あんぱん♪牛乳♪ロックンロール♪

人生色々な人が居るので多様性を肯定しつつ、何かを提言し「言葉」をつくっていくブログ。

『政界の深淵に蠢く影』

2018-03-18 11:28:59 | バンド活動
佐川さんが証人喚問にでるかどうかはわからないけど、佐川さんには、このまま自分ひとりだけ泥をかぶって沈んでほしくはないと願います。

公務員を辞めることになっても、この先の人生がある。

洗いざらい全部、話してもらいたい。

近畿財務局の件も。

安倍も、菅(スガ)も、麻生も、松井(大阪府知事)も、知っていることがあっても何も話さないでしょう。

今、語ることが出来るのは佐川さんだけではないでしょうか?

公文書偽装という国家の威信に関わる一大事。

このまま有耶無耶に終わらせて良いわけもない。

そこで国民の皆さんに願いたいのは佐川さんが、真実を語ることをもって、佐川さんについては情状酌量の余地を含んで評価して頂きたい。

正直に話すことは勇気が必要なことでしょう。

巨悪の根源は佐川さんではありません。

佐川さんも、ある意味被害者ですし、もう二人も自殺しています。

この件に関わった人が二人も死んでいるんです。

私は加計問題で安倍政権に反目した前川喜平さんも潔白な官僚ではなかったと思っています。

しかし、天下りのあっせんとかに前川さんが関わってしまった理由なり、構造もあるということです。

現に、現在も天下りは無くなっていないのではないしょうか?

前川さんが辞めた後も、誰かが、やらされているのではないでしょうか?

選挙や投票で選ばれていない竹中平蔵といった民間企業の会社役員が民間議員として、国会議員と同様の権限をもって安倍政権の政策に関わっています。

安倍政権は竹中平蔵のパソナが儲かるような政策をやっていますね。

天下りならぬ、「天昇り」のようなことも日常的に行われているということが解ります。

政治家と官庁の癒着、官庁と民間の癒着。

こういったことは現在、只今も、現在進行形で日常的に行われているのです。

今回、公文書偽造で一人だけ責任を被されような形になっている佐川さんや、元官僚で天下りに関わっていた前川さんにポストを与える権限があったのは、府省、官庁の最高責任者である大臣です。

経済産業大臣とか、文部科学大臣と呼ばれるのが大臣ですね。

大臣を任命するのは内閣総理大臣たる安倍晋三です。

安倍政権が政権を担当する現状において、公文書偽造が行われているのですから、安倍政権には責任が無いという言い訳は通用しませんね。

また、近畿財務局も森友問題に関わっていますので、当然、大阪府の地方行政の責任者である、松井一郎にも責任がありますね。

何か事件が起きれば、秘書のせいにしたり、第三者のせいにしたり、役人のせいにするのが政治家の言い訳の定例と言っても過言ではありません。

肝心なことは何も話さないのが政治家であり、政治家とは嘘をつく職業と言っても良いでしょう。

そういう嘘をつく政治家をつくってきたのが、戦後日本の政治を担ってきた自民党であり、野党でもあります。

私達の民意でもあるでしょう。

安倍の言う戦後レジームという言葉がありますが、安倍自身が戦後レジームそのものであるといえるのではないでしょうか?

この魑魅魍魎が跋扈する政治の世界において、真実をありのままに語るということは勇気が必要なことかもしれません。

もしかしたら、生命を消される・・・といったことも起きるかもしれません。

今回、森友問題に関わってしまった二人の自殺も「他殺に近い自殺」と評価することも出来るのではないでしょうか?

