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son59の海外旅行記

もっと遠くまで行きたい

201507ロシア・カレリア旅行 感想

2015年11月08日 | 201507ロシア・カレリア地方
 長年行きたかったロシアへようやく行くことができた。カレリア地方の緑豊かな大地と素朴な暮らし、そしてサンクトペテルブルグの華やかな宮廷文化を見て回った。どちらも味わい深いもので楽しく旅ができた。久々のヨーロッパということも影響してるかもしれない。











 ホテル。金額的に高いのはヨーロッパだからか。どこもお湯が出て快適。厄介なのはホテル探し。ロシアにはホテル街という概念がないのか、安宿が一箇所に集まっているという感じはなくガイド本を見てもポツポツと街内に点在している印象。
 一つ勘違いしてたのはレギについて。レギが必要なのは7営業日以上の滞在のみ(2015年7月現在)。過去にウズベキスタンを訪れたときは、毎晩レギをもらっていた(2012年当時)ので、今回の旅も同じように毎晩もらう必要あるのかと思っていた。これを知らなかったので毎ホテルチェックアウト時に焦った。
 食事。西欧料理に近くて普通に美味しい。ロシアの旅は忙しく楽しすぎて食事をちゃんと3食食べた日は少なく残念。妙に魚が多くビーフが少なかったのはなぜだろう。食費は日本と同じくらいか。
 人は予想以上に親切だった。無愛想でサービス精神は豊かではないが話しかけたり頼ったりすると親切な方が多く助かった。特にソロベツキー島に連れてってくれたご家族には本当に感謝しています。ありがとうございました。街を歩いてる人の英語力は、リスニングは理解できるがスピーキングは苦手な感じ。もっとガンガン話しかけてみればよかった。
 ちょっと注意が必要なのは女性。言い寄ってくる女性のことではない。荷物持ってあげたりなど女性に対する心遣いが必要と感じた場面が幾度もあった。普段からこういうことをする機会がない方は要注意。
 移動。長い移動が数回あったが、丸一日移動ということはなく、夜行電車などで時間を有効に使うことができた。そのぶん移動費が高いのは先進国だから仕方なしか。
 両替。01日目の旅行記に書いたとおり、表記がすべてロシア語のATMがあり要注意。スーパーやちょっといいレストランなどどこでもカードは使えるし、ATMはたくさん見た(ロシア語表記かは分からない)のでカードさえあれば金欠になることはないだろう。
 街。車は右車線。ヨーロッパとソ連風の建物が多い町並みは美しかった。街を少しはなれると緑が豊富なのは素晴らしい。困ったのがキリル文字。最後までキリル文字の看板は読めず、何の店かは入ってみるまで分からなかった。意外なものも多く街歩きはかなり楽しかった。



 見所。カレリア地方の自然豊かな大地、サンクトペテルベルクやノブゴロドの町並みなど個性豊かな町が多かった。もっと北上して白夜を体験したかった。
 天候。真夏の日本のうだるような暑さから逃れることができて快適だった。避暑というかバカンスする人の気持ちがよく分かった。注意点は雨。一時的に雨が降る時間帯があり雨具が手放せない。ロシア人は意外と折りたたみの傘を持っていた。雨は多いものの妙に乾燥していて乾燥肌の自分はつらかった。
 その他。2018年のサッカーワールドカップはロシア開催である。街中には旗があったりと、今から盛り上がってるように感じた。これだけ涼しければいい試合が期待できそうで今から楽しみだ。



 まとめ。とにかくハラーショな素敵な旅となった。次は今回行かなかったモスクワや何かありそうな奥地を旅してみたい。いい予行演習になったかと思う。

10日目 サンクトペテルベルク空港~モスクワ~ドバイ~羽田空港~自宅

2015年11月08日 | 201507ロシア・カレリア地方
 この日はサンクトペテルベルク空港からドバイ空港を経由して日本へ帰国した。
 ギリギリのタイミングでサンクトペテルベルク空港へ到着しチェックイン。チェックインカウンターでパスポートとチケットを見せると、係員がパスポートのビザを確認し別の係員に問い合わせをしている。なんか様子が変な感じ。どうしたんだ? そこで係員から意外な言葉が。
「予定していた機材と別の小さな機材を使うことになってオーバーブッキングになってしまった。キミはドバイでの乗り継ぎ時間が長い(8時間)。申し訳ないがモスクワ経由でドバイへ飛んでくれないか? モスクワ経由でもドバイ発羽田行きの便には間に合うから日本到着の時間は変わらない」
 モスクワ経由? 半信半疑で本当にドバイ発東京行きの便に間に合うか確認する。サンクトペテルベルクからモスクワはエアロフロート、モスクワからドバイはエミレーツ航空とのことだった。飛行機の時間を確認すると、確かに東京行きの時間は間に合うな…。
 ここで冷静になって考えてみた。エミレーツ航空はドバイでの乗継時間が8時間と長い自分をターゲットとしていたのは明白でこの点はむかついた。もともとドバイでの乗継8時間は深夜で町に出てもつまらなそうだから空港で待つ予定だった。モスクワ経由は手間がかかるが、モスクワ経由でも時間の使い方的には同じだろう。そもそもついさっきまでは「乗り遅れる!ロシア出国どうしよう」と焦っていた。ちゃんとロシアを離陸できるならいいかという気分だったし、そもそもごねたところでドバイ行きの飛行機に座席はないだろう。観念してモスクワ経由をOKするしかなかった。
 ドバイ便に乗れなかったのは自分も含めて10人くらい。少人数のグループに別れてモスクワ行きの国内線に振り分けられてゆく。他の乗客が次々と去ってゆき、最後まで一人でチケットが手配されるのを待つのはかなり心細かった。係員がちゃんとやってくれればいいが、ここはロシア。どこか遊びに行っちゃうんじゃないかと心配だった。しばらく待って1番最後にモスクワ経由のチケットを受け取ってようやく安堵した。モスクワへはS7かエアロフロートで飛ぶようだが、自分は20時発のエアロフロートだった。どうせならまだ乗ったことがないS7がよかった。痛かったのがモスクワ発ドバイ行きとドバイ発東京行きのボーディングパスが発券されなかったこと。モスクワでゲットしろとたらい回しにされてしまった。
 エミレーツの係員とモスクワ行きエアロフロートのカウンターへ向かいモスクワ行きのチェックインを済ました。参考にならないだろうと思いつつもモスクワ空港の様子を聞いてお礼を言ってエミレーツの職員と別れた。



