こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア-第二部【18】-

2024年08月12日 | 惑星シェイクスピア。

【レディ・ゴダイヴァ】ジョン・コリア

 

 今回、トップ画のほうが、ジョン・コリアの描いた「ゴダイヴァ夫人」です(^^;)

 

 ええと、チョコレートのゴディバのロゴでも有名ですが、レディ・ゴダイヴァは11世紀に実在した女性でした。

 

 マーシア伯レオフリックの夫人で、この旦那というのがコヴェントリーの領主なのですが、領民に圧政を敷き、実に苦しめていたんですね。

 

 そこで心優しいレディ・ゴダイヴァは、何度もしつこく夫に「税を引き下げるように」と頼むのですが――夫のほうは頑なに妻の言葉を退け続けました。

 

 それでも、あんまりゴダイヴァがしつこく言い募り、諌め続けたことを鬱陶しいと感じたのでしょう。

 レオフリック伯爵は、「一糸纏わぬ姿で馬に乗り、町中を回るというのであれば言い分を認めよう」と妻に言い渡します。 

 もちろんこれはそんなこと、「流石に出来るわけなかろーが!」と思ってレオフリック伯爵は言ったことなわけですが……。

 なんと!!!

 レディ・ゴダイヴァはそれを実行に移します。

 信仰深かった彼女は、自分ひとりの犠牲で領民が苦しみから解放されるのなら、とそう考えて、本当に裸で馬に乗り、町中を回って歩いたのです。

 その日、領民たちはレディ・ゴダイヴァの心の優しさに胸を打たれ、敬意を払って戸や窓を閉ざしたということです。

 そしてレオフリック伯爵は妻との約束を守り、重い税金を引き下げたのでした……。

 

 という、↓のお話とあんまし関係ないような話を何故書いているかというと――実は、わたしの中でギネビアのイメージとして近いのが、ジョン・コリアの絵のレディ・ゴダイヴァだからだったりします(^^;)

 

 本当は今回は、「アーサー王物語におけるグウィネヴィア妃」といったことについて書こうと思ってたんですけど、わたしの書いてるギネビアは名前を借りてるだけで、その中のどのイメージとも当然合致しませんので、このこともまた、そのうち文字数の合うような前文にでも何か書いてみようかな~と思っておりますm(_ _)m

 

 それではまた~!!

 

 

       惑星シェイクスピア-第二部【18】-

 

 ランスロットがエレイン姫の遣わした使者に導かれ、大広間に入って来た時、そこでは今後の予定について話し合われていた。「船荷を期日までに届けるといった契約に縛られているわけでもないのですから、この嵐が過ぎ去ってから出発するというのでも十分なのではありませんか?」とアントニオが提案し、ハムレットやエレアガンスがギロン男爵のほうを見やると――ハムレットの眼差しには、申し訳なく感じる光が底にあったが、エレアガンスは彼のもてなしを当然のものとしか感じてないようであった――「ようござんしょう」と、男爵は静かに頷いていた。

 

 折りしも、この瞬間にランスロットがやって来たのだが、ギロン男爵はそのことでも特段機嫌を悪くした様子はなかった。というのもこの前日、エレインが父と兄のことを応接間のソファに並べたかと思うと、恋をしているとしか思えぬ熱心さで、「ランスロットさまがあのような場所で眠られているかと思うと堪らない」とか「ランスロットさまのような並びなき騎士に対しぞんざいな態度を取ることは、このわたくしが許しません」だのと、一くさり説教をしていたのである。

 

 その時の声の上ずった調子、嬉しげな光を湛えた双眸、紅潮した頬……「ランスロットさま」という愛しい方の名を口にするたび、喜びが溢れて堪らないとでもいうような彼女の姿を見るにつけ、彼らは親族として考え方を変えたわけである。すなわち、「可愛いエレインにはきっともっといい男が、縁組が」と考えてきた彼らであったが、このランスロット・ヴァン・ヴェンウィックという男が今もまだ未婚であるというのであれば――この機会に二年前の責任を取ってもらえば良いのじゃないか、というように……。

 

 というわけで、彼自身驚いたことにランスロットは、一騎士に過ぎないにも関わらず、ハムレットやエレアガンスに勝るとも劣らぬ歓待を受けることになった。当初、ギロンとしては次のような考えでいたのである。イルムル川を下ってロドリアーナのマリーン・シャンテュイエ城へ伺候した際、ギロンはロットバルト伯から次のように頼まれていたのである。「近く、私にとって非常に大切な友人がメレアガンス州よりやって来られる。そこで、イルムル中流域の城の誰かに行き届いた世話というのをしてもらいたいのだ。そなたの城でもてなしていただければ嬉しく思うが、まあ無理なら無理で、他の誰かに頼めばいいだけのこと」――というわけで、この栄誉ある任を、ギロンは謹んで受けることにしたわけである。

