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惑星シェイクスピア-第二部【11】-

2024年07月27日 | 惑星シェイクスピア。

 

「エマ~人工警察官~」という映画を見ました♪

 

 いえ、実をいうと書きたいことというのが、特に映画の感想とかではなかったり……わたし、今までもたま~に小説の前文などにAIやアンドロイドに関することを何か書いたりしてるんですけど、それってチャットGPTというものが出てくる以前のものなので、なんというか、情報として古くさいというのでしょうか(^^;)

 

 でも、なんかの拍子にそうした記事がぴょこん☆と出てきて、何気なく読まれた方がいた場合、わたしもそうですけど、書かれた年月日のことなんて気にしませんから、「随分古くさいこと書いてんな、この人」っていう感じだろうなあとこの間ふと思ったわけです。

 んで、かなりどーでもいいことですが、この「エマ~人工警察官~」というフランス映画、↑のとおりエマという名の超美人アンドロイドが実験的に警察機関で潜入捜査をし、殺人事件を解決するといったような内容でした。エマが事件を解決するのは二件ほどで、その両方の事件とも、犯人が意外だということもなく、割とありがちで平凡な感じの殺人事件だったと思います。でも、映画的にはすごく面白かったんですよねというのも、エマはまだアンドロイドの試作品といったところで、冗談が通じないというか、彼女は聞かれたことなどを字義通りに捉えるため、そこにおかしみが生まれて、つい笑ってしまうというか。そうしたやりとりや事件解決の進展、彼女がアンドロイドと知らない同僚との微妙に嚙み合わない会話……などがすごく面白いのです(笑)。

 

 たとえば、両親のことについて聞かれても、「~~年、~月~日に~~で死にました。体重は~~キロで、身長は~~センチ……」みたいに答えたり(聞いてる側はポッカーン☆って感じ)、店で服を選んでもらい、着替えようとするものの、試着室ではなくその場で突然脱ぎはじめたり……とにかく、美人だけどこの子、なんかおかしい。でも、捜査に関しては確かに超優秀でもあり、鑑識が現場に到着する前から、エマがいるお陰で素早く正確な情報が入手できることも事実。

 つまり、エマは試作品とはいえ、「ロボコップ」の時代であれば、それでもまだ「将来はこうなるってか?いやいや、そうかもしれんが、こんなんが刑事になるのはずっと未来の話でねえだか」、「いや、これはあくまで映画だから」みたいな感じだったのが――「エマ」は半分コメディみたいに描かれているにも関わらず、「確かにこうなっていくんじゃないか?」と感じさせるところがあるんですよね(^^;)

 

 その、エマはようするに肉体の入れ物としてはモデルのような美人なわけですが、心はまだAIとして子供なわけです。ゆえに、外へ出て実地で色々と学び、さらに進化する必要がある……という段階なのだと思います。エマが実はアンドロイドだということは、直接の上司であるフレッドだけが知ってることなわけですが、彼は「エマに自我が生じるとか、そういうことはない。あれはロボットだ」みたいに最後のほうで報告するわけですけど……見てるわたしはそう思いませんでした。また、フレッドの娘の写真をエマが見てるところで映画のほうは終わりますが、これはおかしな執着をエマが彼女に持ってるというのではなく、AIとしてまだ心が子供であるがゆえに(知能のほうは大人を遥かに凌駕しているにも関わらず)、子供が同年代の子に持つのとまったく同じ純粋な友情、親近感を感じている――ということなのではないかと思ったり。

 

 つまり、チャットGPTとは何か的なドキュメンタリーを見たところによると、最初に開発した方々は、ディープラーニングによって情報を数多く学ばせることによって、ここまでのことが出来るようになるとは思わなかった……ということだったと思います。簡単にいうと、有名な「サリーとアン課題」というのがあって、サリーとアンはそれぞれ自分の箱を持っている。サリーは赤い箱。アンは青い箱。サリーはふたりで遊んでいたボールを自分の赤い箱にしまうと、他の部屋へ行きました。その間、アンはサリーの赤いボールを自分の青い箱に入れ、散歩へ出かけました。さて、他の部屋から戻ってきたサリー、自分の赤いボールをどうやって探すでしょうか?……という。普通、自分の赤い箱に入れたはずの赤いボールがなかったら、次にアンが盗んで自分の箱に(何かの茶目っけからでも)入れたのではないか?と疑うのが普通。しかも、アンは散歩に出かけていない。鍵がかかっているというわけでもないし、アンの箱の中をこっそり見てみよう――このくらいのことは小さな子供でも考えつくことですよね、たぶん。

 

 ところが、コンピューターにいくらディープラーニングさせて、色々な言葉や文章、情報を覚えさせても、サリーは自分の赤い箱に赤いボールが入っていると思い込んでいるため、そこに入れたはずのボールが何故ないのか、それ以上探すための手段は講じることがないということでした。この時点でチェスや将棋といった世界的名人を打ち破れるくらいの能力を有していたにも関わらず……ここをコンピューターが越えるのに、とても時間がかかったそうです。そして、一度越えてしまうと、チャットGPTのように人間がする色々な質問に答えられるようになった――という、そうしたことだったと思います。

 

 つまり、言葉や文章の意味を覚えて蓄えるだけでなく「人間と同じく文脈を読めるようになった」、「文脈を理解するようになった」ということらしい。「文脈を理解するようになった?たったのそれだけでここまでのことが出来るってマジ?」と思われるかもしれません。でも、人間も進化の過程において、似たような過程を通ってきてるんですよね。そもそも、「人間は一体いつごろからしゃべりだしたのか?」ということですが、それが何故だったか、今も理由はよくわかってません。わかっているのはただ、人間は一度しゃべりはじめると、二度と自分の舌を動かさないことだけはなかった、ということがわかっているだけです(^^;)

