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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 13



 その日の夜。自宅に約束の来訪者がやってきた。

 やってきたのは、愛しの彼女、ではなく、謎の女性、ヒカル。
 今日初めて会うまで全く見知らぬ人物なのに、今の私が置かれる状況を、一番良く理解してくれている。
 なぜか?それは未だに判らない。

 彼女は今、相変わらず涼しい顔をして、私の目の前に居る。玄関で簡単な挨拶を交わした後、部屋の中に上がってもらってから、特段会話が無くても、変に取り繕うことはしない。私がコーヒーメーカーで煎れた温かい珈琲を、今は静かに飲んでいる。
 ・・・どうやら、アンドロイドではなさそうだ。
 
 しげしげと観察する私の目線に気づいたのか、眉を少しだけ上げ、こちらを見て言った。
 「不思議そうね」
 
 私は、うなずき「不思議だね」と正直に返した。
 こちらも気を遣ってなるべく体の良い言葉を返す気は、さらさら起きなかったし、その必要も無かった。それは、今の自分には、とても楽なことだ。自分は相手の事を何も知らないが、相手は、私の事を何から何までお見通し。少なくとも、自分は混乱した自分のままでいればいい。訳もわからず一生懸命相手に話を合わせる必要は無い。
 
 「キミは、一体何者なの?」
 私の質問に一呼吸置いてヒカルは応えた。
 「・・・ヒカルよ。今は、あまり詳しいことは言えない」

 どうやら、この辺りの質問については、あまり取り付く島がなさそうだ。でも、もう少し食い下がってみる。
 「じゃあ、何で俺だけキミのことを知らないの?」

 この質問に応えるべきか、否か、少し考えてから口を開くヒカル。
 「その質問は少し間違えている。それを聞くなら、なぜ、皆が私の事を知っているのか?、と聞く方が正しいわ」
 頷く私にヒカルは続けた。
 「本来、私はこの世界の、この時代には存在しない人間」
 「・・・?」
「でも、会社でも話したように、あなたの中の“巡り”が途切れたことで、必然的に、私がここに存在する必要が生じたの。世界の消滅を防ぐためにね」

・・・世界の消滅。その言葉を今日ヒカルから聞くのは二度目だが、それが本当に意味するところを測りかねていた。
「えっと、まず、世界の消滅って、何のことなの?」
ヒカルは少しだけ沈鬱な表情になったが、努めて淡々として応える。

「だから、この宇宙が無くなってしまう、という事」

 いよいよその意味するところをはっきり認識できたものの、当然納得がいく話では無い。

 「何でそうなっちゃうの?」
 ヒカルは小さな肩でため息をついた。そして、静かに語り出す。
 「この宇宙で起こる全ての事象は、トータルで見ると完全に調和している。生と死。プラスとマイナス。光と闇。善と悪。それぞれは異なる意味や表情を見せながらも、全体では一つの宇宙として完全につながっている」

 ヒカルは、この話を続けていいか、目で聞いてきた。
 私は小さく頷く。

 「その完全なる宇宙の調和は、いくつかの次元をまたがって成り立っているの。人間にとって、それらの次元は、見えない世界とも言う」
 私は、口を挟みたくなるのをぐっと我慢して、眉間にしわを寄せながら、かろうじて頷く。それを見てヒカルはさらに続ける。
 「人類は量子テレポーテーションを実用化することで、知らずに見えない世界への次元干渉を生じさせてしまった。あなたの場合はその中でも超レアケースで、見えない世界とこちらの世界との間にほんの小さな時空の穴を開けてしまったの」
 
 私はたまらず口を挟む。
 「・・・ゴメン、全然、判らない。」

 目を瞑りながら、まあそうでしょうね、と言わんばかりに肩をすくめるヒカル。少し考えてから目を開けて話し出す。
 「まあ、要するに、量子テレポーテーションであなたの意識が他次元にアクセスし、それが原因で、完全に調和する宇宙にごくごく小さな穴を開けてしまった、ってな感じ」

 なんだか、少し判ってきた気がする。
 「でも、小さな穴が開いただけで、この宇宙が消滅するっていうの?」

 そこに疑問を持たれるということ自体が意外だったようで、ヒカルは不思議そうにしながら応える。
 「そうよ。風船を想像してみて。どんなに小さな穴でも、風船は破裂してしまうでしょ」

 私は、その判りやすい例えを聞いて、はじめて、心底ぞっとした。


・・・つづく

 
 
 

 

 
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