 

 ロドリゴ=ロットバルト伯爵には、愛妻ローリエとの間に五人の息子と五人の娘がいる。長男のロカインは跡継ぎの務めとして結婚するのも早く、すでに子供が三人いた。次男のロマイユは独身貴族を貫きそうな雰囲気であり、三男のロキルスは自由気ままな剛の者、四男のロマンドは絵と詩と音楽を愛する芸術家、五男のローリーは四男の十歳ばかりも年下で、まだ十二歳である。この中で結婚適齢期にあるのはロマイユ(二十七歳)、ロキルス(二十五歳)、ロマンド(二十二歳)の三人ということになるが、ギロンの見る限り、自分の可愛い娘を嫁がせるには決定打に欠ける三人であった。この中でロマンドはエレインが舞踏会で知りあい、その後文通を交わしている仲でもあるのだが、娘に話を聞いても「ロマンドさまとわたくしが結婚ですって?まあ、お父さま。まさかそのような……」と、意味あり気にふふふと笑うだけだったと言える。

 

 ギロンはティリー家の安泰のためにも、この地方きっての美姫として名高い娘のことを、出来るだけ身分の高い、金のある男の元へ嫁がせたかった。そこで、ロットバルト伯爵家とも懇意な関係を保ち続けており、伯爵のほうから「そちの自慢の美姫はまだ結婚せぬのか?であれば、我が息子の○△□と婚約いたすというのはどうだ?」というお言葉でもありはすまいかと、ずっと手を回し続けているわけである。

 

(が、まあそれもまた、エレインの命あってこその幸せ。父としてはあんなにも病気で弱りきり、食事も喉を通らぬありさまの娘の姿を見るくらいであったら、砂漠州に嫁がせるのもやむなきというもの。幸い、リオンはすでに結婚して、跡継ぎの息子はまだ小さいにせよ健在であるし……)

 

 こうして、ギロンは朝から豪勢な食事を用意し、エレアガンスやハムレットに義務を果たしたのちは、ランスロットのそば近くに座し、手のひら返しでもしたようにぺらぺら親しげにしゃべりだしたわけである。

 

「二年前には本当にお世話になりましたなあ。ここアストラット地方の他の城主たちが所有する騎士に比べ、我がティリー家には自慢にできるほどの騎士さまがひとりもおりませんで……そんな時、ランスロットさまとカドールさまが馬上試合へ出場してくださるとお約束くださいましてな。なんとも胸のすく連戦連勝により、我がティリー家にこの上もなく素晴らしい栄誉をもたらしてくださいましたのじゃ。まったく、ランスロットさまやカドールさまのいらっしゃるローゼンクランツ州のある砂漠に向かって足を向けて寝ようものなら罰が当たるというものですて」

 

 カドールなど、きのうと打って変わった態度にギロンが豹変したのが何故か、さっぱりわからなかったものである。探るような目で隣のランスロットを見ても、彼はただどこか憂えたような顔をしているだけで、特段なんの感情も読み取ることが出来ない。

 

 そしてこの瞬間、事情を把握している者は誰も、エレイン姫のいるテーブルのほうへそれとなく注意を配っていた。そのうち、「エレイン、おまえもこっちへ来やれ」とでもギロンが父として促すのでないかと思われたが、彼女は食事が済むとそそくさと大広間をあとにし、自分の部屋のほうへ下がってしまった。だが、彼女はこの時、この上もなく幸福だった。自分が心から愛する男ともう一度あいまみえることが出来たのみならず、ランスロットは二年前と少しも変わらず、男としても騎士としても堂々として見え、実に立派な態度だったからである。

 

 もっともランスロットは、ギロン男爵の話にほとんど社交辞令として返事をしているに過ぎなかったが――恋するエレインにとっては、ランスロットの低い声を聞いているだけでも幸せで、彼の話す言葉の内容などはほとんどどうでも良かったほどである。

 