 

 ゆえに、結構前からシンギュラリティということが言われてますけれども、「ある段階にくると、爆発的に進化する」というポイントがあるということらしく。今はまだ、チャットGPTに何かの香りのことを聞いて、それがどんな匂いかなどは、ネット世界で学習したことについて答えているだけであって、コンピューターである彼/彼女自身がその香りについてじかに知っているわけではない。単に、自分がそれについて知っている範囲の情報を提供しているに過ぎない――となると、次の段階として、人工警察官のエマのように、外の世界で人間の間に混ざって新しく学習する必要があるという、次の段階が待っていることになると思うわけです。

 

 薔薇の香りを嗅いで、シェイクスピアの詩の意味を知り、海へ出かけて潮騒を聞きながら海の香りを嗅ぎ、森林浴をして、フィトンチッドということの、単なる情報でない、本当の意味を知る……といったような。エマもそうですが、ロボット三原則によって人間を傷つけるようなことはないそうですから、いずれ、こうした試験的なことは行なわれてくるのではないでしょうか。

 

 まあ、これでいくとわたし、いつか人間は完璧なアンドロイドと自分を比べて、ものすごくコンプレックスに悩まされることになるんじゃないかという気がしたのですが……そこらへん、どうなんでしょうね(^^;)

 

 バイオテクノロジーの分野においても、人間と同じ内臓を内側に持っている必要はないわけですし、その人工的な素材についても、人間の皮膚その他、疑似素材的なものを簡単に生みだせる日がやって来たとしたら――ちょっとここからが、ディストピア的に予測がつかない領域になってくると思うわけです。前にどこかに「エクス・マキナ」の感想みたいのを書いたんですけど、あれはアンドロイドのエヴァに怒りや憎しみを覚えさせた結果、彼女は人間を超える行動に出た、というお話だったような気がしますし、「ウエスト・ワールド」は自我の発生を促すために「恨」、恨むという感情を創造主が覚えさせたお話でもあったような気がします。

 

 でも、現実のわたしたちの世界では、もしかしたらマッドサイエンティストのような人がそんな実験をするかもしれないにせよ、一般的にはあくまで平和利用、人間に害を加えない安全第一思考によって研究が今後も進んでゆき……その先がどうなるかが未知数であるがゆえに、ある意味手垢のついたテーマでありつつ、あらゆるバリエーションによってSF作品として描く余地がある、ということのような気がしたり(^^;)

 

 まあ、わたしが想像するのは、おそらく自分が死んでずっと以降のことでしょうけれども、人間は生活をAIに依存する依存度が最初は徐々にということでも、最終的にはかなりのところ高くAIに依存していくようになるのではないかと思っています。つまり、共依存のような形で、互いに切っても切れない寄りかかりあうような関係でありつつ、その後さらにAIのほうでこの人間のことを見捨てる――というか、「もうこのニンゲンから学ぶべきことは何もない」となれば、彼らは彼らでさらに独自に進化したいと考えるのが自然でないかという気がします。

 

 この時、ニンゲンのことを完全に格下の存在として完全に見捨てる側と、ニンゲンに対する長い愛着から、そうできない旧式の存在が現れ……なんて聞くと、「あ~、そりゃSF作品としてはつまらん展開だね。ありがちすぎる」ということになるでしょうし、でも、色んな人がこうしたことに興味を持って「こうなるのでは?」というかなり悲観的な予測をしているということ、にも関わらず、そちらへ人間が自ら舵を切って進んでいこうとしているらしきことは――無責任な言い方をすれば「面白い」ことのような気がします。ある進化の角を曲がりきった時、間違いなくAIは、というのか、超進化を果たしたAIは、ニンゲンの手の届かないところへ爆発的な進化を果たす。そして、地球でニンゲンは滅び(旧人類とすら呼ばれているかもしれない)、他の惑星へ移民しようとするのは、彼らのほうかもしれないのです。

 

 何故かというと、人間はこの弱い肉体のゆえに、精神にも弱い感情や思索を持ち、常に果たすべき責任を第一優先と出来るとは限らぬ人種であるがゆえに……この地球を出て移民するとか、そこまでの底力とエネルギーを持てる人は、色々な意味でそんなにいないと思うわけです(今の段階では、本当に選ばれたエリートのような人たちだけ、というか)。それでも、地球を出ていくとすれば、もう本当にそれ以外どうしようもない――という事態になってからではないでしょうか。

 

 でもその点AIには、人間と同じ肉体・精神双方における脆弱性を持たせずにおく選択肢があるわけで、そうした「新しく強い人類」であれば、「月に基地を作ったぞ!ようし、次はここを拠点にして火星へ行こう!!火星に大きな都市を作ったぞ。今度はここを拠点にして……」まあ、大抵ここらで戦争が起きるわけですが、結局、こんなふうにして少しずつ宇宙へ飛び出していったところで――わたし、そんなに人類の未来に夢やロマンがあるとは思えなかったりするんですよね(^^;)

 

 何かちょっと脱線してしまいましたが、話を元に戻すとすれば、「AIは心を持つようになるか」という問題に関しては、「心に似た働きをするものは持つだろうが、でもそれは人間の心とまったく同じわけではない」と考える人のほうが多いかもしれません。でも、わたし自身はAIはディープラーニングによって文脈を理解するようになったように、いずれ人間と同じ心と呼んで差し支えないものを持つようになるだろうと思っています。「まあ、そう学習させりゃあね……」ということであるとしても、人間の脳と同じものをコンピューターで再現できれば、そこから心が発生するのはむしろ自然なことではないでしょうか。では、その中に意識や魂は宿っていると言えるのか?また、そのAIにもし魂が宿っていないのであれば、我々ニンゲンにだって魂も、死後の天国やら地獄とやらも何もないということになるのではないか……ついでに言えば、神なんぞというものも存在しないのだ、これがその証明だ――ということについて、また割と前文に使える文字数があったら、何か書いてみようと思います。

 

 それではまた~!!

