小説キャンディキャンディFinal Story
あの人考察について、更に追記します。
作者は、あのひとを明かすには、長い物語が必要だと言ってます。
ですが、
その長い物語は、この小説には描かれていないのです。
FSには、ラストシーンに至るまでの具体的な出来事が描かれていません。
そして描かれていない部分が、長い物語に相当するのです。
(だから、FSでは、あの人が明かされていない訳ですよね。)
あのひととどんな風に、どんな出来事があって、一緒に暮らすようになったのかが描かれていません。
ここに、どんなエピソードを入れるかで、あのひとは変わります。
どんなエピソードが入るのか、
どうとでも想像出来ます!
どうとでも想像出来るとはいえ、
それは、どんなエピソードだったのかを、FSの中のエピソードをヒントに考えるので、FSで描かれたエピソードを読み解こうとするのでしょうが…。
キャンディの心に残るテリィへの気持ちが復活しても、アルバートさんへの穏やかな愛を選ぶかもしれないじゃないですか?
(わたしはそういう二次小説を書いているところです。)
今が幸せだって言ったって、それを捨てて激しい恋を選ぶかもしれない。
FSだけのエピソードじゃ、あの人まで、たどり着けないのです。
FSでは、あの人は確定出来ないとわたしが言うのは、そういう事です。
でもまあ、FSで描かれるキャンディの気持ちを読み解いても、わたしにはキャンディはアルバートさんを選んだと読みましたけれどね。
運命の赤い糸。
今がわたしのしあわせです。発言。
レイクウッドへのドライブデート❤️
テリィへの気持ちは、好きでした。と、過去形。
今、しあわせなのね。
このまましあわせになるんだな❤️
と、読む。
テリィだと読む人は、過去形であるけれど、今にも落ちそうな杏…キャンディのテリィへの気持ちは眠っているだけ。エイボン川のほとり、テリィっぽい地名の状況証拠があるわ。スザナも死んでるし。テリィも、おれは変わってないと手紙をくれた!
と、住んでる場所などの状況証拠から推察。
作者は、どちらにも受け取れるように、細心の注意を払って書いた…と、わたしは思います。
FSだけのエピソードで、キャンディの気持ちが、どっちに転ぶか読めなんて…。名木田先生は、「それは無理なように作ったのよ。」と、微笑んでいそうです。
わたしの言いたいこと、伝わったでしょうかね?
絆を感じた…と、キャンディがアルバートさんにラブを感じる発言を読んでも、テリィ派は『それは家族的なものよ!』と、解釈をするし、『エイボン川のほとり』とテリュースっぽい地名を出しても、テリィっぽい地名に過ぎないでしょ?とアルバート派思う。
こじつけて解釈すればどうとでも出来るんですね。
言葉通りに解釈すれば、そういう意味なハズですがね。
更に、書かれていない沢山の隙間がありますからね。
先生は、どっちでもいいって言ってるのに、どっちでと良いはずないって…何故そう思うのでしょうか?
先生のあのひとは、アルバートさんだと思います。
ラストシーンのあのひとの人物描写は、アルバートさんぽいですし、丘の上の王子さまの正体を明かすシーンが、設定し直され描写されていましたから…。
最初から、あの人はアルバートさんのつもりで作劇したんだし…。
ただ、長い物語を先生は書かないと決めたんです。
長い物語は、読者の心に委ねられたのです。
一言一句に気を配らないと、読み解けないような文章を何故、名木田先生が、書くと思うのか?
てにをは一つ読み落とすと伝えたい大意が変わるような…?読み方の解説が必要な、そんな下手な文章を書く先生ですかね?名木田先生って…。
わたしは、一度しか読んでいませんが、気になるところはコピーをとってますし、大意は掴んでいると思っています。そして、何度も読まなくては理解出来ない作品ではありませんでした。
これは、わたしの見解に過ぎません。
ファイナルは、あの人を曖昧にした。あのひとはどちらでもいい…。
某さんは、こういう意見を読むと、飛んで来て、
『わたしたちは、あのひとをどちらでもいいとは思ってない!』と、言ってたんですよね。
某さん。あなたが、「アルバート派の意見を聞きたい」と彼女にメールまで送ったから、彼女はあなたのブログに書き込みしたんですよ。それを…誹謗中傷だと罵り、ブロックまでしたこと…。彼女はとても傷ついていますよ。そして今、その彼女の言っていた事と同じ意見に考えを変えたなら…、それは尚更、彼女に謝って欲しいなと思います。
誹謗中傷したのはどちらか…。
トラブルを起こしたのは誰か…。
答えは皆、知っています。