 にも関わらず、エレインは愛する男の快い声を聴くのをあえて自ら中断させたのだ。そして、そのことにも理由があった。手紙にも書いたとおり、彼女はランスロットが自分のことで気詰まりな思いなどして欲しくないのである。だが、愛しい騎士さまのお声は聴きたい……というわけで、礼を失しない程度距離を保ちつつ、己の望みを果たしたあとは、私室のほうへ下がり、この時の幸福を心の中で何度も何度も繰り返し反芻していた。ランスロットがこのアストラット城を去って以降、エレインは何度も彼の面影、声の調子、勇猛果敢に馬上試合で戦っていたお姿などを思い返しては――切なくも甘い感情に浸され、さらにはその怒涛の波頭のような流れに心を溺れさせ続けた。

 

 だが、初恋の破れたエレインは、自分の清い心を売春婦のそれとランスロットが勘違いしたのではないかとか、そんなことをくよくよ悩み、彼に夜這いをかけたのに断れたことに対する羞恥心により、高い城塔のひとつから身投げしたのではなかった。それが心に恥とプライドの傷つきを思い出させるものであれ、ランスロットの顔や彼の声の調子を思いだせるうちは良かった。けれど、時が経つにつれ、徐々にあの素晴らしい馬上試合の栄光は、エレインの心から去っていきつつあったのである。ようするに、その時のことをまるできのうあったことのようにいついつまでも永遠に覚えておきたい……それなのに、少しずつ記憶が薄れゆくにつれ、彼女の心は除々に失恋の病いに蝕まれていったのだ。

 

(あんなことがあった以上、あの方はもう二度とこのアストラット城へは……いえ、それどころかこの近辺にすらお立ち寄りになるようなことは決してありますまい。ああ、結ばれなくても構わないから、今一度だけあの方と会い、一言でいいからお話して、あの素敵な低いお声を聞いていたい……)

 

 その自分の切なる望みが叶えられることは今後、永遠にありえない――そう思うと、エレインは堪らなかった。父も兄も侍女たちも、何かと気を遣い、「姫さまならば、きっともっと良い縁談が」だなんだと慰めてくれる。けれど、彼女は騎士ランスロット以外のどのような男のことも望みはしなかった。他の男と婚約したり結婚することなど、想像してみただけで舌でも噛んで死んだほうがましだとしか思えなかったそのせいである。

 

 水門塔の鉄柵に冷たくなった体が引っかかり、危うく一命を取り留めたという時……エレインは「どうしてあのまま死なせてくださらなかったの!?」と、父に対し泣き叫んだものである。けれどこの時、エレインは生まれて初めて父のギロンから頬をぶたれていた。小さな頃から甘やかされて育ったエレインであったが、この時父や兄が日に日に痩せ衰えゆく自分のことを見、どれほど心を痛めていたかに初めて気づいたのである。

 

 以降、自分の悩みのことばかりで盲目になっていたエレインは、少しずつ周囲の愛情や真心からくる心配にも気づくようになっていき、少しずつ失恋を癒していったわけだが――父ギロンが娘のために良縁を結ぼうと色々画策しているとわかってはいても、相手がランスロットでなければ、あとはヒグマと結婚しようがアライグマと結婚しようが、大して差はないとしか思えぬエレインである。いつでもうまく話をはぐらかし、縁談話が自然と流れるようにするくらいしか、彼女に出来ることはなかったと言える。

 

(ああ、ランスロットさま!ランスロットさま……っ!!)

 

 エレインは自分の部屋の寝台に突っ伏すと、そこで身悶えしてシーツの端を唇で噛んだ。彼のいない間、自分はこのベッドで一体何度空想上の騎士ランスロットに抱かれたことだろうか。夢の中で彼はいつでも優しかった。決して拒むことなく自分の愛を受け容れてくれ、「そのようなあなたさまの愛に自分は相応しくありませぬ」と口では言いながら、結局手の甲だけでなく、唇にも胸の谷間にもキスの雨を降らせてくれるのである。

 

 けれど、いくらこんな機会はもう二度とないと思ったところで――あのような手紙も送ってしまったし、二年前と同じようなことを行うような勇気は流石にエレインにもない。彼女は枕を涙で濡らしながら思い続けた。(ランスロットさまがこのままずっとこの城へいてくださるというのなら、自分はどんなことでもするのに)と……。

 

(けれどこの二年、決して悪いことばかりでなく、いいことだってあったわ。あの方に振られる前までは、どんな男性が言い寄ってきても、すげなく袖にすることにすっかり慣れきっていたこのわたくしだけれど……失恋するというのが、恋する相手にまったく見向きもされないのがどんなに悲しいことか、生まれて初めてわかったんですものね。ああ、ランスロットさま。このわたくしもこの二年で成長しましたのよ。きっと今でしたら、あの時以上に人の心のわかる優しい我が儘でない姫として、あなたさまの良き伴侶となれましょうに、あなたはあのギネビアとおっしゃる方がおよろしいのね……)

