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誰も知らない、ものがたり。

読み切り・短編小説「歌の星」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


 

『歌の星』

 

 

 住まいの片付けをしていたら、押し入れの奥にしまった段ボールの箱の中から、一台の古いスマートフォンが出てきた。

 黒色、薄い板状で金属製、やや重みがあって、かつて、電気がある時代には液晶画面と呼ばれた綺麗な映像を映し出す部分には、一筋のヒビが入っていた。もちろん、画面を触ったり、ボタンを押しても何も反応はない。

 

「懐かしいなあ」

 タツヤがスマートフォンを片手でポンポンと弾ませていると「何それ?」という声がして、脇から小さな顔が2つが現れた。タツヤの娘二人だ。今年10歳の長女サキと、7歳の次女ミカ。さっちゃんと、みっちゃん。

 

「これだよ、スマホ」

 タツヤが手のひらに乗せたスマートフォンを二人の前に差し出すと「あ、これがスマホかあ!」と言って物珍しそうに黒くて冷たいスマートフォンを触る。タツヤの手から取ったスマートフォンを上下に振っている。

 

「これから音楽が聞こえたり、動く絵が見えたりしたんでしょ?」

 姉の言葉を聞いてミカも「そうなんだ!」ときらきら顔で言った。

 

 15年前の春、超巨大なX20級の太陽フレアが発生した。度重なる森林破壊が災いして大気層が、かつてよりも少しずつ薄くなり続けていた地球は、太陽が発した大量の宇宙放射線のすさまじい磁気嵐の影響を地表にもろに受けることになった。

 その結果、全世界の発電設備がほぼ同時にショートし、この世界から電気を作って送り届ける機能が完全に失われたのだ。電気設備が失われるということは、あらゆる通信手段もその瞬間から途絶えることになった。テレビも電話もメールも何も繋がらない。水道設備の電動ポンプも動かず水も出ない。ガスの弁も動かない。給油スタンドも動かない。極僅かな分散型の太陽光や風力などの自然エネルギーの発電設備もシステム系統がやられて、なんとか稼働したのは持ち運び型の太陽光パネルとモバイルバッテリーくらいだったが、結局一部の家電製品が動いたところでどうにもならない。

 人類は強制的に電気のない中世の暮らしに逆戻りさせられた。電気が当たり前にあることを前提に築き上げられたこの文明の、ありとあらゆる道具が使えないという事を考えると、状況としては当時より不便になったに違いない。

 

 サキとミカの二人姉妹は、その電源喪失後の人類社会に生まれた、いわゆる”新世界”の子どもたちだった。スマホやテレビ、パソコン、洗濯機、冷蔵庫、エアコン、電車、自動車、飛行機、それら全部含めて旧世界の文明の代物に関してはほとんど無知と言っていい。

 

「どうやってこの黒いやつから音楽が聞こえるの??」

 賢そうなクリクリお目々のミカ。まだ小さいけれど、いろんな事への好奇心がいっぱいで、よく星や太陽、月、雲や植物、動物や虫のことについて色々と聞いてくる。旧世界のいわゆるネット世代と呼ばれたタツヤは、昔はわからないことはすぐに手にもったこのスマホでネット検索をしたものだ。しかし、その情報のネットワークから人は遮断されてしまって久しいので、返事に困ったあげく「そうだなあ、あれだよ・・・電気っていうエネルギーでいろんな事ができるようになってたんだよ」とだけ言った。

 

「また電気かあ、昔はなんでも電気だねえ。魔法みたいなもの?」

 サキとミカにとっては、毎度聞かされる父からのその答えには、すっかり飽きてしまっているようだ。

 

「あ!そうだ!」

 サキはいいことを思いついたようだ。

 

「それ貸して!」といって父であるタツヤに向かって手を出した。

「このスマホ?いいけど何にも使えないよ?」といってサキのまだまだ小さな手にそのスマホを持たせた。

 

「みっちゃんさ・・・ね!」なにやら妹に耳打ちをするサキ。

「・・・うんうん!」と、それに頷くミカ。

 

「パパ!いつもの野原にいってくる!」サキとミカはそう言うとスマホを持ってその場から勢いよく駆け出して玄関に向かった。

 

