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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 57

 ヒカルは、街の方角に向かって歩き出した。
 私も後を続く。
 ここから見るとかなり距離があるように思える。
 私とヒカルは肩を並べながら歩く。
 さっきまで死にかけた思いをした私を気遣ってか、ヒカルはチラチラとこちらの様子をみながら歩みの速度を合わせてくれているようだった。

 道中、ヒカルは話の続きをしてた。 
 「・・・さっき、イナダくんは恐ろしさに捉えられ、砂漠の虚構から抜けられなくなってしまった。でも、あなたの素直さが、あなた自身を救ったの」
  
 そう言われて、真っ先に思い出したのは、あの小さなトカゲだった。
 そのトカゲの姿に、かけがえのない生命の奇跡を想い、自らの死を目前にして、今まで自分を生かしてくれた全ての存在に対する感謝の気持ちに包まれたのだった。そして、雨が降った・・・。
 
 「・・・あのまま砂漠から抜けれなかったら、俺は死んでいたの・・・?」
 私は恐る恐る聞いてみた。

 「・・・この世界に死という概念はないわ。そのかわり、もう終わりだと思ったら、また目が覚めて、砂漠の悪夢の最初からのやりなおし・・・。そんな無限ループに陥ることは少なからずある」

 ヒカルは恐ろしいことをサラッと言った。
 「ちょ、ちょっと!無限ループって、怖すぎるでしょ!」
 
 「イナダくんは大丈夫だったでしょ?そう思ったからこそ、リンちゃんにあなたをここに連れてきてもらったのよ」
 「簡単にいうなよぉ、生きた心地がしないわあ」
 
 ヒカルはいたずらっぽく笑って続けた。
 「ふふ、まあ、私は観てたわけだから、砂漠から出られないままだったら、見かねたところで私が何とかしてたわ」

 「あ、そんなことできるんだ」私は少し安堵した。

 「そう。縁のある人間は、想い・・・想念のエネルギーで干渉できる」
 「ふう〜ん・・・」

 私は正直完全に要領を得ることは無かったが、なんとなくそんなものかと呑み込んだ。そして、つぎに気になったことを聞いてみた。
 「今からいくあの街は、何なの?」

 ヒカルが言葉を選びながら説明してくれたことをまとめると、次のような話だった。
 あの遠くに見えている街は、現実世界に暮らすたくさんの人々の想いが交錯して構築されて現れた街だという。
 例えば、現実世界である男性が妻と子どもと郊外の一軒家で暮らしていたとする。その男性は普段、自分の家でくつろく感覚や、生活をする感覚をイメージとして脳内にとどめている。そして、一緒に住む妻や子どもに対していろんな想いを抱くし、反対に、妻からはその男性は夫としてどうか、また、子どもからは父親としての姿として、様々な想いを受ける。男性が働いていれば、通勤するための駅や電車のイメージを持つし、オフィスのレイアウトや複雑な人間関係についての様々な想いやイメージを折り重ねていく。そうやって、全ての人の想いとイメージが折り重なって出来上がった街。それは、一見、現実世界の街とほとんど同じ、そっくりな街となる。

 しかし、現実世界と異なるのは、その街には過去と未来が同居しているということ。
 人は過去の出来事を記憶としてイメージの中にとどめているし、未来に向けた期待や不安というものが、たえず想いの中に浮かんでは消えている。それに、人は潜在的な意識下で夢のような空想をさまざまに思い巡らせる。それらの想いやイメージも孕んだ、まさに辻褄がメチャクチャな夢のようなカオスが具現化することにもなる。

 私自身がさっき体験した砂漠も、恐れのイメージが過去のテレビでみた砂漠のイメージと結びついて現れた世界。
 私はいま、夢の中で、これは夢であるということに気がついた”明晰夢状態”と言われたが、あの街には、人々の意識がまさに夢を見続けている状態で居るという・・・。

 「あそこに、アサダさんが居る」
 ヒカルは、まっすぐに街を見据えながらぽつりと言った。
 私は、ここに来た目的を、今はっきりと思いだし、はっとした。

 「宇宙の巡りのつながりが中途半端な今、異なる二つの次元の意識が重なった状態で、アサダさんは囚われてしまっているの・・・」


・・・つづく。
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