 

 エレインは不思議と、ギネビアのことでは思った以上にショックを受けなかった。あのように男の格好をした姫より、自分のほうが女らしくてずっと美しい――などと考えたからではない。彼女はこの二年、ずっと自分の妄想に苦しみ続けてきた。そして、そのエレインの妄想によれば、遠い砂漠の国で、非の打ちどころのないギネビアという名の美姫とランスロットはひとつのザクロを交互に食べあうなどして、実に仲睦まじい様子をしているのである。

 

 けれど、きのうあの一瞬見たギネビアの様子やカドールの言葉から察するに、エレインはハッと気づいていた。ランスロットとギネビアの関係というのはよくある親同士の決めた縁組であって、今はまだ思った以上に成熟しきっていない間柄なのだと……。

 

(ああ、ランスロットさま。もしそのように親同士の決めた婚礼ということでもなかったら、あなたさまは少しくらいはこのわたくしに振り向いてくださったかしら……?)

 

 エレインはひとしきり涙に暮れ、やがてそうした自己憐憫に浸ることにも飽きると、鏡の前で涙のあとを拭い、隣の続き部屋にある衣装室のほうへ行くことにした。午餐や晩餐の時、ランスロットが自分をちらとでも見ることがあるかもしれない。もしかしたら、お声をかけてくださるということも……そう思うと、エレインはせめてもいつも以上に冴えたドレスを着、二年前以上に美しくなったと、ランスロットにそう思われたくて堪らなくなったのである。

 

 そこで、鈴のベルを鳴らすと、侍女ふたりを相手にどのドレスがいいかと相談し、髪のほうは百遍ばかりも梳らせ、イヤリングや首飾り、それに指輪といったアクセサリー類を入念に選ぶということを繰り返した。言うまでもなく、侍女のアルゼもイルゼもうんざりしたが、そのうんざり感を顔に出すことなく、「そうですわねえ。こちらのトルコ石の指輪のほうが、エレインさまの白い肌に映えますわよ」とか、「こちらのオパール石も捨てがたいお気持ち、よくわかりますわ」だのと言っては、根気よくつきあっていたものである。何より、あのランスロットさまが今一度このアストラット城の門をくぐった以上、ここ二年の姫の悲しみようをよく知るふたりは、魔女と取引して媚薬を手に入れてでも――自分たちの仕えるエレイン姫とランスロットの心を結びつけたくて堪らなかったのである。

 

   *   *   *   *   *   *   *

 

 一方、自分に対して熱い眼差しと恋心を向けるエレイン姫のことなど委細構わず、ランスロットの視線はギネビアのことを追っていた。もっとも、彼にはよくわかっている。ギネビアは暫くの間、決して自分を許さず、口さえ聞こうとしないだろうということは……だが、ランスロットにとっては恋人の、そうした態度のすべてが可愛いらしいものとして映っているのだった。

 

 もっとも、ランスロットは(ふふん。これでギネビアも、これからは少しくらい俺のことを男として意識するだろう)などと思っているわけではなかった。おそらく、ギネビアは暫くの間は怒ったままで、自分のことをそば近くに寄せつけることさえないかもしれない。だが、結局のところ彼女は性格的に、そう怒りを持続させるようなことが出来ないのである。

 

(まあそうすれば自然、あいつも前と同じような態度へ戻り、普通に話をするようにもなるだろう……とにかく、俺としては今はこれで満足だ。何故といって、他の男にギネビアを取られるなどということは我慢ならないが、何かの偶発的な事故によってでも、誰かとあいつがキスした場合――きのうの夜のことがあるゆえに、せめても少しくらいは何かを許すことが出来るからな)

 

 この日、ともに同じ朝食のテーブルを囲みながら、どうやら自分の親友が結構な上機嫌らしいということに、カドールは気づいていた。無論、他の人間はハムレットもタイスもギベルネスも気づいていないに違いない。だが、彼は幼い頃からつきあいがあるゆえに、その少しばかりの表情と態度の差でそのことがよくわかるわけである。

 

(ランスロットの奴、急に一体どうしたんだ?あれほど恐れていたらしいエレイン姫との顔合わせも……今ではまったくなんの問題もないような堂々たる態度じゃないか。これはおそらく昨夜何かがあったのだろう。ギロン男爵の昨晩の俺に対するあの冷淡な態度から見て、彼が考えを変えたとすれば――それは娘のエレイン姫からその後何か言われたからに相違あるまい)

