サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

持続可能な発展の概念と構造

2013年03月24日 | 環境と教育・人づくり

 これまで,持続可能な発展に係る多く議論や研究が成されてきている.ここでは持続可能な発展の概念定義,持続可能な発展に係る指標の領域,持続可能な発展に係る構造分析に関する既往研究等の状況を整理する.

 

1) 持続可能な発展の概念

 

 持続可能な発展の概念は,国際開発分野において,提案されてきた.まず,国際自然保護連合が世界自然資源保全戦略(1)の中で,「持続可能な発展」という表現を文書で使っている.その後,環境と開発に関する世界委員(1987)(2)が,「持続可能な発展」を「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく,今日の世代のニーズを満たすような発展」と定義した.この定義は,1992年の国連環境開発会議における環境と開発に関するリオ宣言,アジェンダ21の中心的概念としても継承されている.

 

 これらの定義を踏まえて,森田・川島ら(1992)(3)は,持続可能な発展に係る議論の動向を整理し、持続可能性の規範として,「A.. 環境・人間軸の観点(生態系サービスの保全,資源・エネルギー制約,環境容量等)」,「B. 時間軸の観点(経済活動の継続、世代間の公平等)」,「C. その他の観点(南北間の公平、生活水準、多様性等)」といった3つの側面を整理している.Aは人類の生存基盤に係る問題であり,Bはその将来世代への保証に係る問題、Cはより高次な人権等に係る規範を指している.

 

 また,国立環境研究所(2011)(4)では,持続可能な発展に関する領域横断的な規範を既往研究等から抽出し,分野別の検証等を行っている.抽出された規範は,「A. 可逆であること」,「B. 可逆ではなくとも,代替できること」,「C. 人の基本的なニーズを満たすこと」,「D. より安定的であること」,等である.AとBの規範は,Herman E. Daly(1996)(5)の3原則やナチュラル・ステップ(6)の4つのシステム条件を踏襲したもので,人間活動と環境の関係に着目して,環境の持続可能性を示すものである.Cはミレニアム開発目標(MDGs)とも密接に関係し,持続可能な発展の「発展」における人間社会の規範といえる.DはA~Cを補完し,持続可能性の確保をより確実にするものである.

 

 一方,企業経営分野では「Triple Bottom Line」という観点で持続可能性を捉える考え方が定着してきた.これは,GRI (Global Reporting Initiative)の持続可能性報告ガイドライン(7)で示された考え方で,企業の環境報告書を持続可能性報告書に発展させたキーコンセプトである.ボトムラインとは企業の決算報告書の最終行を指し,最終行に収益・損失という経済面だけを書くのではなく,社会面の人権配慮や社会貢献、環境面の環境汚染や資源枯渇への配慮についても記述することを意味する.

 

2) 持続可能な発展に係る指標の領域

 

 持続可能な発展に係る指標は,環境,経済,社会の3領域(Triple Bottom Line)を総合的に捉えるものが多い.国連持続可能な開発委員会(UNCSD)による指標(8)がその代表例である.

 

 Tasaki et al.(2010)(9)は,世界各国・国際機関等が策定した持続可能な発展に関わる指標をレビューしている.この際,持続可能性に関する事象は,環境,経済,社会の3つの領域のなかで独立して生じているのではなく,領域をまたがって生じており,3つの領域だけでは現象を捉えきれないことから,環境×経済,経済×社会、社会×環境の3つの境界領域を追加し,6つの領域を設定している.また,国立環境研究所(2009)(10)は,既存の持続可能な発展に係る指標には,国の状況を示すものと個人・世帯側の状況を示すもの,全体の持続可能性を示す総合指標があるとし,これら3つの側面と6つの領域を組み合わせた分類を設けて,持続可能な発展に係る指標項目の整理を行っている.

 

 また,京都大学ら(2012)(11)は,環境経済の政策研究「持続可能な発展のための新しい社会経済システムの検討と,それを示す指標群の開発に関する研究」の一環として,主要な国・国際機関等における福祉・幸福指標を分析し,指標の領域として,GDP,経済的福祉(Economic well-being),生活状況(living conditions),主観的な満足度を含む幸福(Happiness)の4側面を整理した.同研究では,環境,経済,社会の側面だけでなく, 幸福度を含めて持続可能な発展を評価することの重要性を指摘している.

 

 地域の持続可能性については,1995年にGEN (Global Eco-village Network) が開発したCSA (Community Sustainability Assessment)(12)がある.これは住民自らが地域の持続可能な発展の状況を評価する手法である.住民自らが自己評価するという点において主観的認知を定量化する手法であり,かつ住民自身の「気づき」を誘発するツールとしての側面も兼ねている.評価項目は,「環境」「社会・経済」「文化・精神」の3側面で構成されている.CSAは,内藤ら(2008)(13)により日本国内でも利用されている.ただし,海外で開発されたCSAの有用性の検証等が十分になされているわけではない.

