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岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

2 ブランコで首を吊った男

2019年07月15日 14時41分00秒 | ブランコで首を吊った男/群馬の家

 

 

1 ブランコで首を吊った男 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

ブランコで首を吊った男~プロローグ~自分で整体を経営するかたわら、小説を執筆している私。今日は仕事も休みで、気分転換にホラー映画を見ていた。今まで『新宿クレッシ...

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 スーパーで買い物を済ませると、アパートへ向かう。
 偶然にもあの女が僕の前を歩いている。目線は後姿に釘付けだった。ほんの数分でアパートだが、彼女はこの近くに住んでいるのだろうか?
 例の公園を通り過ぎ、もうじき到着してしまう。
 できれば住んでいる所を調べたかった。女性に対し、このような気持ちになったのは、ずいぶんと昔のような気がする。
「あっ……」
 目の前の女が買い物袋から野菜を落としたのに、気付かずに歩いていく。これはチャンスだ。僕は大きく息を吸い込んでから声を掛けた。
「す、すいませーん。野菜、落としましたよ」
 僕の声で女は振り向き、慌てて野菜を拾う。それからゆっくり微笑んできた。
「やだ、私ったら…。私、すごいおっちょこちょいなんです。全然、気付きませんでしたわ。ご丁寧にありがとうございます」
 笑い顔もすごくチャーミングだ。心臓は爆発寸前になっている。
「い、いえ……」
 どもりながら声を出すのが精一杯だった。ずっと女性に縁がないと思っていた。それでもいいと虚勢を張って生きてきた。
 こんな僕に神様が恵んでくれた最大のチャンスかもしれない。
 この女の裸が見たい……。
 自分のものにしてメチャクチャにしてみたい……。
 歪んだ欲望が表情とは裏腹に増殖していく。
 いや無理だ……。
 こんな醜い男など相手にしてくれるわけがない。現実とは非情なものなのだ。懸命にもう一人の自分が話し掛けてくる。
「あのー…、どうかしましたか?」
「い、いえ…。僕のアパートここなんで……」
 この場所に住んでいる事を怨めしく思った。
「あら、偶然ですねー。私もここなんですよ。ほんとに奇遇ですねー。昨日、引っ越ししてきたばっかりなんですけどね」
 頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
 昨日、隣に引っ越してきた住人。
 僕の部屋に挨拶周りにきた香田という男。
 もし、予想が正しければ……。
「今後もご近所のよしみでよろしくお願いしますね」
「は、はい……」
 ポケットから鍵を取り出してドアの前に行くと、続けて彼女は話し掛けてくる。
「あら、しかもお隣さんだったんですね」
「はは、そうみたいですね……」
「香田…、香田静香です。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ…。僕は亀田です」
 最後まで優しい笑顔で彼女は部屋に入っていった。
 天国から地獄とはこの事だ。一目惚れした相手が寄りによって隣に越してきた人妻だったとは……。
 泣きたい気分だった。