 

 さらには、エレイン姫が食事を終えると侍女たちとともにすぐ大広間をあとにするのを見て、カドールはピンと来るものがあった。彼女はランスロットがテーブルのひとつに着いても、顔色ひとつ変えるでもなかった。ということは、おそらくわかっていたのだ。ランスロットが彼女自身の命令か何かによってアストラット城へやって来るだろうことが……。

 

 カドールはそのあたりの事情を親友から直接聞きたくて堪らなかったが、何分、ギロンとリオンのティリー親子が、ランスロットにこの二年ばかりの間何をしていたかなど、執拗に聞きたがる態度を改めないため――彼はギネビアがテーブルの端のほうで食事をし、エレイン姫同様、彼女もまた大広間から退室しそうなのを見て、それを合図とばかり席を立っていたのである。

 

「どうした、ギネビア。なんだか元気がないじゃないか」

 

 幼い頃からつきあいがあるだけに、カドールはランスロットのことのみならず、ギネビアのこともまた、ちょっとした態度の差、顔の表情からすぐそれと察していたのである。

 

「元気がないだって?元気なら十分すぎるくらいあるさ。今すぐ剣を抜いて、ランスロットの奴を串刺しにしてやりたいくらいにはな」

 

「……きのう、何かあったのか?」

 

 カドールは解せなかった。ギネビアの怒りから察すれば、ランスロットの上機嫌が何故かの説明がまったくつかない。

 

「なんにもないさ!だが、次に廊下でもどこでもあのニヤケ野郎と顔を合わせたら、わたしが二度とそばに寄るなと言っていたと、ランスロットの奴には親切心から忠告しておいてやるといい!!」

 

 取りつく島もないとは、まさにこのことだった。ギネビアは肩を怒らせたまま列柱廊をずんずん歩み去っていった。カドールが次に思ったのは次のようことだった。おそらく、あの美貌のエレイン姫がランスロットに恋焦がれており、それでローゼンクランツ騎士団最強の男が『いやあ、参ったなあ』とばかり、内心ではデレデレしていると勘違いしているのだろうと……。

 

(やれやれ。流石にこんなややこしいこと、この俺を持ってしてもギネビアが納得するようには説明してやれんぞ)

 

 カドールは廊下から雨で濡れそぼる中庭の草花を眺めやり、天空からの雨水を恨めしく見上げた。実際のところ、ローゼンクランツ州において雨は神からの恵み以外の何ものでもない。だが、真夏に一杯の水のかわりに燃える石炭を贈る者は呪われろ、とはよく言ったものである。おそらく、ギネビアに対し今何を言ったところで、石炭に火を注ぐ結果にしかなりえまい……そう思い、カドールは彼女のことは放っておくことにした。

 

「ギネビアは、何かあったのかい?」

 

 外の雨樋から垂れてくる水から目を離し、カドールが振り返るとそこにはハムレットがいた。仲間として長く旅してきた者同士、ギネビアの様子がおかしいことに他のみなも気づいたのかもしれない。

 

「さあ、今のところ俺にも何が何やらさっぱりわかりませぬ。当のランスロットに聞こうにも、ギロン男爵とリオン殿がお離しになりませんのでな。まあ、ギネビアは素直で善良な人間ですから、何に怒っているにせよ、そのうちまたケロリとしているでしょう。なんにしても呪わしい雨だ。きのうと同じくカラリと晴れ上がってさえくれれば、エレイン姫とのいざこざがどうこういうこともなく、屋形船を出発させることが出来たんでしょうにな」

 

「そうとも限らないよ」

 

 ハムレットは、ギロンとリオンのふたりに挟まれる格好となり、次第次第に窮屈な糸で絡め取られつつあるランスロットのことを思い出し、悪いとは思ったが、内心おかしくなった。

 

「ギロン男爵もリオン殿も、気前のいい立派な方のようだから、きっときちんと話し合うことさえ出来れば、本当のことをわかってもらえるのじゃないか?オレやカドールの住む砂漠州では、雨が意味するものは常に恵みに他ならなかった。だが、こんなふうに緑と水が溢れているのが当たり前という環境に慣れてしまえば……こちらにはこちらの、別の問題があるわけだな。なんにしても、吟遊詩人のバルサザールの話によれば、内苑州というのは別名緑の心臓と呼ばれることもあるだけに、とても美しいところらしい。彼はアストラットの美姫と呼ばれるエレイン姫のために詩を作ったということだったが、どうなのだろう。バルサザールがこれから旅先でそのように歌い広めることが、今後エレイン姫の幸福に繋がればいいと思うのだが……」