「え、ああ、いいけど、暗くなる前に戻ってくるんだよ!」二人の背中に声を掛けるタツヤ。

 電気がない新世界は日没とともにあたりは基本真っ暗だ。でも今日は半月だから、まだ少しは明るい。

 新月の夜は本当に真っ暗で外は何も見えなくなる。この世界は紛れもなく太陽と月が時を統べる星なのだと感じずにはいられない。

 

「さてと・・」

 タツヤは家の片付けを早々に切り上げ、日が傾く前に1日の仕事の最後として薪割りの準備に入った。先日砥石を持っているという隣の集落のお宅までお邪魔して砥がしてもらったばかりの斧で薪を割るのが思いの外楽しい。その斧も随分と苦労して探し歩いて、山を一つ越えた土地の住民が主催するバザールでたくさんの野菜や魚と交換したものだったから、とても大切に使っていた。

 

「そういや、昔は風呂を沸かすにも、全自動ボタン一つ押すだけだったなあ・・・」

 タツヤは斧で薪をリズムよく割り始めると同時に、風呂が湧いた合図としてなる、あの懐かしいメロディーの鼻歌を口ずさんだ。

 

 

 サキとミカは、二人の遊び場である”野原”にやって来た。その場所は家から15分ほど歩けばたどり着いた。途中、木や草が生い茂ってすっかり林道ようになっている旧世界の国道の道路から、山に向かって伸びる細い坂道を駆け上がって少し歩いた先にあった。

 草や花が生い茂っているだけの野原のように見えるが、山を背にするように結構立派な鳥居が建っている。さらに、その奥にはすっかり朽ち果てた社とイチョウの大きな木が見えた。昔この場所には神主がいた神社だったのだろう。

 

 旧世界の終わり、そして、新世界の始まりのきっかけとなった巨大太陽フレアは、精密な電気信号によってポンプの機能を果たす生物の心臓にも重大な影響をもたらした。巨大な太陽フレアによって起こった磁気嵐で心臓発作を起こして亡くなった人は無数にいた。報道機関が機能せず情報が口コミでしか伝わらない世界ではっきりしたことはわからなかったが、恐らく人口の1/3近くが亡くなったのではないか。

 

 電磁波の影響を全く受けずに助かった人にとっては、周りの人々が次々と倒れていく理由がわからず、ただ混乱した。その時に居た場所も何も関係なく、ただ、助かる者と、助からない者に分かれた。まるで何かの選別を受けたかのように。

 タツヤと当時の恋人は偶然にも助かった。そして、その恋人は、今のタツヤの妻となり、サキとミカは生まれた。

 

 

「うふふ!きたよー!!」「きったよー!!」サキが”いつもの野原”に入ってすぐ、鳥居の向こうにそびえる大きなイチョウの木に向かってまず大きな声をだし、妹のミカがそれに続いた。その時、たまたま鳥居に降り立ってきたカラスが、走りながら声を出す二人の方を見る。

 

 その時、一筋の強い風が吹いた。

 同時に二人の姿が消えた。

 もともと辺りには誰も居ない。風になびく草木のざわめきだけが残っている。

 唯一この二人が消える様子を見ていたであろう、鳥居の上に留まったカラスが、カァと鳴いて鳥居を飛び立った。

 すると、また同じように一陣の風が吹き抜ける。 

 そして、カラスの姿も消えた。

 

 野原から消えたそのカラスは、次の瞬間、どこまでも続くような広大な緑の大地の上空を飛んでいた。

 まるで古生代の巨木を思わせる、何十メートルもありそうな木々が生い茂る大地。周囲は高い山々がそびえ立ち、その谷間を流れる川。

 カラスはその川のほとりに突如不自然に現れたかのような色鮮かな花畑に向かって降りていった。

 

 花畑には黄色、赤、紫、水色の色とりどりの花々が咲き乱れていて、その中ほどに二人の女の子がはしゃいだ声を出していた。

 

「あ、カラスさんも来たよ!」先に気が付いたミカがサキに向かって言った。

 カラスは二人の足元に降り立つと首を持ち上げて二人を見た。

 

『やあ、何かあったの?楽しそうだね』

 カラスの話し声が二人の頭の中に響く。

 

「うん、今ね、お花の精霊さんたちに見せてたの。スマホ」

 サキが手に持つスマホをカラスに向けて見せた。  

『なんだい、ただの黒い板じゃないか』

 つまらなそうに言うカラスに説明するようにまた別の声が頭の中に響く。

   

