こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア-第二部【14】-

2024年08月02日 | 惑星シェイクスピア。

【二つの王冠】フランク・ディックシー

 

 今回は前文にあんまし文字数費やせるスペースがあんましないということで……どうしようかなと思ったのですが、隣国リア王朝のお話は前回の【13】まで、ということになっていますm(_ _)m

 

 いえ、わたしも読んでて「なんかトートツなところでストンと終わったなあ」とは自分でも思いました(^^;)

 

 でも結局、リッカルロ王子がその後どうしたかとか、確か第三部あたりに出てきたような気がするので――こちらのリア王朝の物語はそちらへ続くものと思われます。そんなわけで今回より、ようやくお話のほうがハムレット王子・ギベルネス側に戻ってくるわけなんですけど……自分でも読んでて退屈でした(爆☆)。

 

 まあ、でもある部分仕方なくはあったり。。。ある程度、「あーなってそーなって、ほんでこうなりましたがな」的に、説明したりなんだりしなきゃなんないのが退屈だったとしても、そのあたり、不可避的に避けられないところがどうしてもあるというか(^^;)

 

 とりあえず、リッカルロ王子側の物語としては「リア王」、「ロミオとジュリエット」、「マクベス」あたりが、人名その他を引用させていただいた元かなって思います。ハムレット王子・ギベルネス側に戻った今回以降については、シェイクスピアは「ベニスの商人」、アーサー王物語からはエレイン姫のエピソードなどが出てきたようにぼんやり記憶していたり。。。

 

 舞台のほうはメレアガンス州からロットバルト州へ移るといったところですが、後半あたりでギベルネスはようやく宇宙船カエサルと再び連絡が取れるようになる――だが……といったような話の展開だったかな~と、これもまたぼんやり記憶しております

 

 それではまた~!!

 

 

       惑星シェイクスピア-第二部【14】-

 

 時は、リッカルド・リア=リヴェリオン王が崩御した三年後、また彼の長子であったリッカルロ・リア=リヴェリオンが新王となり、レイラ=ハクスレイを正式に妃として迎えた二年後のことである(彼らは父王であるリッカルドの病状に配慮し、結婚式を一年延ばしていた)。

 

<東王朝>ではリア暦751年、<西王朝>においてはペンドラゴン暦822年のこと、前王エリオディアス=ペンドラゴンの息子、ハムレット=ペンドラゴンが彼の叔父(エリオディアスの弟)であるクローディアス=ペンドラゴンに叛旗を翻したと、王室に保管された、古い歴史書の写本に書かれている。そして、以降に書き記すことは、その歴史書にもここまで細かく記録として残されていない、その顛末についてということになる。

 

 メレアガンス州にて、ペンドラゴン暦822年9月、約一週間に渡り聖ウルスラ祭が開催された時、その聖なる馬上試合の終盤において、聖女ウルスラに神託が下ったと言われている。その神託によれば、時の王であったクローディアス=ペンドラゴンは実の兄エリオディアス=ペンドラゴンを殺害した僭王であり、忠臣ユリウスにより王都テセウスから逃れたエリオディアス王の息子、ハムレット=ペンドラゴンこそが真実の王であるという。聖女ウルスラはそのことを聖なる盾と聖なる鎧の揃った(と歴史書には書いてある)馬上試合会場にて宣言し、彼女の神託に従い、ハムレット=ペンドラゴンに忠誠を誓うため、王子の御前で膝を折ったのはメレアガンス伯爵以下、ほとんどの貴族らがそうしたのであった。

 