 

「そうですね」カドールは溜息を着いた。「バルサザール殿はこれからもまた、内苑州でそのようにアストラットの美姫を褒め称える歌を歌うのでしょうし……エレイン姫は評判通りの美しい方ではあるが、まだご結婚まではされておらぬ。となれば、内苑州の王侯貴族の誰かしらが姫のことを欲しいと使いを送ってくるやもしれません。果たしてその中でもっとも好条件の殿方と結婚されることが、エレイン姫の幸福となることなのかどうか、俺には判断がつきかねるとはいえ、彼女には幸せになって欲しいと心からそう思いますからね」

 

「なるほど」

 

 ハムレットが城の窓から張り出した庇の向こうを見るようにして、外の景色を見上げるのを――カドールは隣で見つめて言った。彼は雨樋の端にあるカエルの像が、その口から水を吐き出すのを面白そうに眺めている。グロテスクともユーモラスともつかぬカエルの像だった。

 

「王子は、いかがなのですか?これから王となられたら、どのような女性を妃とすることも、あるいは公的愛妾を持つことも叶う身となるわけですから……そうしたら、バルサザール殿が歌う美姫たちに心が動くということがおありになるのではありませんか?」

 

「さて、考えたこともないな」

 

 何かを面白がるように、ハムレットは無邪気に笑った。

 

「もちろん、オレもずっと男ばかりの僧院などという場所へ閉じこもっていたからな。最初は、ギルデンスターンやローゼンクランツの城砦で見かける女性たちが物珍しかったというのは事実だ。だが、自分はあの美人娘と恋愛する可能性もあれば、この可愛らしい娘と結婚する可能性もある――といったような目で彼女たちを見ていたわけではない。何より、我々には今、恋だの結婚だのというより、よほど大切な成し遂げねばならぬ重大事があるのでな。そのようなことにうつつを抜かすより、大義が成ってから考えればいいことについては……とにかく後回しだ。まずはロットバルト伯爵の協力を仰ぎ、そのあとバロン城砦をどのように攻略すればよいか、オレの頭にあるのは毎日そのことばかりだからな」

 

「御意にございます。このカドール、愚かなことを王子にお聞きしたりして、恥かしい限りです。どうぞ、寛大なお心でお許しくださいますよう……」

 

『カドール、おまえのほうではどうなのだ?』とは、ハムレットはあえて聞かなかった。彼の判断によれば、タイスとカドールというのは同種族なのである。政治的陰謀や軍事的策略について話しあう時、彼らのどこか陰湿さを秘めたような瞳は、いつでも喜びによって輝き渡る。ギネビアは時々、あくまでも冗談でカドールのことを『ずる賢い赤ギツネ』と呼んだりするが、決して他意はないのだった。『おまえのようなずる賢い赤ギツネにかかったら、クマもイノシシも自分から毛皮を脱いで逃げだすだろうよ』といったくらいな意味である。

 

 つまり、彼らにとっては女性という存在もまた然り、というわけなのだった。もし貴族の女性の誰それと自分が結婚することで、それがハムレット王子の利するところとなるのであれば、実に結構なことだとして――彼らは恥かしげもなく愛のない結婚までしてみせ、その地位なり財力なりを自分が君主として仰ぐハムレットのために使い尽くそうとすることだろう。

 

 ゆえに、ハムレットにしてもいまや、理解しているあるひとつのことがあった。臣下の彼らが主君のためにそこまでしようというのだ。それであれば尚のこと、自分にしても『結婚くらい、せめても心から愛する女性と』などということは我が儘であるとして、切って捨てたほうがいい感情なのかもしれない、ということを……。

 

   *   *   *   *   *   *   *

 

「では、今回の騎士さまの任務と致しましては、エレアガンスさまやハムレットさまの護衛ということなのですか?」

 

 斜め向かいの座席にいるリオンは、パンを千切りながらそう聞いた。鹿肉のステーキにフォアグラのオムレツ、サーモンのムニエルのキャビア添えなど、その他サラダや果物類もたっぷりあり、アストラット城の朝食は少々腹が重くなるほど栄養満点であった。ランスロットはさほど腹がすいていたわけではないが(というのも、水門塔の衛兵らが心配して、朝早くからお弁当を持ってきてくれた)、ティリー親子に勧められるがまま、ほとんど自動的に口に運んでいたものである。

 