『これは旧世界の人間の道具』

 サキが花の精霊と呼んだその存在も言葉を頭の中に語りかけてくる。

 白い光の塊で、大きさはいわゆるボーリングの玉ぐらいの大きさだ。ふわふわと宙に浮いていた。

 

「ねえ!動かせる?スマホ」ミキが目をキラキラと輝かせて花の精霊に聞いた。

 

『こちらへ、おいで』ふわふわと浮かぶ白い光がいざなう先には、一瞬そそり立った岩の山かと見紛うほどの巨大なイチョウの木が、そびえているのが見える。

 

「わあい!」サキとミカははしゃいで飛び跳ねながら後をついていく。

『なんだなんだ?』とカラスも一緒に。

 

イチョウの巨木の下にやって来たサキとミカはちょこんと頭を下げてから手を合わせる。

二人はこの木を以前から「神様」と呼んでいた。

 

『ここに置いて』と、花の精霊が示した大きな切り株の上に、サキがスマホを置く。

 

『この道具で何がしたいの?』

 花の精霊に問われて、サキが迷わず言う。

「音楽が聴きたい!スマホで音楽が聴けるんだって!」

 ミカも合わせてうんうん、と大きく頷く。

 

”ぼおおおううん”という地鳴りのような音が辺り一帯の地面から響いたと思うった次の瞬間、スマートフォンの画面が光を放った。

 

「わ!みて!」サキとミカは顔を輝かせる。

 

スマートフォンの画面が更に光を放ち、その眩しさに思わず目を細める二人。

『わ!まぶしくてたまらん!』カラスは自分の翼で顔を覆っている。

 

少しすると切り株に置かれたスマートフォンが、宙に浮かび上がり、なぜかレコード盤のようにクルクルと周りだした。

 

「わあ!すごい、スマホって飛ぶんだ!パパ言ってなかったよ、そんなこと!」

 ミカが目を丸くして言った。

 

スマートフォンの光に誘われたように、辺り一面に光の玉の姿をした精霊達が集まりだしていた。

色とりどりな花、草、木、川の水、岩の精霊たち。

 

「わあ!みんな来てくれたのね!」サキとミカは満面の笑みで、自分たちを取り囲む光を見渡す。

 空が急に深い藍色に染まりだしたと思うと、その先に瞬く星々が空一面を覆い尽くしていく。

 ズンズンとした太鼓のリズムが大地から聴こえ出す。

 風が甲高い笛の音のような音を運んで来た瞬間、辺りの空気が弾けるように大音響の音楽が流れ出した。

 

「うっわー!スマホすごーい!!」ミカが笑顔で叫んだ。

「みんなで歌ってるみたい!」サキは大地のリズムと合わせて歌う、光と化した精霊たちの歓びの声を聴く。

 カラスもここぞとばかりに「カアアア!」と鳴いた。

 すると、二人の身体もフワリと宙に浮き始めた。音楽が身体全体に響くような感覚とともに歓びが湧き上がってくる。

 大きなイチョウの木の元で、光の精霊たちと、天の星々と一つになったかのうような宴の時間が始まった。

 

「パパたち、昔の人ってずるい!こんなすごいスマホを一人ずつ持ってたなんて!」ミカが驚きと歓びが入り交ざった顔で言う。

 それを聞いたサキは思わず吹き出して笑いながら「そうだね」と言った。

 

 この星が奏でる歌を聴きながら、サキとミカは自然と身体が動き出す。

 掛け声の様なパートでは自分たちでも思いっきり声を出しながら、精霊たちといっしょに歌って踊った。

 

「いつかパパもここにこれるかな、これないかな?」

 ミカは興奮の最中の笑顔でサキに言った。

「さて、どっちでしょう、それは・・・・せーの」

 サキはいつもの二人の合言葉を促した。

 

 歌を聴きながら、その歌にも負けないようにと、二人は大きな声を揃えていった。

 旧世界の時から、そして今の時代にも根付いている。子どもたちが、どちらにしようか迷った時に言う、あのフレーズ。

 

「神さまの言うとおり!」

 

fin

 


歌の星/ うたのほし【新曲・music video】

 

 

 

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