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誰も知らない、ものがたり。

短編小説「The Phantom City」 18

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 ーーー9月16日の朝。

 ケンはいつもより少し早めに目覚めた。

 顔を洗い、歯を磨き、少しソファでぼうっとしてからモーニング珈琲を煎れた。

 いよいよこの日が来た。カヲリは手紙を読んでくれただろうか。そして、自分が書いた通りに噴水前の広場へと現れるだろうか。

 この一ヶ月、ケンは謎のサイト『静寂なる世界』の管理人とコメント欄でのやりとりを通じて、彼(彼ら?)の拠点である『Quiet World』と名付けられた外の世界の”ある場所”へと訪れるための段取りをつけていた。

 そう、かつて友人のトオルがしたのと同じように。

 トオルも、重度の自己免疫疾患に冒された娘の為に、このサイトのコメント欄を通じて同じように管理人とやりとりをし、その場所へと訪れる段取りをしていた痕跡を、過去のログから見つけることができた。

 しかし、トオルはいよいよ『Quiet World』へと向かう直前になって、重度の精神病患者が収監される地下最下層のセクション46へとその身柄を拘束される結果となった。

 かつてのトオルによるコメント欄でのやりとりを見ている限り、トオルが本当に精神障害を患っていたということは考えにくい。

 治療というのは口実で、本当はノアの上層部にとって都合の悪い”何か”に触れてしまったのではないか。

 ケンは、このサイトのコメント欄でやりとりされる、隠語を用いた様々な名も無き人々の対話と、そこから得られる情報を元にした総合的に判断により、そう確信するようになっていた。

 となれば、今自分がこうして『Quiet World』へと向かおうとしている事は、絶対にノアに・・・いや、ノアのマザーAIに知られてはいけない。

 知られた瞬間、精神病患者やあるいは犯罪者としていわれ無き拘束を受けることに、きっとなる。今では、そう確信するようにまでなった。

 そう思って、ケンはこの1ヶ月間、サイトの管理人とのやりとりと並行して、そのような危険を回避するための策を練り、周到に準備してきたつもりだった。

 上手く行くかは、正直その時が来るまでわからない。でも、やれることはやった。

 そして、カヲリの父かもしれないという人物に、『Quiet World』まで自分はカヲリを連れていこうと思っている事も伝えてある。上手く行けば、そこで娘と会えるかも知れないことを伝えた。勿論、様々な隠語を駆使して。

 コメント欄には期待に胸を膨らませるようなメッセージが沸いた。同時に、注意を呼びかける声も数多く上がった。

 そう、今自分がやろうとしていることは、この新世界全体に覆い被さるようにある、真実を覆い隠そうとする分厚い壁に、小さな穴を開けるような行為にも感じられた。

 あとは・・・。

 ケンはコーヒーカップを片手にコロニーの外にいるカヲリの事を思い浮かべながら窓の外を見る。

 突然の手紙にさぞ面食らったことだろう。

 普通、あんな手紙を貰ったら、その手紙を書いた人間の正気を疑うに違いない。

 これから自分が向かおうとしているその場所は、コロニーを覆うドームも、分厚い壁も無い世界。

 そんな場所が本当にあるのか。人はそこでも生きていけるのか。

 自然の草木やいきものたちと、太陽のもとで暮らす自由が、この新世界に遺されているというのか。

 ケンは知りたかった。この世界の真実と、行く先にある希望を。

 いまだコロニーに移らず、外の世界で分厚い防護服をまといながら暮らすカヲリは、このことをどう思っただろうか。

 

・・・つづく


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主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy  

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