「ええ、まあ」と、ランスロットは慎重に答える。きのうの晩餐の席にいなかったことで、何か<設定>に変更がなければ良いがと思っていた。その<設定>とは、ギュノエ郡長官の城にいた頃に自然と決まったもので、ハムレット王子はエレアガンス子爵の大切なお友達であり、外苑州のとあるやんごとなき御貴族の庶子である――といったような。「ロットバルト伯爵との間の御用事が済めば、今度は逆にイルムル河を遡り、内苑州のほうへ向かうということになりましょうか」

 

「なるほど。ではその際には再び、このアストラット城へお立ち寄り頂けるわけですな?」

 

 ギロン男爵がどこかずるそうな光を青い瞳の奥に湛えて言った。ギロンはすっかり禿げ上がった小男であり、ハンサムな優男といった雰囲気の息子のリオンとも、美貌で知られた母親似のエレインにも、彼と似たところは一切見受けられない。その事実だけ見て取った場合、妻エレノアの不貞が疑われようというものだったが、ギロンは背こそ低かったものの、若い頃は他に欠点のない容貌で知られていたのである。

 

「どうでしょうか。わかりません」

 

 ランスロットは戸惑いつつ答えた。エレイン姫の手紙によれば、父と兄を叱咤して誤解を解いた――ということだったが、彼らが柔和になったかと思えば、次の瞬間には厳しい顔つきをするのを見るうち、彼は何やら自分が野兎のように罠にかけられつつある気配を感じざるをえない。

 

「ハムレットさまやエレアガンスさまがそのようにお望みになれば、当然そのしもべたる俺にしても、行動を共にすることになると思うのですが……」

 

「ところで、二年前にも思ったことですが」と、ランスロットの言葉を遮るようにしてリオンが強い調子で言う。白々しく二度ほど空咳をしたあとで。「ランスロットさまはご婚約されている割に、婚約指輪というものをされていらっしゃらないのですな。無論、騎士としてガントレットを嵌める時に邪魔になるなど、何か理由がおありになるのかもしれませんが……今もまだ結婚指輪が嵌まってないところから見ましても、ご婚約者の方とはその後いかがされたのですか?」

 

「ええと、まあ……その後も変わりありません。婚約を継続中といったところでして」

 

 ランスロットはその場にギネビアの姿がないことに、心底ほっとした。もし彼女がここにいたとしたら、『わたしはもうおまえと婚約なんかしてない!嘘をつくなっ!!』とでも言って怒り狂っていたことだろう。

 

「はて、おかしいですな」今度はギロンが息子と挟み撃ちにしようとでもいうように、無邪気に首を傾げる。だが、その瞳の奥にはやはり、何か不穏な感情しか読み取ることは出来ない。「あれからもう二年もしておるのですぞ……まあ、その家の御事情にもよるでしょうが、普通ならもう、結婚式の招待状でも執事に命じて方々に配っておっておかしくない頃合では?もしかしてまさか、何か結婚式を挙げられぬような御事情でも存在するわけではございますまい?」

 

「いえ、その……俺が婚約している女性は、五人姉妹の二番目の方なのですよ。それで、長女さまの御結婚のほうが難航しておりまして、我が砂漠地方においては、次女が長女を差し置いて先に結婚するようなことはないのです。そうした習慣によりまして、なかなか結婚式を挙げられないといった次第なのです」

 

「ほうほう、なるほど~!!」

 

 ギロンはようやく得心がいったというように何度となく頷いた。リオンもまったく同様に頷き、美味しいセロリのピクルスを得心顔でこりこり食べている。

 

 こうしてティリー親子は、食事をしつつ、お互いがランスロットに聞きたいと思っていることをさり気なく聞いてしまうと、しまいには目配せしあって、ほぼ同時に席を立っていた。キリオンにウルフィン、それにレンスブルックやディオルグなどは、その近くのテーブルに座ったまま、実にゆっくり食事を楽しんでいたものである。『高潔なる黒騎士さまは、女になぞ用はないのだ』と暗に語るかの如く、ランスロットは女性に対し一貫して硬派な態度を取り続けてきたものである。城砦内の宿屋や食堂、あるいは酒場などで、彼に意味のある目配せを送ってきた女性はひとりやふたりではない。ほとんど行く先々でそれに近いことが起きるのだったが、ランスロットはいつも『まったく気づかない』振りをするのだ。それは、周囲の者が見ていて『本当に気づいているのか、それとも気づかない振りをしているだけなのか』微妙にして曖昧な態度だったが、とにかく彼は女性に対し、常に騎士らしい立派な態度を心がけていたとは言えたろう。

