最初に思ったのは、芸能人のネタによる出演料鑑定を決めるのを見てみたい。
知名度や芸歴である程度決まる所があるが、完全にネタだけでいくらとれるのかを一度見てみたいと思うのは俺だけだろうか?
個人に備わったビジュアルや声質、長年かけて築き上げた風格。そんなものを一切無視出来るだけのネタの価格。作家が考えたネタの価値。がどれくらいなのかを知る事で、現在の芸人の努力を垣間見たい。ネタさえ良ければモニターに映らなくてもお笑い界で生きていける。作家になりたい人達を応援する。そんな番組を作れないから見てみたいと思う。
こんなことを言うと、「欽ドン」のような投稿番組を思いだす人も多いと思うが、寄席で通用する作品のみを選ぶ。演技時間としては5分から15分で組み立てる。
演じるタレントは選べない。若しくは、作品をオークションにかけて最高額のタレントに売る。
コント作家の地位向上と、お笑いのセンスゼロでもその作家の作品なら爆笑がとれる。というような作曲家や映画や部隊演出家と同じ地位を与えてもいいと思うんだけどね。
有名監督がとる映画で、新人が初主演すると人気が出る。ように思ってもらうのが分かりやすいかな。
一番見たいのは、視聴率関係ないスポンサーが道楽でやっているケーブルテレビみたいな所でオーディションをして、お笑い界では大御所と呼ばれる芸人達と新人と同レベルでのネタ見せをやって、金額を決めるって言うのを見てみたいね。出演10分の為に何万円出せるかをガチで勝負させたら面白いだろうね。
縛りとしては、観客やゲストへのいじりは一切無し。政治家などの有名人批判も無し。に、したらハードル高すぎるだろうか?
もう一つ考えているのは、古典落語と同じように、コントや漫才も古典として誰もが演じる事が出来るようにする事。
「ヤスキヨ」の漫才ネタを「しずる」がやっても構わないし、「かしまし娘」を「森三中」がテレビでやるのもOKな事になれば、漫才やコントの文化的な各が上がるってことになると思うんだけどね。
物まねだけが、ネタがかぶっても(ある程度)許される芸人ジャンルじゃないだろうか?
先人のネタを受け継ぐ制度を確立してもいいと思うんだけどね。
知名度や芸歴である程度決まる所があるが、完全にネタだけでいくらとれるのかを一度見てみたいと思うのは俺だけだろうか?
個人に備わったビジュアルや声質、長年かけて築き上げた風格。そんなものを一切無視出来るだけのネタの価格。作家が考えたネタの価値。がどれくらいなのかを知る事で、現在の芸人の努力を垣間見たい。ネタさえ良ければモニターに映らなくてもお笑い界で生きていける。作家になりたい人達を応援する。そんな番組を作れないから見てみたいと思う。
こんなことを言うと、「欽ドン」のような投稿番組を思いだす人も多いと思うが、寄席で通用する作品のみを選ぶ。演技時間としては5分から15分で組み立てる。
演じるタレントは選べない。若しくは、作品をオークションにかけて最高額のタレントに売る。
コント作家の地位向上と、お笑いのセンスゼロでもその作家の作品なら爆笑がとれる。というような作曲家や映画や部隊演出家と同じ地位を与えてもいいと思うんだけどね。
有名監督がとる映画で、新人が初主演すると人気が出る。ように思ってもらうのが分かりやすいかな。
一番見たいのは、視聴率関係ないスポンサーが道楽でやっているケーブルテレビみたいな所でオーディションをして、お笑い界では大御所と呼ばれる芸人達と新人と同レベルでのネタ見せをやって、金額を決めるって言うのを見てみたいね。出演10分の為に何万円出せるかをガチで勝負させたら面白いだろうね。
縛りとしては、観客やゲストへのいじりは一切無し。政治家などの有名人批判も無し。に、したらハードル高すぎるだろうか?
もう一つ考えているのは、古典落語と同じように、コントや漫才も古典として誰もが演じる事が出来るようにする事。
「ヤスキヨ」の漫才ネタを「しずる」がやっても構わないし、「かしまし娘」を「森三中」がテレビでやるのもOKな事になれば、漫才やコントの文化的な各が上がるってことになると思うんだけどね。
物まねだけが、ネタがかぶっても(ある程度)許される芸人ジャンルじゃないだろうか?
先人のネタを受け継ぐ制度を確立してもいいと思うんだけどね。