 さて、こうしてクローディアス王に楯突く叛徒ありということを彼らは世間に広く知らしめたに等しかったから(聖ウルスラ祭の有名な馬上試合には、内苑七州からも多くの人々が見物に来ていた)、すぐにも軍隊の召集がなされた。聖ウルスラ騎士団はスキャンダルに揺れていたが、聖騎士ボドリネール兄弟を中心にして、すぐに新体制が組まれ、ハムレット王子とともに挙兵したメレアガンス州の軍隊は、同年十月、隣の州であるロットバルト州へ移動した――といったことが、後に編纂された歴史書には書き記してある。だが実際には、ハムレット王子はまず聖女ウルスラのとりなしにより、メレアガンス伯爵の居館のあるメルガレス城のほうへ招かれ、お互いのことを親しく知るということになるのである。

 

 事は急を要することであったから(何分、数日のうちに王都のクローディアス王の耳にこのことが入るのは間違いない)、こうなるといかに普段優柔不断なメレアガンス伯爵といえど、腹を決めるのは早かったと言える。彼はすぐにもロットバルト州のロドリゴ=ロットバルト伯に助けを求めるとともに、城砦の防備を固め、地方豪族たちにも伝令を発した。『ハムレット王子こそ、真に王となるべき方』であること、その正当性について述べるとともに、今後は重税に苦しむ必要がなくなるということを――王子の言葉として、許可を得て伝令書に書き記していたわけである。

 

 こうして、メレアガンス州のもっとも遠い地方からも、多くの軍勢が一月と経たぬうちに駆けつけた。ロットバルト州においても、ロドリゴ=ロットバルト伯爵が動くのは早かった。というのも、聖ウルスラ闘技場にて、ロットバルト騎士団の騎士団長であるヴィヴィアン・ロイスとその双子の妹であるブランカ・ロイスとが、自身の主君にこのことを早く知らせなければと、メレアガンス伯爵の親書を受け取るが早いか、すぐにも州都ロドリアーナへ取って返していたからである。

 

 ハムレットたちもまた、メルガレス城砦にてメレアガンス伯爵夫妻や宮廷に招かれた貴族たち、また聖ウルスラ騎士団の騎士たちと会議や午餐や晩餐などを通し、日々意思の疎通と一致を深めていった。「最早挙兵は避けられぬ」ということがわかっているからであろうか、それとも、それほどまでにクローディアス王の治世下にあっては将来に希望が持てぬとする人々の意志が最初から堅固であったのか――ハムレットのみならず、タイスもカドールも、不思議なまでにとんとん拍子に話が進むことに驚いたものである。

 

「いやはやまったく、我々はこのような日がいつかやって来るのをずっと待っていたのです」

 

「地方豪族たちの不満も、あとほんの少し刺激を加えれば爆発するというくらい、高まりに高まっておりましたからな」

 

「誰もがみな、メレアガンス伯爵の参戦の意志に同意する返事ばかりを早馬の使者に届けさせて来ておりますわい。聖ウルスラ祭に合わせて都へ来ていた者も多かったでしょうから、そこで直接ハムレットさまのご勇姿と、聖女ウルスラさまの光り輝く御神託を見聞きした者も多かったそのせいでありましょう。あるいは、誰か親族や部下などから間接的にその話を聞くなどして、正義の鉄槌が振り下ろされる時がとうとうやって来たと、みなそのように興奮している者ばかりです」

 

 ――ギベルネスは<神の人>であると仲間たちに認識されている以外では、まったくの部外者であったためよくわかるのだが(あくまで、ここでない他惑星からやって来たという意味で部外者である)、オースティン・ヴァリ将軍率いるメレアガンスの将兵ら、いまやフランツ・ボドリネールが騎士団長となった聖ウルスラ騎士団の騎士たち、あるいはメレアガンス伯が信任している貴族の政務顧問官が連日開いている会議に参加していて思うに、彼らはみなこうした「きっかけ」を待っていたに相違なかった。

 

(さらにはそこに、聖女ウルスラの奇跡がかった神託まであったのだから、ある意味当然のことだったには違いないにせよ……これはこの国で随分長いことなかった内乱であるというのに、みな驚くばかり顔が希望で輝いている。人は誰もが、ハムレット王子に一目出会った瞬間に納得するのだ。さらには、一言か二言でも言葉を交わしただけで、それは決定的なものとなる……それほどまでのカリスマ性と、彼の王としての器の大きさに感嘆せざるをえない、これはそのせいでもあるのだろうな)

