
2025/06/05 thu
2025/07/09 wed
前回の章
休みといっても新宿へ金を取りに行って戻ってきただけなので、時間を持て余す。
前回岡部と行った多国籍パブとは違う店にでも行ってみるか。
今度は金髪のロシア系の女を指名しよう。
福富町仲通りにある多国籍パブへ入る。
結構美人な黒髪の女がついたので、酒を勧め共に乾杯した。
アンジェリカと名乗る女はロシアではなくルーマニア人。
指名してほしいらしくアンジェリカを指名して数時間飲む。
今度食事に行きたいと言うので、連絡先を交換してから店を出る。
また隆や田村には嫌な顔をされるだろうが、バレンタインデー辺り休みを取ろう。
店のポイント購入による副収入があるので、あくせく働く必要性は無い。
特に予定も無いのに休みを取り、夜になるとアンジェリカの店で飲む。
俺がいない時は、田村がキャッシャーでなくホールへ出るようだ。
翌日また俺に愚痴ってくるが、ずっと面倒な事は俺にすべて押し付けて、自分が楽してきただけだろうと言い返したかった。
オーナーである下蔭さんの弟である修さんの同級生というのがなければ、とっくに怒鳴りつけているところだ。
せめてもの抵抗は、俺が休みを多く取り、嫌がる田村をホールへ出させる事。
短いスパンで休みを取り翌日職場へ行くと、ホール仕事に音を上げた田村は辞める事を決意したようだ。
表向きは仙台の家族の元へ帰ると言っていたが、それ以外彼の口から出るのは仕事への愚痴ばかり。
名義の長谷川隆は田村がいなくなると、また自分が現場へ出るようになるので不満気だった。
まあ一年くらい共に働いたのだ。
俺は仕事帰り、田村を安い焼肉屋へ連れていきお疲れ様の意味合いも込めて奢ってやった。
田村の穴を埋めるべく、下蔭さんが知り合いだという米原という従業員を連れてきた。
俺より一つ年下の米原。
インターネットカジノは未経験という事で、一から理屈や手順を教える。
あと一週間ほどで田村は退職。
隆が謎の番編成をすると言い出し、俺は早番から遅番勤務になった。
今まで夕方五時から夜中の三時だったのが、これからは夜中の三時に出勤して終わるのは昼の一時になる。
早番はもうじき辞める田村、坂本、米原の三人体制。
遅番は俺と平田の組み合わせとなった。
まだ三十代半ばなのに太った身体の平田は、現在も糖尿病で数年前入院経験もあるらしい。
本人は遺伝だと言うが、日頃の不摂生が原因なんじゃないかと思う。
そんな太った彼は、やはりホールより楽なキャッシャーをやりたいようなので譲る。
店内の新しい印刷物などを作る作業がある時だけ、俺がキャッシャーへ入るようになった。
フォトショップを使いながら様々なデザインをしているところを後ろから眺めていた平田は、自分もこういう事をできるようになりたいと言ってくる。
遅番は夜中の三時からスタートなので、出勤時客が残っていなければほとんど暇だ。
いくらでも空いた時間があるので、学ぶ気持ちがある平田にはスキルを教えた。
「岩上さん、最近弁当は持ってこないんですか?」
「そういえば料理する頻度は下がりましたね。弁当がどうかしましたか?」
「いや…、一度食べてみたかったなあと……」
俺の料理を食べたいという人がいるのなら、喜んで作ろうじゃないか。
「じゃあ明日は弁当作って持ってきますよ」
俺がそう伝えると、彼は飛び上がって喜んだ。
田村にあげるのが嫌で自然と料理頻度が少なくなっていたが、久しぶりに張り切って材料を買い揃える。
様々な品数を作り、かなり豪華な弁当を作った。
早速職場へ持って出勤すると、今日で退職の田村が俺の作った弁当を見ると「出た! メタボ弁当!」と嫌らしい表情で笑っている。
何がメタボ弁当だ?