「このままでは、全部、自分のせいにされてしまう。」

自殺した人が残したメモを見ると、自殺するのは本意じゃなかったような気がします。

いじめ、パワハラ、暴力、脅迫、過労による自殺は、他殺に近い自殺と私は認識しています。

いじめはいじめっ子が悪い決まっているんです。

威力や暴力をふるうほうが悪いに決まっているんです。

「このままでは、全部、自分のせいにされてしまう」というメモを見ると、一生懸命仕事をしたつもりが、とんでもないことをやってしまったという後悔の念と何かの影に怯えているようにも見えますね。

何かの影、この「影」が森友問題の大きな黒幕でしょう。

実態があるのか、ないのか。

もしかしたら、実態のない「影」が黒幕かも知れません。

一つの概念のようなものがあって、人、それぞれの概念に「影」が居て、「影」が色んなことを、それぞれの耳元でボソッと囁いているのかもしれません。

最後に「影」が「自殺しろ」と耳元で囁いた・・・他殺に近い自殺ではないでしょうか。

この「影」を打ち消す為にも、佐川さんには真実を語ってもらいたいと願います。

もう、これ以上の犠牲者をだすわけにはいきませんから。

残念ながら当ブログへのコメントを承認制にします。

2018-02-26 11:33:14 | バンド活動
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『自分以外の人間になる必要はない』

2018-01-02 18:44:26 | バンド活動
年明けから色々と世間様が騒がしいが、政治やら、政局やら、社会やら、経済やら、その他もろもろ、まずは自分自身が人間としてどうあるべきかということを考えたい。
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その上で、物事を丁寧に考えて、自分なりの意見なり、考えなり、思想というものを積み重ねないと何をやっても駄目な気がする。
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物事が急に変わることは無いし、急に変えようとも思わないし、理解されたいとも思わないし、世間様や他人様に自分の考えをあわせようとも思わない。
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その中で、今、やるべきをことやりながら、ゆっくりでいいことはゆっくりやればいいかなって。
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その上で、臨機応変に対応できるように余裕もつくりたい。
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先ずは自分のことからかな。
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出来ないことはやらないし、出来ることでも必要が無いことはやらない。
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人間、自分以外の何かに変身することも出来ないんだからね。
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まあ、自分のやりたいように転がって生きるさ。
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『時代の裂け目』

2017-11-27 20:59:25 | スピリチュアル
虐め、暴力、差別、児童非行、児童ポルノ、集団痴漢とか、この国は大丈夫か?

時代の裂け目に鬼がでる。

愛国よりも、憂国よりも、救国が必要ではないのか。

ここでいう救国とは日本を退廃から救うことである。

人心は乱れ、言葉は乱れ、思想は退廃し、大人は醜い欲望を垂れ流しながら街を徘徊し、大人たちに踏みつけられた児童達が鬱積した闇を抱いて大人を刺す。

鬼は何処にいる?