 

 タイスやカドールやディオルグも、彼らはまったく同じように感じていた。また、ギベルネスはそうと乞われてなるべく会議のほうへ参加するようにしていたが、彼は相変わらず『何か発言を求められているようだ』という気配でも感じぬ限りは、いつでも沈黙を決め込んでいた。ハムレットはメレアガンス伯爵の顔を立てつつ、将軍以下の将校たちや騎士団長以下の騎士たち、弁の立つ政務顧問官らの取りまとめたことを最後に要約し、承認するのだったが、彼らの間には奇妙な話――これから戦争をするにも関わらず、という意味で奇妙な話――常に平和の一致が存在していた。

 

 聖女ウルスラの神託や、ローゼンクランツ公爵とギルデンスターン侯爵が確証する血筋の確かさといったことがあるにせよ、この時もハムレットは自分に関して、「何者でもない」としか感じられぬ謙虚さがあった。一方メレアガンス伯爵にしても、ハムレットが王子としてローゼンクランツ公爵の印が捺された親書を手にしてメルガレス城を訪ねてきたというだけでは……内乱の主謀者に自らなろうなどという決断を下すことは決して出来なかったろうと、彼にはよくわかっていた。その自分の心の奥深くまでを聖女ウルスラに打ち抜かれたようにすら感じたこと、また優柔不断であるが信心深くもあるメレアガンス伯爵は、(これこそが神のご意志なのだ)と感じたことで、一度彼なりにそのことが確信できると、最早迷うことは何ひとつとしてない境地へ達していたのである。

 

 オースティン・ヴァリ将軍率いる将校たちも、フランツ・ボドリネール騎士団長率いる騎士たちも、一同に有益な助言の出来る貴族の政務顧問官らも――毎日、会議が開かれるのを楽しみにさえしていた。彼らは自分たちの間にこそ正義があると、神の御名の元に信じることが出来、何より自分たちが<王>として相応しいと文句なく崇敬できる確かな血筋の者に衷心から仕えることが出来た。そして、そこには喜びがあった。正義・真実・信仰、それに道徳観の一致など、彼らは自分たちが間違いなくこの戦争に勝利すると、信じぬ理由を見出すことのほうが難しいくらいだったのである。

 

 会議の議題は、バロン城砦の攻略と、兵士たちの俸給と糧食や水の確保のことが、連日飽きもせず繰り返し語られた。これにはラウール・フォン・モントーヴァン卿も車椅子に乗ったまま参加していた。ラウールはヴァリ将軍とは旧知の仲であったし、将軍の腹心の配下らもまた、今から約四年ほど前にあった<東王朝>との戦争で真正面からこの軍をバロン城砦の空堀の前で押しのけた戦友同士だったのである。

 

 さらに、彼らは連日、メルガレス城で開かれるパーティに出席し、お互いのことを知らぬ将校や騎士たちも、親しく言葉を交わして友人や知りあいになることによっても――互いにそれとなく絆を深めていった。聖ウルスラ騎士団とヴァリ将軍率いる約一万五千の兵団とでは指揮系統が異なるわけだが、彼らよりもほんの二百名にも満たぬ騎士団員のほうが身分は上なのである。ゆえに、戦場においては騎士の命令のほうに兵士らは聞き従わねばならないのだが、貴族の将校らと騎士の仲がもともと悪いというのは往々にしてよくあることだった。だが、フランツ・ボドリネールが新しく騎士団長になったばかりということもあり、彼らは自然同じ神の御名を信じる者同士として握手しあい、友として抱擁を交わすくらいの間柄に、ほんの短期間でなっていったのである。

 