 夜になって隣の主人が帰ってきたようだ。薄壁一枚なので多少の声は聞こえてくる。
 香田静香に出会ってから、自分自身に落ち着きがない。仕事もどこかうわの空でまったく進まなかった。
 小さい男の子の声も聞こえてくるので、おそらく三人家族なのだろう。
 あの清楚な静香が人妻。子供がいるという事はセックスを何度もやったのか? まだ旦那の顔を見ていないが、あのドア越しの声を思い出しただけで悔しくなってきた。
 パソコンを起動して、首吊り男の画像を意味なく見てみる。
 おぞましいグロ画像……。
 見ていて気分が悪くなってきたので、エロDVDを入れた。モニターには有名なAV女優の流出物が映りだす。
 こんな人気女優と比べても、隣に住む香田静香は数倍美しかった。幸いに体の線は同じような感じに見える。僕はまたマスターベーションを始めた。顔の部分だけは香田静香の顔を思い浮かべる。
 いい感じのところでチャイムが鳴った。
「すみませーん。昨日、隣に越してきました香田ですけど……」
 昨日と同じ男の声、あの香田静香の旦那なのであろう。
 いいところを邪魔しやがって……。
 本来、男に興味はないが、静香の旦那だと話は別である。僕はズボンを急いではき、玄関に向かう。
「はい……」
 思わず絶句する僕。正面に立つ静香の旦那は、男から見ても格好いいと言わざるえなかった。
 敗北感が心の中を支配していく。
 旦那はとても爽やかな笑顔でお辞儀をした。まだ三十前後だろうか? 悔しいが、静香とはお似合いの夫婦だ。自分の存在が惨めに感じる。
「あ、亀田さんですか。私、昨日越してきた香田と言います。つまらないものですが、お近づきの印に良かったらもらって下さい」
 そう言って旦那は包装紙に包んだものを渡してきた。
「それとうちの家内がキンピラゴボウ作ったので、もしお口に合えば……」
「あ、わざわざ気を使っていただいて申し訳ないです」
「とんでもないです。お隣同士なので今後も仲良くして下さい。うち、三歳の子供がいるので、多少うるさくしてしまう場合があるかもしれません」
「いえいえ、子供は無邪気で元気なほうがいいですよ」
「そう言っていただけると、とても嬉しいです。お隣が亀田さんみたいな方で本当に良かったです」
 社交辞令なはずの台詞も彼が言うと、非情に清々しく感じる。これも美男子の利点なのだろう。いい男は得をするものだ。
 簡単な挨拶を終え、香田は会釈して帰っていった。
 素直に香田が羨ましかった。美しい静香が、いつもご飯を作って出迎えてくれるのだから。
 早速キンピラゴボウを食べてみる。
 彼女は料理の腕前も抜群だった。
 このような料理を毎日食べられる香田……。
 静香の肉体を自由にもてあそべる香田……。
 想像すると羨ましさから、静かな憎悪に変わっていくのが分かる。
 しょせんどの女も顔か…。どいつもこいつも面ばかりで判断しやがって。僕は引っ越してきたばかりの初対面の男に対し、静かなる殺意を抱いていた。
 そして食べながら何故か泣いていた。
 この涙は何の為の涙なのか? 悔しさ? それとも憎悪? 自分の感情なのに分からないでいた。