 

3) 持続可能な発展に係る構造分析

 

 持続可能な発展に関する目的変数と説明変数の構造について,厚生経済学の分野の検討が進められている.

 

 例えば,P. Dasgupta(2001)は(14),持続可能な発展の規範として,当該期の福祉ではなく,世代間福祉(各世代の福祉の総和)を置くべきことを論じている.そして,世代間福祉を支える資本基盤は,人工資本,人的資本,知識,自然資本からなるとし,これらの基盤の状態が持続可能な発展を規定するとしている.この考え方に基づき,倉坂(15)は資本基盤の観点から地域の持続可能な発展の評価指標を開発しようとしている.

 

 また,フランスの「経済パフォーマンスと社会進歩の測定に関する委員会(スティグリッツ委員会)」の(16)報告書では,幸福度を左右する客観的な環境条件として,A.. 物的な生活水準(所得、消費、そして富),B. 健康,C. 教育,D. 仕事を含めた個人的な活動,E. 政治的発言権とガバナンス,F.  社会的つながりと社会関係,F. 環境(現在、および将来の状態),G. 不安(経済だけでなく、物理的自然に関するものを含む)を抽出している.

 

 スティグリッツ委員会の報告を踏まえて,京都大学ら(2011)(11)は, 主観的幸福度の規定要因の分析を,WEBモニター調査により実施している.この結果,健康状態や精神衛生状態、生活の利便性や居住地の自然環境が人々の幸福度に影響を与えていることを明らかにしている.この研究では,主観的幸福度を地域住民の住環境に関する主観的評価が規定しており,住環境改善に関する地域施策の重要性を指摘しているが,地域状況の一部を分析しているに過ぎない.主観的幸福度と地域状況との分析にはさらに研究の余地がある.

 

参考文献:

(1) 国際自然保護連合:世界自然資源保護戦略(World Conservation Strategy ) , 1980

(2) 環境と開発に関する世界委員:われら共有の未来(Our Common Future), 1987

(3) 森田恒幸・川島康子・イサム=イノハラ:地球環境経済政策の目標体系−「持続可能な発展」とその指標, 季刊環境研究88, pp.124~145, 1992

(4)  国立環境研究所:外部研究評価報告(平成23年12月実施)・社会経済システム分野・事前配布資料持続可能社会転換方策研究プログラム,pp.31,2011

(5)    Daly,Herman E.:Beyond growth:the economics of sustainable development, Boston:Beacon Press, 1996

(6)    ナチュラル・ステップ日本のホームページ  http://www.naturalstep.org

(7)  Global Reporting Initiative:Sustainability Reporting Guideline, 2006

(8)   United Nations Centre for Regional Development:Indicators of Sustainable Development: Guidelines and methodologies, 2nd edition, 2001

(9)   Tasaki T., Kameyama Y., Hashimoto S., Moriguchi Y., Harasawa H. :A survey of national sustainable development indicators. International Journal of Sustainable Development, 13 (4), pp. 337-361, 2010

(10)  国立環境研究所:第3章 持続可能な発展にかかる指標研究,中長期を対象とした持続可能な社会シナリオ構築に関する研究,国立環境研究所特別研究報告SR-92, pp.34-63, 2009

(11)  京都大学・上智大学・九州大学・農林水産政策研究所・名古屋学院大学:平成23年度 環境経済の政策研究・持続可能な発展のための新しい社会経済システムの検討と,それを示す指標群の開発に関する研究・最終研究報告書,pp.80-98.,2012

(12)   Ecovillage Network of the Americas:COMMUNITY SUSTAINABILITY ASSESSMENT,1995  http://gen.ecovillage.org/activities/csa/English/

(13)  内藤正明:社会技術研究開発事業・研究開発プログラム「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」・研究開発プロジェクト名「滋賀をモデルとする自然共生社会の将来像とその実現手法」報告書, 2009

(14)   Dasgupta, P.:Human Well-Being and the Natural Environment, Revised edition, with New Appendix, Oxford University Press, 2001(植田和弘監訳:サステイナビリティの経済学——人間の福祉と自然環境:岩波書店, 2007

(15)  倉阪秀史編:人口減少・環境制約下で持続するコミュニティづくり—南房総をイメージエリアとして,千葉日報社, 2012

(16) Stiglitz, E.Joseph, Sen, Amartya, Fitoussi, Jean-Paul.et al. :Rappor de la Commision sur la mesure des performances économique et du progrès social, 2008

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« インフラストラクチャー(国... | トップ | コミュニティ・エネルギー事... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

環境と教育・人づくり」カテゴリの最新記事