 こうした、素晴らしい友愛と信仰の一致の旗印の元、ハムレット王子は百名ほどの兵を率い、まずは隣州のロットバルトへと十月一日に出立した。何故百名だったかといえば、理由は色々あった。まず、ハムレット王子の御身を守るのに、誰もがその栄誉ある役目に就きたがったからだし、かといって今の段階ではまだ目立つ行動は取るべきでなかったということがある。ヴィヴィアンとブランカのロイス家の双子から報告を受けると、ロドリゴ=ロットバルトはすぐにハムレット王子のことを正当な王位継承者として認め、その臣下となるべきことを宣誓する、恭しい手紙を伝令の者に持たせていたにせよ、事のほうはまだまだ慎重に運ぶ必要があったのである。

 

 また、王都テセウスの動きも無視できなかった。聖ウルスラ祭が終わってから約半月……内苑七州においても防備を固め、クローディアス王がバリン州を治めるヴァイス・ヴァランクス男爵にメレアガンス州とロットバルト州へ攻め込めといつ命じてもおかしくない頃合であった。だが、何故半月もの間、ある意味「呑気」とも言えるほどの態度でハムレットたちが何度となく軍事会議を開き、戦略を固めることを繰り返してきたかと言えば――難攻不落と言われるバロン城砦をこちらが攻囲するよりも、向こうから出兵してきてもらい、メレアガンス州とロットバルト州、それにバリン州を結ぶ間にあるナーヴィ=ムルンガ平原あたりででも白兵戦になったほうが、外苑州の兵士たちにとっては包囲戦を行なうより、遥かに立場が優位だったということがある。

 

 というのも、王都のあるテセウス州、アデライール州、モンテヴェール州、ラングロフト州、レティシア州、クロリエンス州……は、東王朝が攻めて来ても、軍を派兵してバリン州を助けたということは稀なのである。特に、バリン州の隣のクロリエンス州などは、バロン城砦が陥落した場合、地形的にいって次に危ういのは自分たちの州である、ということから見ても、すぐに助けに駆けつけておかしくない。少なくとも普通はそう思われる。だが、外苑七州の土地の広大さに比べ、別名<緑の心臓>(グリューネヴァルト)と呼ばれる内苑七州は、土地が豊かな代わり、そう広くはないのである。唯一、その<緑の心臓>の端を形成するバリン州のみ違ったが、わかりやすくかつて地球にあった国の地図でたとえたとすれば、アラビア半島がわかりやすかったろう。外苑七州とは言ってみれば、土地としてはサウジアラビアほどの広さがあるが、内苑七州はそれに比較してイスラエルやヨルダン、レバノンといった土地を合わせたほどの広さもなかったと言える。

 

 そして、特にバリン州を除いた内苑六州を治める人々は、貴族として格別に気位が高く、戦争といった醜い、多大な犠牲を伴う事柄に関しては――外苑七州の田舎者や、自分たちより身分の低い下々が行うべきことと考える嫌いがあったわけである。それでも、バリン州から要請があれば、渋々といった形ではあるにせよ、一応軍のほうは派兵されて来る……とはいえ、サミュエル=ボウルズ卿がまだ存命中だった頃には、彼は他の外苑州の兵士らと手に手を携え、この防衛線を守り切ってきたわけである(おそらくボウルズ卿にとって、クロリエンス州を治めるフローリアンス卿に助けを求めるのは非常な屈辱となることであったのは間違いない)。

 

 ゆえに、サミュエル=ボウルズ卿が王の命によって拷問死した今、バロン城砦内の人々の人望が薄いと言われるヴァイス・ヴァランクス男爵が、ボウルズ卿ほどには巧みに兵を動かせず、戦争にも不慣れであろうことはハムレットたちにとって大きな勝因となりうることだった。さらに、この元は平民だったというヴァランクス男爵が兵を采配し、バロン城砦の防備を固めるよりも、クローディアス王の命令によって先手必勝とばかり、城砦外へ兵を出して来てくれたほうが――相手の士気を挫くという意味でも、ハムレット王子側にとっては有利に事を運べること大だったのである。