 

 だが、それだけの男であるがゆえに、やはりあれほどの美女がめろめろになって勝手にひとり思い詰め、城塔から身投げするほどの事件が起きた……キリオンなどは特に興味深々だった。というのも、昨晩の水門塔における雰囲気から察するに、彼にははっきりわかっていたからだ。ランスロットは親に決められたので仕方なくギネビアの婚約者であったのではなく、本当に心から彼女のことを愛しているのだろうということが。

 

(だけど、ギロン男爵とエレイン姫の兄貴のリオン殿は、ランスロットと姫のことをどうにかしてくっつけたいんだ……これからふたりでどんな話し合いをするのか知らないけど、何をどうしたってランスロットの心は巌のように動きゃしないだろうな。ぼくにしてみれば、ギネビアの気持ちのほうもよくわかんない。今朝は怒り狂った様子で『あいつなんか、地獄の番犬にでも噛み殺されりゃいいんだ!!』なんて言ってたけど……単に、自分がどんな素晴らしい男と婚約してるかわかってないだけって可能性もあるよな。ほら、小さな頃から一緒に育った幼馴染みってことで近視眼になっちまって、ランスロットが本当は結婚するのにいかに理想的な男かってことに気づいてないだけっていうか……)

 

 もちろん、キリオンは一応、次の可能性もあると思っていた。何分、彼にしても女心なぞというものについて十全に理解しているわけでは当然なかったが、それでも、ギネビアは本当にランスロットのことを騎士として腕っぷしのいいただの兄貴としか思っていない、いや、それ以上の存在としては見ることが出来ないのだという可能性も……一応あるにはあったに違いない。

 

「ウルフィン、これってさ、ほんとに本物のロマンスってことだよね……」

 

「そうですね。エレイン姫は、並の男がそば近くにいって話しかけるのが躊躇われるほどのお美しい方ですし……ランスロットは、そのような姫が恋するに相応しい素晴らしい騎士です。ですが、そのランスロットにはギネビアがいて……彼は彼女のことを心から愛している。余計なことかもしれませんが、なんにしても早くこの嵐が去って、屋形船がイルムル河を流れゆけば――とりあえずこのまま誰も傷つかずに済むような気がするのですが」

 

 ギロン男爵と息子のリオンがいなくなると、(これで目ぼしい見世物は終わった)とばかり、キリオンはわざとのろのろしていた食事を終えて、侍従であるウルフィンともども席を立っていた。ディオルグやレンスブルックといった他の仲間たちがランスロットのテーブルのほうへ移っていっても、彼の気持ちがいまやはっきりわかっているキリオンには、もうあまり意味がない。

 

「果たしてこの嵐は、天の配剤なのかな?たぶん、エレイン姫にとってはそうなのかもしれない。だけど、ぼくはねウルフィン……実のとこいうと、彼女よりギネビアのほうが美人だと思ってるんだ。公爵の娘だっていうのに、気取ったところもなくて話しやすいしさ。ランスロットにとってもきっとそういうことなんじゃないかと思ったりするんだけど、実際のとこどうなんだろう?」

 

「どうでしょうね」と、ウルフィンはくすりと笑った。昨晩から彼の主人はこの三角関係のことでどうやら頭がいっぱいらしい。「俺自身の意見としてはこうですよ。ギネビアが公爵さまの娘に相応しくドレスで着飾ったら、それはもうエレイン姫の隣に立っても決して見劣りすることはないと思います。でも、ギネビアは髪を花かんざしで飾るだの、最新モードのドレスを着るだの、珍しい宝石で身を包むだの……本当にそんなことには興味がないんでしょうしね。そして、ランスロットがそんな彼女のことのほうが好きな以上、エレイン姫に勝ち目はないと、そう思うわけです」

 

「なるほど。ぼくも同意見だ」

 

 キリオンは異母兄と意見が一致すると、嬉しそうに二コッとし、この問題はそれきりということになった。おそらく、明日……というのは無理でも、明後日か明々後日には、再び彼らはハムレット王子とともに船へ乗り、州都ロドリアーナを目指すということになるだろう。そしてその間、ギネビアはランスロットのことでは仏頂面をし、エレイン姫の父や兄からいかな魅力的な条件が花婿となる自分に付与されようとも――ランスロットの心は巌のように、微動たりとも動くことなど決してあるまい。

 

 というのが、キリオンとウルフィンのほぼ一致した意見だったのだが、この突然アストラット地方を見舞った季節外れの嵐は、彼らの予想を少々裏切る結果を生むこととなる。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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