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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 56





 ふと気がつくと、さっきまで砂漠だったこの場所が、今ではすっかり温かな日差しが心地良い、緑の丘となっていた。
 穏やかな風にふかれて草や小さな花々が揺れている。空は青く、雨雲は見えず、太陽もやさしい顔をしている。
 この光景の変化に、改めて不思議を感じながら、私はあぐらをかいて座りなおし、すぐ横にいるヒカルに聞いた。

 「・・・一体、この俺が何を出来るって言うの?」
 こんな不思議で突拍子もない世界にやってきて、いきなり”できる”と言われたって、正直何にも出来る気なんてしない。
 せめて、もう少し知りたかった。この世界のこと、そして、自分のことを。

 ヒカルは小さく頷いた。そして、あぐらをかく私の横に座り込んだ。
 そして、言葉を選びながら説明をし始めた。
 「・・・人は誰もが、大なり小なり、自分の想念に囚われながら生きているの」
 この一言に対する私の反応を見るように、ヒカルは少しだけ間を置いた。
 
 「・・・うん」と私は答える。
 
 ヒカルはまた一つ頷いてから話を続けた。
 「誰だって、生まれたての赤ん坊の頃は、無垢で自然に近い状態。そこから少しずつ成長するにつれて、自分の置かれた環境や周りの人との間で ”自分”というものを形づくっていく」

 「・・・自我の芽生えってこと?」
 「そう。そして、子どもの頃の純粋な自分の気持ちを抱えながらも、少しずつ他人と関わり成長していく中で、様々なよろこびや、楽しさ、悲しさや、苦しみに触れる」
 
 ヒカルがそういったとき、少しだけ強くふいた風がざわざわとした草葉のこすれる音を誘い、その風にのって、野に咲く花や草木の青い香りが鼻をくすぐった。肩の下あたりで切りそろえられたヒカルの髪の毛が揺れる。

 「だから、そんな喜怒哀楽が、全て周りか与えられるものだと思ってしまうのは、仕方がないこと」

 「・・・」

 「でも、本当は、どんな人と出会って、どんな体験をしようとも、自分の心の持ちようは、自分で自由に選びとることができるの」
 ヒカルは視線を少し上の方に見やって言った。

 私も思わず、少し上の方を見て考えを巡らせる。
 「うーんと、あ、つまり、何があってもポジティブな人と、ネガティブな人がいるようにって、そういうこと?」

 「そう。でも、いくらポジティブに見える人でも、やっぱり心に抱える苦悩が少なからずある。そして、それは正しいこと。だって、それがないと、反省も努力も生まれない」
 
 ヒカルは私の方に顔を向けて言った。その切れ長な二重の目は、私の心の深い部分に語りかけるかのような黒さを持っていた。
 「そうやって、人は成長する。葛藤の末に、他人を許し、自分を許しながら」

 私は、強く頷いた。

 「でもね、そういう人を馬鹿にするように、簡単に人を欺いたり、人に酷いことをしても笑っている人もいる。そういう、何をしても平気でいる人の心は、自由だと思う?」

 「そんなやつ!ただ自分が何かに怯えてに縛られているだけでしょ!!」
 反射的に言い返した語気が、思わず荒くなった。
 
 その言葉を聞いて、ヒカルの顔は今まで見せなかった優しい笑顔になった。

 「・・・そういうところ。イナダくんがすごいところ」

 「・・・え?」

 私は、今、思わず虚を突かれて、間抜けな顔をしているに違いない。

 「まあ・・・ようは、イナダくんは、とっても素直ってことね」

 思わずガクッとくるような肩透かしを喰らった気分。
 さんざん自分が凄いといわれて、何がすごいのかと思えば、すなおなところとは・・・。

 そんな私の気持ちをよそに、ヒカルはすくっと立ち上がった。

 そして、顔を丘の向こうに向けた。
 ヒカルの視線の先を追うと、小さく街が見えた。

 「さ、いきましょう」

 あれ話ってもう終わり?と、あっけにとられながら、私もつられるように腰を上げた。

 「もう一回聞くけど、俺、何かできるんだよね・・・」
 ヒカルの横に立ち、丘の先に見える街を眺めながら、心許ないままの小さな遠慮がちな声で、ヒカルに尋ねた。

 それを聞いたヒカルは、私の目を見ながら、もう一度言った。
 「イナダくんなら、きっとできる」

・・・つづく。







 
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