どの口が抜かしている?
無償で一年くらい弁当をあげていた俺に対し、酷い言いよう。
散々タダで飯を食っておき、しかも辞めると決定した際自腹で焼肉まで奢ってやったのに……。
こういうのを恩を仇で返すというのだな。
何歳になろうが、屑というのはこのような男を指すのだろう。
無駄な金と時間…、そして手間をこんな男の為に掛けてしまった自分を恨めしく思った。
一瞬カッとなったが、もう辞めて横浜からいなくなるし、これ以上関わる事は無い。
そう思うと俺はまだここで働いていくし、あえて揉める必要もないかと冷静な判断をする。
俺はお疲れ様一つ言わず、無視した状態で仕事をした。
この屑とは今後永遠に会う事が無いのだ。
自分の甘さが招いた種である。
何度もそう言い聞かせ、苛立った気持ちを切り替えようとした。
屑の代表である田村が辞めてから数日、バレンタインデーが来る。
アンジェリカとの約束をしていたので、俺は休みを取った。
皮肉な事に関東一円に珍しく大雪が降る。
ほとんど積もる事など無いのに、結構な量が積もった。
まあ白銀の世界の中、バレンタインを過ごすのもいいだろう。
まだ数回しか会っていないアンジェリカ。
彼女は俺と一緒に住みたいようで、辿々しい日本語で懸命にアピールしてくる。
ロシア人なのか尋ねると、ルーマニア人だと答えた。
本音を言えば金髪のロシア系が好みだったので、アンジェリカへ黒く染めたのかと聞くと、ルーマニア系は元々黒髪だと言う。
現状のように遊ぶだけならきらくでいい。
ただ共に暮らすとなると、話は全然違ってくる。
一人の女に縛られ、金も自由につかえなくなり、ましてや海外の彼女の家族へ送金だって頼まれるかもしれない。
俺は返事を誤魔化しながら、アンジェリカを抱いた。
お腹が減ったと言うので何を食べたいか聞くと、即座に焼肉と答える。
黄金町駅からすぐそばにある大岡川を通って焼肉屋へ向かう。
横浜橋通商店街からだと本来徒歩十分もしない距離だが、積雪の中向かうのは大変だった。
食事を終えるとアンジェリカは俺の部屋へ来たいと言ったが、仕事がこのあとまだ残っていると嘘をつき別れた。
一人の女に執着される……。
俺は岩上整体開業時に別れた百合子の事を思い出していた。
二千六年の十二月だから、八年ほど経つ。
自身の執筆した小説を罵倒され、女関係を何度も勘ぐられ、整体にまで乗り込まれて患者の前で怒鳴られたあの頃。
これだけ時間が過ぎているのに、思い出すだけでうんざりしている自分がいた。
おそらく俺は、横浜に来て手に入れた自由な現状をこのまま謳歌したいだけなのだろう。
抱きたい時に抱ける女がいればいい程度の欲望。
こりゃあ生涯結婚とは縁が無さそうだ。
雪を踏みしめながら歩いていると、大通り公園の交差点で轍にはまっている車が見えた。
しばらく様子を眺めていたが、中々車は雪で滑って空回りしている。
可哀相だったので、声を掛けて車を押してあげる事にした。
「いいですか? 気合い入れて押すのでアクセルベタ踏みして下さい!」
車が出た瞬間、俺は雪道にそのまま突っ伏してしまう。
驚いた運転手は車を停めて何度もお礼を言ってくるが、また轍にハマっても面倒だ。
手で服についた雪を払いながらそのまま発進してくれとジェスチャーした。
中々楽しいバレンタインを過ごしたが、最後の最後で雪まみれになり散々だ。
大通り公園に差し掛かる。
シンシンと積もる雪。
何だか幻想的だなと、俺はデジタルカメラで景色を撮影した。
自衛隊時代の北海道倶知安を思い出す。
スナック『パピリオ』のゆかり。
俺の一つ上の上官と結婚したと聞いたが、今頃幸せに暮らしているのだろうか?
