サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

地方自治体は革新者たれ~環境政策の採用と伝搬より

2015年10月06日 | 環境イノベーションとその普及

1.政策普及のモデル

 

 ある地域で革新的に採用された環境政策は、他地域に伝搬し、やがて他地域にも採用されていく。これが、ボトムアップによる地域からの革新のイメージである。しかし、地域での政策採用は、地域間の伝搬というメカニズムだけで説明できるわけではない。政策採用のメカニズムを整理するうえで参考にすべきは,普及学及びそれをもとにした政策普及の研究である。

 

 まず、「イノベーション普及学」をまとめたE.M.Rogers(2014)は、イノベーションを「個人もしくは、他の採用単位(主体)によって新しいものと知覚されたアイディア、習慣、あるいは対象物」と定義し、イノベーションの普及曲線や普及速度の規定要因、普及促進機関の役割等を整理した。その知見は政策普及にも多くの示唆を与える。

 

 例えば、E.M.Rogersは、イノベーションの普及速度を5つのイノベーション属性(「導入効果の相対的有利性」、「従来の価値規範やニーズ等との両立可能性」、「理解や操作等の複雑性」、「試行の可能性」、「効果の観察可能性」)によって説明している。ここで、「導入効果の相対的有利性」とは、他のイノベーションと比較した場合の効果の大きさをいい、効果とはイノベーションの導入目的の達成状況である。「従来の価値規範やニーズ等との両立性」は、環境配慮商品でいえば、従来の商品選択の規範である品質や価格等と環境改善効果が両立するか否かを示し、コベネフィット性と換言できる。「理解や操作等の複雑性」は、イノベーションの導入容易性である。新しい政策の普及においても、その政策のイノベーション属性が普及速度を規定すると考えられる。

 

 環境政策についても、E.M.Rogersの普及学を基盤とした研究がなされてきた。伊藤(2002)は、地方自治体が新たな政策課題に対して、自らの政策資源を用いて、新しい政策を採用していくメカニズムとして「動的相互依存モデル」という理論を提示した。このモデルは、①各自治体の社会的、経済的、政治的条件といった「内生条件への対応」、②内生条件によって決まった先行自治体による政策採用の動きを全国に波及させるメカニズムである「相互参照」、③政策を採用すれば便益が見込まれる状況のもとで、われ先に政策の採用に乗り出す行動である「横並び競争」等を、政策普及の促進要因として捉えている。

 

  既往研究を踏まえると、新たな環境政策の採用メカニズムは、国あるいは他地方自治体の取組みの参照に関する参照要因とイノベーションあるいは採用者の属性に関する属性要因の2つの側面から、5つの要因に整理できる。

 1つめは、参照要因のうち国の取組みの垂直参照である。杉山(2008)は、日本の緩和策では、国によるガイドライン、計画策定のための補助金、あるいは地球温暖化対策法による位置づけがなされて、地方自治体の取組みが拡大したことを指摘している。

 

 2つめの要因は、垂直参照に対する水平参照である。環境政策が先行する地域の状況、あるいは周辺地域の状況といった水平参照が政策採用を促している。

 

 3つめは、属性要因のうちの新たな政策の普及し易さ関する要因である。E.M.Rogersがイノベーションの普及速度を規定とした5つのイノベーション属性(前述)を環境政策に当てはめることができる。伊藤(2002)は、新たな政策課題は(政策の結果の)不確実性があるため、政策決定が遅れることを指摘している。

 

 4つは、属性要因のうちの地域の内生的条件のうち、政策を必要とする地域特性に関する要因である。伊藤(2002)は、「先行自治体は、地域の社会的、経済的,政治的な条件が要因となっている」と指摘をしている。例えば、産業都市として深刻な公害問題が発生した地域では、環境政策への取組みに先行せざるを得なかったわけである。

 

 5つめは、地域の内生条件のうち、政策の推進を可能とするアクター条件である。法政大学(2012)は「緩和策の先進地域では、首長の基本政策との整合やリーダーシップが促進要因となっている」ことを指摘している。先取性のある地域の気質、地域住民における環境意識の高さや活発な環境NPOの存在なども、新たな環境政策の採用を促していると考えられる。

 

2.地方自治体における環境イノベーションの採用メカニズムの実際

 

 1で示した採用メカニズムの理論を基にして、地域における環境政策の先駆者の動きを、4つの側面で整理することができる。

 