 

 だが、約半月ほど待っても、内苑七州から大きく兵が動くということはなく、メレアガンス州やロットバルト州からバロン城砦へ潜り込ませている間者の話によれば、クローディアス王はハムレット王子という自分が殺した兄の息子の存在について聞いても、鼻でせせら笑っただけだったという。兄エリオディアスの息子は、まだ赤ん坊のうちに死んだのであって、そのことはハムレットを生んだガートルード王妃が涙とともに保証することだと、王は心配する貴族たちに力強く語ったということだった。「そのように血筋のあやしいただの逆賊を恐れる必要はない。だが、それでももしそのような諫言にたぶらかされ、メレアガンス州やロットバルト州、その他外苑州が挙兵してくるというのであれば、返り討ちにしてくれよう」……クローディアス王はこの時、バリン州を治めるヴァイス・ヴァランクス男爵に「バロン城砦の防備を固めよ。なんとしてもそこで逆賊ハムレットの一団を殲滅するのだ」と命じただけだったいう。クローディアスにとってはおそらく、<東王朝>が再び攻めて来るというよりは、こちらの内乱のほうが脅威としては小さいことだと、そう判断したのかもしれない。

 

 こうして、怒り狂ったクローディアス王の王命により、バロン城砦から兵が五千ばかりも出てきて、ナーヴィ=ムルンガ平原あたりでぶつかり、それはハムレット軍の大勝で終わった――ということを期待していたメルガレス城で軍事会議を開いていた面々は、違う策謀について巡らせる必要が出てきたわけである。また、ハムレットは自分から出向いてロドリゴ=ロットバルト伯爵に挨拶するのが筋であろうと考えていたため(顔と顔を合わせて話もせぬうちから、兵力だけ貸せというのは図々しすぎる要求であるように彼には思われた)、最早バロン城砦を攻略するしかないと完全に決まったも同然という状態になると、州都ロドリアーナへ自ら出向くことを決めたわけである。

 

 この時、ハムレットとしては今までと同じく、タイスやカドール、それにギベルネスなど、これまで旅を共にしてきた仲間とロットバルト州へ隠密に入るつもりだったが、そのことを話すと、メレアガンス伯爵以下、彼の臣下らはみな一様に顔を曇らせていたものである。

 

「そういうわけにも参りますまい、ハムレット王子よ」と、メドゥック=メレアガンスは言った。「これまではともかくとして、これからは大いに我らのことを頼ってもらいたいのです。何より、我々の大義はハムレット王子、あなたさまの御身ひとつにかかっているのですから。あなたさまという血筋の正当な王子を失えば、我々はただの逆賊の群れにしか過ぎませぬ。無論、数さえ多ければ王子のお命を守り抜けるというものでないことは承知しております。ですが、ロットバルト州のロドリゴ伯爵の元へ向かうというのに、わしがもしハムレット王子に護衛の人員を惜しんだなどということにでもなれば……いいえ、王子よ。最低でも我が陣営から百名は精鋭を引き連れていってもらわねば困ります。ただのわしの虚栄心などからではなく、家臣として心からの忠節により、こう申すのです。本当は千でも二千でも兵を引き連れていっていただきたいところ。ですが、もしそれが目立ちすぎるということであれば、やはり最低百名は精鋭を率いていってもらわねばと思います」

 

 このメレアガンス伯爵の言葉を、『当然すぎるほど当然の意見』とばかり、オースティン・ヴァリ将軍も、ラウール・フォン・モントーヴァン卿も、その後ろに控えていたセドリックも、他の貴族の政務顧問官らも――うんうんと頷くばかりだったと言える。カドールがくすりと笑い、「それが妥当でしょうな」と言ったため、すぐに精鋭の兵らの選定に彼らはかかった。そこで、メルガレス城砦を守護する守備兵団から三十名、聖ウルスラ騎士団からも三十名、さらに貴族の中からハムレット王子を護衛する栄誉に与りたい者が約二十名ほど選ばれるということになった。