『パピリオ』の向かいにあった酒をご馳走してくれたバーのマスター。
元気でやっているのかな?
以前KDDIのあとの休業補償で部屋に籠もり、ひたすら小説を書いていた数年前。
グーグルマップで倶知安を調べた事がある。
現在の街の様子を画像で閲覧できた事に時代の進化を感じたが、それと同時にもう『パピリオ』も向かいにあったバーも無くなっていた現実を知った。
また北海道へ行ってみたいが、あの頃よく通った店はもう無いのだ……。
仲良く一緒に飲みに行った鈴木ヤス市長は、元気でやっているのだろうか?
十九歳の時だから、あれから二十三年も経ったのだ。
未だ自衛隊に所属していたとしても、個人情報の兼ね合いからどの駐屯地にいるなど教えてくれないだろう。
当時は携帯電話など無い時代。
連絡先を書いた紙など、いつの間にか無くしてしまった。
また倶知安で出会った優しかった人たちに会ってみたいなあ……。
雪のせいかセンチメンタルな気持ちになっている。
翌日になると、積もった雪が溶け出し地面はビチャビチャだった。
寒くて料理するのも面倒だったので、外へ食べに行くとするか。
部屋を出ると、ちょうど同じタイミングで隣りの住民が出てきた。
そういえば引っ越しの挨拶すらしていなかったな。
「あ、挨拶が遅くなりましたが、隣りに住んでいる岩上と申します」
会釈をして話し掛けてみる。
中々気さくなお隣さんで、俺より三つ年上の独身男性というのが分かった。
軽く挨拶のつもりが、お互い部屋の前で長話になってしまう。
腹が減ってきたな……。
用事が無いか聞くと、特に無いようなので、飯でもどうですかと『和食一番』へ向かった。
雪道であまり遠くの店には行きたくなかったのである。
お食事処一番 – 皆様に愛され60年 神奈川県横浜市南区の街中華
店に入ると「あ、財布持たないで出てきちゃった」と言うので、引っ越し祝も持っていかなかったので、俺がご馳走すると伝える。
「寒いから鍋でも頼みますか。あ、好きなもの注文して下さいね」
俺は豊富な数のメニューを見ながら適当に料理を注文した。
運ばれてきた料理を見て、この店洒落にならないぐらいの量が出てくるなと感じる。
キスフライだけで五枚くらいあるぞ?
値段も安いのでついつい調子に乗って色々頼んでしまったが、さらに定食、そして鍋もこれから来る……。
もう格闘技現役時代でないので、無理をしてもすべて食べきれない。
隣りの住人も、四十代半ばで戦力的にならなかった。
結果結構な量を思い切り残す。
申し訳ないと思いつつ会計をすると、五千円でお釣りが来る。
酒まで飲んであれだけ注文してこの値段なんて、なんて良心的な店だろうか。
共にマンションへ戻り、部屋の前で別れようとすると呼び止められた。
「タバコ、持ってない?」
「セブンスターで良かったらありますけど」
箱から一本突き出し手渡すと「悪いけど、あと何本かもらっていい?」と五本くらいタバコを取られた。
奢っているのにご馳走様も言わず、こっちが敬語を使っているのにタメ語で、終いにはタバコまで数本強請るのか、コイツ……。
初対面であったが、隣りの住人には気をつけたほうがいいかもな。
田村にあれだけ無償で弁当を作ったのに、酷い言われ方をして懲りたはずだろ?
