってる(笑)。
「三線弾いてるおっちゃんて、なんか小太りなイメージあるけど?」と
言われて悔しい私は
「嘉手苅林昌さんて有名な人がいてな、もう亡くなったけど。
その人めっちゃ痩せてたで」
と言い返しといた。

女将さんやって来て、あら上手ね、と。
ありがとうございます。
上手いという自覚はないのですが、気分良く弾かせてもらってます。
お上手よね、と他の面子に女将さんが促すと、
「えぇ上手いですね、人格に問題ありますが(笑)」とF氏。

それにしても 優しい弾き方なのね、って。
え?それはどう解釈すればいいのか分かりません(汗)。

ほら、近場で三線教室探すって言ってたやろ、訊いてみたら?と
他の人に言われたので女将さんに尋ねてみたら、教えてくれた。
その先生の名刺もくれた。
民謡、か。
折角紹介してもらったし、連絡してみるかな。

デザートに、有名らしいアイスクリームを食った。


ラクトアイスか。
こんなに食えねーよ、もうお腹いっぱい。
と言いつつ、ペロリと食べた。
アイスも旨いとは、やるな。

もう店仕舞ってことで、お勘定して帰ろうかって時におっちゃんが
店に入ってきた。
女将さんの旦那さんやな。
精算前でも、私が厚かましく弾いてるのを見て おっ!と一言。
「上手いな」
「ありがとうございます。ご主人もされるんでしょう?」
「もう今は せん。昔はやっとったけどな」
「そうなんですか。嘉手苅さんが好きでなんですよ。」
と聞かれてもいないことを言う私。
「林昌さん?あの人、ええ声しとるわ。」
「えぇ、真似できませんね」
「昔習っっとったわ、あの人に」
「へ?嘉手苅さんにですか?」
「あぁ。俺の先生やった」
「それって凄いっすね~!白雲節練習しているんですよ~」
「ほほう。民謡やっとんの?」
「いえ、習っていたのは古典です」
「何流?」
「野村流です。こっちは野村流ばっかりですよ」
「古典、野村流が基本やな。古典できれば民謡とか簡単にできるわ」
「古典難しいですよね~奥が深いというかなんというか…」
「そう!奥深いねん」
そっからずっとおっちゃんと古典の話して、
終いにゃ かぎやで風 を二人で歌ってた(笑)。
精算済ませた他のメンツと女将さんがこっち見て笑ってた。

古典やってりゃ民謡できるってのは確かにそうだと思う。
けど、やっぱり沖縄人じゃない私には方言というか
発音がとても難しい。
地方や島ごとに違うし。
だから真似事はできても、これでいいの?って感覚は
付き纏うわけで、民謡も習えるなら習ってみたいとこ。


んで、今日。
紹介してもらったところに電話掛けた。
三線習いたいんですけど、と言ったら
ちょっと待ってくださいね、主人と代わりますから って。
あれ、この人が先生じゃないの?
ご主人と思しき方が電話に出られる。
声からして、年配の方かな。

教室はやっていないそうな。
そら残念。
で、いつがいいですか?と訊かれ
はい?教室やってないんちゃいますのん?と混乱する私。
ご都合良い時間に合わせますよ、って。
え?普通逆っしょ?と思い即答できず。
時間決まったら掛け直して、と言われたので一旦退却。

住所から見て、私の家から近いのは近い。
だけど平日は約束できないなぁ、交通事情も分からないし。
週末なぁ、週末は寝ときたいんだよなぁ。
だけど午後はなんか申し訳ないし、私も遊びたいし(←これがメイン)。
どうも年配の方っぽかったし…
ということで、掛け直し。

土曜日の9時からで、いかがでしょう?
朝ですか、夜ですか?と返される。
夜9時って有りなの?と思いつつ
朝です、と回答。
オーケーらしい。
ちょっとホッとした。

それもつかの間、
主人は八重山民謡、私は琉球民謡の教師ですけど
どちらがいいですか?って。
はい?!ご夫婦別々のご専門ですか??そんなん考えてもいませんでしたわ。
え~、よく分かりません…
「どちらでも、両方でもいいですよ。では今度来られた時に話しましょう」