 サンクトペテルベルクの空港内をぶらつくが見所がなく早々とセキュリティを通過しゲートへ向かった。フライトは20時。時間的にはだいぶ余裕がある。しかし国内線ターミナルのフライトのほとんどはモスクワ行きで搭乗便がどの飛行機か紛らわしい。乗り遅れると悲劇なのでゲート前でしっかり待機した。
 モスクワ行きエアロフロート搭乗。私事だがエアロフロートは2度目である。過去に乗ったときもテクノロジープロブラムとやらで予定していた飛行機に乗れなくなり、代替フライトがエアロフロートだった。トラブルのときの代替航空会社として縁の深さを感じる航空会社である。
 モスクワ行き飛行機に乗りやっと緊張が解けた。気が張って疲れ果てたせいか機内ではすぐに寝てしまい機内を細かく観察しなかった。到着前に水とサンドイッチが機内食で出てきたのはありがたかった。

 1時間ほどのフライトでモスクワ空港到着。いったん出口から出て、ボーディングパスをゲットするためエミレーツのチェックインカウンター前の行列に並ぶ。なんて長い列だ…。モスクワの空港は混んでいて時間的にゆとりが必要そうだ。

 30minほど待ってようやくチェックインというかボーディングパスゲット。しかしここでもドバイ発東京行きのボーディングパスはドバイでゲットしろとたらい回しされてしまった。まったく面倒くさい。エミレーツとはいえ国はロシアだなと痛感した。
 モスクワ空港は混んでたので早々と出国手続きへ向かった。緊張の瞬間である。そもそもモスクワ来る予定なんて無かった。厄介なことにならなければいいが…。
 出国手続きはちょっと入念という感じだった。質問は何もなく、パスポートを二度チェックしたり、メガネ外したりと。レギに関しては何もなかった。しばらくして出国スタンプが押され安堵した。
 モスクワ経由だったことに関しては、ただめんどくさいだけだった。モスクワ空港を見れてよかったと前向きに考えるしかない。
 ドバイ行き飛行機に搭乗。時間的には深夜なのでひたすら寝た。機内食はビーフだったが味は全く覚えてない。

 ドバイ到着。乗継カウンターでようやくドバイ発東京行きのボーディングパスゲット。この乗継カウンターも早朝だからかやる気なさそうだった。
 ドバイでの乗り継ぎは2時間弱。エミレーツのモスクワアウトは乗り継ぎがよい、と妙な点に感心した。空港内を適当にブラブラして羽田行き飛行機搭乗。満席に近い混み具合だった。
 フライト中は寝たり日記を書いて時間を潰した。機内食はロシアで散々魚を食べたにも拘らず魚料理連投。おやつにカップラーメンを注文してみた。見たことない微妙なしょうゆ味のカップ麺だった。ドバイのか?と聞いてみたら、タイのものらしい。味は微妙…日本のカップ麺が一番だね。



 予定通り夜23:00に羽田空港到着。それにしても日本は暑い。涼しい場所の後なので余計にそう感じる。フランス人がバカンスに行く理由がよく分かった。

09日目 サンクトペテルベルク散策~サンクトペテルベルク空港

2015年11月08日 | 201507ロシア・カレリア地方
 この日は血の上の救世主教会を見学し運河沿いを散策して空港へ移動し帰国の途に着いた。
 チェックアウトしホテルに荷物を預けて血の上の救世主教会へ。建物は何回も見ているが中に入るのは初めて。撮り貯めた血の上の救世主教会外観写真。朝も昼も夕方も、どの時間帯でも美しい。

 







 1907年完成と内部は新しいだけあってモザイクや壁画が美しい。完全に観光客向けで地元の人がいないがこれは仕方なしか。納得するまでゆっくり見て回った。








 血の上の救世主教会を去るときはさすがに悲しかった。これを見たくてロシアにやってきたのだ。また来れるといいが・・・何度も振り返って別れを惜しんだ。



 続いて運河沿いを散策。血の上の救世主教会、エカテリーナ宮殿など見所たくさんなサンクトペテルベルクだが、運河と西洋風の建物の風景がとにかく美しくて印象に残っている。