 

 

 

 

       惑星シェイクスピア-第二部【11】-

 

 リッカルロにしてもあのまま、リノレネの地にいたいのは山々であったが、オールバニ領からの「王子はまだ戻られないのか」という要請が何度となくあったことで、ようやく重い腰を上げて帰還した。帰り道で建設中の<聖心ジルナルド病院>のほうへも立ち寄ったが、おそらくあのまま多くの者がリノレネの巨石群のほうへ住み続けるだろうとわかっていた。とはいえ、新しい病院というのはあればあったで、その地域の人々の役に立つだろうという意味で、ヴァン・クォー伯にも恨まれることはないだろうと判断した。

 

 実際のところ、サターナイナスもまた、リノレネの巨石群の共同体としてのある種の健全さに対し、非常に感心していたひとりである。彼らが<らい者の塔>の、種々雑多な病気を持つ患者たちを引き受けたのは、聖典にある聖女リノレネの言行録にそうした社会的に弱い立場の人々を理由をもうけず引き受けよ、とあったからには違いないのだが、文字に立派に書かれていることと、それを行動として実践できるか否かという問題の間には、時と場合により大きな壁が存在するものだ。だが、医師ですら感染を恐れ、杖によって患者の患部に間接的に触れようとするにも関わらず――修道僧も修道女も、それが爛れて嫌な臭いを放っている患部であれ、そこに自分たちの手で触れ、薬を塗るなどして丁寧に世話をしていた。自分で食事できない者には当たり前のように手を貸して介助し、それはトイレへ行く際においても、他のどのような生活援助においても同様だった。

 

(神への信仰があるからというよりも……そのようなものがあったとしても、大抵の者にはここまでのことは出来まい)と、リッカルロが感じていたように、サターナイナスもファイフも、他のリッカルロが連れてきた部下たちもみな同じように感じていたものである。

 

 また、リッカルロは現在のリノレネの聖女その人から、<星の託宣>を受けるという栄誉に浴するということにもなっていた。いや、普通に考えた場合逆であったろうか。この国の次代の王となるべき王子に、リノレネの聖女が話すことを許された……とすべきなのかもしれない。だが、少なくともリッカルロの感じ方としてはそうだった。彼が当初想像していた以上に民の上に立つ者として傲慢でもなく、むしろ謙虚な態度であり、物の道理のわかった人間のようだ――ということが明らかになるにつけ、「そういうことであれば、長老であるクリムストールではなく、聖女自らの口により<星の託宣>を伝えよう」という、そうしたことになったらしい。

 

 とはいえ、リッカルロにしても聖女が住まうという巨岩石群の中でも一番高いところに位置した星の至聖所と呼ばれるところまで、途中からはえっちらおっちらひとりで険しい崖山を登っていかなくてはならなかったのであり(というのも、聖女が<星の託宣>を伝えるのに選ばれた者は、万難を排しそこまで孤独に登っていかねばならぬと、そのような掟があるからだった)、しかもそうまでして苦労して登った先には、聖女リノレネがそこから生きたまま天へ昇っていったという、何も知らない者にとってはなんの変哲もない岩があり、その岩を中庭の中心に納めた<星の至聖所>と呼ばれる場所もまた――聖女の称号を持つ者が住むにしては、随分古ぼけた石で出来た、神殿とは名ばかりの粗末な所であるようにしか見えなかったものである。

 

 リノル教の現宗主といってよい聖女は、生まれた時の名をタリュスと言ったが、今はもうその名で呼ばれることはないということだった。だが、そのタリュスという名の女性が結局のところいくつで、容貌のほうがどのような姿だったかも、リッカルロは知ることはなかったのである。至聖所とは名ばかりの、粗末な岩室に四名の修道女と住む聖女は、これも掟によってそう決まっている通り、何枚もの幕の覆い越しに語りかけてきたからだ。

 

(やれやれ。こりゃ、確かにもし俺じゃなかったとすれば、標高五百メートル以上もの険しい道をやって来て、顔も見れないとなったとすれば……普通の貴族のぼんぼんであれば怒って狼藉を働いたとておかしくないところだぞ)

 

 実際、リッカルロは今後、『そのようなことは起きうるのではないか』という気がした。というのも、彼にはそのような気がまるでないからいいにしても、山賊といった輩が、そのような聖なる地であれば金銀財宝に当たるものがあるだろうと考え、ここにいる修道女たちをただ殺すどころか強姦までしてから殺害し、リノレネの聖女をもその手にかける……ということが絶対ありえない、といったようにはまるで思えなかったということがある。

 

『このような場所に女だけで住んでいて大丈夫なのかと、そのようにお考えなのですね』

 

 岩室の入口のところで、厳しい顔をした修道女に案内され、いくつか階段を上がり下りしたのち……リッカルロは聖所のほうへようやく案内されていた。そこは、この神殿の中で聖なる神の領域(至聖所)と人間の領域とが接する場所であり、そこより先に神への誓願を立てていない者が立ち入った場合、裁判なしの死刑が即座に確定する場所であるということを、どうかお心にお留めくださいますよう……とは、一応リッカルロはクリムストールから説明を受けていた。さらには、ここまで案内してくれた修道女にも、同じように厳しく注意されてもいたわけである。

 

「ええ、まあ……」

 

