(※萩尾望都先生の漫画『残酷な神が支配する』のネタばれ☆を含みますので、閲覧の際は一応ご注意くださいm(_ _)m)。
さて、ローランド家の長兄イアンに、グレッグ殺害疑惑をかけられるジェルミですが、サンドラの日記を読み、彼女が「知っていたのに助けてくれなかった……」と思ったジェルミは、ボート小屋に呼びだしていたイアンに――本当は彼を殺すために呼びだしたのに――「ぼくはもう、グレッグとセックスしたくなかった。だから殺したんだ」と告白し、その後、池に落ちて自殺未遂を起こします。
命の助かったジェルミは、ボート小屋でイアンと、彼が前もって呼んでいた保険調査員のリンドン・エドリンに、グレッグ・ローランドを何故殺そうとしたのか、その理由について順に語りはじめますが……一度は、自分の父親をサディストの性的倒錯者と認めはしたものの、ジェルミの言った彼を打ったというベルトなど、確たる証拠の品が出てこなかったことから、イアンはジェルミの言ったことを一度否認します。
「あれほどの苦しみを、一滴の血も残らぬほど、残酷に絞り取られた生贄の肉塊の存在を――」なかったことにされたどころか、義父にそのような性的妄想を抱いていたのではないかとすら指摘され、再びイアンへの殺意が狂気とともに吹きだすジェルミ。
とりあえず、ずっと逃げられぬよう隠されていたパスポートを再発行してもらえたジェルミは、ボストンへ帰ることに。キャスと一緒に男娼として体を売り、薬をやっているジェルミは、悪いほうへ悪いほうへ一直線に落ちていくばかり……といったように見えます。この時、ジェルミは髪の毛を赤くしていますが、彼にとっての<処罰の檻>があったイギリスを出、これからは別の人間として生きていくつもりだったのかもしれません。また、ジェルミは体に刺青まで入れてるわけではありませんが、彼のように虐待を受けた人の中には、全身、あるいは体中のあちこちに刺青を入れる場合がありますよね。ああした場合はきっと、「そうすることで自分を強くみせたい」とか、「そうしないと相手と対等になれない」といった深層心理が透けて見えるような気がして――胸が痛いようにすら感じます。
もちろん、髪を赤くするくらいなら、まだ全然可愛いものかもしれません。でも、ジェルミのことを可愛がっていた親戚のカレンおばさん一家や、元ガールフレンドのビビが、彼のことをまるきりの別人と感じたように……<処罰の檻>の中で心身ともに細切れにされたジェルミは、以前の「察する良い子」だった頃にはもはや戻ることが出来ませんでした。
ジェルミはイギリスでも、ずっとサンドラにとっての「察する良い子」でした。この頃、ジェルミが15~16歳という年齢だったことを思うと、なおのこと胸を締めつけられるような思いがします。だって、そうですよね。普通、全寮制の学校に入るというだけでも、このくらいの思春期の子にとっては相当なストレスなのに……それのみならず、週末の休暇の時さえ息をするのを忘れた人形のように、ただ自分に課せられた役割として、「本当は義父に性的虐待を受けているのに、そんなことなどまるでないかのように」演技し、「察する良い子」であり続けなくてはならなかったのですから。
これは一読者としてのわたしの想像ですが、ジェルミはいつでも、「こんなの本当の僕じゃない!」と叫びたかったのではないでしょうか。そして、グレッグ・ローランドのような愚劣な男にさえ捕まっていなかったら、こんな汚らしくて醜い男さえいなかったら――自分はあのままサンドラにとっての「察する良い子」、カレンおばさんたちの大好きなジェルミ、ビビにとっての良いボーイフレンドでいることが出来たはずなのに……もうこうなってしまった以上、すべて目茶苦茶になってしまった以上、元の健全な正気の世界へは戻れません。
それにしても、ジェルミは本当に優しい子ですね。キャスと一緒に、廃人同然のボンボンという子の面倒を見ようとしたり、キャスのことも麻薬中毒からどうにか立ち直らせようとしたり……これはテレビで聞いたことですが、麻薬は薬の効いている間は、「完全に嫌なことを忘れられ」、「100%完璧な幸福」が手に入るそうです。ただそのかわり、切れた瞬間がその二倍も三倍も地獄だと。そしてこのサイクルを繰り返すうちに――もしまわりに誰も助けの手を差し伸べてくれる人がいなかったら、人はボンボンのようになるしかないのかもしれません。
ただ、ジェルミにはこの助けの手を差し伸べてくれる人がいました。その後、ベルトや仮面やジェルミの首を絞めていたという紐や、さらには動かぬ証拠といえる、ジェルミの背中を打っていた写真が出てきたことで……イアンがボストンまで、ある意味自分の罪の償いのために、ジェルミを更生させようとやって来ます。
イアンに自分のあれほどの苦しみを「なかったこと」にされたジェルミは、そう簡単にイアンに心を開こうとしませんが、落ちるところまで落ちつつあったジェルミは――キャスを麻薬の更生施設へ送りだしてのち、イアンの説得に応じて、再びロンドンほうへ戻ることに同意します。
このあたり、ちょっと不思議にも感じられますよね。あんなことのあった場所へ、何故ジェルミは再び戻ってもいいと思えたのか……この時、サンドラが「愛してるわ」と言って出てきますが、ジェルミは彼女が自分を許しているはずがないと強固に思い込んでいるため、自分の母親の語る言葉が信じられません。この文庫版第6巻の、P104~106のページは、非常に重要です。このことは、最終巻である第10巻の最後のほうまで読み終わらないと、どう重要なのかピンと来ませんが、そちらから逆算していうとすれば、サンドラはこの時すでにジェルミを赦しています。この時以前にもサンドラは何度も自分の愛しい息子にそう語りかけているはずですが、ジェルミは自分の犯した罪が赦されるはずなどない、そう思い込んでいるため、サンドラのこの「愛している(赦している)」という言葉よりも――彼を罰しようとしつこく何度も現れる、グレッグの言葉のほうを容易く信じてしまうのです。
このグレッグの呪いのようなしつこい出現を断ち切り、ジェルミにサンドラの「愛している(赦している)」という言葉が本当の本当にそうなのだと信じさせるには、どうしたらいいのでしょうか?またこのことは、ジェルミがこの地上に生きる限り、アメリカにいようとイギリスにいようと、その他環境を変えるべく日本へ逃げようとアフリカへ行こうと――地球上のどんな名前の国へ行っても、同じように追ってくるジェルミの心の中の<処罰の檻>です。
言うまでもなく、ジェルミの罪は、すでに地上のどんなに優れた裁判官にも裁けない種類と性質のものとなっています。細工した車は欠陥車であるとしてリコールされてしまいましたし、今は自分の父親の罪を知ったイアンも、ジェルミのことを助けようとしこそすれ、実の息子の彼ですら義理の弟を罰しようとは考えていません。
けれど、ジェルミのことを誰も、グレッグが死んだのちも彼の心の中に存在し続ける<処罰の檻>から解放することが出来ません。それを出来るとすれば、ジェルミ本人だけです。また、このように自分で自分に罰を与えたくなくても与え続けざるをえない人間のことを、一体誰が救いうるのでしょうか?
わたしも、最初に読んだ時、「どうやってジェルミは救われるのだろうか?」、「救われうるのだろうか?」と、とても心配だったのですが、彼の心が少しずつ快復してゆく描写は、本当に見事だったと思います……!
ではでは、そこに辿り着くまで、もう少しかかってしまいそうですが、なるべく急がず、順になるべくストーリーに沿って、色々書いていきたいと思いますm(_ _)m
それではまた~!!