 運河沿いを歩いていたらマリインスキー劇場の近くまでやってきた。この近くの賑わっているカフェで昼食を食べてホテルへ引き返すことに。
 ホテルへ戻る前にスーパーでお土産用を購入。ホテルに戻りお土産詰めてたら時間かかってしまった。予定より30min近く遅れてしまいダッシュで空港へ。
 空港への移動にタクシー使うかさすがに迷ったが、地下鉄とバスで移動。思えば今回の旅は遅刻スレスレのことが何度かあったが、最後の遅刻厳禁のところも遅刻ギリギリ。全く懲りてない…。
 前日のエカテリーナ宮殿の帰りにモスコフスカヤ駅で空港行きバス乗場の下見したにもかかわらずバス乗場が微妙に違い焦った。空港行きバス39に乗車後は、早く着いてくれとロシア正教の神様に祈った。
 サンクトペテルベルク空港に到着。フライトの90min前だった。ダッシュでエミレーツ航空のカウンターに向かうとカウンター前に列ができていた。なんとか間に合ったと一安心。時間がかかると悪評高い出国審査があるので急がねば! しかしこの後、予想してなかったことが起こるのだった。

08日目 エカテリーナ宮殿とサンクトペテルベルク散策

2015年11月08日 | 201507ロシア・カレリア地方
 この日はエカテリーナ宮殿を見学し、エカテリーナ宮殿前後に街を散策した。
 エカテリーナ宮殿は12:00からと開くのが遅い。エカテリーナ宮殿の前に町を散策しよう、と向かったのはマリインスキー劇場。あいにく古い劇場は改装中だった。バレーを見たい気分もあったが、普段から芸術に縁がない人間なので今回は観劇を見送った。そもそも開演時間の19時はまだ明るい時間で街を散策したいから、と断念したが劇場まで来ると見ればよかったかなーと残念になる。



 マリインスキー劇場から少し離れた場所に金色の屋根が見えたので行ってみた。地図にはニコライ聖堂と書いてあるが、ガイド本に説明なしで詳細は不明。団体もいて割と有名な聖堂のようだ。建物の外壁の水色がきれいだった。建物の内装は白、緑、金をあわせた装飾で落ち着いてる感じ。富を象徴するような派手な内装とは異なる少し落ち着く庶民的な聖堂だった。



 続いてイサック聖堂へ。大理石、壁画、ゴールドの装飾や像が素晴らしい聖堂だった。壮大なスケール。ドームの上に上ることもできるが、時間がないので登りはなし。











 イサック聖堂を見学し、いい時間になったのでエカテリーナ宮殿へ移動。地下鉄でモスコフスカヤ駅へ。空港行きのバスもこの駅から出発するので旅行者にはお馴染みとなる地下鉄駅だ。今回の目的地であるエカテリーナ宮殿へのバス乗場は、写真のような場所で、レーニン像の後ろあたり。ミニバスで行くことになる。



 エカテリーナ宮殿まではミニバスで 30minほどだった。バスを降りて宮殿へ向かうと遠くからでも大行列ができているのが分かる。チケットをオンラインで買って正解だった。奥の入口でチケットを引き換える。このときパスポートが必要だった。サンクトペテルベルクではスリ対策のためパスポートは持ち歩かなくてよいというルールらしいが、オンラインでチケットを購入するとエカテリーナもエルミタージュもパスポートによる身分確認が必要になるので結局は持ち歩くことになる。ちなみにスマホでID写真を見せてる観光客もいたが、これは正式ルールなのか?
 まずは内部に入る前に正面から宮殿を眺める。外壁の水色が美しい。そして宮殿を支える彫像、水色宮殿は珍しいのではないか。







 荷物をクロークに預けて宮殿を見学。個人で回る場合は自分のペースでゆっくり見ることができる。団体の人が早々と次の部屋に進むのを横目で見ながらゆっくりと豪華な彫像品を見て回った。まずは大広間。言葉の通り大広間で、広い天井全面に天井画が描かれている。そして大広間の壁全面や入口には金ぴかの装飾が。目がくらむ…。自分は数時間だけだが、ここに何年もいたらどうなってしまうんだろう。









 続く部屋も、基本的に金ピカの部屋に天井に壁画が描かれていて、豪華な家具がある。暖炉が多いのは寒さ対策だろうか。



 有名な琥珀の間。琥珀の凹凸と濃薄で模様を作っていた。よくこんなことを思いつき実行したものだ。この部屋だけは写真撮影禁止。それにしてもどの部屋も豪華すぎてクラクラしてしまう。エカテリーナ宮殿自体はエルミタージュよりも規模は小さいがそのぶん豪華さが濃縮されている。

 宮殿を出ると、エカテリーナ庭園。裏庭という感じか。エルミタージュなどを見学し湖をノンビリ一周。緑が豊かで気持ちいい。明日は帰国だが、その前にのんびりと過ごせて気持ちよかった。











 往路と逆の方法で市内に戻りスモーリヌイ修道院へ。スモーリヌイ修道院は最寄のメトロ駅から30分と遠かったが、途中の公園ではヨガやランニングしてる人、子連れで散歩してる人などがいる。金曜夕方で天気も良いためだろう。公園の後はソ連時代の影響が強い建物が続き、その前でスケボーをしているアンチャンがいた。これがサンクトペテルベルクの日常なのだろう。