 その日から常にマイペースだった僕の日常に変化が訪れた。
 一日の内、一時間は壁に耳をあてて、隣の部屋の音を聞くようになった。静香の声が聞こえてくると、それだけで幸せな気持ちになれる。反対に旦那や子供の声が聞こえてくると、イライラしてくるばかりであった。
「あの幸せな家庭を壊してやりたい……」
 小声で呟いてみた。あの幸せそうな香田家が憎い。旦那とうまくいっていなければ、僕にもチャンスが訪れるかもしれない。
 頭の中は静香の姿をいつも想い浮かべている。
 笑顔を向けてくる静香……。
 少し悲しそうな表情を見せる静香……。
 怒っている静香……。
 楽しそうにはしゃぐ静香……。
 どの顔も素敵だった。できる事ならこの壁を壊して、いつでも好きな時に静香を覗いてみたい。
「ほら、隆志。早く食べちゃって。じゃないと遊びに連れて行かないぞ」
 薄い壁から静香の声が聞こえてくる。どうやら子供を連れて、どこかへ出掛けるみたいだ。静香とあの旦那の間で生まれた子供。その小さな存在ですら憎しみの対象になってしまう。
 やりかけの仕事を始める。
 パソコンの画面に映る女。グラビア女優の卵が極小のビキニを着て、砂浜に横たわっている。モデルの女は作り笑顔で下を向いていた。
 僕は画像を丹念にチェックしながら、ホクロを消していく。よくこの程度で雑誌に出ようという気になるものだ。
 静香と比較すると、馬の糞以下だ。確かにスタイルはいいほうだが、体だけが自慢なのなら、とっとと脱げばいい。シミやホクロまで消して、水着で出ようなんて笑わせてくれるものだ。
 仕事を済ませると、また静香の事を思い浮かべた。
 日常のスーパーの中での衝撃的な出会い。あれだけで僕は心を奪われてしまった。静香の顔や体、ちょっとした仕草から話し方まで、すべてが理想だった。
 今までずっと一人だった。きっとこれからもそうだろう。今まではそれでも良かった。金で女を買えば、寂しさは軽減できた。でも、あの静香を見てしまったら、金で買う女などハナクソ以下に見えてしまう。これから僕はどうなってしまうのだろう。
 静香の声が聞きたかった。僕は再度、壁に耳をつける。
「ママー、抱っこ」
 子供の声が聞こえる。抱っこだ? 正面からだとすれば、あの胸に顔を押し当てる形になる。クソガキめ…。自分一人だけいい思いしようとしくさって……。
 ドアを開ける音がして、隣は誰もいなくなった。静香が僕の部屋の前を通る。慌てて僕は玄関に向かい、覗き穴にへばりついた。
「隆志、あそこの公園行こうか」
「うん」
 一瞬だけ覗き穴に映る静香。あとは見慣れた廊下が映るだけであった。
「ちっ……」
 舌打ちをして、ドアから離れる。
 待てよ、公園に行くなら窓から姿が見えるはずだ。ここからならカメラに静香を収める事ができる。僕はデジタルカメラを用意して、窓に向かった。
 滑り台で滑りながら、大喜びの子供。
 滑り終わった先には例のブランコがある……。
 静香は引越ししてきたばかりなので、首吊り事件があったなど何も知らないのであろう。
 僕はファインダーを覗き込み、静香を数十枚にわたって写真に撮った。これでいつでも好きな時に彼女の顔が見られる。
 すぐにパソコンに画像を送り、『静香』と彼女専用のフォルダを作った。
 モニターに写る静香もやはり美しい。様々な角度から撮った甲斐があったものである。おかげさまで、右側のうなじにホクロがあるのも発見できた。彼女のその位置にホクロがある事を知っている人間はそう何人もいないだろう。
 これでまた僕と静香の距離は少し縮まったのだ……。
 出会ってからまだ二日なのに、なかなかいい進展具合だ。僕は自然と口元がニヤけていた。
 小腹が減ったので、カップラーメンにお湯を入れる。
 昨日の残りのキンピラゴボウを麺の上に乗せてみた。名付けて『静香ラーメン』だ。
 三分経つのを待ってから、すぐにほお張る。うん、味はなかなかいける。食べながら、いい閃きが頭の中を走った。
 このいただいたキンピラゴボウのお礼に、ケーキか何かを渡せば堂々と静香に会う口実ができる。
 途中、公園を通りかかったふりをして、偶然を装うのもいい。
 僕は食べ終わると、早速出掛ける準備を済ませ部屋をあとにした。