私の心に鬼がいる。

貴方の心に鬼がいる。

人の心に、神も鬼も存在する。

闇が多くなれば鬼や魔物が姿を現す。

光が多くなれば仏や菩薩が姿を現す。

人を呪わば穴二つ。

人を怨むより身を怨め。

この世で裁きを受けぬもの。

あの世の裁きを逃れられぬ。

金を積んでも石となり。

三途の川で沈むなり。

この世で裁きを受けたもの。

あの世で仏に詫びるもの。

金が無くとも身は軽く。

三途の川の上歩く。

南無釈迦牟尼仏


閑話休題『スピリチュアルな話』

2017-11-23 21:24:07 | スピリチュアル
スピリチュアルな話をします。

夢の中は恐怖心も願い事も一瞬で実現してしまう世界ですね。

戦車に追いかけられる夢をみたことがあって、山に登り、山の頂にナイフを突き立て、崖崩れを起こして戦車をやっつけたことがあります。

ナイフなんて。普段持ち歩いていないのに夢で必要だと思ったらパッと出てきます。

火事が起きて、消さなきゃと思ったらホースが出てきたりします。

つまり、心に想ったことが実現する速度が物凄く速いのです。

この世では、魂が肉体に封じ込められている状態なので、潜在意識は10/1になっていると言われています。

ということは、肉体から解放された魂は潜在意識を100%発揮されるということになりますね。

この世では、心に想ったことが実現する速度が物質的な介入を通過しないといけないので一定の時間がかかります。

何か欲しい!と想っても、仕事やアルバイトをして金銭を得て、店に足を運んでといったエネルギー(熱量、カロリー、イメージ、念)と時間がかかるのです。

誰かに会いたいと想っても、交通にかかる時間が費用が必要。

要するに想い、念、エネルギーを物質化しないといけないから手間がかかりますね。

夢の世界では物質化する手間がないので、一瞬で必要なものが現れます。

ただし、心に願いをイメージする力によって現れる結果に誤差があるのはあの世もこの世も同じなんです。

ケーキを食べたい、と想っても、イメージする力や念が足りなかったら、イチゴのショートケーキが食べたいと想っても、別のものが現れるかもしれない。

欲しい、欲しい、という欲望のほうが実現してしまって、イチゴのショートケーキを同じ欲望をもった魂と奪い合ったりするかもしれません。

それが地獄と呼ばれる世界なのかもしれまん。

魂の世界では何も食べなくて良いんです。

だから、性欲、食欲、自我我欲をコントロールするようにあらゆる宗教に教えや戒律があるわけです。

この世では、イメージが具体的でも、熱量が足りなかったら、イチゴのショートケーキが、作れない、買えないのです。

エネルギーと物質は等価交換です。

この世で何かを実現するには時間と熱量が等価交換で必要ということになります。

しかし、この世では実現するのが難しいことが殆どですね。

得意分野や、魂の傾向性によって、実現する方向性も違います。

だけど、神様や、仏様は、何とか、この世の人達を助けたいと思っています。

神様や仏様の慈悲にアンテナを立てることが祈りです。

祈りを捧げる、祈願、祈念する時は、素直な、赤裸々な心になって祈ることが大切です。

お金が欲しい、彼女(彼氏)が欲しい、あれも、これも、と、強く願うと、地獄にアンテナの方向が向いてしまい、地獄の魂とチャンネルが同調して、それが蜘蛛の糸のように地獄と繋がり、地獄霊を呼ぶことになるかもしれません。

だから、「ありがとうございます」という感謝の心、「願わくば」という謙虚な心、「御心のままに」という全託(全てを託す)の心が大切なんですね。

そして、最大のポイントは「見返りを求めない」ことです。

お祈りや祈願をしたら、執着せずに、スパッと前後際断して、過去を煩わず、未来を憂うこと無く、現在を大切に平凡な日常を生きること。

すると、理想ではなくても、何らかの形で数年後、数十年後に願いが実現するかもしれません。

理想の相手、好きな人と結ばれなくても、自分にあったパートナーと出会うこともあるかもしれません。

現世で出会うことが叶わくても、来世で出会うかもしれません。

人生がこの世限りと思うから、刹那的になりがちですが、来世も生まれ変わって、また挑戦できると思えば、無駄な努力は無いものです。

輪廻転生の教えを信じることによって、救いようのない不幸も、救われることもあるのです。

信じるかどうかは自由です。

私は、肉体やタンパク質が人間の本質ではないと思っています。

人間の本質は心である。

神様はみんなの心に居ると思います。

曇りない心をもった人は、この世の競争社会において、捕食される弱者なのかもしれません。

しかし、死んであの世に行ったら、競争社会の捕食者が地獄に落ちて、捕食された善人が天国に行くかもしれません。

この世で償わなくても良いような罪でも、あの世では通用しません。

あの世では償うことになります。

法律で裁かれない罪ほど反省しにくいものはない。

だからこそ、キリスト教の懺悔や、仏教の四諦八正道や、神道の禊があるのです。

信仰とは人間の心が作り出す偶像ではありません。

仏像や十字架を信じることが信仰ではありません。

仏像や十字架の奥にある超自然的な存在を信じることが信仰です。

お金や物質的な価値を信じるのも偶像崇拝です。

目に見えるものを信じることは偶像崇拝です。

目に見えないものを信じることが信仰です。

偶像や現世利益を欲望のままに信仰すると、カルト宗教になったりします。

オウム真理教は麻原彰晃の欲望や現世利益の為に人を殺したので、カルト宗教と言えるでしょう。

まあ、スピリチュアルやオカルティズムの話題もたまには良いと思って書きました。

信じるか、信じないかはアナタ次第です。