なんか疲れた…気さくで親切な方々なのは理解できたけど
フレキシブルすぎてびっくりした。
でも、行ってみないと分からないものの、個人レッスンで
こういう受け方できるってかなりラッキーかも。

そう思うと、今から楽しみ♪
さて、どうなるか見てみましょう。


鳩間節。
多分八重山地方の民謡で、本島に渡って舞踊曲となった曲。
上手い人が歌うととても味わい深い曲ですわ。
「鳩間節@六ヒル」で検索してみてください。
前半が元の民謡です(多分ね)。
早弾きの方が、沖縄本島でのやり方(多分、ね)。
発音も、ところどころ異なります。

こういうのができるようになったら、ええな(^-^)

お じぞうさん

2012年05月13日 | ウェブログ
久しぶりの更新。

お稽古に行って、今月でやめます と言った。
誰よりも先生が一番びっくりしていたらしい。
私としても残念だが、しんどいのですよ。

なんでそんなにしんどいのかというと、仕事のせいですハイ。
仕事環境というべきかな。

ちょっと前に
「こんなアホ課長とは仕事できないんで私をどっか飛ばしてください」
と怒りのメールを事業部長に送った。
「もう少し我慢してください」
と言われ、私も大人気ないという反省があったので
「もう少し我慢します」
と言った。

んで、近々組織再編があるらしい。
事業部長に呼び出されて
例のアホと一緒に仕事するように言われた。
え?
あのアホ、好き勝手やるからお目付け役になって欲しいんだって。
正直言うと、嫌です。

だけど、この新たな組織においてこのアホの部署は非常に重要なんですな。
製造に直結しているから。
確かに好き勝手されたら困る。
それならこのアホを飛ばしてくれよ、と言いたいところだが
その辺思い通りにいかんのだろう。
この間事業部長と飲みに行った時も
中々思い通りにできなくて不甲斐ないと言ってたし。
全体像は掴めていないけど、そういう背景があることは
知っているので 引き受けましたわ。
「骨は拾ってくださいね」
とか嫌味の一つでも言えば良かったかな。

それに、今、製造の現場の人たちはかなり苦労されてるんですよ。
アホや、アホ2号3号などのせいと言ってもいい。
こいつ等の罪は大きい、と思っている。
現場の人達も言ってくるんです、直截私に。
これなんとかしてよ、とか 頼みますよ、とか。
現場の人も、アホ達に言ってもしゃあないと認識しているらしい(笑)。

そんな状況でもなんとか製品上げてくれている人達には感謝感謝だし
早急に助けなきゃいけないのよね。

製造する上で大きな問題となっていることがあって、
なんとかならんのか?アイデアを出してくれ、と
連休前の技術屋さん会議でお偉いさんが言った。

多分、なんとかなると思う。
根本から間違えているから、それ変えたら。
だけど現実問題としてそれは無理なんで、ちょっと手を加えるだけで
なんとかなるか…なりそうな気がする。

そう思い、アイデアを絵にしてみたものの実験装置では確認できない。
実際の製造装置借りて試さないと。
今、そんなことを現場に頼めるか?
しかもちょこっと改造せないかんかもしれんのに…

どうしよう、と悩んだ挙句、例のアホをすっ飛ばして
事業部長に話した。
部長が試す価値あると踏んでくれたら、アホも現場も
調整してくれるのではないか、と期待して。

そしたら、事業部長はアホには伝えずに製造の人に
私のアイデアを伝えたんだな。
私が知らないうちに。
突然製造の課長さん来て、相談あるんだけど って言われた時はびっくりしたよ。
「できるかどうかは分かりませんし、これこれこういうリスクもあります。
何より製造の人の負担が増えます。それでもそちらで実験されますか?」
と一通り説明した後に言った。
そしたら
「ええやん、面白いから やろうぜ」
って。
軽っ!(^^;

