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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 46



 眼下に見える街並と行き交う人々を呆然と眺めながら、私は自分が息を押し殺すように呼吸を止めてしまっていることに気がついた。
 今息をしたら急に体が重たくなって下に落ちてしまうんじゃ無いかと不安になる。
 しかし、さすがに苦しくなってきたので恐る恐る息を吸い、そして、ゆっくりと吐いた。
 大丈夫、まだ身体は浮いたままだ。
 
 「ねえ、トモヤ、ちょっと強くにぎりすぎ!」

 リンに言われて気づいたが、からだが強ばって手にとても力が入っていた。
 
 「あ!ご、ごめん」

 私は身体から緊張を取るように、呼吸とともに手の力を弱めた。
 代わりに、クッキーのリードを握る手には余計に力が入る。
 チラリと横目でみると、クッキーはいたって涼しい顔して空中でお座りしていた。

 「リンちゃん、お、俺たち、浮かんでるよね・・・」
 「うん。移行して、次元がひとつ上がったから、ここでは浮かべるよ」
 リンは相変わらずくりっとした目で事もなげに話す。
 
 「そうなんだ・・・、じゃあさ、下に居る街の人たちに見つかって騒ぎにならないかな?」
 「だいじょうぶ。みんなはあたしたちのこと見えないから。こっちからはみえても、あっちからは見えないの」
 リンのその言葉の通り、誰ひとりとしてこちらに気がつく様子はない。
 宙に浮かんでいると言っても、普通ならばっちり目視できる距離だ。これだけ人が歩いていれば、誰か一人は気づいてもおかしくない。
 でも、誰からも見えてないのだ。

 「トモヤ、早くいこ」
 リンは握る手を揺らして催促してきた。
 「えっ、行くって、ど、どうしたらいいの?何だか身体がふわふわしてて歩ける気がしないんだけど・・・」
 
 ああ、そうか、という風な顔持ちで頷くと、リンは初めての次元移行に戸惑う私に、その方法をリンなりに詳しく教えてくれた。

 リンが言うことをまとめると、この次元では身体を動かすという感覚では無くて、行きたい場所をなるべくはっきりとしたイメージで思うことが必要らしい。
 頭の中にイメージが鮮明に浮かべば、行きたい場所が光の塊のようになって目の前に見える。次に、その光の塊の中にむかって心を寄せていけば、その中に入れるということだった。
 イメージする時には呼吸が大事で、ゆっくりと息を吸って長く吐くことを数回繰り返すと心が落ちつき、大抵の場合は移動するためのエネルギーが準備されるらしい。

 「お父さんのいる場所を詳しく知ってるのはトモヤだから、トモヤがやるんだよ」
 「え、そんな、いきなり言われても・・・」

 「いいから、はやくいこうよー!」
 リンは手を激しく揺らして再び催促した。
 「わかった!、わかったから、手を揺らさないで、お願いだから・・・!」
 
 リンが手を止めのを待って、私は深呼吸を始めた。
 ゆっくりと息を吸って、長く吐く。それを2、3回繰り返す。

 ・・・うん。心がだいぶ、落ちついたような気がする。

 次に、私は目を瞑り橋爪部長のマンションを思い浮かべた。

 すると、すぐさま瞑っていたまぶたの向こうに、強い光を感じた。

 「・・・え・・・わっ!おっきい!!すっごい光だよ、トモヤ!」
 
 「・・・え?」

 リンの言葉につられて目を開けると、目の前に巨大な光の塊が出現していた。

 「トモヤ、すごいよ、これ。あたしでも、こんな大きな光を見たことない!」

 リンはあまりの光の大きさに驚いて興奮していた。
 
 「想うエネルギーが大きいと光もおおきく、はっきりするの。すごいじゃん、トモヤ!みなおしたよ」

 リンのクリクリお目々は再び大きく見開かれ、私を見ていた。 

 「そ、そうなの?」
 
 戸惑いながら光の塊を見ると、その中にはっきりと、橋爪部長のマンションとそのまわりの風景が丸ごと映し出されている様子が見てとれた。

 「ここなのね?お父さんのいるところ!」

 リンは光の塊の中に見えるマンションを見て、顔を上気させながら聴いてきた。
 私は、頷いた。

 「あたし、いままで小さな光の塊の中にお父さんのことは見ることはできたの。でも、その場所はよく判らないから、行けたことないんだ。でも、こんだけ大きくハッキリ映ってたら、もう簡単に行けちゃう!すごい、すごい!」

 すごいと褒められ、まんざらでも無い。ちょっと誇らしい気分だった。
 そして、次に私は光の塊の中に“心を寄せた”。
 説明を聞いたときには出来るか判らなかったけれど、今はなぜかそれがどういうことか、判った。

 光が近づいているのか、私たちが近づいているのか、どちらからともなく、目の前の光の塊と私たちが一つに交わっていく。

 私はこの時、言葉では言い表せないような心の躍動を感じていた。

 それは、自分には隠された翼があると知らされて、いきなり突然と空を飛べてしまったかのような、圧倒的な自由への解放感。

 これまであたり前のようにしてあった肉体の制限がなくなり、無限で自在な自分を“思い出す”ような不思議な感覚。

 こんな感覚は絶対知らない筈なのに、なぜか、懐かしい。
 心がそんな嬉しさで溢れていた。
 
 そして、再び世界が真っ白になったと思った次の瞬間、私たちは別の場所、橋爪部長のマンションの目の前に、浮かんでいた。


・・・つづく
 




 


 
 
 
 


 
 
   
 
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