 ようやく見えてきたスモーリヌイ修道院は修復中で骨組が見える。上のほうは色褪せていた。中はコンサートが行われていたので内部を見学することはできず。さすがに残念。
 街中まで歩いて帰ることに。大通りをテクテクと歩くのはさすがに疲れた。ネフスキー通りにでてエリミタージュのほうへ歩いてゆく。夕暮れ時の街中は昼間と違う雰囲気で美しい町並みが見れた。
 ブラブラしてると23時くらいと遅くなってしまった。夕食のためレストランを探すがキッチンは終了と食事できず。仕方なくチェーン店にした。ロシアの旅は楽しすぎて忙しい。食事をちゃんと3食食べた日はなかったのではないか。

07日目 エルミタージュ美術館とサンクトペテルベルク散策

2015年11月08日 | 201507ロシア・カレリア地方
 この日はエルミタージュ美術館を見学し、見学の前後に街を散策した。
 エルミタージュの開館時間は10:30から18:00まで。もっと伸ばしてくれるとじっくり見れるんだが。
 開館時間前はカザン聖堂へ向かった。外観は回廊が横に長く大きな建物。聖堂というより議事堂に近いようにも感じた。内部の装飾は細かくて鮮やかというより、大理石を使った重厚な作りでごついというか力強い内装だった。外観と内装ともに、ヨーロッパの聖堂と比べると「聖堂」らしさがない。調べたところ建設当時の1818年ごろは古代ギリシャやローマ時代の復古を取り入れた様式が流行っていてこのような外観になったようだ。地元の人より観光客が多い。また中は撮影禁止で写真が撮れないのが残念。







 開館時間が近づいたのでエルミタージュ美術館へ。エルミタージュ美術館の起源はエカテリーナ2世が1775年に建てた自身専用の美術品展示室が元となっている。
 オンラインで買ったチケットを持っていたので入館はスムーズ。大行列ができていたのでオンラインで購入して正解だった。クロークに荷物を預け美術館に入る。もともと宮殿なので入口の大使の階段からすごい内装だった。



 入ってすぐに現代建築のエグジビジョンがあった。最近はこういう現代建築を久しく訪れていない。一つ見たことあるような模型があって、どこかなと見てみたら2015年7月現在揉めているザハ・ハディド氏設計の新国立競技場の模型だった。一体どうなるんだ、国立競技場…。ロシアで現実に引き戻された瞬間であった。残念ながらエグジビジョンでは撮影禁止で写真はない。
 奥に進むと、内装が豪華な部屋、絵画のみを飾った地味な部屋などいろんな部屋があって次の部屋が楽しみになる。印象に残ったのは1812年祖国戦争の画廊。将軍の肖像画だらけの間というのは珍しいのではないか。どの部屋も撮影可なので、じっくり写真を撮りながら進んだ。























 最初はスペイン絵画など宗教画を見ていたが実は大して興味がない。自分はなんとでも解釈可能な現代絵画が好きなのだ。展示場所を探すがさらに興味がない日本画や中国美術、古代エジプトのミイラなどの展示室に入ってしまい時間を食ってしまった。ようやく見つけたが、なんと別の建物で展示中とのことだった。展示場所は写真の通りだった。

 閉館時間が迫っていたので急いで移動した。駆け足で見るしかなかったのは残念。モネ、ピカソやマティスの作品がいくつも展示されていた。マティスは始めて見たはずで、独特な世界観が印象に残った。







 閉館時間になってしまった。現代画をじっくり見たかったなという残念な気持ちと1日で3年分くらいの絵画を見たのでお腹いっぱいという気分との半々。

 エルミタージュ美術館を出てさてどこへ行こうか、と迷う矢先に強い雨が降り始めた。どうもこの時期のロシアは一時的な雨が多いようだ。エルミタージュ美術館見学で昼ごはん抜きだったのでまずはおやつにドーナッツ。このドーナッツは安くて美味だった。
 まずは血の上の救世主教会。中を見学しようとしたが夕方は入場料アップするのが気に食わなくて外観だけ。あとはアテもなく街をさまよった。芸術家広場、ロシア美術館、マルスの原、夏の庭園を立て続けに見て回る。そしてネフスキー通りに戻ってアレクサンドリー劇場と建築家ロッジ通り。建築家ロッジ通りは同じ建物が並んでるだけでいまひとつ。それにしてもエルミタージュの後によく歩いたものだ…。







 この日もサンクトベテルベルグ散策を十分楽しむことができた。夕食食べて就寝。爆睡だった。

06日目 ノブゴロド~サンクトペテルベルグ

2015年10月15日 | 201507ロシア・カレリア地方
 この日は午前中ノブゴロドを散策、午後はサンクトペテルベルグに移動しサンクトペテルベルグを散策した。
 朝からノブゴロドの街を散策。しかし雨が降り出した。まだ見ていないソフィア大聖堂の見学へ。早朝で人が少なく雰囲気がよかったが、外が雨のためか暗すぎた。ヨーロッパの聖堂内部とは趣が異なるのでちょっと調べてみた。
 まずは大聖堂の定義だが、
 ロシアの大聖堂:街や修道院の中の大きい主要な聖堂を指す
 カトリック教会:司教座聖堂(カテドラル)のことを指す。祭壇の内陣中央に設けられる司教が座るための椅子すなわち司教座(ラテン語で cathedra)を持つ聖堂(教会堂)のことであり、司教が長を務める聖堂である。
 プロテスタント:一部例外を除き主教が存在しない。従って主教座聖堂も存在しない。大型の聖堂に「大聖堂」の呼称が用いられる傾向がある。
 と宗教によって大聖堂の意味が異なり、これが中の様子にも影響しているのだろう。これ以上細かい話は難しすぎて分からなかったので割愛するが、カトリック教会的な大聖堂と同じものと考えない方がいいだろう。



