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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 35



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 突如、けたたましいアラーム音が響き渡り、私は目を覚ました。
 そこは、いつもの自分の部屋。私はベッドの中にいた。

 アラーム音は自分のスマートフォンからなっていたが、普段の目覚ましのアラームとは違った。
 地震や河川の氾濫などの危険を伝える、緊急性の高い防災アラームの音だった。
 
 さっきまで自分が体験していた過去の記憶のような夢の世界から、強制的に意識が現実世界へと引き戻されたことが、直ぐには判らず混乱していた。

 程なくして、地面の底からドーンというすさまじい爆発音が聞こえ、続けざまに部屋が上下に激しく揺れ出した。
 経験したことのないような地面からの断続的な突き上げが、棚にあったフォトフレームや食器類、あらゆるものを床に落としていった。
 マンションの外からバリーン!とかガシャーン!という音が聞こえる。同時にいつくか人の驚く悲鳴が聞こえてきた。
 やがて大きく横に身体ごと持って行かれるかのような激しい揺れがきた。
 私は、なすすべもなく、声も出せずにベッドの上で腕で身体を支えるよう踏ん張りしがみつくばかりだった。
 揺れが一向に収まらず、もう今にでもこのマンションが壊れるにちがいないという恐怖が胸に迫る。
 
 しかし、永遠に続くかのように思われた激しい揺れは、徐々に勢いを弱めていった。
 私の住むマンションは比較的新しい免震システムを備えた建物だったので、建物はバランスを取りながら横方向に大きくスイングするような形で、ある種の平衡感を保ちつつあった。それでも棚のものはほとんど床に落ちた。
 
 徐々に揺れが収まるなか、私はただひたすらにその場に留まることしか出来なかった。揺れる室内を茫然自失と眺めている。
 
 スマートフォンに内蔵されたAIが地震の規模を声に出して伝えてきた。

 『6時11分 地震がありました。震源地は東京都東部。東京23区で最大深度7、マグニチュード8.3』 

 首都圏に直下型の巨大地震が起こったのだ。

 つづけてAIは言った。
 『この後、12時間以内に深度6以上の余震発生の確率70%。建物に傾きや損傷を確認できる場合、速やかに避難してください。』
 
 私は慌てて部屋を見渡し、気がついたように窓を確認した。ガラスは割れていない。免震装置の作用で横揺れがつづく中、恐る恐るベッドから出て、壁伝いに外が見える窓に近づいた。
 何度かバランスを崩しそうになりながらなんとか窓に辿り着き、窓越しに外を見る。
 あれほどの揺れがあったのに、不思議なほど街の建物は平然と立っているように見えた。よく見ると所々、窓ガラスが割れた建物はあったが、建物そのものが斜めに傾いていたり、倒壊してガレキとなっているような光景は見当たらなかった。地震大国であるこの国は、この数十年で耐震化がさらに進み、深度7を耐える都市となっていた。
 子どもの頃から見ていた大震災の爪痕の光景は、そこにはなかった。同じ思いで窓から外を眺めているだろう人が何人かいた。

 「あ!」

 それでも駅の方向をみると黒い煙が立ち上っているのが見えた。電気系統からの出火かもしれない。あるいは、水素エネルギーシステムの損傷による爆発か?判らないが、火事に違いない。サイレンの音も遠くに聞こえる。
 
 私は気がついたように、部屋の照明や時計などを見た。そして、スマートフォンのAIに向かって照明を付けるように発生した。
 
 ほどなく部屋の照明がついた。
 少なくともこのマンションは停電していないようだ。
 未だに船のように揺れる免震マンションの自分の部屋で、とにかく情報を得ようとテレビモニターを付けると、案の定、緊急の臨時ニュースがはじまっていた。

 この事態の中でも比較的落ち着いた声で首都圏の被害状況を伝える男性アナウンサーの声に安堵を覚えながら、私は棚やテーブルから落ちたものをひろい、危ないモノが床に落ちていないか見る余裕が生まれてきた。
 テーブルから缶ビールの空き缶がいくつか、かなり散らかって落ちていた。
 そして、私はようやく思い出した。

 昨日の夜、ヒカルがこの部屋に来て、私が眠るまでそばにいたことを。
 
 私の中で狂ってしまった“巡り”をつなぎ合わせるために、私はいくつか断片的な夢のようなものを見るという、一連の話を思い出した。
 
 その時、たしかヒカルは言っていた。
 私が見る夢によって、無事に巡りがつながることができたら、ヒカルは“消える“と。

 『わたしの存在の痕跡や皆の記憶も含めて、綺麗さっぱり、この次元の時空間からは消える』

 その言葉を思い出しながら、今、私の中のヒカルの記憶・・・といっても、昨日突然私の前に現れて、家に来て、話をしただけのごくわずかな記憶しかないのだけれど・・・、それを思い出していた。

 でも、もう一つ思い出した。私の記憶から消されるか、どうか、それはヒカルにもわからないと・・・。

 私の記憶には、まだヒカルがいる。
 巡りをつなげることが出来なかったのか・・・?
 この地震は世界の終焉を告げる地震なのか・・・!?
 今置かれている状況が、一体何を意味するのか、全く判らなかった。

 混乱している最中の私に、フェイステレフォンが掛かってきた。
 
 掛けてきた相手は意外にも橋爪部長だった。
 私は直ぐに、部屋のテレビモニターにつないで通話に出た。
 モニター越しに、やさしい眼差し“仏の”橋爪部長の顔が映し出された。

 「おはようございます」
 「おはよう、地震、大丈夫だったか!?」

 モニターに映し出された橋爪部長の眼差しと、その深くさびの聞いた声を聞いた途端、私の頭の中で突如、火花が散ったかのような衝撃が走った。
 さっきまで見ていた夢。ビルの屋上で、妻を交通事故で失ったあの男性と、夕暮れ時に交わした会話。男の声。男の涙。
 それは、紛れもなく、今目の前に映し出された橋爪部長の若かりし頃の姿であった。

・・・つづく

 
 
 
 
 

 
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