この男も田村ほどでないにしろ、中々の屑野郎なのだ。
自分のお人好しな部分は、少し考えなきゃいけない。
最後の最後で少し嫌な気分のまま帰宅。
出勤は真夜中なのでまだまだ時間はある。
暇潰しにインターネットでダラダラ眺めていると、面白い写真を発見した。
珍しい関東圏での大雪。
暇なネット民たちが、雪だるまでなく気味悪い人間の形をしたものを作り、ネットにあげていた。
家の玄関へ向かって這うような人型の雪だるま。
門の柱へ垂直に引っ付くように作られた無数の雪の顔。
凄い暇人もいたものだ。
ささくれ立っていた感情も、馬鹿げた画像を見ている内に緩和てきた。
仕事前まで睡眠を取っておくか。
暇な遅番の時間帯。
客がいないので特にする事も無く、必然的に同僚の平田と無駄話の時間が増える。
彼が以前作った俺の弁当を絶賛してくたので、これだけ喜んでくれるならまた作って持っていこうかなと思った。
「そういえば平田さん。田村さんが辞めた日、俺の弁当見て酷い台詞言ったの聞きましたか?」
「ええ、メタボ弁当とか言って笑っていましたよね」
「俺ね…、あのオヤジが家族への送金で飯代も無いって泣きつくから、一円も取らないで毎日のように無償で弁当作ってあげていたんですよ? それであの言い方って、舐めてませんか?」
「え? 岩上さん、自腹で毎回あげていたんですか? 田村さん、酷いなあ」
喉元を過ぎた怒りの感情が再び蘇る。
俺は駄目人間な田村の愚痴をこれでもかと零した。
「あのオヤジ、ホール仕事を本当に嫌がりましたからね。俺がヤクザたちから嫌がらせ受けていても、一度だってキャッシャー室から出てこなかったですし。自分がホール出るの嫌だから、俺には休み取らないでくれと、そればかりで…。頭来て最近休みをバンバン取るようにしたら、辞めちゃいましたけどね」
「見てて岩上さん、ヤクザ者の扱い方上手いなあと本当感心する時ありますからね」
「休み明けは年中ホール仕事の愚痴ばかりでしたよ、あのオヤジ」
「結構な屑だったんてすね」
田村の話で盛り上がり、再び話題は俺の料理の話になる。
ベタ褒めされて気分の良くなった俺は、また弁当を作る約束をした。
部屋へ戻ると、久しぶりに気合い入れて弁当作りだす。
俺は人が喜んでくれれば、それで納得できるのだろう。
青椒肉絲にコロッケ、豚の生姜焼きにエビフライ。
糖尿病だから野菜もふんだんに使ったほうがいいだろう。
平田へ渡すと、大喜びで完食してくれた。
単純な俺は二日連続で気合い入れて弁当作ってみる。
ゴボウサラダを作り、ホッケの塩焼き、豚の味噌焼き、肉団子にほうれん草のソテー。
目玉焼きも乗せとくか。
年の離れた田村よりも、同世代の平田とのタッグのほうが合うようだ。
二千十四年二月十八日。
ガランとした店内でフェイスブックを眺めていると、雪の被害記事を発見した。
巷ではオリンピックで盛り上がりをみせている最中、テレビで全然報道されない緊急事態が起こってます。
実は私の地元の長野を含めた山梨、群馬の一部地域で史上最悪の大変なことが起こっています。
災害です。
今回の大雪で、長野、山梨で閉ざされて陸の孤島となっています。
歴史的最大の積雪量で道路も身動きが取れず乗り捨てられた車が多すぎてたどり着くのが困難なのだそうです。
援助も求めているけどなかなか届かないそうです。
この雪の極寒の中で物流ストップで食料が消え、車中泊、断水、停電、家屋崩壊、外は大雪。
極寒です。
大変命に関わる重大な災害が実は起こっています。
家からも出られないそうです。
この極寒の中、暖房も使えず身動きも取れない方が
今も苦しんで助けを求めている状況です。