 1つに、先駆者の政策採用には、参照要因よりは属性要因が強く働いている。特に、政策を必要とする地域特性、あるいは政策の推進を可能とするアクター条件といった地域の内生的条件が先駆者の政策を規定している。環境政策の先駆者となるアクター条件としては、北九州の婦人活動や琵琶湖の合成洗剤追放運動のように、地域における環境政策の積み重ねの結果として形成された人材、ネットワーク、ノウハウ等が先駆者としての動きを支える基盤となっているが、地域で深刻化する環境問題に対し、地域主体が立ち上がらざるを得なかった。

 

 2つに、先駆者を支えるアクター条件として、首長が力を発揮している場合がある。宮崎県綾町の照葉樹林都市、あるいは今日進められている低炭素施策の先駆的な取組みや環境モデル都市の取組みの一部(梼原町、富山市等)に見られるように、首長が強力なリーダーシップを発揮している。この首長のリーダーシップは、地域づくりにおいて優先順位が低くなりがちな環境政策に正当性を与えている。また、首長の力は、自治公民館活動等の伝統的組織に支えられ、リーダーと住民の一体的な取組みを加速させてきた。

 

 3つに、「環境と経済の統合的発展」、「地域環境力」、「安全・安心」といった新たな環境政策は、地域の先駆者から始まり、先進事例に学ぶ国が政策の方針をつくり、支援事業を立ちあげ、それに呼応して、地域の「追随者」が動きだすという流れがある。都道府県の環境基本計画に「環境と経済の統合的発展」、「地域環境力」、「安全・安心」といった新しい環境政策が盛り込まれているが、それは国の環境基本計画に示された概念を取り入れたものである。つまり、地域の先駆者の環境イノベーション→国での方針化・事業化→地域の追随者の計画・事業、といった相互参照により、環境イノベーションの普及が進んでいると考えらえる。

 

 4つに、先駆者のうち「地域環境力」を高めた地域では、「地域環境力」を活かした次の展開が動きだし、それを基盤としてさらに「地域環境力」が発展していくという相乗的発展がみられる。こうした例は、長野県飯田市にみることができる。また、環境への取組みを通じて、行政、企業、市民との協働関係が強化され、行政は市民との対話のノウハウを知り、市民は行政への信頼を持つことで、新たな環境政策の導入が可能となる。これは、北九州市のごみの有料化(値上げ)とPCB処理施設の受け入れの例にみることができる。つまり、「地域環境力」の形成を基盤として、先駆者はさらに先駆者の道を拓いていくのである。これに対して、首長のリーダーシィップが功を収めた地域では、伝統的な地区活動の膠着化とともに、活動が停滞しがちな場合もあるようである。

 

 5つに、先駆者の直接あるいは間接的な影響を受けて動き出した追随者は、「地域環境力」という内発ではなく、他地域からの情報・ノウハウや国からの資金等による外発を推進力とする。このため、追随者は十分な成功を収めることができず、継続や波及が困難な場合が多い。この結果、先駆者と追随者の格差が広がる。環境モデル都市や環境未来都市のように、先駆者の成功をさらにステップアップさせ、他地域や海外移転を図り、国内ビジネスの振興につなげるよう野心的な取組みも見られるが、こうした事業が先駆者をさらに成功させたとしても、追随者の成功を導くものとはならない可能性もある。

 

 以上を踏まえると、地方自治体における環境政策は、先駆者と追随者の差が開きつつあること、また先駆者においても「地域環境力」の形成有無による実力の差があり、「地域環境力」に配慮してこなかった地域は次の展開が膠着化しやすことを、指摘することができる。今後は、「真の先駆者」はさらに理想を求めた展開が期待され、そうでない「見かけの先駆者」は自らの弱点を自覚した再構築が期待される。そして、追随者においては、「真の先駆者」から本質的に学ぶべき点を見定め、100年の計といわずとも、10年ぐらいの計をもって、地域の状況に応じた一歩を踏み出すことが期待される。

 

参考文献

エベレット・ロジャーズ/三藤利雄訳(2014)『イノベーションの普及』翔泳社.

伊藤修一郎(2002)『自治体政策過程の動態 政策イノベーションと波及』慶応義塾大学出版会.

杉山範子(2008)『「地域気候政策」の確立に向けた環境政策研究』博士論文(名古屋大学)

法政大学(2012)『日本の自治体における低炭素社会構築及び地球環境問題への取り組み促進施策に関する研究調査報告書』

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