それで実験が始まって、ちょこちょこ見学に行って、話する。
大体は製造の人達に試行錯誤してもらい、機を見て助言してる。
皆、結構ノリノリでやってくれるのね。
ここ、こう変えたらどうなるかな?とか、積極的に試してくれるし。
忙しいのに楽しんで取り組んでくれているのが嬉しいし、
私も楽しい。
まだ結果は出ていないけど、彼らと上手くやっていけたら
良い物が作れる気がする。

話変わって、Fさんが辞めるような気配がある。
てか、近々辞めるだろうな。
会社にとっては大きな損失だけど、使いこなせないなら居るだけ損だし。
アホ達は諸手を挙げて喜びそう。
それは悔しいものの、アホに疲弊して潰れるのもバカな話なんでね、
私は強く引き止める気はない。

事業所立ち上げからずっと会社や社員を見てこられた事務員さんは
嘆いていらっしゃいます。
結構、彼のことで相談されるというか、話し相手してる。
Fさんと私が居なくなったら、ここは終わりだって。
私もですか?!そりゃ勘違いっすよ~(汗)。
辞めないでくださいよ、って。

この職場、やってられんからいつ辞めてもいいんだけど。
だけど、期待は感じるし頼られていることも分かってる。
飄々と知らん振りしているものの、そういう期待には応えたいし
上述の現場の人達の力になりたい。

そうは思っているものの、しんどいよ。
出て行くという選択肢を選ばないのは、技術屋としての
プライドと、上の理由から。

会社がどうなろうと知ったこっちゃない、
滅びるものは滅びる。
諸行無常だよ。

それでもこの会社で、アホに囲まれつつもなんとかしようと
考えている私はドMか?!と悩まんこともない(^^;

以前、地蔵菩薩の話をした…と思う(未確認)。
私はお地蔵さんが好きだ。
解脱できる立場にありながらも輪廻に残り、
しかも餓鬼道で衆生を導く菩薩。
あやかりたい。

お地蔵さんと比べることもできないくらい別次元の話なんだけど、
なんとなく これまでも現在も私がやっていることは
「鬼に虐められる人達の手助け」な気がする。
# 気がするだけだってのは分かってるよ。
これが私の役割なのかな?と思えば、なんとなく落ち着ける。
重いけど。

壮大な勘違いだが、自分がお地蔵さんになった気分になれば、
頼られること、期待されること、自分の責務
のプレッシャーにも耐えられそうな気がする。
てか自分に諦めがつく(笑)。

しっかりしなければなりません。
だけどさ、結構つらいのよ、立っとくの。
どこまで持つか、楽しみです(笑)

良く言えば マイペース

2012年04月08日 | ウェブログ
先週の水曜日、風邪か悪寒が酷くて足腰に力が入らないので
定時でさっさと帰宅した。

着替えて門を出たところでばったりと営業のオッサンと出くわす。
早いねぇ、どうしたの? と訊かれたので 風邪っぽいから、と答えたら
あらそう、僕もなんだよ ケホッケホッ って。
てめぇが元凶か?!
マスクしろジジイ!

「どうやって帰るの?」とジジイが尋ねる。
駅まで20分以上歩くか、こいつ等(チャイニーズ・リーも来た)と
バスで駅まで行くか、どちらがしんどい?

一人で駅まで歩く < こいつ等とバスに乗る

「歩いて帰りますわぁ」と答えたら
「そう、僕達もなんだよ!」って。
えぇ~~~!!
観念してトボトボ歩く。
「僕達ね、△分の電車に乗るから」
「そうですか、ほな先に行ってください。しんどいんで」
「大丈夫、時間あるから間に合うよ。行こう行こう」

悪気はないんだよな。
こういう奴、どうしたらいい?