携帯電話だっておそらく充電が切れたり水濡れして使えない状況の方が沢山いるはずです。
今回山梨と隣接する長野、群馬の地域で孤立している状態ですが私の実家も長野ですが長野だと豪雪地域と思われがちですが、南の方で雪はめったに降らないし降ってもすぐに溶ける範囲です。
こんな一・五メートルもの積雪被害にあったことは、一度もありません。
ましてや山梨も豪雪地帯ではないので雪の災害に備えたインフラが整っていません。
大雪に対する対応が瞬時にできない状況です。
オリンピックの勢いで今回の災害が報道されてない事実がたくさんあります。
地元の方々が緊急でSOSを求めています。
ぜひ拡散して情報を届けてください。
私がフェイスブックを始めた最大の理由は大震災で電話や携帯メールが通じない中SNSのフェイスブックで近況や状況や生存が確認できたりリアルタイムでの情報を拡散させることで助かる命があったことを知ったからです。
だから私はフェイスブックをやろうと思ったのです。
こういう時にフェイスブックが発揮できなければ
私がフェイスブックをやる意義がないと強く感じた次第です。
正直このとこは、私自身知らなくて友人からの連絡で知りました。
テレビでようやく先ほどすこし報道され始めた状態です。
私もそうですが、テレビを見る習慣がないのでこういうフェイスブックのようなSNSで知る事が多いのです。
さらに今オリンピックで盛り上がっているのでこういう報道はされずらい状況です。
たとえこのニュースを知っても私には実際何もできません。
ですが私には沢山の人に伝える媒体がこのフェイスブックにはある。
この私の発信で少しでも力になればと思います。
拡散してあげて少しでも現実の情報を沢山の人に伝えてくれたらきっともっとやばい最悪の事態を少しでも避ける事ができるのではないかと思い今回発信することにしました。
届いてほしい。
いち早く。
フェイスブックの拡散力をこういう時こそ使いましょうよ。
特にフェイスブックで拡散力のある方はぜひご協力をしていただきたいです。
※長野、山梨で今現在困っている方は私の媒体を使って頂いて構いませんのでコメントやメッセージで状況を伝えるのに使って頂いてかまいません。
拡散してほしい状況はお手伝いします。
俺は早速この記事を拡散させようと動いた。
横浜のインカジで働きながら生計を立てる俺は、もちろん群馬などの現地へ行ってボランティアなどできない。
せめてこのくらいは協力したい。
今、先日の雪で長野、山梨、群馬などが大変な状況です!
みなさんの繋がりで、拡散して何とかしましょう!
山梨といえばジャンボ鶴田師匠の出身であり、また墓がある場所。
そして群馬といえば、あの群馬の先生がいる高崎……。
そういえばしばらく群馬の先生のところへ顔を出していない。
今度時間を作って行ってみようかな。
基本的に暇な遅番の時間帯。
どう暇な時間を潰すかといった感じの職場。
漫画を読みつつ、平田と会話をして時間が過ぎるのを待つ。
終わるのが昼の一時なのは嬉しい。
食事をするにも買い物をするにも店が空いている時間なので、仕事帰りにすべて用件が済む。
たまには久しぶりにライスコロッケでも作るとするか。
食材を買いに横浜橋通商店街を歩いていると、マグロのサクが安く売っていたので購入。
チキンライスを作り、チーズを絡めてから俵状に丸める。
小麦粉に卵、パン粉をつけて揚げればライスコロッケの完成だ。
イタリアだとスップリと言うらしい。
一人じゃ食べ切れない量なので、平田の分の弁当も作る。
また最近よく料理するようになったな。