 ホテルに戻りチェックアウト。バスターミナルへ向かう。
 バスターミナルで切符購入。ここも英語は通じないが慣れたもんであっさり買えた。ノブゴロドからサンクトペテルベルグへのバスの時刻表は写真の通り。Tpとはtransitのことで、各駅停車のようなバスらしい。tpと書かれてないバスを選んだ。数字の意味は謎。

 サンクトペテルベルグ行きのバスに乗車。車内が暑かったのは往路と同じ。窓開けてくれ。
 15時過ぎサンクトペテルベルグ到着。3度目のサンクトペテルベルグ。メトロで移動しホテルへ。サンクトペテルベルグの宿は利便性を考慮し街の中心部に予約した。めっちゃ快適な宿で、スタッフも親切だった。
 時間的には夕方だが明るい時間は長いのでペトロパヴロフスク要塞へ向かうことに。ペトロパヴロフスク要塞到着時には残念ながら雨が降り始めた。



 ペトロパヴロフスク聖堂には歴代の皇帝が埋葬されている。エカテリーナ二世のお墓は入口入って右奥にあった。自分とエカテリーナ二世には少なからず因縁がある。学生時代に自分はなぜかエカテリーナ二世についてレポートを書いたことがある。当時はまだインターネットがなかった時代で、誰だよエカテリーナとぼやきながら図書館で調べた記憶がある。そのときはエカテリーナ二世のお墓や遺産を訪れるなんて思いもしなかったが、何の因果か自分はエカテリーナ二世のお墓の前に立っている。なんとも不思議な感じがした。ちなみにレポートの中身は20年以上前の話である、全く覚えていないのが残念である。



 続いてペトロパヴロフスク要塞を一周。城壁の上に上ることもできるが、城壁の外側を回ることができるので景色的には大差ないはず。天気がよければエルミタージュ宮殿や建造物がきれいに見えただろう。城壁自体は修復したからだろうか、きれいなコンクリートを積み上げた感じで、ソロベツキーやノブゴロドの城壁とは異なる上品な感じがした。



 これでペトロパヴロフスク要塞見学終了。この要塞の近くにイスラム教のモスクがあるとのことで、興味があって見に行ってみた。モスクは修復中だったが、タイルの色はきれいなペルシャンブルーに近い色だ。いつごろ建てられたのだろう? この地にはイスラム教がいまひとつ普及しなかったがそれはどうしてだろう?なんてことを考えてしまった。ウズベキスタンあたりはイスラムだが、おそらくシルクロード上で人の往来があったから宗教も普及しやすかったのだろう。モスクワやサンクトペテルベルグのほうはシルクロード的なものがなかったからではないか。



 さてペトロパヴロフスク要塞地域はこれで終了。天気は小回復したしまだ明るいので、距離はあるがホテルまで歩いてみることにした。ペトロザヴォーツクパヴロフスク要塞を西に進み、ヴァシリエフスキー島の岬を経由しネフスキーに戻ってみよう。
 途中に大きな帆船があった。帆船の中はスポーツジムになっていて筋トレやランニングマシーンをしている人が見えた。船からはペトロザヴォーツクパヴロフスク聖堂や対岸にエルミタージュ美術館が見えるだろう。なんてオシャレなスポーツジムなんだ、と羨ましくなった。

 証券取引所橋からの景色も素晴らしい。左手にペトロザパヴロフスク聖堂、右手にエルミタージュ。なんて贅沢な景色。



 最後にエルミタージュ美術館前の広場にやってきた。それにしても大きな美術館、明日はこの中を歩き回る予定だ。
 ヨーロッパはかなり久々だがアジアとは異なる楽しさがある。雰囲気ある西洋風建物、運河、そして暖かい人々、美味しい料理。ヨーロッパってこんなに楽しかったっけと大満足なサンクトペテルベルグ散策であった。

05日目 サンクトペテルベルグ行き夜行列車~ノブゴロド

2015年10月14日 | 201507ロシア・カレリア地方
 この日はサンクトペテルベルグを経由しノブゴロドへ移動し、ノブゴロドの町を散策した。
 サンクトペテルベルグ行き夜行列車は定刻どおりラドーガ駅に到着した。ラドーガ駅からバスターミナル経由でノブゴロドへ移動した。
 バスターミナルに到着はバス出発の直前でかなり急いでバスのチケットを購入した。バス代は370RUB、荷物代は運転手に50RUBだった。ノブゴロド行きのバスはオンボロでかなり暑くてうんざりした。冷房は効かないし窓を開けないのだからたまったものではない。