昨日はお稽古の後三ノ宮に行ってお世話になった人と飲んだ。
三ノ宮駅近辺ってトイレの場所分からんよね。
脂汗垂らしながら走り回りましたわ、三線担いで(汗)。

それはさておき、このお世話になった人が会社の役員されてた時に
チャイナのとある企業に技術支援することになって
人を派遣したことがあるんだけど、それについてこの方の考えを聞いた。
実はこの人も大反対していたらしい。
#これも辞められた背景にあるんだろうねぇ。

あちらの人間に義理人情が全く無いとは言わないが、
こういったお人好しな判断の結果が今の日本の低迷を招いている一因だと
気づかないものなんだろうか。

自分達の“善意”が敷石となり、後続の者達を地獄へと導く道を作っている
ということまで考えが及ばない。
「一生懸命やれば、誠心誠意対応すれば」
というのが間違いだとは思わないものの、相手を選ばなければ。
また、タイミングを見極めなければ。
産業用製品はまだ強いけれど、そこも狙われているということをお忘れなく。

家電メーカーは苦しい状況で、○ニーもパナ○ニックもアップアップ。
井深も盛田も松下もいないし新たなる大や幸之助も育っていないみたいだし
(漢字間違っていませんよね?)、再建の切り札が
「高解像度の液晶テレビ」とか傍から見てて痛々しいんだから
「お疲れ様、もう休んでください」と言いたくなりますな。

まぁ、勝手にやってりゃいいこった。

先々週か、エアコン買いに行ったら店員さんが
これはイオンがどうのこうの、とか言い出すのよね。
「そんなもん、要りません」
高付加価値じゃない、高負荷価値商品なんざ
大手の広告代理店と組まなきゃ騙せませんし売れません。
つまり、海外じゃ勝てません。

誰も彼も、わざわざ自分の首を絞めようと思ってやっているんじゃ
ないんでしょう。
悪意があるとかないとか、そんな話でもないと思ってる。
だけど。
一昔前、現在と独り善がりのジジイババアが跳梁跋扈して
下の世代が振り回されている気がする。
さっさとこれらを排除することが急務だ。
奴ら、悪いことしている気持ちなんて全く無いから厄介だぞ。
がんばれ若い人たちよ。

他人事かよ(笑)。

あれから一年ですか

2012年03月13日 | ウェブログ
昨日(正確には一昨日)は震災から一年。
黙祷&合掌。
キャンペーンとかせんでもする時ゃするわい、
煽るな鬱陶しい。

今日(てか昨日)は原発の爆発から一年。
フィクションをあたかもノンフィクションのように書いて
ノーベル文学賞とった方をはじめある団体さん達が
11日に福島で「追悼なんかやってる暇ねぇ!」とばかりに
原発反対の集会開いていたらしいですな。
アホかと。
今度は“フクシマノート”でノーベル賞取ってくださいな。
そういや会社で「反原発、原発なくして自然エネルギーが
なんたら(覚えていない)」って活動グループ協賛の署名を
求められたな、ちょっと前に。
このノーベル賞さんの(立場忘れたけど)名前があったから
「この人嫌いですから」って断った。
断る理由作ってくれてありがとう。

自然災害についてはもちろんのこと、原発や原子力や自治等に
ついても考えて議論していくべきであった時間を浪費して
しまった感が拭えない。
私も含めて。
踊ったやつは踊ったし、踊らされたヤツは踊らされた。
自分も、踊らされたと思ってる。

遥々台湾から被災地にボランティアとして滞在して今も活動を
続けていらっしゃる方のブレのなさが立派で、より際立ちますな。

これからは我々も地に足つけて考え、行動せねば。
#していたつもりだけどね、まだまだですわ。


地震速報で熊本で地震があったことを知り、
「阿蘇かぁ、ま、これくらいはよくあることやね」と
高を括っていたら桜島で噴火が起きてた。
おいおい。
阿蘇と姶良で本気の爆発が起こったら九州が火砕流で
覆われます、つまり滅亡しますよ。

ちなみにイエローストンも最近活発らしいですな。


話飛んで、

先週金曜日はアホな実験手伝わされてイライラしてた。
しかも手伝わせた本人、帰っているし(怒)。
さっさと片付けて、駅まで走った走った(バスの本数少ないのよ)。
んで電車に乗って、降りてまた走る、飲み屋まで。
遅れて参加、会社の気心知れた人たちとの飲み会すわ。
疲労と酒弱いのとで2杯で酔いが回った。
このお店のカクテル、濃いっす。
その後カラオケ行って皆でバカ騒ぎ。
楽しかったな~。