まあ求められる以上、悪い気はしないので問題は無い。
田村のような屑に親切にしなければいいだけなのだ。
バレンタインのあと、ルーマニア人のアンジェリカからは毎日のように電話が入る。
ほとんどの内容が会いたいから店に来て欲しいというもの。
あまりにもしつこいので、出勤前にアンジェリカの店へ顔を出す。
「今日、私の友達誕生日。ここ、呼んでいい?」
片言の日本語で話しているが、要は自分の仲のいい人間も指名料を払って席に呼んでいいかというものだ。
OKを出すと、同じルーマニア人の女が横につく。
ドリンクを頼んでいいか聞かれたので了承すると、今度は誕生日なのでシャンパンを入れていいか聞いてくる。
ルーマニア人の二人は、呑気にシャンパンで乾杯をしながら陽気に話していた。
こいつら、ただ金を使わせたいだけじゃねえか……。
俺はトイレへ行くと言って席を立ち、そのまま会計を済ませて店をあとにした。
多国籍パブも、こうなるとまるで面白味を感じない。
基本的に連中は酒を頼み、マージンが欲しいだけ。
無駄な金の遣い方をしてしまったと気分悪いまま、そのまま出勤する。
仕事中何度もアンジェリカから着信があったので、面倒臭くなり彼女の電話番号をブロックした。
日本人なら同じ事をされたら楽しいと思うといった説明もできるが、外国人だと細かい言葉のやり取りも難しい。
せっかくまた金を貯められる環境になったのだ。
この生活が続くよう横浜へ来た当社の初心を忘れてはならない。
アンジェリカとの関係を強引に終わらせてから、無性に別の女を抱きたくなった。
飲み屋へ行って時間と金を掛けて口説くのも面倒臭い。
たまには風俗でも利用するか。
インターネットで風俗サイトを眺めていると、かなり美人の風俗嬢を発見した。
ある程度写真を加工はしているだろうが、それを差し引いても美人だろう。
俺は夕方になってから風俗店へ電話をして、その子を指名した。
部屋でなく真金町にあるラブホテルを取り、タバコを吸いながら待っているとドアのチャイムが鳴る。
開けると中々の美人な風俗嬢が立っていた。
俺は素直に彼女の容姿を褒めて、一緒に風呂へ入る。
彼女の名は千夏。
年齢は二十二歳。
俺との年齢差は二十歳もある。
ベッドに入り、全身を愛撫している内にどうしても本番をしたくなった。
デリバリーヘルスでは本番は禁止。
駄目元で入れていいか聞いてみると、千夏は小さく頷く。
若い肉体は肌の質が違う。
ただ彼女とのセックスで俺がいく事は無かった。
処女作『新宿クレッシェンド』の主人公である赤崎へ投影した自身の過去。
母親から虐待された過去以外に、俺のこの性癖もプレゼントしたのだ。
二十代の頃川越にあった風俗嬢を思い出す。
これまで何人の女を抱いたのか分からないほどの数であるが、我慢できずにすぐ射精したのは、川越の風俗嬢ただ一人だけだった。
帰り際千夏から連絡先を交換しようと言われ電話番号は教えたが、俺から彼女へ連絡する事は一度も無かった。
出勤してから先ほどの千夏との情事を平田へ話すと、彼は「いいなあ」と羨ましそうな表情で答える。
平田は大のフィリピン人好きで、年に二回は大型連休を取ってフィリピンへ行くほどだ。
未だ海外へ出た事のない俺にとって、ある意味羨ましい行動力である。
真夜中から朝方に掛けて客が来る事など、ほとんど無い。
遅番の朝方から昼に掛けて、掃除を済ませるとイスへ腰掛けて眠るのが日課になりつつあった。
建物の造りはエレベーターがあるが、店は二階にあるので階段から来る客も多い。
その為、人が通路を通るとセンサーでチャイムが鳴るようにしていた。