 

 当初、この中にメレアガンス伯爵の息子、エレアガンス=メレアガンスは含まれていなかった。何より、彼はメドゥック=メレアガンス伯とその愛妻メレアノールの大切な一粒種の跡取り息子なのである。むしろ、タイスやカドールらにしてみれば、彼の命を守るかハムレット王子の命を守るかで、指揮系統に乱れが生じかねないことから、エレアガンスの同行については何をどうしても断りたいところがあったのは間違いない。

 

 ところがこのエレアガンス=メレアガンス子爵、会議の場では父親の後ろに隠れるような形でほとんど何か発言することもなかったというのに――ハムレット王子がメルガレス城の閲兵式場から旅立つというその日の朝、子爵自身の私兵にも等しい近衛団数名を率い、突然その場に姿を現すと、家来とともに馬から下り、王子や自分の父である伯爵の前で平伏していたのである。

 

「ハムレット王子、それに父上。この不肖の息子エレアガンス、王子についていきたく存じ、このように至急駆けつけましてございます」

 

 メレアガンス伯爵の息子エレアガンスは、「着飾ることしか頭にない虚栄心の強い馬鹿息子」といったように、ハムレットたちは聞いていた。実際のところ、会議の場にも毎日驚くばかり贅沢な服装でやって来るため、そうした意味でも彼は浮いた存在だったものである。

 

 この日も、エレアガンスはその場にいる誰より派手な戦闘用コートを着用し、さらにはその後ろに優雅に長いマントをはためかせていたものである。戦闘用コートの胸元にはメレアガンス伯爵家の紋章があったが、そのサーコートは左右でそれぞれ四つのパートに分かれており、ベルトの上の左側の生地は青地に金帯模様、右側は母のモントリエール家を表した薔薇と槍の紋章、ベルトから下は左に薔薇と槍の紋章が同じく描かれており、右側は金糸で刺繍されたヤマアラシという図柄だった。この戦闘用コートは黒の革帯に、真ん中のところが金のバックルで留められている。しかもその上、左右でそれぞれ色合いの異なるズボン(右が山吹色で左側が萌黄色)を履いており、足許はモスグリーンの戦闘用軍靴、頭の上にはターバンに似た帽子を被り、その上そのターバンからは長い鳥の羽根が真ん中に突き刺さっていたものである。

 

(コイツ、格好だけは一丁前だな。というより、まるで道楽者の道化のような衣装ではないか。あるいは、舞台で演じる俳優のそれとでもたとうべきか……)

 

 そう思ったのは、カドールやランスロットだけではなかったに違いない。だが、今までもずっとそうだったように、「王さまの耳はロバの耳!!」とばかり、この伯爵家の息子には誰も本当のことを言えないのだった。

 

 だが、この日とうとう――愛しき妻が二度の流産ののち、ようやく授かったこの可愛い、甘やかして育てた息子に、父であるメドゥックは怒りの声を発したのだった。

 

「ばっ、馬っ鹿もーんっ!!エレガンよ、おまえがもし今ハムレット王子についていこうものならば、いかに王子たちの足手まとい、ただの気苦労の種にしかならぬと、おまえにはわからんのかっ!!それに、もし万一おまえが……おまえが命を落としでもしたとすれば、ここにいる方々がそのことをわしに対しいかに重荷と感ずることか。いいから、これ以上父に恥をかかせる前に、さっさとこの場を去ぬるのじゃっ!!」

 