 ノブゴロドまでは3時間ほど。ノブゴロドのバスターミナルは駅のすぐ隣だった。到着してまずはホテル探し。Hostel cruise bolshaya yelという歩き方に載っているユースホステルで基本的には地図どおりだった。建物にホテルの表示は無いので、事前に建物写真を見てチェックした方がいいかもしれない。
 まずはホテルで休憩したがそこでちょっとした事件が。枕を移動したらなぜか枕の中に縫い針がありそれが指に刺さったのだった。出血は微々たる物だったが、全く訳がわからない。もし寝てるときに刺さったらと考えると恐ろしい。怖くて掛け布団も使えずこの夜はダウンジャケットを着て寝た。
 お昼時なので観光前に食事。歩き方に書いてあるレストランへ行ってみた。英語のメニューを見てると、地元の人が「これは高い。安いランチメニューがあるからこちらにしたら」とロシア語と英語で勧めてくれた。そのランチメニューはロシア語で何が出てくるか分からなかったが前菜、スープとメインで180RUBとお得なメニューだった。スープはアルコールみたいに発酵された冷えたスープで正直苦手な味。ボルシチといいロシアには不思議なスープが多い。





 食事後はクレムリンを通過し河を渡ったところに点在する教会巡り。ロシア正教の教会は独自のもので面白い。白い外壁に半球状の丸い屋根が特徴的。イリイナー通りのスパサ・プレオブラジェーニヤ教会に行ってみたが休館日。他の教会も残念ながら鍵がかかっているか入場料をとるので内部を見ることはしなかった。









 クレムリンに戻りまずは城壁を歩くことに。チケットは鐘楼のところで買えるのだが、場所が分からずクレムリンをさまよってしまった。100RUB。城壁はソロベツキーのように屈強な城壁で、城壁の外側は堀が掘られていた。ちなみに駅側の城壁は修復中で一周はできない。



 続いてコクーイ塔。100RUB。ここからはノブゴロドの街を一望できる。塔自体は大して高くない。まずはクレムリン内部とソフィア大聖堂を眺める。そして街内や遠くの景色を楽しんだ。遠くのほうまで緑が多く平ら。遠くにポツリと修道院が見える。郊外にある世界遺産のユーリエフ修道院で時間もあるし気になったので行ってみることにした。



 この修道院、バス7番で20RUBだったかな。車掌さんに修道院近くのバス停を、同じバス停で下車した高校生くらいのきれいなロシア人に修道院まで案内してもらった。スパシーバ!
 入口右手の教会では夕方のお祈りの時間なのか儀式が行われていた。祈っている男女が印象に残った。ちなみにロシア正教では男女ともに儀式に参加できる。一番の目的だったゲオルギー聖堂内部のフレスコ画は建物が修復中だからかみることができず。かなり期待してきたのに残念。入口左手の屋根に星が描かれてる建物が気になったが、中に入ることはできず。消化不良のユーリエフ修道院見学となってしまった。



 修道院見学は終了した。修道院の前を歩いている地元の人についていくとヴォルホフ川沿いに出た。ここではキャンプしたり釣りしたり、ボートに乗ったり、ノンビリ過ごしてる人が多い。こういうのは見てて和む。



 バスで街に戻り今度は夕暮れ時のクレムリンの城壁の回りを一周。川沿いは砂浜になっていてビーチバレーをしてる人がいる。ランニングや散歩をしてる人もいる。夕暮れ時もなかなか絵になるノヴゴロドのクレムリンと周りの風景だった。



 この街はとにかく居心地がよかった。見所は歩いて見れる範囲に収まっているので一泊で十分。人は親切だし食事は美味しい。かなり満足なノブゴロド観光であった。

04日目 ペトロザヴォーツク行き夜行列車~キジ島~サンクトペテルベルク行き夜行列車

2015年10月14日 | 201507ロシア・カレリア地方
 この日は夜行電車でペトロザヴォーツクへ移動し、キジ島ツアーに参加した。そしてサンクトペテルベルク行き夜行列車に乗車した。
 到着1時間前くらいには目が覚めた。ムルマンスクの貴婦人のような方が同コンパートメントだったが、寝てるので静かに準備をする。しばらくすると貴婦人は起きてきて、朝食を分けてくれたりと親切にしてくれた。言葉が通じず会話できず残念。
 ペトロザヴォーツク到着。まずは駅のロッカーに荷物預けてカレリアホテルへ。ペトロザヴォーツクはきれいで大きな建物が多く、寿司屋やファストフード店がいくつもあり都会だなと感じた。それもそのはずカレリア共和国の首都なのだ。

 カレリアホテルへは駅正面の道を真っ直ぐ進めばよかったのだが道を間違えてしまった。誤りに気づき駅に戻るとキジ島ツアーの時間が迫ってるではないか。かなり急いでカレリアホテルへ。予約してたのは11:30のツアーだが、カレリアホテルについたのは11:00過ぎ、支払いなどを済ませて船着場に到着したのは11:20くらいとギリギリだった。
 キジ島への船に乗船。デッキに出ることはできない。
 キジ島に近づくと緑の島がいくつも見えてきた。なかなか雰囲気があるではないか。そして写真で見たことがある教会が見えてきた。これが長年憧れ続けたキジ島、やっとくることができた、と感動した。

 島の滞在時間は3時間くらい。早速教会へ向かう。キジ島の教会は残念ながら修復中。修復してることは知ってたがやはり残念。中央付近を修復していてその部分が中空になっていた。まるで2段ロケットの1段目が切り離されたようだった。なんとか修復中であることが目立たないよう写真を撮る。それにしても屋根の形状、釘を使わない建造物は素晴らしい。この屋根瓦は白樺の木を斧で切り出し、斧で削り形を整えるという完全な手作業である。気が遠くなるような時間がかかるんだろうな。

