カメラを片手に

ゴーギャン没後120年とシュペングラー

夜明け前に上がった雨、最低気温は13.1℃で、徐々に日差しが戻るも、強く
吹きつける冷たい風で、最高気温は午後2時過ぎの19.2℃で、足元が冷たい。
      11時、16.6℃、55%

この二日間の雨、北陸では5月の1か月で降る雨の超えたらしい。
奈良でも総雨量は100㎜近くで、東の若草山の芝が一段と濃くなっている。
若草山一重目頂上付近、足元が緩い中、観光客の姿が見受けられますね。

1903年の今日、フランスのポスト印象派の 画家「ポール・ゴーギャン」が
54歳で亡くなった日、没後120年です。
1873年頃株式仲買人としての仕事の傍ら絵を書き始め、
1885年頃絵描きとして専念するも・・・
1887年マルチニーク島に
1888年にファン・ゴッホとの共同生活
1889年『黄色いキリスト』形態と色彩が同じ役割の綜合主義クロワゾニスムに 
1891年にヨーロッパ文明と「人工的・因習的な何もかも」からの脱出として
1回目のタヒチ島へ向かう。その後2回目のタヒチ島で、自ら畢生の傑作の大作
われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか
を仕上げた。        
            ボストン美術館蔵1897-1898年
     
1901年マルキーズ諸島へ
1902年最期を悟ったゴーギャンは自伝的回顧録『前語録』2か月で完成させる
1903年、マルキーズ諸島のヒバ・オア島で5月8日に急死

ゴーギャンの孤高の作品、没後西洋と西洋絵画に深い問いを投げかけ続ける。 

    ・・・・・・・・・・・・・・・

今日は1918年『西洋の没落』を著した「オスヴァルト・シュペングラー
1936年、56歳の忌日でもある。
彼はドイツの文化哲学者・歴史家で、世界史を文化形態学の立場からみて、
従来のヨーロッパ中心主義的、進歩主義的史観をくつがえす『西洋の没落
を著し、当時の知識人の殆どは第一次世界大戦がヨーロッパで起こったことに
半ば絶望的な思いをもっていたことから、戦後に大反響を呼んだ。
ナチス台頭にも影響与え、文明は文化の不可避的な運命だと考える没落史観を
背景に置きながらも、文化と文明の比較研究というパラダイムは、10年を経て
トインビーなどに受け継がれ、今後の世界史探究の源泉の一つになる。
    
     ・・・・・・・・・・
我はよく判らないが、西洋から引き継いだアメリカの没落の兆しを感じる昨今
今後の文化世界観は???。
    ・・・・・・・・・・

「ムラサキツユクサ属・紫露草属」が咲いている。
多年生の草本で、原産は新大陸(アメリカ)で75種あるという。
別名はトラデスカンティア属。
17世紀にヨーロッパに園芸植物として伝わり、野生化し世界各地に広がる。
花言葉は、朝咲いて夕方には閉じる一日花から「ひとときの幸せ

地球の歴史から見れば、人類の文明はほんの一時の輝き!?。

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「日記」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事