「父上。無論そのようなこと、このエレガン、よくよくわかっておりまする。ですが、あの聖ウルスラ闘技場にて、聖女ウルスラさまとともにハムレット王子のことを見た時……このエレガン、まるで雷にでも打たれたようにビビッと来たのでございます。この方こそ、自分が終生に渡って仕えるべきお方なのだということを。確かに、今はまだ王子さまたちのなんの役に立てるかもわかりません。ですが、もしハムレット王子が僭王クローディアスを斃したその暁には……必ずやこのエレガン、今より一回りも二回りも大きな人間として成長し、そのことはメレアガンス州の人々のためにもなることと、間違いなく保証できると思うのです」

 

「むっ、むむう……そこまで言うか。だが、おまえの母さまがなんとおっしゃるかな。メレアノールは毎日ひとり息子のおまえのことが心配で心配で、すっかり痩せ細って病気になるやも知れぬ。そう考えた場合、おまえはやはり自分の子爵領ででも今まで通り過ごしていたほうがいいのではないか?」

 

 メドゥックが隣のメレアノールのことをちらと見ると、彼女の顔は青ざめ、手は震え、今にも泣きださんばかりであった。だが、メレアノールは夫の言うとおり『心配なあまり痩せ細る』二か月後の自分が見えていながらも――それでいて心のどこかでは親馬鹿よろしく感動していた。少なくとも、戦争へ出兵するなど絶対嫌だとして、城の片隅で震えているというのではなく、この息子にもいずれ自分が継ぐべき領地やその民のことを考える頭がちゃんとあったのだと初めて知り、そのことが嬉しくもあったのである。

 

「母上、心配をかけることをどうかお許しください。ですがこのエレガン、伯爵である父上とあなたさまのため、必ずや立派に戦ってみせまする。剣や槍の手ほどきであれば、ここに今は姿のない、フランソワ・ボードゥリアンが幼き頃より教えてくださいました。僕が剣や槍よりも詩歌や竪琴のほうを好むというのは確かなことですが、宮廷の教師たちはそれだけではいけないと言って、狩猟や馬術やスポーツ全般についても一通り、教えるだけのことは色々と教えてくれましたから。もっとも、スポーツに関しては明らかに不向きなもののほうが多かったというのがなんですが……」

 

(いやいや、おまえのジュ・ド・ポーム(テニス)や九柱戯(ボウリング)の腕前はなかなかのものだぞ)などと、内輪だけですべき会話を息子と交わすわけにもいかず、メドゥックがあえてしかつめらしい顔をし、さらに息子に説教をしてやろうと思った時のことだった。隣にいた灰色の薔薇ドレスのメレアノールが、夫の腕に手をかけ、こう言ったのである。

 

「あなた、この子がこんなふうにわたくしたちに何かを頼むだなんて、初めてのことではありませんか。確かに、ハムレット王子さまには御迷惑なことかもしれません。それでも、他の人々が命を賭して戦っている時に自分の宮殿で心地好く寝そべっているような者は、領主の跡取りとして相応しくないのは相違ないこと……そう思って、わたくしも耐えます。そのために毎日神殿へ詣でて、王子さまたちのため、またこの子のためにも心から血が流れるばかり祈りましょう。ですから、どうかわたくしからもお願いします。エレアガンスの願いを、どうか叶えてやってくださいませ」

 

「うむう……」

 

 メドゥック=メレアガンスが困りきっているのを見ると、ハムレットは馬を彼らのほうへ数歩進め、笑いたいのを堪えて言った。

 

「エレアガンス子爵が我が一行と来たいというのであれば、我らはそのことを歓迎します。ただ、オレもここまで長く旅して来て思うが、それは決して快適で楽なばかりとはいえない旅路となるのは間違いないこと……そこでこうしてはどうだろうか。もし子爵殿がこちらへ帰りたいと思ったその時には、特別にそのことを前もって許したいと思います。また、そのような条件であれば、メレアノールさまも少しは安心して過ごされることが出来るように思うが、いかがだろうか?」

 

「お気遣い痛み入ります、ハムレット王子」

 

 メドゥックとメレアノール伯爵夫妻は、ハムレットの前で膝をついて礼をした。声をかけられたエレアガンスに至っては、ほとんど平伏の態となっている。その後ろに控える彼らの家来ともなれば尚更だった。