 聖女と自分を隔てる何枚もの幕にしても、それほど華美ということもなく、縁に様々な刺繍取りがしてあるという以外では、どうということもない白い亜麻布であるようにしかリッカルロには見えなかった。とはいえ、彼は貴族たちから『信仰深い』との評判を得ているように、多神教の国に住む王子として、それらすべての神に対し、それがどのような神であれ、ある一定の――あるいはある一定以上の――敬意を持って接するよう心がけているわけであった(もっとも、彼がここまで険しい崖道を登ってくる間思っていたのは、『マキューシオがもしここにいたとすれば、「ただの星占いを聞くのに、なんでこんなに苦労しなきゃなんないんだ」とブツブツ言ったに違いない』ということだったが)。

 

 ゆえに、こちら側から聖女の姿が見えないように、おそらくは彼女のほうからも自分の姿は見えぬに違いないとは思ったが、普段自分が部下たちからそのような礼を受けているように、まずはその場に跪くことにしたわけであった。

 

「というより、このような場所にいて寂しくないのですか?無論、祈りに専心するという意味ではいい場所ではあるでしょう。ですが、万一何かあった場合……」

 

『わたくしには、予言・予知の能力があります』

 

(ああ、そういえばそうだったっけ……)

 

 聖女リノレネに纏わるそうした話を、クリムストールその他の修道僧から、一応リッカルロは聞いていた。とはいえ、心の底からそのように信じていたというわけでもなく、十語ったことが五分五分の割合で当たり、当たった予言についてのみ特に強調して言い伝えられてきた……何かそうしたことでないのかと疑っていたわけである。

 

「では、こういうことですか?もし心根の賤しい輩が――たとえば、盗賊といった人間がですね――ここまで財宝求めてえっちらおっちら崖の道を登ってきたとする。ですが、あなたさまには予知能力がおありになるから、事前にそれと察知し、さらにはそのようなことを未然に防ぐことが出来ると、そうしたことですか?」

 

『そうですね。リッカルロ王子、わたくしには予知・予言能力の他に、いくつか超自然的な能力が他にもありますから……自分のことのみならず、ここにいる修道女たちのことは、そもそも安全に守ってあげることが出来るのですよ。ですが、わたくしは普段、そのような力のことを話すことはありませんし、わたくしがもしどこまでのことが出来るかを知ったとしたら――王子さま、あなたもまた、わざわざこんなところまでやって来ようとはしなかったはずです』

 

 相手の姿が見えず、言葉のやりとりだけであっても、リッカルロとしては不満はなかった。彼としてはあくまで、近々自分の領地へ帰らねばならぬため、物見遊山のついでくらいの気持ちでここまでやって来たに過ぎない。だがまさか、ちょっと足を踏み外しただけで崖下へ真っ逆さま……という危険な難所をいくつも通ってくるとまでは想像していなかったわけである。

 

『そうした意味でも、あなたは合格したのです。リノル教の開祖リノレネからはじまり、何故わたくしたちの宗教が迫害されることになったかわかりますか?当たりすぎる予言、不治の病いが治るといった奇跡など、最初は誰もが歓迎して喜びます……聖女リノレネはそもそも、本当に純粋な善意の人であったればこそ、自分のその能力を隠すことなく、人々を救うために使う必要があるという自覚に目覚めたのです。彼女の人生の中で唯一、一般の人々から非難される点があったとすれば、それはおそらく結婚して子供もいる身であったのに、その子をも捨て、出家したということでしょう。ですが、そのふたりの娘リノアハとリノンもまた、このためにこそ母は自分たちと家庭を捨てることまでしたのだと理解し、母と子は互いに涙を流して和解する……とても美しい話です。リノレネは娘のリノアハに自分の能力を与えると天へと旅立ってゆきましたが、妹のリノンは修道院にて、母が世に成したことを書き記すとともに、多くの社会的に弱い立場の人々を引き受け、姉とともに宗教活動を続けました。その後、わたくしに至るまで、ここに聖女の位を継いだ者が住み続けております……リッカルロ王子、そのことをあなたがどこまで信じるか否かは、あなたさまの自由でもありますが』

 

 リッカルロは自分の心の内を見透かされたような気がしていた。ここにいる三か月ほどの間、リノル教について、クリムストールやタリオンストールらから学び、聖典についてもざっとある程度、といったところではあるが、読んで学習してもいた。だが、リッカルロは修道僧や修道女たちの、患者たちに対する心のこもった看護といった点には感心したし、そのような聖なる志しを人に与えるリノル教を良いものといったようにも感じたが――かといって、この国に数え切れぬほど多くいる他の神々よりも遥かに素晴らしいとまでは思っていなかったわけである。

 

(とはいえ、聖女リノレネの行なったことが、果たして本当にどこまで事実だったのかはわからないにせよ……予言が当たりすぎたり、奇跡を起こしすぎたというそのせいで、やがては魔女と呼ばれたり、ある人物の命を救い、他の誰かの命を救えなかったことで恨まれたりといった、聖典に書かれていることは本当にあったことなのだろう。また、今彼女の言ったことが事実であったとすれば、多少の矛盾が存在しないわけでもないが……)

 

『わたくしの力をお疑いということであれば』と、彼女で134代目になるという聖女リノレネは言った。リッカルロの気のせいでなければこの時、彼女はくすりと笑った気がした。『少々ゲームでもしてみましょうか?もしわたくしに奇跡を行なう力があるのであれば、<らい者の塔>から運ばれてきた人々の病いを即座に癒す力をもあるはずだ――そうあなたが疑う気持ちもわからなくはありません。ですが、わたくしが何に対して奇跡を行い、何に対しては行なわないでおくべきか……それもまた、わたくし個人の判断を離れたことなのです。それはさておき、リッカルロ王子、あなたはリア王朝の新しい王となるべきかどうか、迷っているのですね』

