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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 55





 雨に濡れてずぶ濡れになった私のすぐ傍らに、ヒカルが立っていた。最初にあった時と変わらない姿に見える。少し心配そうに私を見ている。
 
 「・・・なんで、ここに」
 私の混乱している頭はいつまでたっても空回りしつづけるエンジンのように、自分が置かれているこの状況を何もつかめずにいた。

 「ここは・・・そうね、”夢の世界”とでもいっておこうかな」
 ヒカルは、仰向けになって横たわり続ける私のそばにしゃがみ込み、そう言った。

 「夢の・・・世界」
 そうか、やっぱりそうだった。
 私の頭の中で思考がようやく動き始めた。

 私は、アサダさんの部屋にリン、クッキーと辿り着き、ヒカルに誘われてこのアサダさんの夢の中の世界にやってきたのだ。
 だとしたら、なぜ。
 「・・・俺は、さっきまで、砂漠にいたと思うんだけど・・・」

 「それはね、イナダくん、あなたの意識が構築した想念の世界よ」
 ヒカルは相変わらず淡々とした物言いだった。

 「俺の、想念?」

 ヒカルは頷き、続けた。
 「そう。あなたは恐らく不安だった。自分が何をするべきかという答えも、行き先さえも見えない。そんな寄る辺のない不安感が、たまたま砂漠というあなたの記憶の中の恐怖を覚える場所のイメージとつながって、現れた世界」

 「・・・え、じゃあ、全部、幻で本物の砂漠じゃなかったっていうこと?」

 ヒカルは少し考えてから言った。
 「あなたの想念がつくったという意味では、半分は幻といえるかもしれない。だけど、半分は本物と言ってもいい」

 「・・・?」

 「実際に、イナダくんが触れた砂の感覚や日の照りつける暑さ、喉の渇きの苦しみ、すべての現象は、本物だったでしょう?それに、今あなたは雨でずぶ濡れよ」

 そう言われて、私はあのどこまでも続く砂丘に感じた絶望感を思い出し、そして、今は雨に濡れた冷たさで。思わず身震いした。
 「・・・うん、たぶん・・・いや、絶対に本物だ」
 
 「そう。つまりは、この次元世界は人の想念が構築する世界。ちょうど、夢を見ている途中では、人はその夢の全てを現実だと思って疑わないのと同じような感じだから”夢の中の世界”というのは、いい表現だと思わない?」

 「なるほど、じゃあ、今も、なんというか、その夢の中にいるってこと?」
 
 「そうね・・・正しくは、”これは夢だ”と判っていながら、夢を見続けているような状態、ってとこかしら」

 「あ、そういう経験ならあるな。明晰夢ってやつだね?」
 子どもの頃、スカイツリーにのぼった夢を見たとき、途中でこれが夢だと気がついてスカイツリーのてっぺんから飛び降りようとしたその瞬間に、目が覚めてしまって悔しい思いをした記憶がある。 

 「でも、普通のあなたが見る夢とちがって、この世界の現象はどこまでもリアル。そして、現実の世界にいる全ての人の想念と干渉しあっていて、複雑に絡み合った混沌とした世界ともいえる」

 「全ての人の意識と?」

 「そう。つながっている。だから、全ての人の巡りが映し出す、もう一つの現実世界といってもいい。イナダくんたち現実世界の次元とも重なり合っているのだけれど、あなたたちには見えないだけ」

 「・・・ごめん、もうよく判らない」
 平凡な脳みその私には、とうに理解の範疇を超えている。次元移行だとか、リンとクッキーとの出会いだとか、もうここ最近の体験の全てがそうだ。
 でも、これは自分が体験しているリアルな現実だということは、さすがに身に染みて実感していた。

 「・・・だから、こういうこともできる」

 ヒカルはそう言うと、手のひらを私に向けた。
 すると、たちまち温かさに包まれた。雨に濡れた髪や服、全てがいつの間にか乾いていた。

 私は驚いて身体を起こした。
 「うわっ、すごい!どうなってんの?」

 ヒカルは少し笑って答えた。
 「私の想念のエネルギーで、イナダくんを乾かしたの」

 もう、本当に分けがわからないけれども”そういう世界”にいるということだ。
 「すごいな!ヒカルのこの力で、なんとでもなっちゃうんじゃない?」

 そう言うと、ヒカルは何故か首を横に振った。
 「残念ながら、私に出来ることは限られている。今、エネルギーが弱っているっていったでしょ」

 そうだった。ヒカルは何やらエネルギーが弱り、今はリンから少し分けてもらっている、そんなようなことを言っていた。
 「・・・なんで、ヒカルのエネルギーは弱ってしまっているの?」

 「・・・それは、言えない」 
 まただ。そうやって、肝心なところは教えてくれない。ヒカルは謎めいているままだった。
 私はただ、無言で頷くしか出来なかった。

 「でも、だからこそ、イナダくん、あなたの力が必要なの」

 「お、俺の?」
 戸惑う私をよそに、ヒカルは力強く頷いた。 

 「まちがいない。イナダくんなら、きっとできる。私はさっき確信したわ」

 珍しく語気に力が入っているヒカルから、思いがけずにもらった太鼓判。
 自分には何の根拠もなく、何の手応えもないというのに、なぜ?
 そんな疑問が先に立つばかりだった。


・・・つづく。 
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