帰って寝て、土曜日の朝はとっても気持ち良く起きれた。
発散するって大事なんだな、としみじみ実感。
お稽古に出かけ、お稽古先の最寄の駅近くのバーで
一杯、ではなくてランチ。
いつもは近くの定食屋なんだけど偶にはね。
#定食屋のオヤジ、気さくなんだけどよく話しかけてくるからなぁ。
客いないけどテーブル席少なかったからカウンターに
座って本読んでて、閉じて顔上げたら カウンターの向かいにいる店員の
お姉さんが話しかけてきた。
…ここでも話しかけられるなんて。
バーだから、だったらいいけど可哀そうなくらい寂しい人に見えたのなら
ちょっと悲しいっす。
まぁ店員のお姉さんとの音楽のお話、楽しかったからいいけど。

日曜日は寝て過ごし、体力の回復。
あと時々練習。

月曜日は無事に起きて出社したら実験室が水浸しだと通報があって
午前中床拭き。
アホな実験に付き合わせた人が元栓締めていなかったからなんだが、
金曜の夜、部屋出る時に確認しなかった私が悪い。
てか元栓開けっ放しとか、ないわ!(怒)


…相変わらず悲喜交々の疲れる生活送っておりますが、
こういう生活でも続けられたら幸せですよね。
自然災害やその後の人的災害で悲しい思いするよりも。



You raise me up

2012年02月27日 | ウェブログ
私の好きな学者…なのか評論家なのか、とにかく
一生学究の徒として活動されてた“無学の士”が亡くなられてた。
# ちょっと矛盾しているようだが、我ながら言い得て妙だと思う。

昨日知った。
彼の名著で古いのは絶版になっているし。
余りにも面白いからじゃんじゃん再版されていると思ってたけど
そんなことなかったのね。
家にはある(はず)けど、人に薦めることができないのが残念。

話変わって。

先週、神戸に行った。
土曜はお稽古の後、飲みに。
日曜はお世話になった方に会いに、同僚数人と訪問。
ちなみに、土曜日は終電に間に合わずカラオケやネットカフェを
転々として夜を明かした。
# 三宮って、朝まで人多いのね。

日曜日にお邪魔した方はとっても偉い方で
私など足下にも及ばないご経歴をお持ちの方なんだけど、
気さくで大らかなのよね。
声大きいけど。
厳しい反面、下には優しい。
先の師走に会社の近くの店に集まって飲んだ際、
私は遅れて参加した(12月で辞められたんですわ)時
さすがにしんみりした雰囲気なんだろな、とか思いつつ
店に入ったら もう皆笑顔なのよ。
…て前紹介したっけ?

なんとなーく閉塞感漂う職場、なんとかならんもんかな、と
今回 差出がましくも私が企画して皆で訪問したところ、
期待通り 皆心底楽しそうにしているのよね。
もうこの人の醸し出す雰囲気が支配しているんだよな。
皆が皆、それぞれ話したいことがあっただろうし
私も話したいことあった、それは不十分だったけど
元気になった、してもらったことに満足。

どうやったらこういう大人になれるんでしょうね?!

こういう、とても自分には持ち得ない人と接していると
(あんまり話す機会はなかったけれど)
「おかげさまで、どうもありがとう」
と言いたくなる。

話戻って、本を通して色々教えてくれた人にも面識ないけど
「おかげさまで」
と言いたい。

これからは私がそう言われないといけない立場、年齢なのよね。
とても無理そうなんですが…

とにかく、いつの間にかお世話になってて、
気づかぬうちに影響受けててここまで来れた ってのは結構あることかと。

2年前に急逝された上記無学の士、
昨年末に退職された方に
あなた方のおかげです、と
感謝しつつ聴いています。

You raise me up

フィギュアスケートの荒川さんが云々、と聞いたけど
よう知らん(汗)。
私が薦めるのは、 Secret Garden の Brian Kennedy って人が
歌っているバージョン。
色々な人がカバーしてますわ。