通路に出て左側がうちの店なので、稀に右側へ行く人のせいでチャイムが鳴ってしまう。
そのせいでうたた寝していた俺は、音で椅子から跳ね上がるように飛び起きる。
その様子を見て平田が大笑いしていた。
「何で寝起きがそんなにバネ仕掛けのようにいいんですか! 岩上さん、寝言で『イタ! イタ!』とか何回も言っていましたよ」
「イタ? あ、『イタリーノ』の夢見ていたかもです……」
そういえば小腹が減っている。
仕事帰り、イタリーノへ寄ってみるか。
月曜のランチを注文し、会計を済ます。
これで五百五十円なんだもんな。
本当に良心的な洋食屋である。
真っ直ぐ帰ろうとしたけど、妙に気になってパチンコ屋へ寄ってみた。
餓狼の外伝みたいなやつやったけど、全然回らないので北斗の拳に移動。
最初に選んだ台も全然回らないので、左隣の台へ。
すると、二千円で当たり、四ラウンドで終わりかなと思ったら、確変になり結局十二連チャンも続く。
六万千円の勝ち。
横浜来て、こんなに勝ったの初めてかもしれない。
家に帰り、大人しく寝る。
何度もインターホン鳴るのが聞こえた。
宅配便の予定も無いので無視して寝ていても、しつこくインターホンは鳴り続く。
もの凄く気分の悪い目覚め。
ドアを開けると営業サラリーマン風の蚊蜻蛉みたいなひょろいのが立っていた。
「何ですか?」
不機嫌そうに吐き捨てる。
「NHKの受信料なんですが……」
「俺、テレビ見ないんで」
「いや、あのですね……」
「だから…、アンテナすらつけてないのね?」
「そう言われましても受信料というのは……」
さすがにこの辺でキレた。
「おい……、人が寝てるのをしつこく鳴らして起こしやがって、それで受信料? おまえ、攫っちまうぞ?」
凄むと、蚊蜻蛉サラリーマンは脱兎の如く走って逃げ出した。
ふん、メタルスライム並みの逃げ足しやがって。
変な起こされ方をしてしばらく起きていたが、気付けば二度寝をしてた俺。
仕事に行こうとすると、愛用の自転車が無い……。
周りを見渡すも、どこにも無い。
手錠みたいな鍵掛けてあったのになあ……。
仕方なく職場へ歩いて行く事にした。
遅番は基本的に暇で楽な為、用事でも無ければ休む必要性が無い。
職場とマンションまで片道五分程度の距離、しかもその間で買い物まで済んでしまう。
最低月に一度、ポイントを入れた分の金を受け取りに歌舞伎町へ行くくらいだ。
仕事して部屋で大人しく過ごす日々は、俺に平和な時間を与えてくれた。
横浜へ来てから何だかいい方向で歯車が回っているような気がする。
元々短い睡眠で済んでいたが、最近よく寝るようになった。
もう四十二歳なのだ。
俺も肉体的な衰えはあるだろう。
パソコンをしながら寝てしまった。
どのくらいの時間が過ぎたのか、凄い音がして飛び起きる。
パソコンの置いてあるテーブルが何故か水浸しで、モニターが黒く縦に一本の線が入っている。
状況を把握するのにしばらく時間が掛かった。
何だかとても嫌な夢を見たのだけは覚えている。
内容は全然覚えていない。
でも、今右脚で思い切り蹴らないとマズいって部分だけは覚えていた。
右脚で勢い良く前蹴り、次にそのまま廻し蹴りをした。
その時目を覚ましたが、実際に寝た状態のまま俺は足を動かしていたようで、部屋の中は滅茶苦茶な状況。
近くに置いてあった烏龍茶がパソコンへ掛かり、何をしてもうんともすんとも動かない。
先日盗まれた自転車に続き、今回は自分のせいであるがパソコンの故障。
順調に生活していたはずの横浜生活が、最近おかしい。
二千十四年二月二十五日。
地元川越の先輩である吉岡さんから電話が掛かってくる。
珍しいな、何の用だろう?