 教会の周りの木造の家々を見て回る。家屋はシンプルな作りだが窓の部分などデコレーションが凝っている。そして岸辺からは対岸の緑豊かな島が見えた。

 一方で鐘鳴らしは時刻に関係なく鳴らしまくってる。屋根瓦作製の実演などテーマパーク化されてるようにも感じた。

 島の北のほうも見たかったが時間的に厳しそうなので島の南の方をじっくりもう一周した。ゆったりしすぎて帰りのフェリーに慌てて戻った。
 ペトロザヴォーツクに戻り、船で一緒だった旅行者とペトロザヴォーツクを散策。同じサンクトペテルベルグ行き夜行電車を予約していたので電車までご一緒させていただいた。船着場近くの遊園地を散策して観覧車に乗ったり、ロシアの筋トレマシーンで遊んだりとレアな時間を過ごさせていただいた。夕食はカレリア料理のレストランで魚料理。

 駅で荷物を回収してサンクトペテルベルク行き夜行電車に乗車。この日のコンパートメントは男4人と野郎の集まりとなった。なんか暑くなりそうだな、と思いながら就寝した。

03日目 ソロベツキー島~ペトロザヴォーツク行き夜行列車

2015年10月13日 | 201507ロシア・カレリア地方
 この日は夕方までソロベツキー島を散策して、ケミに戻りペトロザヴォーツク行き夜行列車に乗車した。
 ソロベツキーで日出を見る予定だったが目を覚ますとすでに明るい。さすがに残念な気持ちになったが散策に出かける。まずは修道院を見渡すことができるポイントへ向かうが、風景的に昨日と変わらずただ寒いだけだったので、とりあえず散策することに。

 村の家々を見て回るが、色がカラフルだし庭の植物がきれい。緑も多くなんとも素朴な雰囲気で歩くのが楽しかった。

 時間になったのでまずはチェックアウト。レギをもらう。後に分かったがレギが必要なのは7営業日以上滞在するときのみで今回の旅のように数泊で転々とする場合は不要のようだ。
 島が一望できると聞いていたSekirnaya hillへ向かった。レンタサイクルもあったがじっくり植物を見て歩きたかったので徒歩。道は森の中の一本道でところどころに湖があった。単調で途中で飽きてしまった。バスくらいあるかなという考えは甘かった。

 このSekirnaya hillまでは片道3時間と長かった。丘の上にある修道院へ。ここから島の景色が一望できるということだったが、南側は木々に隠れて見えず、島の北側しか見れなかった。島の北側は地平線まで緑で覆われてていて、その先が白海の青。これがカレリアなのだろう。

 しばらくして引き返すことに。帰りの道も同じ道でその点はつまらない。ようやく街に戻ってきた。コーラでお祝いと行きたいがあいにくスーパーにコーラはなく、オレンジジュース。
 さすがにお腹がすいた。ソロベツキーを去る前に食事をしようということで、前日に見つけた食堂で食事。メニューはロシア語のみで分からない。仕方なく他人が食べてるのを指差して注文。ビビったのは隣のテーブルで昨日絡んできた酔っ払いたちがビールを飲んでたこと。ハロー、トーキョー!なんて声をかけられる。ビール飲もうぜと誘われたが普通に断る。今日は食堂で周りに人がいるので安心だが、さすがに焦ったし落ち着かない気分になり早々と店を出た。
 19:00のフェリーが迫ってきた。最後に修道院を一周してお別れ。素朴で緑豊かで素敵な島だった。今度はテント持参でキャンプもよさそうだし、自転車で島をノンビリ回のもいいな。
 フェリー乗場へ。船は往路より小さい船で座席が狭くて満員、かなり蒸し暑かった。自分以外はロシア人というアウェイ状態だった。船が動き出すと、こんな遠くへ大して調べもせずよくやってきたな、と感慨深くなる。昨日この島へつれてきてくれたロシア人家族のお陰、と感謝の気持ちでいっぱいになった。
 21:00前にRabocheostrovskの船着場到着。ケミ駅までどう移動しようか? バス停へ行ってみたが、遅い時間だからか、人気がなくて無理そう。同船のロシア人はタクシーで移動してるようだ。一人乗りはおっかない。ダメモトで周りのロシア人にタクシーのシェアを英語で交渉してみるとあっさりOKだった。ケミまでは3人で80RUBだった。

 ケミ駅前のスーパーでおやつや翌朝の食料を購入。金額的にはやはりソロベツキー島より安かった。島に行く前に食料など買い込んだほうがいいだろう。駅の待合室へ移動し電車を待つがソロベツキー帰りの客でけっこう混んでいた。電車まで3時間以上と待ち時間が長い。ウトウトしながら電車を待つ。
 01:40の列車に乗車。この時間は薄暗く夜明けという感じだった。かなり気温が下がって震えるくらい寒かった。乗車後は就寝していた同コンパートメントの方に申し訳ないと思いながら寝具を敷いてすぐに横になった。

02日目 ケミ行き夜行列車~ソロベツキー島

2015年10月08日 | 201507ロシア・カレリア地方
 この日は夜行電車でケミに到着後ソロベツキー島へ移動した。
 ソロベツキー島への移動をまとめると以下のようになる。
  サンクトペテルベルグ~ケミ 夜行電車 15時間
  ケミ~Rabocheostrovsk バス 30分くらい
  Rabocheostrovsk~ソロベツキー島 フェリー 2.5時間
 ロシアに入国してからほぼ一日がかりの大移動だった。