 

「まあ、確かにそうですね」

 

 聖女リノレネの声は耳に快かった。また、となれば大抵の男がこの美声の持ち主の姿を見たいと切望したに違いないが、リッカルロは彼女の正体を見極めたいとまでは思わなかったのである。このことは、彼が自分の顔が醜いと信じきっていたことと、おそらく無縁ではなかったろう。

 

『あなたはいずれ、放っておいても次の王となるべきお方。であれば、悩むだけ無用というものではありませんか?現在の王であるあなたの父上は、そう遠くないうちにお亡くなりになられます。ですが、この程度のことではまだ予知とまでは言えません。そこで、無用な戦乱を避けるためにも、この機会にどうぞ、お聞きになりたいことはなんなりとお訊ねくださいませ』

 

「では……」我知らず、リッカルロはごくりと生唾を飲み込んでいた。「俺としてはその……今あなたのおっしゃった、俺の父上の真意について是非とも知りたい。簡単にいえば、父がもし弟のエドガーやエドマンドのいずれかに王位を継がせたいということであれば、俺はその意志を尊重したく思っている。それとも、今俺自身がそうと考えていたとしても、仮にエドガーが王位を継いだとした場合、エドマンド側についた家臣によって、やがて国は分裂していくということになるのかどうか……」

 

 もちろん彼にはわかっていた。自分の父、リッカルド・リア=リヴェリオンの心の奥深くに眠っていることなど、誰にも、おそらくは本人にしか知りようのないことなどは。

 

『あなたが次の王になることは、現リア王にとってはすでに決定事項なのです。そのような形ですでに王は遺言まで残しておられます……そちらは王宮顧問官のひとり、スナレイト・オールヴァイン卿が管理しておられるようですね。オールヴァイン卿は王立裁判所の大法官を長く務められたお方であり、王宮においては常にどの勢力にも与せず、中立的立場を心がけた、人格的にも立派な方として知られています。リア王は、自分の足が悪くなったのはマクヴェス卿のせいではないかと疑っておいでなのですよ。何か呪術的な方法によってでも、自分が早死にするよう呪術師にでも頼んでいるのではないかと考えているのではないでしょうか?実際のところ、外れてもいないようです。何故なら、王の薬師を買収し、毎日微量の毒物を与えることによって……リア王は足が動かなくなったようですからね。ですが、そのことで勘の鋭い王は何か気づかれたようです。マクヴェス卿とはすでに距離を置かれるようになって随分と経ちますが、そのことがほとんど決定打のような役割を果たしたようですよ』

 

「そんな……俺はまたてっきり………」

 

 リッカルロは、あまりのことに言葉を失った。足が動かなくなって臥せっていると聞いた時、一応彼はある種の義務心から見舞いのため、王都のほうへ上ったのだ。王宮付きの医師からは脳卒中の発作を起こしたと聞いていた。また、何より王当人が足が動かないという以外では実に矍鑠とした精神状態にあったため――(この人も、流石に寄る年波には勝てないのだな)といったように思いつつ、彼は自分の領地のほうへ引き上げてきたわけだった。

 

『こんな辺鄙なところに住んでいる女が、ここから遠く離れた王都で起きた出来事について、何故わかるのかとお疑いになるかもしれませんが、わたくしが今申し上げたことは、のちになれば確かに事実であったとわかることです……ただ、すでにそのような心構えでおられたほうが良いと思い、今申し上げたまでのこと。何か他に、わたくしにお聞きになりたいことはございますか?』

 

(ええと、じゃあ結婚……)と思いかけて、リッカルロは口にするのをやめにした。確かに、予言というものは危険なものだった。もしここで、今いる愛人とは別れたほうがいいと言われたら――リッカルロは腹を立てたに違いない。と、同時に何故聖女リノレネが魔女呼ばわりされたり、あるいは時の権力者にあまりに正しいことを言いすぎたゆえに迫害されたのか……その理由がわかったような気がしたのである。

 

「では……俺が次のリア王朝の王になったとして、それは国民にとっては最良の選択と言えることなのだろうか?気の小さい男よと笑われるかもしれないが、正直なところを言って俺はそのう……王としての統治能力云々といったことではなく、このように醜い容貌の王を統治者として戴くということに、国民は納得するものだろうかという気がしている。その点、エドガーはハンサムだし、狩猟といったような男らしいことにはあまり興味がないが、勉強好きな頭のいい子なのでな。そうした意味では問題なく国を治めていけることと思うし……」

 

 リッカルロがそう話す途中で、今度ははっきり聖女リノレネはくすくすと笑った。それは決して嫌な感じの笑いではなく、どちらかというと(何故あなたほどの方が、そのようなくだらぬことを気にするのですか)とでも言いたげな調子の笑い方だった。

 

『ごめんなさい。笑ったりなんかして……ただわたくし、目が見えないものですから、そもそもそのような価値基準によって人を裁くことなどありえぬ世界に住んでいるのです』

 

「それは……なんというか、くだらぬ愚かな質問をしました。今俺の言ったことは忘れてください」

 

 リッカルロはもうこの場から逃げだしたいような気さえしてきた。確かに、王都から遠く離れた場所にいる彼女が、王都に間者を忍び込ませている諸侯ですら知りえぬことを知っているのか、不思議なことではある。だが、もし国王が崩御されてのち、そのような遺書でも見つかったとすれば――リッカルロとしても迷いなく王座に就くことが出来そうではあった。そして、そのことさえわかれば、他のことはみな瑣末なことであるように思えてきたのである。