聴いてみて。

見る目

2011年12月25日 | ウェブログ
大阪府知事・大阪市長選挙の日、公園で練習していた時に
声かけてきたお爺さんの言葉の要約っつーか覚えていることのまとめ。

「戦場になった沖縄に対して、子供心に申し訳ない気持ちで一杯だった(戦時中は
小学生だった、かな)。そんな気持ちで沖縄に行ったら、現地の人は
特に本土に対して恨みを抱いているなんてことはなかったし仲良くしてくれた。
沖縄が好きになった。
(前の)知事さんとも知り合ったけど、基地問題とか、そりゃ無いに越したことは
ないけど、現実的な問題として沖縄にあるのは仕方のないことだと現実的で
冷静に受け止めている。やれ問題だ、間違いだなどと報道されているけど、
現地の人々はとても冷静だ」

この人、この選挙で思うことあったんでしょうな。
かなり現市長に対してネガティブキャンペーン張ってたらしいですからね、
マスコミさん達は。

沖縄の方々が、全員じゃないとしても現実的な視点、現実的な判断をされているのは
個人的に嬉しい。
勿論反対意見や感情的な意見があって然るべき。
ただ、ひたすら被害者的報道や教育ばかりなされるのは間違いだと思うので、
それに流されずに「自分の目」で見て(賛否双方で)自分の意見を抱いている、と
いう現実は心強い。
一部の賢い人達はどうだか知らんけどね。

考え方によっちゃ、「戦場になっただけマシ」って見方もあるわけで。
東京、大阪などの大都市では抵抗すらままならず ただ「焼かれた」。
それに比べたらまだ本土から部隊派遣されて抵抗できた、というのは
少なくとも手を拱いて見てただけ、って状態ではないからね。

問題は、一般市民が悲惨な目に遭った、集団自決を強要された、とかいう話だろうけど
実はそんな証拠はなかったりして。
大江健三郎のノーベル文学賞取った作品は、これらの惨状を書き記したものらしいけど
実際に取材検証して書かれたものではない。
あと、「被害者だ」という人が存在する(した)みたいだけど、これは「フクシマ」を
はじめとした被災地の一部の方々と共通するものがある。
「被害者じゃないとお金を貰えない」
ってことが背景にあるのを見過ごしてはいけない。
だからといって、悲惨なことがゼロだったという訳じゃないよ。
同情すべきことはたくさんあるけど、一部のことや起こってもいないフィクションを
大々的に報道したり教育して、「一部⇒全部」にしてしまってはいけない。
特に小賢しい人たちが勘違いするから。

だからまぁ、「沖縄に対して申し訳ない」と言った時のおじいさんに対して
「アホやな」と内心思ったものの、その後のお話を聞いて
「アホやと思って申し訳ありませんでした」と改めたし、沖縄の方々に対しても
嬉しくもあり有り難い気持ちにもなった。

沖縄には慰霊碑やそういった場所が結構あるそうな。
例えば、そこに行ったらとり憑かれてしまう、とかいうことがあったとしよう。
仮に“憑くもの”が存在したとして、それらは現在生きるもの、訪れた者に
嫌がらせをしたいのだろうか?
実際そこで何が起こったのか、どういう立場の人達がどのような目に遭ったのか、
その事実を出来る限り知って欲しい、認識して欲しいのではないだろうかと思う。
碑に書いてあることを鵜呑みにするのではなく、ね。
多分「この人なら…」と頼っているのではないかなぁ、と。

だから、
「ここで悲惨な死に方した人がいる」⇒「取り憑かれる」⇒「自分も悲惨な目に
遭ってしまう」と短絡的に思考が進んでしまうのは当事者には仕方ないことかも
しれないけど、言い切ってしまえば それは死者に対する冒涜であって、
きちっと向かい合って認識して供養する、というのが大切なプロセスだと
勝手に考えている。
言うは易し、かもしれないけれども。
全くこういうのに縁の無い私としては心霊スポット的に扱われるのは残念なのだよ。
そういうわけで、このような場所で何かしら感じることのできる人は、
“恐れ”ではなく“畏れ”を抱いて対応してくれたら、ナントカ転じて福となる
んじゃないのかなぁ、と勝手に思っております。