 例の公園を通り掛かると、遠目に静香と子供の姿が見える。他には三組ほどの親子がいた。この位置から見ても、静香はひと目で分かる。
 彼女は芸能人のような派手さはない。しかし普通の人とは違うオーラがあった。静香は子供がブランコではしゃぐ姿を赤いベンチに腰掛けながら微笑んで見ている。
 もう少し彼女の様子を見ていたかったが、ここで外から公園を見物していても変に思われそうなので、その場をあとにする。
 昨日のお礼に、駅前のケーキでも買ってこよう。
 僕はいつものスーパーを通り過ぎ、駅前に向かう。普段、風俗店に行く以外は、まず駅前に来る事はない。静香のおかげで、僕は徐々に変化しつつある。
 駅前の洋菓子屋に行く手前にある風俗店エリアに差し掛かった。
 小さな街であったが、この場所目当てに来る客は少なくない。狭いエリアに六店舗の風俗店がひしめき合っているのだ。お互いの競争意識からか、質のいい風俗嬢が多いという点が、客を多く引き寄せる要因の一つでもあった。
 僕の行きつけの店、『パラダイス・チャッチャ』。
 まだ昼の三時なのに、客は列を作りながら待っているのが見える。時間はたくさんあるのだ。静香の顔を想像しながら、風俗嬢の相手をするのもいいかもしれない。どうせあいつらは金で体を売り切りする連中だ。そのくせ、僕に対する礼儀は何もなっちゃいない。
 僕は扉を開けて店内に進む。待合室には七人ほど客が待っている。すぐに愛想のいい店員が飛んできた。
「いらっしゃいませ。本日はどの娘を指名されますか?」
 無言で僕は本日の出勤予定の女の写真を眺めた。
 エリカ、ナオミ、エイコ、タマミ……。
 さすがに昼間なので四人しか出勤していない。それにしても静香には負けるが、四人ともなかなかの粒揃いである。
「お客さーん、エイコちゃんなんてどうです? 今なら十分でご案内できますよ」
 髪は黒のロングヘアー。少したれ目の二重まぶたで小動物を連想させる顔をしている。バスト九十九。二十一歳。僕はエイコの簡単なプロフィールと写真をしばらく眺めた。嫌いなタイプではない。
「この子は性格、ほんとにいいですよ。スタイルも顔もいいんですけど、ほんとの売りは優しさなんですよ。リピーター率が当店ナンバーワンなんです」
 一体、ナンバーワンが何人いるのだろうか。ものは言いようだ。
「じゃ、じゃあ、エイコちゃんで……」
「ありがとうございます。コースのほうは何分コースに致しますか?」
「六十分」
「はい、かしこまりました。では、指名料込みで一万と八千円になります」
 僕は黙って財布から一万八千円を抜いて渡した。待合室まで行って、ソファに腰掛ける。隣に座る客が連れと来ているみたいで、話し声が聞こえてきた。
「おまえ、誰にしたの?」
「あ、俺? ナオミ」
「ナオミだと結構待つじゃん。エイコにすれば、一緒に入れたのによ」
 自分の指名した女の名前が出たので、自然と聞き耳を立てる。
「うーん、彼女はさー。テクニックもスタイルもいいんだけど、年齢がな~」
「前に指名したんだ?」
「多分、ありゃーよー。三十は、いってるぜ」