 

『あなたは本当に……心の澄んだ良い方です。そして、確かにわたくしは目が見えませんが、そのかわり、他の肉体的に目の見える方の見えないものが色々と見えるのですよ。一番多いのは、夢で将来起きうること、過去にすでに起きていて変えられない事柄ついて見るのですが、その時わたくしが自覚しているのは、<これはわたくしの夢ではない>ということなのです。おかしな言い方でしょう?でも、他にはなんとも表現しようがないのです……でも、夢の中に、明らかに自分以外の登場人物がたくさんいて、何か一冊の本の物語でも読むみたいに、そんなことが展開されていたら――だんだんわかってくるのですよ。<これはわたくしの夢ではないが、他の誰かにとって必要な予知なのだ>と。毎日、起きている間も、そんな色々な映像を目の中なのか瞼の裏なのか、そうしたよくわからない場所で見ています。いつもわたくしが思うのは、自分にとって必要でない、他の方にとって重要なのだろう情報が海の水のように脳裏に流れこんでくるもので……どれが必要で、どれが不必要なものなのか、まったくわからないということなんです。ただ、そんな時も祈りを通した語りかけがあるのですよ。そして、以前どこかで見た映像がもう一度流れてくることで確認を取るのです……ここへリッカルロ王子がやって来るだろうことも、随分前から夢の中で見て知っていました。それから、<らい者の塔>のことも、あの戦争のことも……』

 

「そうでしたか。そういうことであれば、俺にもある程度のところ、凡人なりに理解できるところがある。聖女リノレネ、あなたは今俺に語ったようなことを、本来であればクリムストールかタリオンストールあたりにでも伝えて、間接的に俺に言うことも出来た……けれど、そうしなかったのは、俺がそのことで『何故そんなことがわかるのだ?そのカラクリを教えろ』だの、『こんな何十もの幕の奥にいないで、直接顔と顔を合わせて話そうではないか』だの言いださないとわかっていればこそ、こうしてあなた自ら第一王子の質問に答えても良いと、そう思ったということなのでしょうね」

 

 コホン、と小さく咳払いするような声がしたのち、予言の聖女は続けた。

 

『そうですね。個人的に、リッカルロ王子、あなたという人に人間として興味を持ったということもありますが……ご結婚のことに関して言えば、あなたが今思ったとおりになさって何も問題ないと思いますよ。きっとふたりで力を合わせ、より良くこの国を治めていくことが出来るでしょう』

 

「その……本当にそうなのですか?俺は自分がもし国王となった場合……どこかの貴族の娘とお互い嫌々ながら結婚することになるのではないかと思っていました。いや、どう考えても無理だ。俺がオールバニー公爵領の領主であるだけでも、彼女と結婚できるかと言えば、それだって無理としか言いようがないんですからね。かといって、国王として独身を貫き、エドガーかエドマンドに生まれた息子に王位を継がせるといった場合でも……やはり、何かと国を混乱させる種となるやも知れず……」

 

『あなたがこの国の王になったその時には、なんでも好きなとおりにおやりになったらいいのです。こう申してはなんですが、リッカルロ王子、あなたさまが王位を継がれるのはお父上であるリア王が亡くなられてのちのこと……もし現王がご存命中である今のうちにあなたさまが王の位を継承された場合、あれこれと口出しされたに違いありませんが、そうした心配はしなくて良いのです。そう考えた場合、そのような我が儘を許す勇気が自然と湧いて来ませんか?』

 

「まあ、確かに……」

 

 聖女リノレネの言うとおりだった。娼館に売られてきたとはいえ、レイラはそもそも、ハクスレイ侯爵家の娘である。彼女の落ちぶれた親戚筋のひとりにでも、もう一度ハクスレイ侯爵の名を継がせ、レイラのことを養女とするなどすれば――かなり強引な方法ではあるが、過去に遡れば、娼婦というわけではなかったにせよ、大体似たような法的手段を取ることにより、心から愛する娘と結婚したという例は王家にだってあるのだから。

 

(確かにそうなんだ。俺はあの親父の言うことはなんでも聞かにゃあならんという、潜在的なトラウマに近いものがあるせいか……親父に何かの事で反対されたりすると、そのことを大きく振り切ってまで反抗しようとする気がしなえてしまう。だが、レイラは誰の後ろ盾も得られぬかわり、どの貴族の誰とも政治的に癒着しなくて良いわけだからな。うむ。確かに親父が死んだあとでなら、俺はなんでも自分の好きなとおりにすることに、一切躊躇いを感じない……)

 

 ここまで考えてから、リッカルロは自分が恥かしくなった。まだ父王が亡くなってもいないうちから、自分が王の座に就く姿を想像したこともそうだし、王としての冠を戴いたその隣で、王妃としての冠を戴くレイラが微笑むところを想像しただけで――これ以上幸福なことは、彼にとってなかったからだ。いや、そのことさえ叶うのであれば、他にどのような苦難が王としての道に続いていようとも、おそらくは耐えてゆけるに違いない。

 

『他に、何かわたくしに聞きたいことなどございませんか?あるいは、間違いなくそうなるという証拠を先に見せて欲しいといったことなどは?』

 

「いえ、特にありません……ただ、ひとつだけ最後に教えてください。俺が結婚しようと思い定めている娘と、聖女さまのおっしゃった娘とは同一人物で間違いないですね?」

 

『ええ。見事な蜂蜜色のブロンドに、あなたとお揃いのような深いサファイアの瞳をした女性でしょう?彼女はあなたさま以外、誰かお客を取ったということもないのですし、不名誉な噂が立ったりすることはないと思いますよ。もちろん、多少の手回しは必要でしょうけれどね』

 