 夜行電車では時差ぼけと涼しさからよく眠れた。湿気が高く暑苦しい日本を抜け出せてよかった。
 カレリア地方の車窓の景色は美しかった。森と湖の地域、との言葉通り電車は森の中を走っている。ところどころに湖や森の中に家がポツンポツンと現れる。本当に人が住んでいるのだろうか。

 ケミ駅到着は定刻通り。降車する人は多いが団体旅行なのか、大型バスで移動する人が多かった。自分はフェリー乗場であるRabocheostrovskへバスで移動したいが、バス乗場が分からない。キャンプ客らしき家族連れに話してみたら、答えはロシア語だったが同じソロベツキー行きらしい。ついてこい、というので?図々しく同行させていただくことにした。この家族が話せるのはロシア語のみで会話にならなかった。
 Rabocheostrovsk行きバス乗場は駅から見えるスーパーの脇の道を進んだところにある銀行の近くだった。しばらく待ってやってきたバスに乗車。バス代はケミ駅から一緒のロシア人家族が払ってくれた。まったく申し訳ない。

 フェリー乗場へ向かう前にHotel Prichalでソロベツキー行きフェリーチケット購入。往復で2000RUB。フェリーは12:30発、切符購入は12:15だから本当にギリギリだった。帰りの便も予約した。ここは英語可だった。
 ちなみにHotel Prichalの看板はなく木造のきれいな立派な建物だった。一緒のロシア人家族がいなかったら分からなかった。Hotel PrichalのHPは以下の通りだが、肝心のフェリーの時刻表は2010年で更新がストップされている。現地で見た時刻表は写真の通り。
http://www.prichalrk.ru/eng/service/passenger_services.html

 フェリー乗船。乗船したロシア人はトレッカーも多い。トレッキングで有名な島なのだろうか。フェリーは白海を進む。デッキから見える白海の景色を楽しみたいが、降り始めた雨と緯度が高いせいか、寒すぎてすぐに船内へ戻った。船内は暖かそうなコートが壁一面にかけられている。そんなに寒いとこなのだろうか?と不安になる。ちなみにソロベツキー島はペテルブルグから直線距離で700km。かなり北上した。
 ソロベツキー島までは2.5時間。空腹になってしまいおやつを買っておくんだった、と考えていたら、同行させていただいているロシア人家族が揚げパンをご馳走してくれた。船で売っていたものだが、ロシア語不能な自分は買うことできない。これには本当に感激した。
 

 天気は回復してくれた。ソロベツキー島到着は15時少し前だった。お世話になったロシア人家族とは船着場でお別れ。たどり着けるか不確かな状態で訪れたソロベツキー島だが、この家族のお陰でたどりつけた。本当にありがとうございました。
 

 なんとかホテルにチェックインし、これでソロベツキー島までの長い移動は終了。観光開始。まずは修道院へ向かう。
  

 修道院は頑固な城壁の中にある。この城壁は大きな岩が積み上げられたもので屈強という言葉がふさわしいものだった。そして修道院の東西は湖と白海で、南北は堀が掘られていた。防衛用としての城壁や堀だろうが、こんな白海の島を攻めるような輩がいるのか、ちょっと不思議な気もする。この屈強な要塞感と城壁の内側にある修道院の葱坊主の屋根とのコントラストがユニークだった。
 残念ながら修道院は修復中で中に入ることはできない。不思議な感じだが城壁内に教会が設けられていた。教会内は狭いが金ぴかでロシアらしい。この奥から回廊を歩くことができて、ここは翌日歩いた。
 

 修道院の前にある湖をグルリと回り修道院全体を見渡せるポイントで写真撮影。なかなか雰囲気ある修道院ではないですか。
 

 続けてソロベツキー散策。緑も水辺も多い島で、ケミから一緒だった家族のように、キャンプしてノンビリ過ごすのも良さそう。適当に歩いてるとラビリンスという看板が。この地方特有のものと聞いていたので行ってみる。海岸沿いに石を並べて地面に迷宮風のものを描いたものがラビリンスでさほど大きくはない。
 

 潮風が気持ちいいのでさらに海沿いを散歩してみる。しばらく歩くとキャンプをしてるロシア人に誘われ話をしてみることに。もちろん会話にはならずロシアンサウナ! トーキョー、ヤクザ!などどうしようもない会話になった。最初は2人だけだから大丈夫かと思ったが、結局男性4人になり、さらにウオッカやウイスキーを飲み始めて酔っ払い4人組に変貌した。飲めない酒を飲まされさらに雰囲気が怪しくなってきたので、最後は逃げるように去った。今回の旅で唯一危険を感じたのがこの酔っ払いに絡まれる事件だった。

 続けて島を散策したかったがさすがに疲れた。水を買いホテルへ戻る。店は24時までとなっていた。本当に遅くまでやってるのだろうか?
 ホテルに戻りベッドに倒れこんだ。途中で目が覚めたが外を見ると明るかった。ソロベツキー島はこの時期白夜なのだろうか。白夜は是非とも体験したいが、眠気と疲れが勝ったので体験は実質できなかった。