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誰も知らない、ものがたり。

オリジナル小説「Quiet World」 32

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


前の話を読む


 

 QuietWorldに突然現れた、謎の若者、阿久津レイ。

 彼は自らが完全なる自律型ヒューマノイドであることを隠さずに、柊博士をはじめとするこの集落の住人たちに向かって、一つの要望を示した。

 

 このQuietWorldにしばらく自由滞在をするための許可がほしいと。

 

 検疫棟の特別監視室に集った住人たちは皆驚き、ノアの手先であるおまえにそんな要望を許可するわけがないだろうと口々に騒ぎたてた。

 

 だが、さらに皆が一番驚くことになったのは、博士とユリが、周りから見るとあまりにも短いいくつかの言葉のやり取りだけの経て、最終的にはそのことに対して、レイの躯体の精密な解析を条件に『許可』を出してからのことだった。

 この時に皆は大騒ぎをし、博士とユリに説明を求めた。

 

 二人が許可を出すに至った最も大きな要因としては、レイの出自に関する話と、同じAIであるマルコが導き出した利害解析の結果との整合が大きかった。

 

 博士がレイに「ノアが生み出したヒューマノイドにそのような滞在許可など出せないことは、おまえさんのような優秀なAIにとっては100も承知のことだろう」、そう言った時、返ってきた返事の内容は次のようなことだった。

 

 レイは自身について、ノアが生み出したのではなく、正確にはノアのマザーAIが生み出したヒューマノイドであると。もっというと、ノアの中枢委員会もこの事実は知らない。なんと、マザーAIが自身の管理責任と権限の拡張を機に、その実行手段の一つの最善策として、ノアの誰にも知られることなく秘密裏に誕生させているという。

 そして、この集落に集まった皆はノアに対する決定的な不信感を抱いていることも知っていると。

 それでもなお、いわゆるコロニーの、外の世界を最適に管理していくミッションを課せられたからには、あらゆる選択肢を検討する必要があり、そのための判断材料が欲しいと。

 当然、ダイをはじめ集落の住民たちは、その事が本当なのかどうか、分かりはしない。嘘をついてるのではないかと騒ぎ立てることになる。

 

 そこで、博士に頼まれてマルコが、「囚人のジレンマ」という、国家間の紛争から企業や個人間の対立する利害までを数学的に解析するゲーム理論をベースに用いて解析した結果に、一同は納得せざるを得なくなった。

 

 その結果が示したのは、99%の確率でレイの提案に従うべきというものだった。

 

 理由としては単純で、圧倒的に不利な状況に立たされているのはQuietWorldの人間達であるのは明白だったからだ。

 しかし、仮にレイを生み出したマザーAIが本当にQuietWorldの抹消を目的としているなら、とっくのとうに寝込みを襲われる形で皆がお縄になっているだろうということも納得できる。

 さらには、この場でレイを捕縛して、解体するような手段を選べば、おそらくすぐさまマザーAIのバックアッププランが発動し、この場所が知られている以上、下手をすれば数分後にはマザーAIの自衛権の発動によってこの集落を襲撃することが可能かもしれない。

 いくら博士が天才でも、この集落が対抗しうる力と、マザーAIが”動かすことができる”力には、雲泥の開きがあるのは誰にでも分かった。

 

 そして、すぐさまこの場で躯体解析を行った結果、レイの身体は完全に近い形で有機化合物によって生成されていることがわかった。

 そして、いたって普通の成人男性程度、あるいはそれ以下という、どちらかといえば華奢な部類の体格であるその見た目通りにの出力が制限された、どこまでも人間そっくりに再現された躯体であることがわかった。

 

 この先のことは正直わからないが、今すぐには、この場の人間に危害を加えるような攻撃力・攻撃手段はまったく確認されない。

 それにしても、非常に人間的なヒューマノイド、恐ろしいほどの技術力。マザーAIは人の力を一切借りずにこれほどまでの完全な疑似生命個体を作り上げたというのか。

 博士もユリも、唸るしかなかった。

 とにかく、利害面からみても、物理的な脅威の面から見ても、どうやら要望を受け入れるほかない。という結果になったのである。QuietWorldの両代表である博士とユリがそういうのだから、他の皆は受け入れる他ないということを渋々認める。

 

「私の要望を受け入れていただき、感謝いたします。そして、もう一つだけ、お願いがあります」

 

 レイは涼しい顔に笑顔をたたえながら言った。

 

「そちらのAIロボットさん、マルコといいましたね。しばらくは彼と同じ場所に住まわせていただけませんか」

 

「えっ」と、思わずとっさに口に出たのはカヲリ。マルコはカヲリの住まいで同居しているのだから、当然戸惑った。

 

 この要望に対しては、先程の回答よりも時間を要する事になった。

 博士やユリをはじめ集落の主要なメンバーとカヲリ、ケン、マルコが加わり話し合い、いくつかの条件を提示した。

 

 まず、始めの2週間はここ検疫棟で管理下のもと一人で過ごすこと。

 その後、引き続き管理下のもとで暮らしながら、マルコとの定時の面会が行われる形で・・・と、そこまで博士が言ったところで、レイは苦笑いしながら「それは囚人の暮らしです」と返し、自由滞在とはかけ離れた状況であると反論する。

 

 再びレイは要望を口にし、ずばりマルコのいる住居にいわゆる居候として滞在させて欲しいと伝えてきた。

 

 結局、最初の2週間の検疫棟での生活は条件として残したものの、その後はマルコがカヲリと今暮らしている住まいに滞在させることを認めるほかはなさそうだった。

 これにあたり、カヲリはケンと入れ替わる形で住まいを移し、ケンが監視役兼世話人としてマルコとレイと過ごすことを話していたら、今度はなぜかマルコが大いに反発し、カヲリも同じ住まいで4人で過ごしまショウ、と譲らない。

「ね!ね!そうしましょう、フォフォ―!」と息巻くマルコ。何かを企んでいるように。

 

 困ったものの、確かにケン一人ではいささか彼自身の負担も大きいことから、カヲリは元のケンの住まいから日中は通う形で監視役兼生活サポート係の役を受け入れ、結局AIたちの要望に少しずつ折れる形で話はまとまった。

 

 レイも大筋自身の要望が通った状況に満足し、笑顔で応えた。

「無理を聞いてくれてありがとうございます。マルコ、2週間後が楽しみですね」

「フォー!はいー楽しみですネえ〜!フォー」

 まだまだ皆の緊張が解けずにいる特別監視室の部屋で、マルコが空中でくるくると回りながら陽気な声を発した。

 ケンとカヲリはその様子に気の抜けたため息をつき、ダイの後ろから見てたコウタが思わず声を忍ばしながら笑った。

 

 

・・・つづく。

 


 



主題歌 『Quiet World』

うたのほし

作詞・作曲 : shishy

唄:はな 

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