 

「そんなに恐縮する必要はないのですよ、何より我々の仲ではありませんか」と、ハムレットは優しく言った。彼らは夜ごと開かれる宴において、音楽や劇を楽しみ、そうした時に隣り合い、会話を交わすということが時折あったのである。「むしろ、オレは今激しく感動しているくらいなのですから。ご存知のとおり、オレは父のエリオディアス王について、人から伝え聞く話でしか知りません。簡単にいえば、父代わりとなってくれた修道院の僧たちの愛情は別として、実の肉親としての父の愛を知らずに育ったのです。エレアガンス子爵、そのようなオレからしてみれば、こんなにも親身に心配してくださる両親が揃っているというそれだけで……それがどれほど有難いことかと思うほどなのですから。我々は志しをともにする者としてはすでに友のようなもの、そのようなつもりで子爵殿にはこの旅の仲間の列に加わっていただきたい」

 

「ハムレット王子、なんという有難いお言葉……」

 

 エレアガンスは王子から直に声をかけていただけたことで、感動に震えてすらいるようだった。実は、事はこうしたことだったのである。エレアガンスはメルガレス城砦における市民らの、自分に対する評判をよく知っていた。簡単にいえば「自分の身を着飾ることしか頭にない馬鹿殿」、「親の七光りでリュートを爪弾き、自作の詩を披露するナヨナヨしたヤワな男」……だが、彼は特に怒るでもなくその評価を受け容れていた。馬鹿殿のように見せかけておいて、実は知勇を兼ね備えているといったことは、エレアガンスの場合まったくない。ただ、彼は今までの人生を親の地位と財産によって好きなように生きてきた。また、そのことを両親に心から感謝しても来た。だが、ハムレット王子は彼の理想そのものの人物だったのである。エレアガンスは自分の身を飾ることが大好きだった。だが、残念ながらそこにそれに相応しいだけの美貌が伴っていないと自覚してもいる。そうなのだ――エレアガンスが聖ウルスラ闘技場にて、ハムレット王子を見て雷に打たれたようにビビッと来たというのは実は、(自分もハムレット王子のような存在であったらどんなにいいか)と感じるすべてが、ロールモデルとして憧れるすべてが彼には詰まっていたということなのだ。

 

 つまり、この時点でエレアガンス本人、ハムレット王子、またメレアガンス伯爵夫妻……こうした人々の間では色々な意味で誤解があったといえる。エレアガンスはただ美貌の王子としてのハムレットに憧れ、彼のそば近くにいたいという一念でついていこうというのであり、そのために多少立派なことをこの場で口にしてみた。そして、それを聞いたメレアノールは(見てくれのことばかりしか頭にない馬鹿息子と思っていたけれど、ちゃんと将来のことを考えているのだ)と感動し、その感動は夫であるメドゥックにも伝わった。そして、ハムレット王子以下、彼の仲間たちはみな――この親子のやりとりを聞いていて、(おそらく見た目ほど馬鹿だということはあるまい)と思い、ハムレットが同行を許可するのに心の中で異を唱えた者も、口に出して反対することまではしなかったのである。

 

 だが、エレアガンスは頭カラッポの馬鹿というほどひどくなかったにせよ、ロットバルト州へ移動するという旅の序盤から、タイスやカドール、それにランスロットやキリオンたちにとって……(一体なんなんだコイツは)と感じられるような、不愉快な存在だったのは間違いない。また、ハムレット自身、同行を許可したのが自分であったことから――(仕方ない)と思うところは大きかったものの、それにしてもである。(こんなことならあの時、『命の危険も伴う大変な旅だ。そのような旅は子爵殿には重荷でしょうから、絶対やめにしたほうがいい』とでも言っておけば良かった)と、彼が後悔するのに半月とかからなかったというのは、事実だったのである。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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