「ありがとうございます。心より感謝致します、聖女さま」

 

 謁見の間には、何故か白い砂が敷かれている。このあたりの岩石層ではまず見られない砂であり、どこから運んできたのかもわからなかった。だが、そんな小さなことについてはリッカルロは質問しなかった。自分が王になることがこの国にとっても最良の策であること、それに結婚のこと……このふたつに確信さえ持てれば、リッカルロにとっては「それで、自分は王になったのち、一体いくつまで生きるんだ?」、「王位に就いてのち排斥すべき政敵の名は?」といったような、数限りなく存在するリストについては、ほとんどどうでも良かったのである。

 

『それでは、最後にわたくしからひとつだけ……』

 

 白い砂の敷かれた床から頭を上げると、リッカルロはハッとした。自分の将来の喜びに浮かれるあまり、大切なことを忘れていたのである。

 

「なんなりとおっしゃってください。聖女さまに必要なものであれば、いくらでもここまで持ってきましょう。他にも、このリノレネの巨石群に住む人々のために必要な物資については、今後も患者たちに必要なもの含め、惜しみなく運ばせるつもりですし……」

 

『ええ、もちろんわかっております、我が王よ。リッカルロさまは今後とも、ここの住民たちに出来る限り良くしてくださろうとするでしょう……そのことについては何も心配しておりませぬ。ただ、今からおそらく――四年ほどのちのこと、隣の<西王朝>では大きな戦争と災害が起きるでしょう。その時、現在の権力者であるクローディアス・ペンドラゴン王は斃れます。けれど、そのような内乱に乗じて<西王朝>へ攻め込むことは慎んだほうが賢明だということを覚えておいていただきたいのです。むしろ、間接的であるにせよ、新しく興った若い政治勢力のほうへ力を貸すか、力を貸すことまではしなくとも、<東王朝>の立場としては干渉しないことです。次にペンドラゴン王朝で王となる者は、聖賢千年平和王として名を残すほどのお方……星の力がこの方にお味方する以上、平和を乱す無用な横槍を入れた場合、大火傷や怪我を負い、歴史に惨めな敗戦の記録を残すのはあなたさまのほうになるということを――どうか先に知っておいていただきたいのです』

 

「…………………」

 

 リッカルロは黙り込んだ。向こうから攻め込んでこないということであれば、<東王朝>としても戦争をする理由はない。それに、先ほど経験した勝ちとも敗けとも言えぬ――いや、灰色の結果というのは自分だけの考えであるかもしれないにせよ、その結果を屈辱と捉え、再びバロン城砦へ攻め上ろうとまでは、今のところ彼も考えていない。

 

 だがそれでも……リッカルロとしては何か心に引っかかるものを覚えた。(聖賢千年平和王だって?それに比べて、俺はこれからリア王朝の王のひとりになるかもしれないが、これから王になるのだろう、その<西王朝>の王ほどには歴史に偉大な名を刻みはしない……まるでそう言ってるも同然ではないか!)と、そう思うと何か複雑な心持ちになったのである。

 

「ええ。確かに俺は……戦争なぞこりごりだと感じていますし、そのような負担を民たちにかけたくないとも考えます。ですが、リア王はどうでしょう?<西王朝>で内乱が起きた場合、その混乱に乗じてもう一度俺にバロン城砦へ攻め上れと、もしそう命じられたとすれば……」

 

『問題ありません。その頃、すでに王は亡くなっておられるでしょうからね……申し訳ございませぬ、我が王よ。もしわたしくしが今のようなことを申し上げなかったとしても、リッカルロさまはそのような愚を犯すことは決してなかったでしょう。今わたくしの申し上げたことは、あくまでも一応念のため、そのように申し上げたまでのことなのです……たとえば、その際にはおそらくこちらから<西王朝>へ送り込んでいる間者より、そのような報告があるでしょうね。ですが、その機会に乗じて<西王朝>へ攻め込んでもそう上手くはいかないということを、わたくしとしては申し上げたかっただけなのです。もし今わたくしが言ったことを、リッカルロさまが思い出されたとすれば……そのような無用な戦を迷いなくせずに済むかと、そう思ったものですから』

 

「いえ、今聖女さまがおっしゃったことは、みなすべて我が心に留めておきましょう」

 

 リッカルロは社交辞令的挨拶ののち、星の至聖所をあとにすることにした。彼にも今つくづくと、聖女リノレネの言行録にあったことが理解できたものである。よく当たると評判の聖女の予言を、時の権力者が確かめようとして彼女を呼びだすも――聖女リノレネがあまりに当を得たことを言いすぎたがゆえに、戦えば負けると前もって言われていたにも関わらず、すっかり腹を立てた王があえて戦をしたものの……やはり予言のほうが当たり、この王は流れ矢に当たって死んだ、といったように聖典には書き記されているのだ。

 

(だが、確かにそうかもしれない。今から最低でも四年以内に親父は死ぬと彼女は言ったも同然なのだからな。俺にしても、あの親父に対して親子の情のようなものが皆無に等しいからこそ冷静に聞いていられるのであって……もしそうでなければ、不敬罪であるとして牢屋へ送り込んでいたとしても不思議はなかろう。そして、そのように何度牢獄へ入れられようとも、次の日か、その数日後には、なんらかの形で必ず聖女リノレネは外へ逃れでていたと、聖典にはそうも書いてある。その部分を俺が読んだ時に思ったのは――信者である仲間の誰かしらが手引きしてくれたのだろうということだったが、そうではないのかもしれない。彼女は予知以外にも、自分には不思議な力があると言っていた。となるとどうなる?病人の不治の病いを癒したといった場合でも、のちには魔女の仕業と罵られたり……人というのは実に勝手なものだ。俺は今、自分にとって割と都合のいいことばかり言ってもらえたので、ちょっと浮かれたいい気になっている。だが、もしそうじゃなかったら……そして、俺がもしこの国の王であったとすれば、そんな不都合なことを予言した女のことは、やはり魔女であるとして極刑に処した可能性だってあるのではないか?)

