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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 12



 「今は演技をしないでちょうだい。話がややこしくなるから」
 三芳ひかるは、続けざまに声のトーンを抑えながら早口でそう言った。

 私は、昨日、今日と、自分の記憶と現実とが一部結びついていない周囲の状況に、懸命に同調しようとしていた。そうでなければ、自分が自分であるという確証が揺らいでしまうような気がしていた。まるで、周囲の環境に合わせて自分の体の模様を変えて敵から身を守る、擬態するカメレオンのように、本能的に、懸命に自分自身を周りの目から守っていたのだ。
 三芳ひかるのその一言は、そんな、寄る辺のない不安や寂しさから一瞬だけ救い出してくれる女神の一言にも聞こえた。 
 しかし、同時に疑問なのは、なぜ、三芳ひかるはその事実を、知っているのだろう。いや、それにも増して頭を大きく占める、素直な疑問が再び浮かび上がる。


 —— キミは、一体、何者なんだ。


 「驚くのも無理ないわね」
 固まり続ける私の様子を見て、三芳ひかるは続けた。
 「ここではあまり詳しく話せないけど、私はヒカル。職場では、あなたは私をヒカルちゃんと呼ぶの。そういう設定だから、よろしくね」
 ヒカルという名の女性は、表情を一つ変えず続ける。
 「イナダくん。あなた、量子テレポーテーションしてから、世界がおかしいことに気づいてる?」

 そう問いかけられ、いよいよこの混乱した現実の謎に迫っていることに期待が膨らみ、心がはやる。同時に、ヒカルは、全てを判っていることを確信し、私はカメレオンではある必要が今は無く、本来のイナダトモヤになって、言葉を返すべきことを悟った。
 「そ、そうなんだ。・・・あの、橋爪部長とか、アサダさんとか、明らかに様子が違うし、会社はやっぱり17階のはずなのに!・・・それに、君は一体、誰なんだ・・・!?」
 私は声がつい大きくなり、ヒカルから「シッ!」とたしなめられる。
 「まず最初に、言っておきたいことがあるの。それは」
 私は身をかがめて耳に神経を集中する。

 「この世界の“巡り”が、少し変わってしまったの。」

 「めぐり・・・?」私は首をかしげた。
 「そう、この世界の全ての現実は、人と人の“巡り”の糸がつながり、幾重にも紡がれることで、現象化している」
 いまいち判らないでいる私に、ヒカルは続けた。
 「まあ、巡りは、“めぐりあわせ”ということで、ひとまず理解してもらっていいわ。今の状況をより断片的な言いかたで表せば、歴史が変わってしまった、ということ」
 私は、小さく頷いた。
 「でも、あなたの中では“巡り”が以前の状態まま、固定化されてしまっている」
 ここで私は、自分の理解のためにも、簡単な言葉を選んで聞いてみる。
 「えっと、・・・それって、つまり、自分だけは変わった新しい世界についていけてない、ということ?」

 「つまりはそういうこと」
 
 にわかには信じられない話に聞こえるが、昨日、今日と過ごしてみて、自分の中ではそれは充分に頷ける事実だった。
 「だとしたら、ど、どうすればいいの?」
 「あなたの中で途切れた巡りを、あなた自身で、つなぎ合わせるの」
 ヒカルにまっすぐ目を合わせられながらそう言われた時、私はヒカルの瞳の中から、はじめて隠しきれない緊張を感じ取った。
 「わたしは、それを速やかに促すため、この世界の巡りに強制干渉をして、今ここに居る」
 私は、素直に浮かんだ疑問を口にする
 「何だか判らないけど・・・それって、簡単にできることなの?」
 ヒカルは、言葉を選んでいるように、考えた後、口を開いた。
 「あなたになら、多分できる」
 そう言ってからヒカルは一呼吸おいて、より断定的な言い回しで続けた。
 「いえ、やってもらわなければいけない」 
 その語気に少し呑まれつつ、返す。
 「・・・いつ、それをすればいいの?」
 
 「今晩。すぐにでも」
 そう聞いた瞬間、ミキからもらったメールの♥マークが頭をよぎる。
 「え、今晩?それは絶対無理!大事な用があるんだ・・・」
 それを聞いたヒカルは呆れ顔でため息をつく。
 「アサダさんが家に来るというんでしょ」
 私は再び固まった。「な、なぜそれを・・・」
 「巡りを見ればわかる」
 そして、冷ややかな目のまま続ける。 
 「そのスケベ根性のせいで、この世界を消滅させてもいいわけ?」
 私は動揺を重ねて、大きく慌てた。
 「す、スケベだなんて、そんなつもりは無い・・・っていうか、世界が消滅って、何!?」
 ヒカルは構わずに続ける。
 「いい?アサダさんとの予定は無くしておく。とにかく、今夜。私はあなたの家に行く。そこで詳しく説明する。ここではこれ以上話せないから」
 そう言って、ヒカルは席を立って、さっさとデスクに戻って行ってしまった。

 アサダさんとの予定を無くしておくって、何だよ!今夜のことを楽しみにしながら、今日の仕事を頑張っていたというのに!
 それに、世界が消滅するなんて、いくらなんでも大げさな・・・。
 
 割り切れない感情に巻かれている最中、私の携帯にメールが入った。ミキからだった。
 『・・・ゴメン、今夜、急に得意先との食事会が入っちゃった。遅くなりそうだし、家に行くのまたにするね、アーン残念。(´・ω・`)』
 
 !・・・これって、・・・ヒカルの仕業なのか!?それにしたって、こんなすぐに、どうやって?

 この不思議な現象を目の当たりにし、謎めいたヒカルに対する畏敬の思いと、ミキに対する、ただ、ただ、残念な気持ちが入り交じり、深いため息をつく。そして、観念する気持ちでメールでしぶしぶ了解の返事を送った。 


・・・つづく
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