 店員に促され、薄暗い廊下を渡る。
 先ほどの客が言っていた台詞が蘇ってきた。約十歳もサバを読んでいる女。でも、さほど気にならなかった。四十歳の僕からしてみれば、そのぐらいの年齢は充分に許容範囲である。
「では、エイコさんでーす」
 五と書いてある部屋のドアが開き、エイコが笑顔で待っていた。実物も写真と遜色はない。透けて見えるカーディガンが、エロさを強調している。
「いらっしゃいませー。ご指名ありがとうございます。エイコです」
「ど、ども……」
 もっと自然に話せたらいいのに、いつも僕はこうだった。
「こんな時間に来て、お仕事中?」
「い、いや……」
 エイコは話し掛けながら、僕の服を一枚ずつ脱がしていく。自然と胸元に目線がいく。さすがに一メートル近いバストを持っているだけあって、素晴らしい眺めだ。
「お仕事は何をしてるの?」
 行くと必ず聞かれる質問。この女も僕と話すのを面倒臭がっているのかもしれない。それでもまだ笑顔を向けてくるだけ、他の風俗嬢よりマシなほうだ。
「デ、デザイナー……」
「へー、格好いいね」
 エイコは無表情で淡々と答えた。格好いいという単語をただ言っているだけに過ぎない。
「そ、そうでもないよ……」
 デザインの仕事といっても、種類は色々あり過ぎるぐらいだ。でも、僕だって画像加工の依頼がほとんどだから、嘘は言っていない。
「彼女さんはいるの?」
 静香の顔を思い浮かべる。まだ彼女は人妻だ。今は、ただの隣近所ってだけ……。
「い、いや……」
「そうなんだ。優しそうなのにね」
 感情がまったく入っていない無機質な声。機械と話しているみたいだ。結局、こいつも他の連中と変わらない。
 シャワーを浴びていても、マニュアルでもあるかのように、機械的に話し掛けてきた。何の仕事か。どこに住んでいるのか。何歳か。よくここに来るのか。そういったありきたりの質問。
 もはやこの女の価値は、体だけであった。
「どうでもいいけど、早くプレイしてよ」
 少し不機嫌そうに言うと、彼女の表情にちょっとだけ苛立ちが見えた。
 狭い白いシーツのひいてあるベッドに横たわる。エイコは僕の右耳を簡単に舌でちょろちょろ這わせ、キスもせずに乳首を舐めてきた。それもつかの間、舌をそのまま舌に這わせながら、体ごと下がっていく。
 二万円近くの金を払っているのに、キス一つしようとしないクズ……。
 こんな風に思っていても、僕の股間は激しく膨らんでいた。苛立ちと快感が、僕の中を行き来する。
 目を閉じて、静香にしてもらっているように想像を膨らませる。一分もしない内に、僕は果ててしまった。言いようのない興奮が体を包み込む。想像だけで、これだけ感じ方が違うのだ。実物を抱けたら、どんな快感が待っているのだろう。
「もうイッちゃったの。早いわねー」
 静香の想像でまた元気になってきたムスコ。エイコの声など気にならないぐらい興奮していた。
 静香が抱けないのなら、こいつでもいい……。
 足のつま先から頭の天辺まで性欲の塊と化していた。
「ね、ねえ」
「なーに?」
「お金あげるからさ…。ほ、本番やらしてよ」
「はー?」
「本番……」
 途端にエイコの顔つきは険しくなる。表情が拒絶を物語っていた。それでも僕の性欲は収まりそうもない。
「た、頼むよ…。三万ぐらいあげるからさ」
「あんた、あれが見えないの?」
 そう言ってエイコは壁に貼ってある張り紙を指差した。
 プレイ上の注意事項が書いてあるどこの店にもある張り紙。内容は本番行為・強要、もしくは女性の嫌がる行為。暴力行為、又は女性を傷つける行為、スカウト、引き抜き行為、同業者の方は禁止等書いてある。
「……」
「何よ、急に黙っちゃってさ」
 どこがリピート率ナンバーワンの女なのだろうか。優しさのかけらも見えなかった。
 風俗の禁止事項ぐらい、僕だって理解している。だから金をその分、払うと言っているのに……。
 こいつも今までついた女どもと同類だ。客に対する感謝のカの字すらない。毛穴の先から憎悪が溢れ出す。
「……」
「もうイッたんだから、気が済んだでしょ」
「……」
 心の中で思っている事を、実際に口に出せたらどんなに楽になれるだろうか。でも僕はいつも思っているだけだった。
 お互い無言のまま、六十分のプレイ時間はあっという間に過ぎてしまった。こいつを指名する事は、金輪際二度とないだろう。
 店内の受付に戻ると、先ほどの従業員とすれ違う。客を女のところへ案内している途中だった。
 待合室には客が五名ほど待っている。僕は従業員がまだ戻らないのを確認すると、待っている客の一人に小声で囁いた。
「ねえ、ここのエイコって子、病気持っているから気をつけな……」
「えっ、マジすか?」
 濃紺の野球帽をかぶった今風の客は、僕の台詞に驚きを隠せない様子だ。僕は気にせず店をあとにした。
 風俗店パラダイス・チャッチャを出て、駅前に向かう。
 もうここへ来る事はないだろう。あの驚いた客の表情。思い出すだけで顔がニヤけてくる。僕の破壊工作の腕前は、まだまだ健在だ。
 静香の存在を知ってしまった今、金で買える女じゃ代用品にすらならない。彼女をどうしても抱いてみたい。そんな欲望が僕の中でどんどん大きくなっていくのを感じる。
 色々な策を考えねば……。
 四十歳でオタクにしか見えないデブの僕じゃ、到底あの静香の旦那にはかなわない。まずは隣近所付き合いを前提に、少しでも仲良くならないといけない。
 静香が僕の事を信頼してくれて、ちょとした悩み事を相談してくるようになれば、付け入る隙はどこかにあるはずだ。

 

 

3 ブランコで首を吊った男 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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