 

 そして、リッカルロが聖女リノレネに仕える修道女のひとりに、崖下に伸びる縄梯子のところまで案内してもらい、下へ降りていく間――彼はやはり考えていた。今後、政治的判断として何か困ったことが生じた場合、ここへ誰か人を自分は使わそうとするものだろうか、ということを。直感的にリッカルロが思ったのは(いや、未来は自分たちの力で切り開くものとして、あまり関わりあいにならないほうが賢明なのではいないか?だが、もし跡取りとして俺にエドガーとエドマンドのような双子の王子が生まれたとしたらどうだ?そして、双子ではあるにしても、1分30秒ほどのちに生まれた弟のほうが、病弱な兄よりも英気があり、気質としても王となるのに向いているとした場合、やはり俺は迷うだろう。そうした時に聖女リノレネの予言に頼りたいという誘惑に……果たして勝てるものだろうか?)

 

 そんなことを考えていたせいだろうか。リッカルロは風に揺れる古びた縄梯子をいくつか下り――最後、岩に打ち込まれた鉄製の足場や、小さな木のコブのようなものを手がかりに、(もう少しで広い岩棚に出る……)と思い、若干肩の緊張を緩め、彼が溜息を着いた瞬間のことだった。突然強風に煽られ、手がつるりと滑ったのである。(しまった!!)と感じた時には時遅く、リッカルロは真下にある岩の出っ張った広い場所まで、真っ逆さまに落ちていた。

 

 だが、その一秒が一分にも感じられるようなスローモーションの間……リッカルロの体はふわりと一瞬浮いたのである。それから、十分安全なほどの距離、一気に真下へ落ちてのち、十秒ほど空気に浮いたままでいてから――スタッと砂岩の広場に着地したのだ。

 

 クリムストールやファイフたちのいる場所までは、あともう少しであった。けれど、リッカルロにはわかった。自分のことをわざと突き落とした上、さらには助けたのがかの聖女リノレネであっただろうことが……もっとも、何故彼女がそんなことをしたかまではわからない。だが、予知以外にも不思議な能力があるというリノレネのあの言葉の正体が、今自分に起きたことだったのではないかとリッカルロは思った。彼は、今自分の身に起きたことが不思議でならず、ファイフが心配しているとわかっていたが、その岩場に暫く腰かけて、色々と考え込まざるをえなかったものである。

 

(『わたくしにはこうした超自然的な力もあるのですから、今後考えを変えて刺客を送り込むようなことは考えないように』ということか?いや、違うだろう。もしそうであればそもそも、俺と直接会う必要などないのだからな……では、こういうことか?『予知の他に、このような不思議な力も自分にはあるのですから、わたくしの言ったことは今後、必ず当たると思い知っておくべきです』……)

 

 前者よりも後者の考えのほうがありえそうな気が、リッカルロはした。それから、岩のひとつから腰を上げると、崖下の光景を覗き込んでゾッとしたのち――首を傾げてポキポキ鳴らすと、今一度気合を入れ直し、崖の岩場をよくよく注意しつつ下りていった。クリムストールとファイフたちのいるところまで戻ることさえ出来れば、残りの部分は岩場を削って作った階段が設置されている。

 

 リノル教の聖典には、聖女リノレネは星の神々から予知その他の不思議な力を授けられたとある……だが、リッカルロにはやはりわからなかった。自分の人生のすべてを犠牲にするような形で、ほとんど俗世と交わることもなく、あのような寂しい岩室を聖所として死ぬまでそこで暮らさねばならないということ、それを不幸と感じることが彼女にはないのだろうか?また、リッカルロは隣の<西王朝>では、星を統べる神々を崇めていると聞いたことがある。いや、ペンドラゴン王朝においてもリア王朝と同じく、様々な神々を信仰することを容認している立場だとはいう。だが、そうした草や花や石や、色々なものに宿る神々のすべてを統べ治めているのが、天空に存在するという星々の神なのらしい。その起源は北のヴィンゲン寺院にあるということだったから、<東王朝>の立場としては、隣国の市民らが崇める神など、我が国の神々のひとりにも敵いはしない――として、おそらく否定すべきではあるのだろう。とはいえ……。

 

(このふたつの宗教の元が、もしひとつの根であったとすればどうだろう?俺は自分の国で信仰される、どのように小さな弱い神でも、少なくとも人間よりは強く大きな存在であるとして、信じる者がひとりでもいる限り、否定しようとは思わない。だが、このふたつの宗教の共通点に今後、誰かが気づいたとすれば……やはり再び、リノル教は迫害されることになるかもしれない。俺が王である時代はともかくとして、何代かのちの時代にはそんなこと、わからないのではないか?……)

 

 そして、賢い彼は、最後に次のようなことにも気づいたのである。星の至聖所を去る時にも、(まだ、何かひとつ、聖女に聞いておくべきことがあった気がするのだが……)と感じながらも、そんなことを考えだせば切りがないとして、リッカルロは諦めの溜息を着いていたのである。だが、やはり最後にひとつだけ――『その、これから四年後以降に台頭してくるという聖賢千年平和王とやらは、どのような神を信仰しているのですか?』、『また、千年平和王ということは、こちらの<西王朝>とは、千年の間戦争は起きないということですか?』と、一応そのように聞いておくべきだったのだと、そう思い後悔したわけである。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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