選挙の次の日、会社で。
まだ私は営業のシマに机があって、中国人のパクさんリーさんのパクリコンビに
囲まれていた。

私がお引越しする時に
「なんで移動するの?!」とリーさんに訊かれ、
「営業に新しい人が来るから」と答えたら
「そうなんだ、僕のこと嫌いになったのかと思ったよ」って、
誰や、コイツに日本語教えたのは!
きっとテレビでこのような表現を学習したんだろうな。

閑話休題

で、選挙の次の日、選挙の話になったのね。
L「橋下さん、いいね。彼、変えてくれそうだよね」
私「そうですね」
P「橋下さん、変えようって意志が見えてていいよね」
L「いいねぇ選挙できて」
私「中国じゃ選挙無いんですか?」
L「ない。代理人ってのがいて、その人たちが代表してやってることになっている」
L「だから汚職とかやってると思うよ」
私「変わらないんですか、そういうの」
L「変わらないねー、だから選挙にとても興味ある」
L「大阪府の知事って、前は女性だったんだよね」
私「あぁ、太田さん」
L「総理大臣もさ、女性がやったら面白いんじゃない?」
私「いや、男女関係無くまともな人にやって欲しいっすわ。麻生さんとか」
L「そうだよね。麻生さん、いいよね。これぞ総理って感じ」
P「僕は小泉さんがいいよ。変える!って意志持ってやってたじゃん。
中国では悪者みたいに報道されてたけど、ああいう人がいいよ。
橋下さんも、そうじゃん」
L「やっぱ麻生さんだよ。やっぱり金持ちが政治やらなきゃ」

等など、興味深い話が聞けました。

#中国で悪者扱いの報道されてたってのは麻生さんだったかもしれん。

パクさんリーさんそれぞれに注目していることが異なってて面白いですな。
かたや「変化」、かたや「汚職」。
どんなに偏った報道がなされていても、日本以上にバイアスかかった
報道されていても、見るところはきちっと見ていて面白いよね。

あー、それぞれがそれぞれの視点着眼点を持っていると報道に対して冷静に
情報の取捨選択ができるんだな、と前日のおじいさんの話と合わせて感じた。

自分なりの視点を持って、情報を選択して調べて確認してから
意見を持てってことだな。
100%は無理だとしても、こういう能力は磨かないと曇ってしまう。
曇って明確に見えないと自分の選択に自信が持てなくて流されてしまう。
この中国人二人、いい目をしていると思うよ。


会社ネタついでにもういっちょ。

先日、休日出勤した時にある管理職に言われた。
私が入ってきて、問題点の解決などのスピードが早くなったって。
どこまで本当か知らんが、まぁ悪い気はしない。

も一つ言われた。
私が会社のトップに目をつけられているって。
私がどんな仕事をしているのか、結構細かくチェックしているらしい。
ちょっと待て。
珍しく、大人しく真面目に仕事してんのに。
…とどういうことか問いただしてみたら、
噂だが、あるプロジェクトを立ち上げてそれを私に投げようと画策しているとか。
それは、あんまりいい気がしない。
パンクしてしまう(汗)。
私のどこに注目しているのかは知らないけれど、優先順位高いものが他に
あるんだから、そこをコソコソやってんだから、正直困りますわ。
とーっても有能で人望ある偉い人が健康上の理由で今年一杯で退職される。
その人と最近話したんだけど、私の考えとやっている、やっていこうとしている
仕事を全面的に支持してくれた。
だから、ガンガンやっていこうと思っていた矢先に出鼻を挫かれた感じだな。
ま、聞いたのはあくまで噂っつーことで実現しないことを祈る。

若い人達から最近(上述の偉い人が辞めることが判明してから特に)言われる。
私(と前回出演してもらったFさん)で引っ張っていって欲しいって。
Fさんはともかく、私にゃ無理っすよ~そんな能力ありませんし~って言ったら
「もうバレてますよ、猫被ってるの。」
って。
おい…

正しいかどうかは別として、皆さん、よく見ていらっしゃる。

「見る目」は大切だし、この能力は養わなきゃいかんと思う。
同時に、他人の自分を「見る目」には注意せないかんな、と思った今日この頃。