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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星45


 お父さんに会える歓びに飛び跳ねていたリンは、不意にクルリと身体をこちらに向けて片手を差し出して言った。
 「はい!じゃあ、手にぎって!」

 「手を?・・・これでいい?」
 私は差し出されたリンの小さな手を取る。
 
 「うん、おっけー。あとクッキーのリードも持ってて」 
 リンは私の反対の手にクッキーのリードの持ち手を渡してきた。

 「え、なになに、どういうこと?」
 渡しは状況がよく判らずに聞き返す。

 「今からあたしたちの”しんどうすう”を上げて、“じげんいこう”するから。あたしに触ってつながっていればトモヤも一緒にできるの。リードでつながったクッキーもね」

 「振動数を上げて・・・次元移行・・・」
 何となく、これまでのヒカルの難しい話を聞いてきたこともあり、リンが言った言葉の何となくの意味合いをイメージできた・・・気がする。

 「そう。そうしたら、ビューンって移動できるから」
 
 リンの言う、ビューンって、瞬間移動の事だとは思う。なるほど、そのために手をつなぐのか。
 恐らく、量子テレポーテーションみたいなものだろう。それを、リンは特殊な装置無しで出来るということだ。
 おかしいもので、これまでの夢のようで、夢ではない、不思議な体験の数々によって、私の中にはこの手の超常現象的な事態に対する抵抗感はすっかり無くなっていた。うん、テレポーテーション、全然、大丈夫。ばっちこい!
 「よし、わかった、行こう!」

 のみ込みが早い私に満足し、リンは笑顔でうなずく。 
 そして、笑顔のまま、リンはもうひと言だけつけ加えた。
 「あ、それと、ぜったいに手を、離さないでね。離したらトモヤは二度と戻って来れないと思うから」

 「・・・へ?」二度と戻って来れない?あまりに非現実的なひと言。
 
 「あ、つまり、次元移行してる時に手を離すと、トモヤの振動数が合わずに身体の粒子がバラバラになっちゃうかも」
 リンはさらりと言う。

 「ううえっ!?」私の喉から声にならない声が出た。

 「じゃいくよー」
 間もおかずリンは息を大きく吸い込む。

 「ええっ!?ちょ、ちょっと待って!ちょっと待って!」
 たまらず大声を出した私に向かって、通りを歩く人たちが一斉に振り返った。
 それを見て、リンも一旦呼吸を止める。
 
 震災の最中の混乱と不安の中で神妙な面持ちで歩いている人たちは、怪訝そうな目を私たちに向けながら、通り過ぎていく。
 私は声のトーンを落としてリンに言った。
 「・・・あのね、今の話、とんでもなく怖いから、こ、心の準備が・・・!、それに人目につかない場所じゃないときっと大騒ぎになる!ちょっと、ちょっと待って・・・!」

 「えーっ」というリンの手を握ったまま、大通りからあまり人目のつなかい通りに一旦戻った。
 そして、植物の植え込みが並んでいて通りからの視界が遮られた場所を見つけて、そこにリンとクッキーと身を寄せるように隠れる。
 
 「・・・よし、こ、ここでやろう!ちょっと待って、深呼吸するから・・・!」
 私は息を大きく吸って、ゆっくりと吐き出すのを3回繰り返す。
 「と、とにかく、手を離さなければいいんだよね!?」
 その動揺した様子があまりに面白かったらしく、リンは私の手を振りほどき、私の顔を指差して笑った。
 
 「わあああっ!手、てえ〜!」
 「あはははは!」

 さらに慌てる私を見てリンはより可笑しくなったらしい。
 そして、お腹を抱えながら言う。

 「まあ、最悪クッキーのリードを離さなければ、クッキーはバラバラにはならないし、磁気の鼻が効くから元の次元に連れて戻ってくれるんじゃない。あははは」 

 「くれるんじゃない・・・って、メチャクチャ不安だよ・・・、もう、とにかく絶対手を離さないでね、お願いだから・・・!」
 私は膝をついて、くりくりお目々に小さなリンにすがるようにお願いする。

 「あはは、わかったから、はい、じゃあ、もういくよー」
 リンは笑顔で私の手をとり、再び息を大きく吸った。
 私はリンの手と、クッキーのリードをしっかりと握った。

 ・・・程なくして、ふうう、という吐く息の音が聞こえたかと思うと、リンのからだが青白い光を帯び出す。
 私は、思わず息を呑む。
 
 ほどなく、リンの手からその青白い光が私の手、そして、腕へと移り渡っていくのが見て取れた。
 
 わずか数秒のうちに、リンと私とクッキーは完全に青白い光に包まれた。

 そして、耳元にブーンという低い音が発生したかと思うと、直ぐにその音はキイーンという高い音へと変わっていく。
 強烈な耳鳴りのような高周波音に身体がすくみ、私は思わず目を瞑る。

 その音がさらに人の耳で聞き取れる高音の領域を超えたのか、ある時、ふっと消えた。
 その時、音と共に白さを増していった強烈な光が、私の頭の中までも真っ白にする感覚を覚える。

 身体の感覚が何かおかしい。

 なんだろう、このふわふわとした不思議な感覚。
 
 身体が、軽い。

 そうか、重力だ。重力が・・・感じられない!?

 その時、リンの声が聞こえた。
 「トモヤ、だいじょうぶ?」

 私は、恐る恐る目を開けてみる。

 
 右隣には私の顔をのぞき込む、リンがいた。
 左に、クッキーが大人しくお座りしている。

 その下に・・・下に・・・!? 
 下に見えたのは、街。建物のたくさんの屋根が見えた。

 ・・・私は、今、空中に浮かんでいるのだ。


・・・つづく


 

 


 

 

 



 
 
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