「こんばんは、お久しぶりです。どうしたんですか?」
「おい、智一郎の実家、泥棒にやられたらしいよ。レジ丸ごと盗まれたみたい」
「実家って、うちのですか?」
「そう! クリーニング屋のレジ丸ごとと、隣の焼き芋屋のお釣り銭だって」
近所の腐れ居酒屋『姉妹』を思い出す。
いや、あそこは火事で全焼してとっくに建物自体無くなったろう。
では、ただ泥棒が入ったというだけか。
「貴彦の店は被害無しだって」
叔母さんのピーちゃんと内緒でコソコソと養子縁組した兄弟では無くなった男の店『北風と太陽』。
「まあ、あいつは兄弟じゃないのでどうでもいいですよ。それにしてもそういう泥棒って、捕まえたら二度と悪さできないよう手首ごと切り捨てたほうがいいですよね」
「また聞きだけど、焼き芋屋のオヤジは犯人の目星ついてるとか言ってるらしいけどな。日本人の浮浪者の犯行じゃないの? つり銭程度の狙いじゃ……」
また奇妙な因縁が絡みついてくるような感覚がする。
埼玉県川越市。
ここが俺の生まれ育った地元である。
無数の繋がり、どこへ行っても顔を分かられてしまう鬱陶しさ。
家族との永久に理解し合えない固執。
そんなものに嫌気をさし、気付けば新宿歌舞伎町が俺の生きる舞台になっていた。
石原都知事が発動した浄化作戦後、歌舞伎町は滅茶苦茶になり、それまで築き上げたものも無残に崩された。
川越で岩上整体を立ち上げ、処女作『新宿クレッシェンド』で賞を取り、総合格闘技にも復帰した。
整体を閉め、試合に負け、本の印税は入らず、表社会の会社を転々とし、巡り合わせの悪さから再び歌舞伎町へ舞い戻った。
インターネットカジノ、略してインカジ。
新たな賭博のジャンルで働くようになった俺は、どの店へ行っても人間関係がうまくいかなかった。
絶望感さえ覚え、ちょうどタイミング良く誘いがあった新天地横浜へ住むようになり一年ちょっとの時間が過ぎた。
川越から新宿、そして横浜へ。
平穏無事とはいかないまでも、やさぐれた心は横浜でかなり癒されつつある。
ここへ来ての変な流れを感じた。
今度休みを取って、群馬の先生のところへ一度行ってみるか……。
新しいノートパソコンを購入し、自分仕様にカスタマイズする。
もうパソコンの近くに飲み物を置くのは止めないといけないな。
インターネットなどできるか確認していると、コンセント一つで動く石釜回転グリルに目が留まる。
セラミック製で回転しながらピザが焼けるのか。
一万円数千円だし、買ってみよう。
俺は群馬の先生へ久しぶりに電話をした。
先生の空いている近い日にちを聞くと、三月の十日らしい。
休みを取って、群馬へ行こう。
帰りに川越へ寄り、新宿で金を受け取ればいい。
職場で三月十日の休みを取った。
俺の代わりに現場へ入るのは、オーナーである下蔭さん。
普段楽しているのだから、名義の隆が出ればいいものを。
アマゾンで注文した石釜オープンが、頼んだ二日後の二十八日に届く。
本当に便利な時代になったものだ。
早速人生初のピザを作ってみようかな。
まずはミートソースを作り始める。
熟成させるのにあと二日、最高の手作りピザを作ってみようじゃないか。
とりあえず麺を茹で、今日はミートソースにして食べてみた。
ソースはこれで問題ない。
よし、初めて手作りピザを作るぞ。
まず生地作り。
強力粉と小力粉を測らず水と塩、ドライイーストを混ぜて捏ねる。
サランラップに巻き、一晩冷蔵庫で寝かせて発酵させ、生地が膨らむのを待つ。
麺棒で平らにしてからミートソースを塗り、玉ねぎ、ピーマン、トマト、ソーセージ、チーズを乗せる。
あとは石釜回転オープンで焼くだけ。
生地もソースもすべて手作りピザ、ここに堂々完成。
初めて作った割には美味くできたものだ。